第13話 王都行きの準備
王都から届いた2通の手紙を受けて今年も王都行きを決めたその翌日の午後、王都屋敷メンバーを集めてミーティングを行った。
場所は屋敷2階のお客様用ラウンジ。ここがシルフェ様たちの日常の居場所だからね。
王都屋敷メンバーは総員で現在22名と1羽。人族7名、精霊族ファータ6名、獣人族ドラゴニュート2名、そして人外組が7名に式神1羽だね。
その全員が集まり、オブザーバー的な感じで調査外交局のふたりの部長であるウォルターさんとミルカさん、それから俺の第2秘書としてソフィちゃんも顔を出している。
エディットちゃんとシモーネちゃんが紅茶を淹れ、お茶受けにお菓子も出して彼女たちも座った。昼食の片付けを終えたアデーレさんも来ている。
それで皆が思い思いに腰を落ち着けたところで、俺は昨日に届いた2通の手紙の内容を披露した。
「ということでありまして、ならば早速にも王都へ行こうとそう決めた次第であります」
手紙の内容を簡潔に説明しながら俺がそう発言すると、ラウンジが少しザワザワした。
俺やエステルちゃんもそうだったのだけど、今年はグリフィニアでもう少しゆっくりと過ごすと、皆もそう思っていたのだろうね。
「はい、お静かに。何かご質問は? って、はいライナさん。特に手を挙げ無くても良いですよ」
「はーい。では、わたしから少々質問を」
「どうぞ」
「えーと、王都に行くのは良いのですけどー、ザカリーさまはもう学院生じゃないでしょぉ。そうしたら、これまでは学院の春学期や秋学期に合わせて滞在していたのだけれども、今回はどうするんですかー? それと、全員で行くのかしら?」
まずは基本的なところからだね。
ライナさんの言う通り、これまでの4年間は学院関係のスケジュールに合わせて王都に滞在していた訳だが、今はその縛りが無くなっている。
オイリ学院長からの手紙に書かれていたお願いは学院の入学式に出席して欲しいというものだし、ヒセラさんからはエルフのイオタ自治領当局より届いたという返答に対して協議をしたいというものだ。
つまり、それだけなら王都に2、3日滞在するだけでも済む話で、行く人数も全員という必要も無い。
「あー、良い質問でありますな。それについては昨晩、エステルちゃんと相談したのでありますが……。学院の入学式出席は1日だけ取れば良いとして、ヒセラさんたちとの会合で1日。もちろん、その協議の内容如何では、もう少し日にちが必要になるかもですが。それからせっかくの王都なので、ニュムペ様のところにご挨拶に行こうと思っておりまして。あと、もしかしたらセオさんに会いに王宮へということもあるかな。ショコレトール豆のことなので、セオさんにも報告をしておかないとだしね」
「ザカリーさまの今のお話だと、つまり4日か5日以上、少なくとも1週間ほどの滞在は必要ということですな」
「そんな感じだね、ジェルさん」
ジェルさんたちお姉さん方をはじめとして、俺が言い出した7日間で1週間という日にちの区切りを何となく使い出している。
まあまだこの王都屋敷メンバーを中心とした、ほんの身内の中だけでなのだけどね。
「(ジェルさんが言った1しゅうかんとは、何だ?)」
「(あなた、この前にクロウちゃんが説明してくれたのを聞いてなかったの? ザックさんの前の世界の流儀で、7日間ずつ区切って、それを1週間って呼ぶのよ。それぞれの日はえーと)」
「(カァカァ)」
「(ザックさまがお決めになったのは、日、月、風、火、水、木、土の順番ですよ)」
「(そうそう、それ。ありがとう、カリちゃん)」
「(あー、すまなかったクロウ殿。聞いた覚えもあるが、すっかり忘れておった。しかしなんだ、もちろん異存は無いが、戦の日は無いのだな)」
「(カァカァカァ)」
「(アマラ様とヨムヘル様に5柱の精霊で7日間か、なるほどな。この地上世界の自然を成立させている七大要素であると)」
「(だいたい、7日間に1回、戦の日なんかが来たら物騒でしょ)」
「(それもそうだな、はっはっは)」
そんな念話での雑談が聞こえて来るけど、話を進めますよ。
「とは言っても、せっかく王都に行くのだからまずは2週間ぐらいの滞在で、あとは必要に応じて延長するという感じで考えているのだけど、どうかな」
グリフィニアから王都までは2泊3日。なので、行きと帰りの旅程も含めると18日間ほどの日程になる。
このスケジュールについては特に誰からも異論は出なかった。
「ひとつ、よろしいですかな、ザック様」
「はい、何でしょうか、ユルヨ爺」
こういうミーティングでは珍しく、ユルヨ爺が発言を求めて手を挙げた。えーと、挙手はしなくていいですからね。
「皆様もご承知の通り、先月よりファータの里から来た新人3名の実地研修を、アルポとエルノと共にしておりましてな。ここのところの拡張工事と辺境伯家からのご来訪と視察などもあり、グリフィニアでの研修もずいぶんと捗りました。それで、これからの予定としては、少し活動領域を拡げて、アプサラや村々への巡回も考えておったところでして」
ああ、そういうことか。
新人たちがソフィちゃんと一緒に来たのが1月の11日で、それから約1ヶ月。
拡張工事の開始時やヴィック義兄さんたちの視察での警備などもあり、グリフィニアにも隋分と慣れて順調に研修が進んでいると聞いている。
領外から商船などが寄港することから、うちの領内では重要な監視地点である港町アプサラで研修するのは必要だ。
それに、領内の各村などグリフィン子爵領全体の土地勘を得ることを含め、研修活動領域の拡大を予定していたという訳だね。
ユルヨ爺によると、そろそろアプサラへの出張や各地への巡回を開始して、だいたい1ヶ月ぐらいで現地研修の仕上げを行いたいということだ。
ファータの探索者育成に長年携わり、かつ最もそのノウハウを有しているユルヨ爺としては、自分の責任において完遂したいというところだろう。
「そうだね。新人研修は調査外交局としては最優先事項だから、ユルヨ爺には引き続き研修をお願いして、彼らをじっくり仕上げてください。それで、アルポさんとエルノさんは?」
「わしらとしても、あいつらの研修を済ませたいところですがの」
「王都屋敷の門衛仕事もありよるし、屋敷の点検などもせんとですがなぁ」
アルポさんとエルノさんは王都屋敷においては門衛という役割だが、それも含めて屋敷の敷地内全体の保守管理や警備担当者であると言っていい。
これまでは学院の冬休みや夏休みが終わって王都に戻ると、屋敷の敷地内の各施設、設備の点検をして貰っていたんだよね。
「おぬしらはザック様とエステル嬢様に付いておれ。こっちはヘンリクらとやっておく。のう、ミルカさん」
「そうですね。ユルヨ爺には仕上げをしていただいて、あとはヘンリクに引き継がないといけないですから」
「そうかのう」
「ならばわかった」
アルポさんとエルノさんは少し残念そうな表情もしていたが、いずれにしろ新人の3名はグリフィニア主任のヘンリクさんの指揮下に入ることが決まっているので、そろそろ良いだろうと納得したようだ。
「じゃあ、ユルヨ爺には申し訳ないですが、こちらに残ってお願いします」
「もともとの本業ですからな。お任せください。きっちり鍛えますによって」
「それで、シルフェ様たちは?」
「もちろん、王都に行くわよ」
「我らだけがこちらに居ても仕方が無いからな」
まあこのひとたちは、移動しようと思えばいつでも世界の果てへでも移動出来ちゃうからね。
要するに、日々をどこで過ごすかというだけですな。
その点では、大半を過ごしている王都屋敷の方が慣れていて居心地は良いのかも知れない。
話し合いの結果として今回はユルヨ爺だけがグリフィニアに残り、あとの王都屋敷メンバー全員が行くことになった。
日程的にはいまのところ、往復も含めてまずは3週間程度を目安とするというところですかね。
出立は、3月1日に行われる学院の入学式に出席する前提で、その前にはヒセラさんらと会いたいと考え、2月20日の水の日とすることとした。
「ザカリー様、私からもよろしいですか?」
「はい、何でしょう、ウォルターさん」
「今回はシルフェ様方もご一緒にということですので、馬車をもう1台お使いください」
「あ、そうか」
シルフェ様たちも同行するとなると、王都屋敷の馬車では乗り切らないよな。確かに馬車がもう1台必要になるか。
「我はエステルの青影が良いぞ」
「わしも馬車での旅はちょっとのう。と言って、馬は尚更じゃし」
「もう、あなたたちは我侭なんだから」
「アル、あなたは執事でしょ? たまにはのんびりと、馬車旅を楽しむのもいいものよ」
「師匠、お婆ちゃんと一緒に馬車に乗りましょうよ」
「むう」
僕は黒影に騎乗して、と言おうと思ったら、先にケリュさんとアルさんがそう発言した。
ケリュさんは馬車移動を嫌がる傾向にあるし、アルさんもで、ただしアルさんの場合は馬が怖がって動かなくなってしまうから騎乗は出来ない。
クバウナさんは大昔に人間社会で暮らしていたこともあり、馬車移動は大丈夫なようだ。
それで結局。ウォルターさんの提案通り、子爵館にある予備の馬車を出して貰うことになり、エステルちゃん、カリちゃん、エディットちゃんとアデーレさん、シルフェ様にシフォニナさんとクバウナさん、そしてアルさんの8人が2台の馬車に分乗することになった。
ケリュさんと俺は基本的には騎乗で、ジェルさんの指示があった場合は馬車に移る。
そう決まったのだけど、アルさんはまだ少し不満そうだった。でも、ひとりで空を飛んで行くと言わないところは、意外と律儀なアルさんらしい。
まあまあアルさん、クバウナさんの言うようにたまには地上をゆっくりと行く旅も良いものですよ。
それから父さんと母さんに王都行きの日程などを報告し、俺たちは出立に向けた準備を行った。
俺が関わっていることで言えば、グリフィニア拡張事業の方はウォルターさんとオスニエルさんたちに任せておけば良いだろう。関係ギルドのギルド長たちもいるしね。
ソフィちゃんは、騎士団見習いの子たちと共にドミニクさんを先生に剣術の訓練を頑張っている。
ときどきは、騎士団訓練場で行われるユルヨ爺指導の調査部新人3名の訓練にも参加して、探索術関連の訓練もしているようだ。
あとは母さんが熱心に、なんでも貴族の大人の女性としての研修会というのを行っている。
これには今のところエステルちゃんも加わっているけど、アビー姉ちゃん騎士は騎士団業務が、などと言いながら相変わらず逃げておりますな。
その内容は……怖いので聞いておりません。
それから、アルポさんとエルノさんからの要望で、調査部新人3名にソフィちゃんとそれから俺とカリちゃん、レイヴン初期メンバー5人が加わった陣容でアラストル大森林での狩りにも行きました。
どうやらあの爺さまふたりは王都行きとその日程が決まったことから、これまで我慢していた大森林での狩りを1回は済ませておこうと思ったらしい。
「新人のあいつらにも、大森林というものを経験させておかんといかんですからの」
「なに、ああいった深い森でのブルーノさんの斥候術を、実際に見て学ぶ良い機会だて」
とか尤もらしいことを言って、確かに新人たちはまだ大森林には入っていなかったのでそうなのだけど、要するに自分たちが狩りをしたいというのが大きいよね。
あと、それに乗ったソフィちゃんは、「わたしがファータの森で培った狩りの腕を、ザック兄さまに見せないといけないのであります」とかなんとか、当たり前のように参加しておりました。
それとユルヨ爺からは、俺たちが王都に行っている間にソフィちゃんを新人たちと一緒に港町アプサラに連れて行くのはどうか、という打診があった。
可能であれば少しだけでも彼女の世界を拡げてあげるのが良いと、若者教育のベテランであるユルヨ爺なりの提案だ。
これについては父さんと母さん、エステルちゃんと相談して許可を出すことにした。
ただし、外出時にはファータの顔隠しのメダルを必ず身に付けることと、単独での行動は厳禁というのが条件だ。
「ソフィさんには、わしが常に目を配っておりますで、ご心配なく」
「ユルヨ爺の孫、えと曾孫? ってことで、いつも一緒に行動するので大丈夫ですよ」
父さんと母さんからは、アプサラを代官として治めているモーリス・オルティス準男爵と夫人のカルメーラさんに一報を入れて、向うで世話をしていただく方が良いのではという話も出たが、それはユルヨ爺がやんわり断った。
「なに、ファータの新人調査部員の研修ということで動きますからな。敢えてお伝えせんでも良いでしょう。もちろん、向うにおるアッツォにはあらかじめ連絡を入れますがの」
調査外交局アプサラ主任のアッツォさんには当然ながら伝えるので、必要に応じてモーリスさんの耳には入るだろうということだ。
ただしあくまで、調査外交局調査部のファータの新人と同様に動くということにしたいと、ユルヨ爺はそう言った。
つまり、目立つような行動はもちろん一切せずに、ソフィちゃんも探索者のひとりとして研修を行うということなんだね。
母さんはそれを聞いて何か言いたそうだったけど、ここはユルヨ爺に任せることで納得した。
ソフィちゃんの見聞や行動範囲を、出来るだけ拡げてあげたいというのを優先させたみたいだね。
そうして、3月の半ばも過ぎた20日の水の日、俺たちは2ヶ月振りの王都へと出立した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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