目覚めた狂気
翌日、玲奈は梨乃と一緒に登校していた。玲奈は、梨乃に早速昨日の猪の話をしていた。
「あの猪、ただの猪じゃないような気がしたんだけど…、なんだったんだろ?」
「もしかして…、霊という可能性もあるけど、玲奈ちゃん以外にも見えたって言うなら、妖や怪かもしれないね」
「霊や妖…?それって何?」
「この世界に蔓延る異形種って言えばいいのかな…?陰陽師だった御先祖様はそれを退治してたみたいよ」
「へぇ…」
梨乃の家系、風見家が強い霊感を持っているのは、先祖である陰陽師の力だそうだ。特に、長男や女性はそれを強く受けるらしい。風見家は、不思議な事に女性が産まれにくい家系だが、梨乃は珍しく女性で強い力を持っているそうだ。
梨乃と別れて、玲奈が学校に着くと、智が既に隣に座っていた。玲奈は、智にある事を聞いてみる事にした。
「そういえば…、智君は霊的のものを信じてるの?」
「いや…?っていうか、玲奈はそういうのを信じてるのかよ?」
「信じてるというか…、視えるんだけど」
「悪いけど…、僕はそういうの信じていないから」
智は、死出山の近くに住んでいたというのに、不思議とそういう話を信じていないのだそうだ。と言うと、茂の小説もそれが本当だと思っていないのかもしれない。
「おじいちゃんの小説も、もしかして本当に起きた事じゃないって思ってるの?」
「まぁな…、あれ、小説だろ?」
死出山怪奇少年探偵団の中でも、智が一番そういうものに疎い。未だ本の事を信じられない勤でさえ、死出山で様々な事件が起きた事を知っているし、茂が話す事が本当に起きた事だと信じている。
すると、遅れてやって来た勤が二人の会話に割り込んできた。
「そういえば、茂さんって霊感あるような話してたっけな?」
「妖に憑依されて狂気に陥って、目が覚めてから霊が視えるようになったんだって。おじいちゃん曰く、長い間人ならぬものの気に触れていたからだろう、って」
「つまり、茂さんや玲奈が霊が視えるのは狂気の後遺症って事なのか?」
「お父さんもお母さんも分からないって言ってたから多分そうかな…」
霊感というのは、血筋によるものが多い。茂は狂気に陥っていた時に、霊感のある瞬に頼っていた事から、元々は視えなかったはずだ。ところが、玲奈は何度も茂から霊の事について話を聞いたことがある。人から聞いた話も含まれているとは思うが、茂自身の話もあった。
「まぁ、視えていてもすぐ逃げられるからあまり見た事ないらしいんだよね…」
玲奈は苦笑いをしながらそう付け足した。
放課後、玲奈は本を持って博物館に向かった。玲奈の母方の祖父である岸部雅人が居るからだ。雅人は博物館の館長で、奥の部屋で仕事をしている。
「おじいちゃん!」
雅人は玲奈に気付いて仕事の手を止めた。
「玲奈、どうしたんだ?」
「この本について調べて欲しいの」
雅人は、玲奈の本を手に取って、開こうとしたが、大きな力が加わっているように開かない。
「何だこの本は…、開かない」
「えっ、開かない…?」
玲奈は、雅人から本を受け取り、いつものように開いたが、特に大きな力は感じなかった。
「開くけど…?」
「玲奈にしか開かない本なのか?一体どういう事なんだ…」
玲奈がその中を見ると、今日の日付のページの文字が書かれていた。読んでみると、近くの交差点で交通事故が起きるという事だった。
「あっ…、大変だ」
玲奈は慌てて本をカバンの中にしまって、外に出た。
「おじいちゃん!行ってくる!」
玲奈は、電話で三人を呼びながら、本に書かれた交差点に走って向かった。
そして、玲奈は住宅街にある交差点に辿り着いた。すると、少女が車道に転がったボールを追い掛けて飛び出そうとしている。
その時、先に駆け付けていた梨乃が、その子の腕を掴んで、ボールを置き去りにして走った。
「お姉さん、ありがとう」
梨乃は車が走り切った後、ボールをその子に渡した。少女はボールを持って公園に戻って行った。
「梨乃さん、ありがとうございます」
「なんか、昔の事を思い出して…」
「まぁ、間に合って良かったな、玲奈?」
勤と梨乃は玲奈に向かって笑いかけたが、玲奈は反応しなかった。何やらおかしいと梨乃は玲奈に近づいてみた。すると、玲奈は目元を抑えて、笑い始めた。
「アハ、アハハハハハ!」
玲奈の目を見ると、赤く光っている。それは、昔狂気に陥った茂と同じだった。玲奈は何処かを見つめて、こう叫んだ。
「させない…、次は絶対にそうさせないから!『死神』の思惑通りにはいかない!」
狂気に陥る玲奈に、勤と梨乃は驚いていたが、智は一人玲奈の事を睨みつけていた。
玲奈の狂気は止みそうになかった。その時、四人に人影が近づいて来て、玲奈を抱え上げた。その人物は、たまたまそこを通り掛かった茂だった。
「玲奈、大丈夫か?」
「茂さん…」
茂に押さえられた玲奈は暴れていたが、しばらく経つと、目の色が元に戻り、眠るように静まった。