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揺らぐ思い


 翌日、登校中に玲奈は偶然智を見かけた。今日の智は、何処か元気がない様子だった。そこで、玲奈は智の横にやってきて、こう話し掛けた。

「おはよう、智君」

智は玲奈から顔を背けた。そんな智の顔を玲奈は覗き込んで、話を続ける。

「どうしたの?何かあったの?」

「別に何も…」

「探偵団の仲間っていうのもあるけど、友達だよね?友達だったら、何かあったら相談してよ!」

すると、智はそんな玲奈を突き飛ばして、こう言い放った。

「お前なんか、友達じゃねえよ」

そして、智は玲奈を置いて先に言ってしまった。


 智の言葉の余り、ショックを受けてその場に立ち尽くしていた。そんな玲奈の横に勤が現れる。

「あいつが言った事を真に受けるなよ!」

玲奈は、智が言った事についてずっと考えているようで、暗い顔をしていた。

「私、智君に構い過ぎたかな…、放っておいてほしかったのかな…」

「玲奈…」

勤は、落ち込んでいる玲奈から離れないように、手を繋いで一緒に学校に向かっていった。




 その日も、不思議と何も起こらなかった。恐らく、本に込めた自分の霊力が日に日に弱まっていったからだろう。と智は考えていた。

 毒が収まってからも、智の頭の中には何故か玲奈達の事が浮かんでいる。そこで、智はそれを忘れる為に、香澄が入院する病院に向かった。

「香澄さん、元気にしていますか?」 

香澄は、もうすぐ退院出来る状態までになっているようで、前に来た時よりも元気に見えた。



 香澄が元気そうで良かったと智は思った。このままいけば、香澄を救えるかもしれない。

 そう考えようとしたその時、智の脳裏には不思議と玲奈や梨乃、勤の事が浮かんだ。三人の事を忘れようと必死に香澄の所に通っているのに、何故か思い出してしまう。

「どうして…、」

「そう、私も玲奈ちゃんや梨乃の事を考えている」

「香澄さんもですか?」

「私はね、玲奈ちゃんの優しさに救われたの」

香澄は、そう言って智と出会う前の話を始めた。



 

 昔から病弱だった香澄は、あまり学校に行く事がなかった。その為、あまり友達が居なかった。

 そんな中、梨乃と玲奈は昔から香澄と仲が良かった。病気で学校を休んでも、梨乃は忙しい母親に代わって香澄のお見舞いにやって来た。授業や学校で起こった事を教えてくれたから、勉強面では遅れる事はなかった。


 梨乃は時々、玲奈と一緒にお見舞いに来る事があった。誰に対しても贔屓せず、優しくする玲奈を見て、年下ながら尊敬していた。

「好奇心旺盛で、優しくて、それでいて芯の強さも持っている。玲奈ちゃんみたいな子は中々居ないよ」

「そうですか…」

智はその話を聞いて、梨乃と玲奈と香澄の間に自分は入る事は出来ないと思った。自分は香澄にとって、いらない存在なんだと落ち込んでいた。

 すると、そんな智を見かねて香澄はこう続けた。

「優しくしてくれるのは、智君もそうだよ?」

「そうですか…?」

「智君に出会ったのは、病気で一番苦しかった頃なの。智君に会えたから、もう少し頑張ろうと思ったの。」

その話を聞いても、智は自分の力はあまり役に立っていないと思った。自分は、香澄の為に慣れないことをしているのに、香澄はそれに気づいてくれない。


 そして、香澄が認める程に優しい玲奈に強く当たってしまった事を後悔し、もう目の前の香澄の事を考えられなくなってしまった。



 智は病院から出て、一人帰っていた。空には灰色の雲が広がり、空気が重たく感じる。その空気に押されて、自然と智の足取りも重たくなっていた。

「俺、玲奈になんて酷い事言ってしまったんだろう。でも…、今更謝っても許してはくれないんだろうな」

智がそう呟きながら、しばらく歩いていた。するとその雲が広がり、大粒の雨が降ってきた。慌てて智はパーカーのフードを被って、俯きながら走り出す。


 すると、木陰に小さな影がある事に気づいた。よく見ると、それは雨の中で小さく震えている黒猫だった。

「猫…?」

智はその猫に手を伸ばすと、胸元に寄って来た。智はそれを不思議に思う。



 動物達は人間以上に人が発する気配に敏感だった。その為、死神である智が発する気を恐れて、動物達は寄り付かない。

 だが、その猫は懐いたように智にしっかりしがみついている。

「俺が怖くないのか…?」

黒猫は、智の身体にしがみつき、舌で顔を舐めた。周りに誰も居ない事に気づいた智は、思わず胸の中に秘めていた思いが漏れ出す。

「苦しい…、ずっと胸が苦しいんだよ。誰も俺の正体も、本当の自分も知らないのに、優しくしてくれている。だけど、正体が知られたら態度を変えられるんじゃないかって考えたら、怖くて…。」

黒猫は、左右が異なる目でじっと見つめる。


 自分は何故黒猫に懐かれているのだろうと智は思った。そういえば、現世の伝承で黒猫は、魔女の使いと言われたり、横切ると不運とまで言われている。同じ猫なのに、黒いだけで怖がられていると思った智は、その黒猫と自分を重ね合わせていた。

「黒いからって不気味がられている、お前だってそうだろ?」

黒猫は、智をじっと見たまま、首を傾げた。

「友達になるつもりなんてなかったのに、ただ利用してやるつもりだったのに…、どうして優しくするんだよ…。もう頼むから、誰も俺に構わないでくれよ…」

智は黒猫を抱き締めて、大粒の涙を流した。泣いても、泣いても、大粒の雨に紛れて見えなくなってしまう。黒猫は、そんな智を見かねて頬を擦り寄せて、小さく鳴いた。



 その猫の首元には赤いベルトのような首輪があり、そこにタグが着けられている。どうやら、飼い主の住所のようだった。

「飼い主が居るのか…?」

智はその住所を頼りにある家に辿り着いた。そこに着くと、黒猫は智の胸から飛び出して、家の中に入ってしまった。少し寂しいと思いながらも、死神だから結局友達になる事は出来ないんだと諦め、一人で帰ってしまった。



 その家は、クラスメートの愛花の家だった。愛花は、黒猫を大事そうに抱えあげ、慣れた手付きで身体を洗い、タオルで水気を拭き取る。猫は濡れるのを嫌がるはずだが、その黒猫は不思議な事にじっとしていた。

「チョコ、どうしたの?」

チョコと呼ばれたその黒猫は、窓の外をずっと眺めていた。どうやら、先程一人で行ってしまった智を心配しているのだ。だが、それを愛花は知らない。

「雨の日に外に出たらダメでしょ?濡れた床片付けとくからね」

チョコは愛花が離れた後も、ずっと窓の外を眺めていた。


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