第11話 不審者の件、そして同窓会へ
キースリング辺境伯家一行のグリフィニア拡張事業視察が行われている頃、ミルカさん以下の調査外交局探索部による不審者取締りは、意外にもすんなり終了した。
俺は正確に把握していなかったのだが、なにせブルーノさん指揮の陰警護チームからティモさんとリーアさんが参加し、加えてユルヨ爺とアルポさん、エルノさんの新人研修チーム計6名、更に周辺監視にあたっていたグリフィニア主任のヘンリクさんとヴェイ二さん、サロモさんの3名も動員されたのだからね。
それにどうやら、エルメルさんが辺境伯家調査探索局から伴って来ていた2名のファータの局員も、この取締りに加わってくれたらしい。
つまり、ミルカさんとエルメルさんを入れると合わせて15名ものファータの探索者が、ケリュさん言うところの3匹の人型ネズミの捕獲に動いた訳だ。
「ザカリー統領のお膝元で、下手なんぞこいたら、一族の他の連中に笑われるからの」
「そうそう、周りに示しがつかんでな。はっはっは」
視察も終わって屋敷に戻ったあとに調査外交局本部で報告を聞くと、アルポさんとエルノさんがそう言って笑っておりました。
この報告の場では、俺とカリちゃんとクロウちゃんの前にミルカさんとエルメルさん、そしてユルヨ爺とアルポさんとエルノさんにブルーノさんも顔を揃えている。
それで実際にはファータの15名で、その不審者が潜んでいた林の四方を遠目に囲んですべての退路を塞ぎ、それからユルヨ爺とアルポさん、エルノさんに補佐されるかたちで、新人3名に接近させたそうだ。
そして所謂、職務質問を行った。
するとその不審者たちは、あっさりと白状したとのことだ。
「つまり、玄人では無かったということですな」とはユルヨ爺。
「わしら3人が離れて囲んで、ちょいと腰鉈なんぞを出すとな」
「直ぐにビビりよったのですわいな」
あー、少年少女3人を向かわせて、その後ろから明らかにただ者では無い爺さん3人が殺気をぶつけて、無言の圧力をかけた訳ですね。
かつての15年戦争経験者、それも武闘派幹部の怖い圧力ですから、これはビビりますよねぇ。
ユルヨ爺たちによると、どうやらこの不審者の3人は金で雇われたならず者の類いだったそうだ。
もちろん現役の冒険者などでは無い。もしかしたら冒険者くずれ、あるいは傭兵くずれかも知れないとの見立てだ。
その3人で組んで、暴力を伴う裏仕事を稼業にしていたみたいだね。こういう連中は、金や自分が抗えそうにもない暴力と自分たちの身の安全には敏感だ。
彼らの今回の雇用主は、どうも王都に根を張るいくつかの裏稼業組織のひとつで、その組織が更にどこから依頼を受けていたのかは彼らも知らなかった。
それで仕事内容としては、ひと言で言えば“グリフィニアの奇跡”という噂が流れた、そのグリフィニアの様子を探って来ること。
そういう仕事には、裏稼業に携わる者同士で情報のやり取りをするのが早いのだが、いかんせんグリフィニアにはそういった裏稼業組織が存在しない。
これは当家の騎士団と領都警備兵部隊が、王都や他の貴族領都よりも治安維持においても実力的に高いのもあるけど、同時に多人数の冒険者を抱える冒険者ギルドが街の治安保持を補完しているからだ。
「冒険者たちが手伝ってくれるのは、はっはっは、ザカリー様とエステル様が愛されていて、かつ怖いですからね」
「そうなの、かな」
そのミルカさんの言はともかく、グリフィニアには裏稼業の者同士で情報を得る相手がいない。
なのでとにかく街の中に入り込んで、素行の悪そうな冒険者なんかを見付けて、金やら甘言やら脅しやらで情報を取ろうと目論んでいたらいしいのだ。こっちにはそんな冒険者はいないけどね。
しかし彼らが到着したこの日は、明らかに警備が厳重だった。
領都内に入るチェックもかなり厳しそうだったので、それで離れて様子を伺いながらどう潜入するかを相談していたところに、うちの探索部が接触したということですね。
まあ殊更に警備が厳重だったのは視察があったからでもあり、運が悪かったですなぁ。
ユルヨ爺たちは、もう二度とグリフィニアには近寄るなとキツい脅しをかけてその人型ネズミを解放したそうだ。
「それにしても、王都まで噂が流れて、それでどこやらからか依頼が出されて、そいつらが雇われてって、ずいぶんと早くないですか?」
“グリフィニアの奇跡”という噂の元となった俺たちグリフィン建設(仮)が工事を行った日が1月の24日で、それから僅か10日足らずしか経過していない。
「噂は王都ならば3日もあれば。しかしそれだけ関心を引いたということと、準備期間が無いので探索の素人を使って拙速に動かした、というところでしょうか」
「あと、白状した話に嘘が無いとすれば、まずは大もとの依頼主が自前の探索者や探索部隊を持っていないということ。それから王都の裏稼業組織に手蔓があるということがわかりますな」
ミルカさんとエルメルさんが、それぞれそう言った。
「もし依頼主がうちの一族を雇っておる場合、ザカリー様のお膝元へということであれば、依頼主が何を言おうと、うちの者は適当に誤摩化してまず動きませんな。なので、他の手段を使う必要がある」
「それはあるね、ユルヨ爺。だけど、その場合はこちらに事前に連絡が入るな」
「そうですな若長。なので、うちの一族の雇用主では無い、という線が濃いでしょうな」
若長というのはエルメルさんのことだね。
ユルヨ爺とエルメルさんやミルカさんによると、それらのことだけで依頼主の素性を辿る線はだいぶ絞られて来るのだそうだ。
いずれにしろ事前に少々危ぶんでいた、グリフィニア拡張事業に俺たちが魔法で手を出したことの影響が、早速に表れたということだ。
交易などの目的で訪れる旅人や商人を通じて、“グリフィニアの奇跡”が王国中、あるいは国外にまで知れ渡るのを止めるのは難しいだろう。
「きっと羨ましいんですよ。これは嫉妬です」
「嫉妬? ああ、人間というのは、自分たちがするのとは違う、何か特別な出来事を耳にすると、羨ましいと思うのと同時に脅威にも感じるものなんだよ、カリちゃん」
「数の多い種族というか、人間という生き物らしいとこ、ですよね」
「他人もなるべく自分と同じ程度であってほしいし、自分たちの理解を超えたものは否定するか、あるいは人間じゃない存在の仕業にして遠ざけたい、という感じかな」
「ああ、それは仕方ないですよぉ。じっさい、人間じゃない存在が混ざっちゃってますから」
「あはは、そうだった」
「カァ」
翌日は請われて、午前中にブルクくんとルアちゃんにソフィちゃんも参加して剣術の訓練を行った。
もちろんアビー姉ちゃん騎士にジェルさんとオネルさん、フォルくんとユディちゃんも付き合ってくれて、エルンスト・ホイス騎士とアンネリーゼ・ヘラー従騎士ら辺境伯騎士団の護衛騎士団員も加わった。
「ならば、俺も木剣を振るか」とヴィック義兄さんが参加を申し出ると、ケリュさんが「我も」と参加する。
ヴィック義兄さんはヴァニー姉さんからなんとなく正体を聞いたらしく、ケリュさんと顔を合わせて言葉を交わすのも相当に遠慮していた。
しかしケリュさんが、「そなたがザックの義兄ならば、我もザックの義兄だ。ならば、そなたと我も義兄弟ということだな、わっはっは」とかなんとか言って、ようやく話をすることが出来るようになったみたいだね。
「あなた、みなさんに置いていかれないように」
「うん、頑張るよヴァニー」
「ヴィックは、もうひとりの我の義弟だ。しからば、我が鍛えて進ぜようぞ」
「え? あ、はい。お手柔らかに、お願いします」
「うむ、任せよ」
「ケリュったら、無理させちゃダメよ。あ、ヴァニーちゃん、心配しなくていいわよ。このひとも、それなりに人間の常識は理解してるから。それにジェルちゃんたちも見ていてくれるし」
「あの、ですよね、シルフェさま」
騎士団訓練場に行ってまずは素振りからと準備を始めると、この日の訓練に出て来ていたうちの騎士団員や騎士団見習いの子たちが集まって来て、結局はこの場に居る全員で揃って訓練を行うことになった。
少年少女たちの指導講師であるドミニクさんももちろん加わる。
まあ普段も、たまに俺が騎士団訓練場に顔を出すと、こんな風に全員揃っての訓練になるのですけどね。
久し振りのこの訓練場の様子を懐かしそうにしているヴァニー姉さんがエステルちゃんと並んで観に来ていて、この場に居るそんなふたりの方を見ると、俺も子どもの頃を憶い出してなんだか懐かしくなる。
それで、素振りからの打込み稽古と定番の手順をこなす。
打込みでは先ほどのケリュさんの発言通り、ヴィック義兄さんとふたりで組んで熱心に稽古を行っていた。
それがひと段落すると、ルアちゃんが俺と木剣を合わせたいと挑んで来てブルクくんも同調し、そこにソフィちゃんも加わってと、かつての総合武術部の雰囲気が再現されたみたいで楽しかったですな。
特にルアちゃんとブルクくんは、それぞれにソフィちゃんと木剣を合わせたあとで、隋分と驚いていたようだ。
「1年以上振りだったけど、ソフィちゃん、やたら強くなってたよ」
「だね。それに剣が、なんというか変幻自在と言うか、自由闊達に動くと言うか、不思議な感じだったなぁ」
「エステルさまのにちょっと似てたよね」
「ファータ流というやつかもだ」
「わたしたちも、もっと頑張らないとだね」
そんなふたりの会話が聞こえて来て、俺もあらためてなるほどなと思ったり、ちょっと安心して誇らしくも思ったりしました。
午後過ぎからは、昨日にカロちゃんと約束した総合武術部の言わば同窓会だね。
俺はブルクくんとルアちゃん、そしてソフィちゃんを連れて、カロちゃんご指定のソルディーニ商会直営のスィーツカフェのお店へと向かう。
エステルちゃんも誘ったのだが、「あなたたちだけで行ってらっしゃい。でも、付き添いはひとりぐらい。カリちゃんお願い」「はーい」ということだった。
エステルちゃんとアビー姉ちゃんは、滞在最終日のヴァニー姉さんと午後を姉妹の女子会で過ごすのだそうだ。
グリフィニアだと早朝の早駈けに俺ひとりで走るのは許してくれるのだけど、さすがに昼日中に街中を徒歩で歩く場合はエステルちゃんか、または近年はカリちゃんが同行する。
そしてその場合は、ジェルさんたちお姉さん方も護衛で付くのだが、今日はブルクくんとルアちゃんを連れての同窓会行きということで、表立ってはカリちゃんだけにしてくれたようだ。
ただしソフィちゃんも一緒なので、一昨日の不審者の件もあってティモさんとリーアさんに、今日はこのふたりの指揮で3人の新人局員を加えた5名で陰護衛と周辺警戒を行っていた。
まあ、あの子たちの現場研修の一環に役立てばと思います。
カロちゃんが指定したスィーツカフェはブルーローズという店名で、グリフィン子爵家が公認したお菓子を紋章が付いた箱に入れて販売するショップに、昨年までの王立学院学院祭での俺たちの魔法侍女カフェみたいに、スィーツと紅茶などのメニューを提供するカフェを付設したお店だ。
尤も、店員さんの制服は魔法侍女服では無いけどね。
これはうちの屋敷の侍女さんたちがあの制服姿なので、さすがに遠慮したのだそうだ。
「王都だったら、いいと思いますけど、うちの会長が、ダメだって」と、カロちゃんが言っていた。
うちの会長とは、カロちゃんのお父さんのグエルリーノさんのことだけど、最近はなんだか彼女はそう呼ぶようになっています。
そのグエルリーノ会長によると、このスィーツカフェの経営者は実質的に商会でお菓子関係の担当となったカロちゃんなのだそうで、自由にさせているとのこと。
お店は中央広場の外周道路に面していて、広場の豊かな緑の景色を楽しめる一等地に在る。
「みんな、いらっしゃい、です」
「お邪魔するよ、カロちゃん」
そのカロちゃんが、お店の前に出て俺たちを迎えてくれた。
「ひゃあー、カロちゃんがオーナーさんのお店なのね。羨ましいわぁ」
「なに言ってる、ですか、ルアちゃんは。新人店長、みたいなもの、ですよ。はいはい、中に入ってくださいな」
お店は名称の通りに青い薔薇をシンボルマークにして、店内は派手過ぎず可愛らしくなり過ぎずに爽やかなブルーをベースの色調として、様々な色合いの花の色がアクセントに散りばめられている。
ちなみに、俺の前々世の世界では青い薔薇は幻の存在と言われていたのだそうで、その花が咲いたのはごくごく現代のことなのだとか。
それも日本の有名企業とオーストラリアのベンチャー企業が共同して開発したものだと、つい最近にクロウちゃんから教えて貰いました。
だけどこの世界では、その幻の青い薔薇が何故だか自然界に存在している。
俺がその話を聞いてふとシルフェ様の顔を見ると、なんだかニマニマ笑いながら「どうよ」という表情をしておりました。
「カァカァカァ」
「へぇー、青い薔薇の花言葉って、夢が叶うとか、奇跡とか神の祝福とかなのね。ザックさまは知ってました?」
「あ、知らなかったのであります」
エステルちゃんが感心していた青い薔薇の花言葉は、クロウちゃんによると前々世の世界でそれが開発されるまでは、「世の中に存在しない」「不可能」「夢の花」というのものだったらしい。
まあこちらの世界では、どこぞの風の精霊様がその不可能を可能にして夢を叶えていた訳ですな。
「みんな、何にします? とても残念、だけど、ザックトルテは無くて、でもグリフィニアチーズケーキは、ありますよ。ね、ザックさま」
「あ、うん、なるべく早く善処します」
カフェの眺めの良い席に案内されて腰を落ち着けると、カロちゃんがそうオーダーを取りに来る。
ブルクくんとルアちゃんは、昨年秋の学院祭以来のグリフィニアチーズケーキのセットを注文したのだけど、そうですねぇ、ザックトルテはもうそろそろ何とかしたいですなぁ。
「わたし、グリフィニアチーズケーキも、だいだい大好きですよ、兄さま」
「うん、ソフィちゃん。ありがとう」
まあショコレトールの件はともかく、今日はこのちょっとした同窓会を楽しみましょう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




