異変の後で
梨乃は、竜神が入って行った本堂に入った。すると、御神体の前に竜神が鎮座している。
「『風見』の陰陽師よ、儂を助けてくれたのか」
「竜神様は、風見の事をご存知なのですか…?」
「儂を鎮めてこの神社を建てたのは風見清蓮殿なのだ」
風見清蓮、梨乃が死出山で出会った風見の始祖だ。まさか青波台の守護神である竜神とも関わりがあったとは、そう思った梨乃は驚いた。
「まさか、清蓮さんの事をご存知だったなんて…」
「お主、名前はなんという?」
「風見梨乃です」
「梨乃殿、君はもっと強くなれる。その才能もあるし、心構えもある。」
梨乃は竜神の前に跪き、両手を着いた。
「はい、これからも精進いたします」
「その心意気だ」
竜神はそう言って、鋭い爪が着いた手で、傷つけないように梨乃をそっと撫でた。
そして、竜神は図体に似合わず、梨乃に向かって頭を下げた。
「それにしても、怪の力で暴走して、町を混乱させてしまって、すまなかったな」
竜神はそう言って侘びた後、本殿に鎮座されている珠を四つ持ち、大きな咆哮を上げた。すると、竜神が発生させた『風』で町はみるみるうちに元に戻っていく。
「これで町はもう大丈夫だ」
「ありがとうございます」
梨乃は、竜神にお礼を言いながら、強大な神力に驚いていた。
「あの騒ぎを鎮めたのは私だけではありません。死神達も協力して頂きました。ところで、死神とは何者なのでしょうか?ご存知ですか?」
「死神か、低級神達の事は気にしなくていい」
竜神の話によると、死神というのは死、穢れを扱うという事で、他の神からは虐げられているそうなのだ。
特に、この竜神を含む上級神と呼ばれる強い神達からは、卑下の対象になる。
「だが…、不思議だな。清蓮殿からは感じられなかった死神の気配が梨乃殿から感じる。人間の血が混じって、今はもう薄れているが、それでも強い。」
「私に、死神の力が…?」
妙だな、と梨乃は思った。自分は人間の両親から産まれたはずだ。死神の先祖の話は聞いたこともない。
それなのに、清蓮にはなくて、梨乃にはあるというのはどういう事だろう。それについて、梨乃は竜神に話を聞いたが、詳しい話は竜神も分からないようだった。
そして、本堂から出た梨乃はようやく玲奈と勤の所に戻ってきた。玲奈は、梨乃が無事なのを知ると、喜んで抱き着いて来た。
「梨乃姉ちゃん!」
梨乃は、寂しがっているであろう玲奈の頭をそっと撫でた。そんな二人の横に、勤が寄ってくる。
「それにしても、梨乃さんだけで異変を止められるなんて、驚きましたよ」
「二人には言ってなかったけど、力が強くなっていくうちに、過去だけじゃなくて未来も視えるようになったの。それで、私は死神達がこの異変を止めようとしている事に気づいた。そしてその死神に出会った。」
梨乃の口から死神という言葉が出た事に玲奈は驚き、思わず今まで抑えていた言葉が口から漏れる。
「私も、死神に会ったよ?そうだ、智君が死神に攫われたんだった!どうしよう…」
智の事を心配し、不安になる玲奈を、梨乃は宥める。
「智君なら大丈夫だよ」
「そうだといいんだけど…」
玲奈はそう言って霊水晶を握りしめた。目の前で攫われた智の事が、余程心配なのだろう。玲奈の肩は小さく震えていた。
そして、三人はそれぞれの家に戻る為に歩いていた。すると、それを見かけて一人の人が話し掛けてくる。
「みんな、こんにちは」
その人は若い女性で、楊梅色の髪の毛を三つ編みにして、水色のリボンで留めていた。
「初めまして、智の母親の剣崎晶子です」
「こんにちは」
玲奈達は、その時智の家族を初めて見た。そういえば、智の口から親の話が出た事がない。まさか、こんな可愛らしい母親が居たとは、玲奈は意外だと思っていた。
晶子は智とは違って、人懐っこい性格だった。初対面であるはずの玲奈達に馴れ馴れしく話し掛けてくる。
「そういえば、さっきまで町が無茶苦茶な事になってたんですよ」
「そうなの、こんなに大変な事になるなんて、驚いたわ」
晶子は、あたかも異変を知らなったような口調で話す。だが、異変が起きていた時もこの町に居たそうなのだ。一体何をしていたのだろう。
玲奈は、ずっと気になっていた智の安否を今、晶子に聞く事にした。
「そういえば、智君は無事なんですか?」
「ええ、家で休んでいるわよ」
「良かった…」
智が無事なのが分かった玲奈は、ほっとして胸を押さえた。自分の事以上に、智の事を心配していたのだろう、目元には涙も浮かべている。
「そんなに智の事を心配してくれているのね…」
晶子は、まるで自分の子供であるかのように、玲奈の頭を撫でて、そっと撫でた。
そして、晶子は智が待つ家に帰ってしまった。玲奈達もそれぞれの家に帰る。一人家に戻る梨乃は、初めて晶子に会ったはずなのに、何処か感じる違和感の正体をずっと考えていた。
「あの人、何処かで見た事あるような気がするんだけど…」
梨乃は記憶をずっと辿っていたが、何故かそれだけは思い出せないままだった。




