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第12話 王都から届いた2通の手紙

 ヴァニー姉さんたち一行が帰って行った。

 3泊4日の短い滞在だったが、皆さんそれぞれどうやら楽しんでいただけたようだ。


 姉さんは、「慌ただしくてごめんね。久し振りにグリフィニアの空気を吸って、気持ち良く元気が貰えたわ。でも、あまり長く留まっちゃうとね。後ろ髪が引かれちゃうから」と、寂しそうな顔はせずに笑顔で手を振って馬車に乗り込んだ。


 ヴィック義兄にいさんも、「拡張事業はずいぶんと参考になったよ。まあ、うちでは奇跡は起こせないけどな。ああ、うちも出来る限りの協力はするし、こちらが事業を起こすときには、グリフィン建設に頼むかな、はっはっは。それはともかく、次はまたエステルさんとエールデシュタットに来てくれ」と明るく言っていた。



「それで、ルアちゃんはもう、エールデシュタットに住むの?」

「あ、え? 何を言ってるのかな? ザック部長、あ、ザック長官はさ」

「ぶふぉっ」


 こちらの会話が聞こえたのか、ルアちゃんのお父上のコルネリオさんがせておりました。

 昨日のミニ同窓会でもカロちゃんがそんな発言をして、ブルクくんとふたりで慌てていたんだよね。


「あー、なんだ、ザック長官。まずは僕が仕事に慣れないとさ」

「でありますなぁ。まあガンバレ、ブルク」


 ブルクくんはこの春から、お父上のベンヤミンの部下となって仕事に就くことが決まっている。


 キースリング辺境伯家では昨年の夏以来、外交担当部局の拡充整備を始めていて、以前から外交を担当する準男爵であるベンヤミンさんはその責任者に就いていた。

 王国の宰相や宰相府設置への対応というのが要因的には大きいのだろう。

 それで、今回のグリフィニア行きにブルクくんが同行したのは、研修という意味合いもあるらしい。


 言ってみれば剣術バカの印象が強いブルクくんだけど、学院での学業成績も悪く無かったし、社交活動や文官仕事に携わってみるのも良いんじゃないかな。

 本人は騎士団に入りたいと学院生のときには常々言っていた。でもキミは長男だし、将来はオーレンドルフ準男爵家を継ぐのだからね。


 一方のルアちゃんの方は、まだ仕事を決めていない。

 彼女はブルクくん以上の剣術バカで、やはりエイデン伯爵家騎士団に入りたいという意志があったらしいが、そこはお父上とそれからブルクくんともいろいろ話しているようだ。


 昨日の同窓会の場でも、「あたし、ジェルさんやオネルさんに憧れちゃうんだよね」とか言っておりました。


「だったらですよ。辺境伯家の騎士団に入るというのは……」

「ザック部長は、もう」

「ぶふぉっ」


 昨日はブルクくんがせておりました。


 まあ、カロちゃんやブルクくんは早々と仕事を決めて、ルアちゃんもおっつけ落ち着くところに落ち着くだろう。

 ヴィオちゃんとライくんはどうしているかな。

 あのふたりは伯爵家三女と男爵家の次男だから、いろいろと自由にならずに苦労するかもだ。


 そう言えばロルくんは、ヘルクヴィスト子爵家の騎士団に無事に入団手続きを終えたそうだと、カロちゃんに聞きました。

 ヘルクヴィスト子爵領は王都圏の西隣でティアマ海に面した地。グリフィニアからは少々距離があることから、気軽に会うというのも難しいよな。手紙でのやり取りはしているみたいだけどね。


 俺はその話を聞きながら、学院1年生の時に学院生会副会長でとてもお世話になったエルランドさんの顔を思い出した。

 彼はヘルクヴィスト子爵家の次男だが、いまはどうしているのだろうか。




 昨年末に学院を卒業してグリフィニアに帰り、拡張事業開始の準備から新しい都市城壁の建設と旧城壁部分の撤去、そしてヴァニー姉さんたちの来訪と、1月から2月に掛けて日にちがあっという間に過ぎて行った。

 それもここらでひと段落だよね。


「そろそろ、ちょっと旅行にでも行きたい気分ですなぁ」

「なに言ってるの? ザックさまは。これからちゃんとお仕事をしないとよ」

「そうですよぉ。ご自分で言ってたじゃないですか。えーと何でしたっけ? 社会の人族?」

「カァカァ」

「あ、社会人でしたっけ。そういう種族になったんですよね」

「へぇー、そういう種族があるんですか? 兄さま」


 前にも言ったけど、社会人てそういう名称の人種でも種族でも無いですからね、カリちゃん。

 ソフィちゃんも、そこで新しいことを覚えたみたいな顔をしないように。

 クロウちゃん、ちょっとあらためて説明を。


「と言っても、直近の懸案事項はひと段落したし、調査外交局の日々の業務はミルカさんとウォルターさんが指揮して局員の皆がこなしてくれているし……」


 ウォルターさんからは、「ザカリー様しか出来ないことだけ、やっていただければ良いのですよ」と言われているし、ミルカさんは「大抵のことは私たちが処理しますので、報告だけ聞いておいていただければ。あとはドンと構えていてください」と言っておりました。

 いやあ、あのふたりあっての調査外交局だよね。


「それはほら、ザックさまが直接に手を出すと、何かと大掛かりになるでしょ」

「あー、人間の言う奇跡とやらだらけになっちゃいますよね」

「社会人て、奇跡を起こしちゃう種族なんですね」

「カァカァ」


 えーと、違うからね、ソフィちゃん。クロウちゃんは正しく説明してくれたかな。

 それから、エステルちゃんに言われると反論がしにくいのだけど、別に何でも大掛かりなことをしようと思っている訳じゃありませんからね。



 ちょっと旅行にでも行きたいと言ってみたが、誰も賛成してくれませんでした。

 ここにライナさんとかが居れば、俺やエステルちゃんがどこかに行くとなると自分たちも護衛でと真っ先に同調してくれるのにな。


 そう言えばこの日、シルフェ様とケリュさん、アルさんにシフォニナさんは、クバウナさんを連れてアラストル大森林の奥へと行っている。


 クバウナさんが、大森林の管理を任されている神獣フェンリルのルーさんと久しく会っていないということで、揃って出掛けたという訳だ。

 あと、昨年夏に大森林に降りて以来、ケリュさんがルーさんに顔を見せていないので、どうやらルーさんを安心させるためでもあるらしい。


 では俺も、と言ったら、「ザックさんは少しゆっくりしてなさい。それに、あなたが大森林の奥に入るとなると、いろいろ理由が必要になるでしょ」とシルフェ様からやんわり断れた。

 カリちゃんもお留守番だけど、人外組の大人たちで何やら相談でもあるのでしょうか。


 尤も、レジナルド料理長とアデーレさんにエステルちゃんが頼んで作って貰った大量の料理を持たせて送り出したので、単に大森林の奥の湧水池で暮らしているネリルさんたち水の精霊さんとランチを楽しみに行ったのかもだけどね。




 その翌日、王都から俺宛の手紙が2通届いた。


 1通はセルティア王立学院のオイリ・マルトラ学院長からで、もう1通は商業国連合・都市国家セバリオの駐フォルス在外連絡事務所責任者のヒセラさんからだ。

 2通が同時に来るなんて、なんとも示し合わせたみたいな感じですな。


 まずはオイリ学院長からの手紙の封を開ける。卒業したばかりの者への手紙とか、なんでしょうかね。


『謹啓 ザカリー・グリフィン特別栄誉教授殿』


 出だしから少々嫌な予感がする。なになに、何ですか


『爽やかな風にミモザの花の香りが乗り始め、春の訪れが待ち遠しい今日この頃、ザカリー・グリフィン特別栄誉教授殿には益々ご活躍のことと、謹んでお慶び申し上げます。グリフィニアでの貴殿におかれましては、何かとご多忙の日々をお過ごしと存じますが、そろそろ王都フォルスにもお出でになられるのではないかと、誠に勝手ながら推察する次第です。…………云々』


 普段は極めてざっくばらんな人だけど、手紙だと学院長もやっぱりエルフなんだなと思わせる。

 貴族同士のやりとりのように、前置きが長くてなかなか本題に入らないんだよね。

 あと、俺のことをザック君でもザカリー長官でもなく、特別栄誉教授呼びで通しているのは、これはそういう立場のあなたへと強調しているって感じかな。


「学院長さんからは、どんなご用件なの?」

「あー、それがエステルちゃん。ひと言で言うと、学院の入学式に出席して貰えないかと、そういうお願いなのだよね」

「まあ」


「ザック兄さまは、学院にまた入学するんですか?」

「あは、そうじゃなくてさ、ソフィちゃん」

「ザックさまはですね、ソフィちゃん。栄えある超特別な教授先生になったのですよ」

「カリちゃん、特別栄誉教授ね。栄誉職だから、お飾りみたいなものだよ」

「へぇー、凄いです兄さま。学院を代表して飾られるチョー特別な教授なんですね」

「いや、だから」


 ソフィちゃんにはまだ、この話はしていなかったっけ。


「それで、どういうことなんですか?」

「そろそろ俺が王都に来るんじゃないかと。入学式の当日に、もし王都に来ているようだったら、その時間をいただいて教授の一員として出席して貰えないかって。そんなことだなぁ。長々と丁寧なお願いの手紙なんだけどさ」


「学院の入学式って、3月の1日でしたよね」

「そうだね」


 学院生だった昨年までは、入学式が3月1日でその翌日から春学期が始まるので、俺たちはいつも2月18日頃に王都に向けてグリフィニアを発っていた。

 それで卒業した今年は、特にまだ王都に行く予定は立てていなかったんだよね。

 今日は2月の10日で、日程的にはまだ充分に余裕がある。



「どうします?」

「ふうむ。卒業して間も無いのに、どうして入学式に招かれるのかは意味不明だけど」

「カァカァ」

「あ、そうだね。もう1通の方も読んでみよう」


 オイリ学院長からのお願いへの答えは取りあえず保留にして、俺はもう1通の手紙。商業国連合・都市国家セバリオの紋章と飾り模様の入った、なかなかきらびやかな雰囲気の封書を開封した。


『拝啓 ザカリー・グリフィン長官殿』


 こちらは調査外交局長官職の俺宛だね。


『春の風を待ち望む今日この頃、ザカリー長官におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。ここ王都にも、北の方から何やら賑やかな噂話が届き、早速にも長官らしく大変にご活躍のことと、それほど日にちが経っていないにも関わらず懐かしささえ覚えます。さて、前置きはこのぐらいにして早速ではありますが、エルフ・イオタ自治領より例の件についての返答がようやく届きました。つきましてはザカリー長官と本件について協議をいたしたく、ペンを執った次第です。…………云々』


 なるほど。エルフからようやく返答が来ましたか。

 北の方からの賑やかな噂話についてはともかくとして、これは俺が扱う外交案件として、きちんと取組まないといかんですな。


「エルフから返答が届いたそうだよ。例のショコレトール豆の件だね」

「ようやく、ですか。それで返答の中身はどんな感じですか?」

「それがさ、この手紙には書いて無いんだよな。ヒセラさんは会って協議をしたいんだって」

「そうなんですね」


「これは、あのエルフどものことだから、ぐちゃぐちゃ訳のわからない難癖をつけて来てるですよ、きっと」

「エルフって、そうなんですか? カリ姉さん」

「うん、ソフィちゃん。これがもう面倒臭い連中なの、エルフって」

「へぇー」


「ああ、こっちで暮らしてる人たちは、個々人だとみんな良い人ばかりなんだけどさ。自治領とかで役職に就いている連中だとね」

「良い人は多いけど、だいたい面倒臭い。エルフの一族って、そんな風なのよ」

「そうなんですね、姉さま」


 精霊族同士は総じて他の一族に対して評価が厳しいのだけど、エステルちゃんもファータ族なのでエルフには基本的に厳しいんだよね。

 まあ俺も否定はしないけど。


 ショコレトール豆の件については、かつて自治領外に流出させたのは向うの交易商人だったらしいが、いまは交渉相手が自治領の当局に移っている。

 それでその当局からは、ショコレトール豆が何故欲しいのか、どのように使用するのかについて、詳しく教えろという要求が来た。

 入手交渉は、それを経てからようやく始められるのだそうだ。


 それで俺としては、書面で伝えても分からないだろうし、また交渉の前提として製法などを詳細に教える気も無いので、現物のサンプルを提供するのでまずはそれを作るための豆を入手したいと、都市国家セバリオのマスキアラン商会から持ち掛けて貰った訳だ。


 今回来たという返答はそれに対する回答だと思うのだけど、ヒセラさんが俺と会って協議したいと言うのは、何かやはり面倒臭いことを言って来たってことだろうな。

 あとヒセラさんは、いつどこで会いたいと具体的には書いていない。

 グリフィニアを来訪したいとも書いていないので、俺が王都に行くのを期待しているんじゃないですかね。



「ご返事はどうします? ザックさま」

「学院の方はともかくとして、ショコレトール豆の方は重要な案件だよね」

「ですね」

「そうしたら、ちょっくら王都に行きますか。あ、ソフィちゃんはお留守番になるけど、いいかな?」


「はい。王都も懐かしいですけど、まだだいぶ危険ですよね。わたしはグリフィニアにも慣れないといけませんし、騎士団見習いの子たちや、ファータの里から来た子たちとしっかり訓練をしておるのであります」


 彼女は精神的にもずいぶんと成長しているし、うちの父さん母さんやアビー姉ちゃん、あとカロちゃんも居るので、寂しい思いをすることはないだろう。


 ということで俺たちは、これまでと同様に春先の王都に行く準備を始めることにしたのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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