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第10話 視察にご案内

 翌日はまたお客様も加わって賑やかに朝食をいただいたあと、カリちゃんをお供にミルカ部長も同道して貰って、俺は皆さんをグリフィニア拡張工事エリアの視察へと案内した。

 ヴィック義兄にいさんと、それからヴァニー姉さんも視察に行くということで、警護にはエルンスト・ホイス騎士らキースリング辺境伯騎士団の護衛部隊が付く。


 うちからは、ジェルさんたちお姉さん方3人とフォルくん、ユディちゃんの調査外交局独立小隊の5名が帯同し、ブルーノさんとティモさん、リーアさんが陰警護といちおうの現場監視で先行している。


 あと、アビー姉ちゃん騎士の指揮で、警備のために騎士団の騎士小隊が出動した。

 それから、ユルヨ爺とアルポさん、エルノさんの長老3人がファータの新人3名の少年少女を引き連れて、現場研修がてら秘かに監視業務に付いている筈だ。


 子爵館から旧南門まではそれほど距離が無いものの、本来なら辺境伯家次期当主夫妻の視察ということで馬車や騎馬を連ねて行くというところだが、ヴァニー姉さんの強い要望もあって皆で歩いて行くことになった。


「久し振りにグリフィニアの街を歩いてみたいの。いいでしょ? ザック」

「お、それはいいな。俺たちはエールデシュタットでも、ほとんど街中を歩けないからね。いいだろ? ザック君」


 さすがに辺境伯家次期当主夫妻となると、領都エールデシュタットの中でも気軽に街歩きなどは出来ないのでしょうな。

 あそこだと、小高い丘の上に在るエールデシュタット城から街に出るのも少し大変そうだし。

 その点グリフィニアなら街の規模もそれほど大きくは無いので、うちの庶民的な気風もあってそれほど気を遣わずに徒歩でも行けるよね。


「いいよ姉さん。そうしたら義兄にいさんも少しだけだけど、グリフィニアの街を楽しんでください」

「ありがとう、ザック」

「うむ。これは楽しみだ」


「カァカァ」

「そうだね。そうしたら、クロウちゃんは空からよろしく」


 クロウちゃんが街の上空から陰警護チームの監視に加わると言って、先行したブルーノさんたちの許へと飛んで行った。



 父さんと母さん、エステルちゃんとソフィちゃんたち屋敷の皆に玄関前で見送られて、出発する。

 シルフェ様たちからも「行ってらっしゃい」と声を掛けられている。


「それで、ケリュさんはなんでここに出て来たのかな?」

「それはおまえ、我もグリフィン建設の一員だからな。あれから工事現場には行っておらんし、まあ一緒に視察だ」


「はあ。いいですけど、余計なことはしないように」

「余計なこととはなんだ。我はおまえと違って、この地上世界ではいたって常識的な……」

「はいはい、そこのおふたり。出発ですよ」


 何故だかケリュさんも付いて来るというので、仕方ないけど許可します。

 その彼とカリちゃんは独立小隊の平時制服姿をしていて、要するにジェルさんたちと同じ装いだ。

 カリちゃんは貴族子女の外出着では無く、今日はこちらだそうだ。

「もしものことがあったときに、対処し易いですからね」なのだとか。


 そのカリちゃんの姿を見たルアちゃんが凄く羨ましそうな顔をしていて、隣に居るブルクくんに何か話している。

 彼女はこれまでの4年間、学院の制服姿か課外部の練習着姿がほとんどで、うちの王都屋敷での卒業パーティーで珍しいドレス姿を見たのだが、いまはやはり準男爵の娘さんらしい外出着だからね。


 そのルアちゃんにブルクくん、そしてそれぞれのお父上のコルネリオさんとベンヤミンさん、そしてエルメルさんも加わり、かなりの人数の一行は子爵館の正門からグリフィン大通りへと出た。




 グリフィン大通りをそぞろ歩き、途中の中央広場を経てサウス大通りへと歩みを進める。

 その路上や行く先々で、商店の人や道行くひとたちから声を掛けられた。

 もちろんいちばんの人気はヴァニー姉さんで、「お帰りなさいませ、ヴァネッサさま」とか「あれまあ、なんとますますお綺麗になられて」とか、ひっきりなしに挨拶される。


 警護をするうちのジェルさんたちは、そういった街の人たちが親しげに近寄って来るのを注意深く見ながらも特に排除などをしないのだが、エルンストさんたち辺境伯騎士団の護衛部隊もそんなグリフィニアの流儀を尊重してくれていた。


「こういうところにも、グリフィン子爵家流というのがあるのだね」

「そうですね。うちは貴族で領主と言っても、ほとんど庶民みたいなものですから。姉さんも僕も、子どものときから領都の人たちと同じ目線で立つことに慣れてますので」


「エールデシュタットでもこんな風になりたいものだな」

「ザカリー長官の配下も、それからこちらの騎士団員や警備兵も、自然な振る舞いでの目配りや対応に習熟しているというのがあるのですよ。もちろん陰からも、それから空からもしっかり目配りがされています。尤も、空からのは真似が出来ませんけどね」


「なるほどな、エルメルさん。この街歩きだけでも、とても勉強になる。どうだ、エルンスト」

「はっ。仰せの通りで」

「ここでは、そうやって硬くならなくてもいいんですよ、エルンストさん」

「ははっ、長官殿。しかし、いや、はい」


 ヴァニー姉さんはジェルさん、ライナさん、オネルさんの3人と楽しそうに話をしながら、女性4人で歩いている。


 この一行の中でもそこがまさに華やかな中心なのだが、ジェルさんたちは王都でもグリフィニアでもこういった女友だち同士の気楽な散歩のような、それでいてしっかりと注意深く警護をするという行動に、確かに習熟しているんだよね。

 しかし戦力的には、当家でも最大であるのが怖い。


「我らも、一層精進せねばだな、アンネ」

「はいです。ジェルさまたちに出来るだけ追い付かないと」

「これは、当家の騎士団員も大変だな。はっはっは」

「ヴィクテム様、それは……」




 上空のクロウちゃんから通信が入って、どうやって今日の視察を耳にしたのか分からないけど、かなりの人数が集まって街角で待機しているようだ。

 もうすぐサウス大通りとアナスタシア通りの交差点。つまり冒険者ギルドのある四つ角だからね。


「ジェルさん」

「ああ、そろそろですか。今日もですな」

「見えましたよ。今日も多いですねぇ」

「ホントにあいつらったら、いつ嗅ぎ付けたんだか。鼻だけはいいわよねー」


「ザックの子分たちね」

「ザック君の子分たちって?」

「ふふふ。どちらかというと、エステルちゃんの子分かしら」

「???」


「グリフィニアの冒険者連中なのですよ、ヴィック義兄にいさん」

「ザックさまは、いろいろ配下が多いんです」

「カリちゃん、配下じゃないからさ」


 先日の所謂“グリフィニアの奇跡”と呼ばれる工事があったこともあり、冬場でヒマをしている冒険者たちが益々妙な敬意を俺に持ったというのを、ついこの間に聞いたんだよな。

 それに今日は、ヴァニー姉さんが帰省したというのもどこかで聞き付けたのだろう。


 その冒険者たちが100人以上は集まっているのか。

 冒険者ギルド前の四つ角に整然と並んで、皆で一様に腰を折って頭を低くしている。

 ああ、いちばん手前に居るのはニックさんたちのパーティだな。

 仕方が無いので少し足を停めますか。


「ご苦労さんです、若旦那」

「ご苦労さんです」

「お帰りなさいませ、ヴァネッサさま」

「お帰りなさい」


 誰かが音頭を取って、そんな風に声を揃えて一斉に挨拶をする。


「あらあら、わたしのことも憶えてくれているのね」

「それはいくらこいつらでも、ヴァネッサさまのことは忘れないわよー」

「うふっ、そうなら嬉しいわ、ライナさん」


 能天気なうちの冒険者でも、王国一の美女のヴァニー姉さんのことを忘れたりはしませんよ。



「ニックさん、ジェラードさんたちは工事現場の方かな」

「これは、若旦那。ギルド長とエルミさんは、向うでお迎えするって言ってましたぜ。俺らもと思いましたけど、邪魔になるといけないんで、こちらで」


「そうか。それはありがとう。皆もご苦労さま」

「へいっ」

「ヴァニー姉さん。ちょっとひと声、声を掛けてあげて」


「そうね。みなさま、こうして迎えていただいて、ありがとうございます。今回はちょっとした里帰りですけど、街のひとたちや皆さんのお姿を見て、ああ、グリフィニアに帰って来たんだなぁって、あらためて実感出来ました。これからも、グリフィニアの若旦那と、それからエステルの姐さんをよろしくお願いしますね」


「へいっ」

「もちろんですよぉ、ヴァネッサさま」

「お元気そうでなによりです」

「若旦那と姐さんのことは、俺らに任せてくださいや」

「あんたには任せたくないって、若旦那の顔に書いてあるよ」

「それは、そうだよなぁ」

「わはははは」


「そうそう。みなさんに紹介しておくわね。これがわたしの旦那さまよ。次の辺境伯さまなの。ちょっとイイ男でしょ」


「これは、お初にお目にかかりやす」

「頼もしそうな旦那さまだわね」

「次の辺境伯さまだって」

「ヴァネッサさまと、とてもお似合いですよぉ」

「あんただったら、若旦那とどっちを選ぶ?」

「うーん、難しい選択」

「どっちにしろ、あたしらには選べないけどさ」

「ははは、言えてるー」


 まあ、冬場の閑散期だけど、皆が変わらず明るいから良しとしましょう。


「じゃあ、行くよ。ほら、通行の邪魔になるから、速やかに解散、解散」

「へいっ」「はーい」


「頼むね、ニックさん」

「まだ午前ですから、酒も入っていないんで大丈夫ですぜ。ほら、若旦那の仰せだから解散だ」


 ニックさんたちもすっかりグリフィニアを代表する冒険者パーティになって、舎弟頭とかそんな感じなんですかね。ああ、そういう組織じゃないのか。


「グリフィニアの冒険者とは、あんな感じなんだね」

「ちょっと驚いたでしょ、あなた」

「ああ。そもそも、冒険者とはほとんど接したことが無かったからね」

「たぶんこんな風なの、グリフィニアだけよ。ね、ザック」

「そうでありますか、なぁ」


 一見、柄のあまりよろしく無い、どちらかというと粗暴な見た目の武装した大勢の冒険者が、警備の者に規制もされずに直ぐ近くでああやって腰を折って整列していたり、わりと親しく領主一家の人間と会話したりというのは、まあおそらく珍しいのだろうね。




 旧南門で領都警備兵の人たちに敬礼されてそこを潜ると、アビー姉ちゃん騎士と騎士小隊、それから各ギルド長たちが待っていて一行を迎えた。


 そこで商業ギルド長のグエルリーノさんが代表してヴィック義兄にいさんとヴァニー姉さんに挨拶をし、彼らの案内で視察が始まる。

 ここからは、アビー姉ちゃん騎士とギルド長たちに任せておけば良いだろう。


 今日もカロちゃんがグエルリーノさんと一緒に来ていて、直ぐにルアちゃんとブルクくんと再会の言葉を交わしていた。


「明日は、久し振りに、ソフィちゃんを交えて、どこかで、ザックさま。いいでしょ? カリ姉さん」

「はい。明日は長官もご予定が無くてヒマですから、大丈夫ですよ。エステルさまにも伝えておきますね」


 俺に聞かないでカリちゃんに確認するところなどは、カロちゃんも良く分かっていらっしゃる。

 場所はうちの屋敷ではなくて、街中にあるソルディーニ商会経営のスィーツ店にするそうだ。

 その方がルアちゃんもブルクくんも気兼ねなく話が出来そうですな。



 俺たちグリフィン建設(仮)が行った新たな都市城壁建設と旧部分の撤去工事から1週間ほどが経過して、いまはまず新南門の建設工事と、それからアラストル大森林への導入口として東側に新設される門の工事が開始されている。

 この新しい門の方は“ザカリー門”という名称で決定なんですかね。


 そのほか、拡張エリア内の道路の普請や整地作業と土地の区割りも始まっていて、いよいよ本格的に事業が進み始めたというところだ。


「(ザック、人型のネズミが何匹かいるぞ)」


 ここまで珍しく存在感を消して、大人しく一行の中に溶け込んでいたケリュさんだったが、そんな念話を送って来た。


「(人型のネズミ?? ああ不審者ですか。どの辺ですか?)」

「(南門の工事現場の外、まだだいぶ離れた街道外れの林の中だな。3匹ほどがこちらを伺っているようだ)」


 どうやらケリュさんの探知に引っ掛かったようだが、アクティブな探査魔法では無くて何かの神力でしょうかね。

 俺も探査の力を発動させて探ってみるとケリュさんの言う通り、拡張エリアの外の新南門の工事現場から300メートルほど離れた位置にあるちょっとした林の中に、怪しげな3人の人影が浮かんだ。


「(どうしますか? ザックさま。ひとっ走り、わたしが確かめて来ましょうか?)」

「(いや、まずはクロウちゃんに飛んで貰って確認して、そのあとはミルカさんに任せよう。クロウちゃん、聞いてた?)」

「(カァ)」


 ひと声、念話で返事をしたあと、上空を滑るようにクロウちゃんが飛んで行った。

 そして接近した彼の視覚と同期させてその林の中の3人を視ると、風体はどこかの冒険者みたいな姿だが、木陰から周囲に目を配りながらこちらの新南門工事現場の方を注視しているようだ。


 あれって、外部から領都へ入る際のチェックの具合を伺っているか、あるいは別の侵入経路を探しているといったことだろうか。

 そもそも普通の訪問者なら、街道から逸れたあんな林の中でこちらを伺っていたりはしないよね。


 新南門が建設中ということで、現在はその外で馬車や騎馬、徒歩の訪問者を警備兵部隊がチェックし、両側が柵で封鎖された内側の街道を通して、あらためて旧南門で通行者の確認を行っている状態だ。


 ミルカさんの姿を探すとエルメルさんとふたりで何か話していたので、そのことを伝える。


「了解です。あとはお任せください」

「ユルヨ爺たちともまだ会っていないので、わたしもちょっと付き合いますかね」


 そう言ってミルカさんとエルメルさんの兄弟は、音も立てずに走って行く。

 ユルヨ爺やアルポさん、エルノさんとファータの新人がどこに居るのかは、既に承知しているみたいだった。


 いやあしかし、キースリング辺境伯家からヴィック義兄にいさんとヴァニー姉さんが来ているのを承知してのことなのか、それとも“グリフィニアの奇跡”という噂話を耳にしてのことなのか、あんな不審者が現れ始めたということなのですかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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