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第9話 ソフィちゃんの事情を説明する

 ヴァニー姉さん夫妻たちの滞在予定は3泊4日ということで、それなりに忙しい日程だ。

 到着した日の晩は、ベンヤミンとエルメルさん、コルネリオさんにブルクくんとルアちゃんのお客様全員を招いて、食堂でうちならではの晩餐を楽しんで貰った。


 もちろん人外組の方々も一緒で、なかなかに賑やかな夕食でしたな。

 ちなみにここ子爵館の食堂は、玄関ホールを囲んで左右合わせて4室あった来訪者用控室のうちの、食堂と壁を隔てて隣り合っている2室分を潰して繋ぎ、かなり広くなっていた。


「なるべく大勢でもテーブルを囲めるようにな。うん、そのなんだ。つまり、おまえの王都屋敷の真似という訳だ」と、父さんが改装の説明をしていました。

 これってたぶん、シルフェ様やケリュさんたち人外組がこちらにも長期滞在するのを予測してのことなのだろうね。


 でも、俺たちが王都に移動しちゃうと人外組も移動するから、そうすると広い分だけ途端に寂しくはならないかなぁ。

 俺がそう言うと、「その際には、部屋を半分に仕切れるように工夫しましてね」とウォルターさんが教えてくれた。

 なるほどね。食堂を半分の広さに出来る可動式の仕切り壁の仕掛けも造ってあるらしい。


 それで、その大幅に拡張された食堂が早速、今回の晩餐に役立った訳だ。



 夕食が済んで、そのまま2階のお客様用ラウンジへと移動する。

 ラウンジは同じ広さの部屋が2部屋あり、片方が家族用でもう片方がお客様用だ。


 従来、それぞれかなり広めの空間となっていて、家族用の方は俺たち姉弟が学院に入学する前は家族のリビングであると同時に、遊び部屋と勉強部屋を兼ねていたんだよね。

 お客様用の方はその呼び名の通り来客時のみに使われる部屋だけど、人外組が滞在するようになってからはシルフェ様たちが過ごす定位置になっている。


 それで、このふたつの隣り合わせのラウンジも間の壁を可動式の仕切り壁にして、何か必要が生じた際にはそこそこの広間に出来るようにしたのだそうだ。

 これは以前に俺が、大広間を使うほどではない会議や集まりなどに使用出来る、それなりの広さに部屋が必要だよねと言ったのを実現した結果だね。


「あなたとエステルの部屋を一緒にするのまでは、まだ改装できていないのよね。あなたたちが居ない間に勝手にいじるのもなんだし」とは母さんの弁。

 まあそれは、まだ先でいいですよ。


 それでお客様たちと人外組とうちの家族とでお客様用ラウンジに腰を落ち着けて、暫し夜の時間を過ごす。


「ねえ、ザック。ちょっと聞いていいかしら」

「なんでありましょうか、姉さん」


 そのラウンジに思い思いに座るときに、ヴァニー姉さんが俺を手招きで呼んでそう小声で俺に話し掛けて来た。

 向うで腰掛けているヴィック義兄にいさんも、こちらをちらちら見ています。


 しかしなんですな。あらためてですけど、こうして久し振りに間近にヴァニー姉さんを見ると、益々美人さんになっておるばかりか、若奥様としての匂い立つ色香なんぞもずいぶんと漂って来るようですなぁ。

 姉さんも今年でもう20はたちでありますか。


「あなた、なにマジマジとわたしの顔を見てるの? 何か付いてる?」

「いや、何も付いてないのであります」


「もう、相変わらす変な子ね。それで、あのケリュさまって、シルフェさまの旦那さまなのよね」

「うん、そうだよ」

「ということは……」


「あー、口に出していけないこともありますから」

「そういうこと? つまり?」

「シルフェ様の本当の正体を知っている者だけに、それが分かると。何しろ、真性の風の精霊様の旦那様ですからね」


「精霊様より更に上ってこと?」

「はいそこまで。この話は、姉さんとヴィック義兄にいさんまでね」

「わ、わかったわ。でも、どう接すれば良いのかしら」


「さっきも紹介したように、ケリュさんは、エステルちゃんのお姉さんの旦那様で、某外国のとある場所で戦士長をしていたということで。それからあの人、僕のことも義弟おとうとって言うから、それに合わせてよ」

「う、うん、わかったわ」



 そんなヒソヒソ話もありまして……。

 皆がラウンジに腰を落ち着けて寛ぎ始めた様子を見て、俺はソフィちゃんをあらためて紹介することにした。


 ブルクくんとルアちゃんは事情を聞いて良いものなのか躊躇っているし、姉さん夫妻を始めキースリング辺境伯家外交担当のベンヤミンさんと、新しくエイデン伯爵家外交担当となったコルネリオさんにも、ある程度は話しておかないとだからね。


「あー、お寛ぎご歓談のところ恐縮でありますが、みなさん。暫しご注目をいただければ」


「なになに、ザック。あんた、また何か始めるの?」

「ザック部長の、あ、ザックさまのこういうの、久し振りだよね」

「だな」


「アビー姉ちゃんも、ルアちゃんもお静かに」

「わかったわ」「うん」


「本日は遠方より、とは言ってもお隣ですが、ここグリフィニアにお越しいただき、ありがとうございます。またヴァニー姉上殿には初めての里帰り、ヴィック義兄あに上殿ともども満喫していただけているものと、この愚弟としましても格別に嬉しく思う次第であります」


「それで本題はなんだ? ザック」

「あー、父上もお静かに」

「お、おう」


 そこで俺は、ソフィちゃんを隣に呼んだ。


「本題は、ここに居るソフィちゃんのことでありますよ。皆様も口には出しておりませんが、どうしてグリフィニアに? と思っておられるかと。それで少々、ご説明をさせていただきます。いいよね? ソフィちゃん」

「はい。ザック兄さまにお任せするのであります」


「学院時代にも思ってたけど、あのふたりって、なんだか似てるよね」

「そうだよな。ソフィちゃんも兄さまとか呼んでるし」

「ソフィちゃんは、わたしらの妹になったんだよ」

「へぇー、そうなんですね、アビー先輩」


「はいそこ、お静かに」

「はーい」「おう」



 それから俺は、ソフィちゃんがいま此処に居る経緯の概略を、多少は事実から言えない部分を隠して加工しながら話した。


 彼女がグスマン伯爵家の四女でありながら、彼女を産んで直ぐに亡くなられたお母さんが正妻では無かったことから、幼い頃より孤独で何かと虐げられた立場に置かれていたこと。

 そして、伯爵家配下のレムス準男爵のアホ息子との強引な婚姻を画策され、それを強く拒否した昨年の初めに伯爵家別邸に軟禁されて、準男爵が治める町へと強引に移送されそうになったこと。


 その危機を知った俺たちの部隊が、秘かに策略をもって移送中のソフィちゃんの身柄を確保して救出、昨年の間はファータの隠れ里に匿ったこと。

 そして1年が経過し、彼女はこれまでの心の傷を癒しながら逞しく成長して、つい先日にグリフィニアに戻って来たこと。


 当グリフィン子爵家としては、大々的におおやけには出来ないものの、内々のこととしてソフィちゃんを当家の娘として迎え入れ、彼女は当面グリフィニアで暮らすこととなった、というこれまでのストーリーだ。



 キースリング辺境伯家のベンヤミンさんとエイデン伯爵家のコルネリオさんも、一昨年のヴァニー姉さん夫妻の結婚式に出席したソフィちゃんと顔を合わせているので、彼女がグスマン伯爵家の四女であったのは承知している。

 そして、この1年間で彼女が学院を退学し、消息が不明となっていたことも承知していたのだろう。


 それでも共に領主貴族家の外交を担当するふたりは、今日ここでソフィちゃんと突然に顔を合わせたことについて、かなり驚いた顔はしたもののそれ以上に深く事情を尋ねるのを控えていてくれていた。


「そういうことでしたか、ザカリー長官。あらためて驚きましたが、いえ、長官がどのような秘かな策略でソフィさんを救出したのかは、大変に興味はあるものの敢えてお尋ねはしませんよ。でもこの1年の間、ファータの里におられたとは……。もちろん、エルメルさんは承知していたのでしょうけど」


「すまない、ベンヤミンさん。こればっかりはファータの最高位からの指示で、一族全体の秘匿事項としていたものでね」

「そう、なのだろうね」


 ベンヤミンさんは頷いて俺の方を見た。


「これはコルネリオさん、まずはこの場だけの秘密としておきましょうぞ」

「そうですな。私どももザカリー長官に信用をいただいてご説明されたものと、そう思って腹に仕舞って置きます。しかし子爵様。その、ソフィ様のご実家の方との関係は大丈夫なのですか?」


「ああ、グスマン伯爵家だな。あちらの伯爵とは、うちの長官殿が昨年夏の王宮行事で言葉を交わしているが、これまで特にうちが何か探られたり追求されたりということは無い。問題はこれからだが、いつかはソフィがここに居ることも洩れるやも知れん。だがそのときには、俺がソフィを引き取って我が娘としたと、そう突っぱねるつもりだ」


「グスマン伯爵家と大きな揉め事になってもですか? ヴィンス兄さん」


 ベンヤミンさんは学院生時代にうちの父さんの後輩で、私的な場所ではヴィンス兄さんと呼ぶ間柄だ。


「まあそうなるだろうがな。ザックも、そして俺もアンも、もちろんアビーもエステルも、それを承知でこうしてソフィを家族とした。いいよな? ヴァニー」


「ええ、もちろんですとも。以前からも、ソフィちゃんの事情は伺っていて、昨年に学院を退学したことを聞いて、わたしも心配していました。でも、ザックがいるから。何もしないで放って置くなんて、ザックなら絶対にしないだろうって、そう思っていたのよ。良くやったわね、ザック。だから、もしもその伯爵家にバレて揉め事になったら、わたしは姉として、ソフィちゃんを助けます。実家の家族ですから。ね、あなた」


「ああ、もちろんだとも。ソフィさんはつまり、我が義妹いもうとでもある。仮に大きな揉め事になるようなら、うちの父とも相談し、辺境伯家でソフィさんの後ろ盾になっても良い。父も話を聞けば、否とは言わないだろう」


 ヴァニー姉さんも、ブルクくんを通じてソフィちゃんが退学したことは知っていたらしい。

 本来、うちの家族の中でいちばん芯が強くて理不尽を許さないのは姉さんだし、ヴィック義兄にいさんも真っ直ぐな正義漢だから心強い。


「(ふふふ。この国の北辺の武闘派貴族ふたつを相手にして、戦いを挑むほど骨のある南方の貴族などおらんだろうな)」

「(わたしたちが何かするほどのことでは無いわね、あなた)」

「(ザックひとりでも、南方貴族などは一蹴だ)」


 おい、そっちの血の気の多い神様と精霊様夫婦は、あまり物騒なことは言わないように。

 まあ念話だからいいけどさ。


 それはともかく、俺が説明している間は神妙にしていたソフィちゃんにも笑顔が戻り、「あらためまして、グリフィニアで暮らすことになりましたソフィです。今後ともよろしくお願いします」と皆に頭を下げた。




 このセルティア王国には王家以外に23の領主貴族家があって、つまり王家領を含め24の貴族領で構成されている。


 その領主貴族家と貴族領は、おおまかに言うと3つの勢力に大別され、ひとつは王家が成立した時からの臣下である旧家臣貴族で、王国中央に在る王都と王家領を囲んで領地を有する10家。


 公爵家3家に伯爵家1家、子爵家1家と男爵家5家で、ヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家とライくんのモンタネール男爵家はこの中に入る。

 23家中の10家なので多数派を占めるが、公爵家3家は別として爵位が低い家が多く、領地もそれほど大きくは無い。


 ケリュさんが言っていた南方貴族というのは、この王家と旧家臣貴族の領地とミラジェス王国との間に領地を持つ貴族で、こちらは5家。

 しかし、侯爵家2家に伯爵家2家、子爵家1家と爵位も高く領地もそれぞれに広い。年間を通じた温暖な気候もあって、農業が盛んな地域でもあるね。


 ライナさんや、総合武術部で下級生のブリュちゃんの実家のあるアルタヴィラ侯爵家領。ヘルミちゃんのアンドロシュ準男爵家が属するグラウブナー侯爵家領と、フレッドくんの実家のヴァイラント子爵家領。それからキースリング辺境伯夫人のエルヴィーラさんの実家であるサルディネロ伯爵家領に、ソフィちゃんのグスマン伯爵家領だ。


 つまり南方貴族家やその貴族領出身者とは、俺も何らかの関わりを持つようになって来た訳ですな。



 それから3つの勢力の最後が、言わずもがなの俺たちの北辺貴族家だ。

 こちらは合わせて6家で、キースリング辺境伯家、エイデン伯爵家、グリフィン子爵家、デルクセン子爵家、ブライアント男爵家、オデアン男爵家となる。


 この内のオデアン男爵家を除く5家がアラストル大森林を背後に控え、また最北の辺境伯家は北方帝国と国境で接し、エイデン伯爵家は東の中央山脈を挟んで現在も紛争地帯であるリガニア地方に最も近い。

 あと、辺境伯家、グリフィン子爵家、それからオデアン男爵家は西側がティアマ海で、それぞれに港町での交易活動が盛んだ。


 このように、北辺の領主貴族家は各領地とも地政学的に比較的厳しい位置にありながらも、大森林の恵みや交易で栄えている側面が大きい。

 なので、それが武力を含めて実力を蓄える要因となって、先ほどのケリュさんの念話ではないが“北辺の武闘派貴族”と呼ばれる所以にもなっているんだよね。


 セルティア王国内のこういった3勢力が何故成立したかについては、地理的な位置付けと同時に王国の成立の歴史に即していて、まず王家とその旧家臣10家で王国が生まれ、次にそれぞれ独立した豪族であった南方貴族6家が順次加わり、最後に北辺の5家が加わったという順番だ。


 それもあって、特に北辺の領主貴族家はいまだに独立心と横の連帯意識が強い。

 なので、ソフィちゃんの件も直ぐにすんなり受入れられたのは、そういった北辺独特の感覚が強く影響しているみたいですな。




「それでベン、明日は朝からグリフィニア拡張事業の視察を希望ということだな?」

「はい、ヴィンス兄さん、いや子爵様。是非ともお願いいたします」

「わかった。そしたらザック、頼むな。おいザック、ザカリー長官殿、聞いてるか?」


「へ? あ、承知いたしましたのであります?」

「カァカァ」

「うん、ちゃんと聞いていた、かな?」


「むう。頼むな、カリちゃん」

「すみません。うちの長官て、よくご存知の通り、ときどきどこかに意識が行っちゃいますからね。ダイジョウブですよ。お任せです」


「ザックも、エステルちゃんにカリちゃんが加わって、もうこれで安心ね」

「それがさ、姉さん。このふたりもほら、だいぶ普通の人と違うからさ」

「でもアビー、そうじゃないとザックの世話は無理よね」

「それはまったく否定出来ない」


 あー、うちの姉さんたち。そっちで話していても、いまはちゃんと聞こえておりますからね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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