第8話 ヴァニー姉さん夫妻の来訪
グリフィニア拡張事業の開始をぶち上げたと言うか、どうやらこの事業を領民に強く印象付けたらしい、仮設都市城壁の建設と旧都市城壁の不要部分の一挙撤去が無事に終了しました。
ケリュさんも加わったグリフィン建設(仮)のメンバー6名がこの建設仕事に携わり、ブルーノさんたちの部隊が街道部分の柵の工事も行った。
父さんと母さん以下の子爵家関係者やこれから事業に直接関わる五大ギルド関係者、そして1千名近くの領都民と多くの人たちその見学に集まり、うちの調査外交局の局員や騎士団、領都警備部隊が動員された。
この丸1日を費やした大イベントに俺が掛り切りになっていた間、俺の知らないところで色々なこともあったらしい。
そのひとつが、工事を終えた夜にエステルちゃんとソフィちゃんに聞いたのだけど、カロちゃんとソフィちゃんが再会したことだね。
「なんだかカロ先輩は、わたしがグリフィニアに居るのを、普通に予測してたみたいでした」
「カロちゃんて、ああ見えて、勘が鋭くて頭の良い子ですからね。ソフィちゃんのことは、きっとザックさまが何か良い風にしたに違いないって、そう思っていたそうですよ」
少女から大人の女性へと成長して行く歳頃になっても、相変わらず訥々とした喋り方というか、多くの言葉を費やして話すタイプでは無いのだけど、確かに小さいときからやたら勘が良くて思慮深い子なんだよね。
この日は朝からうちの家族と一緒に、いや家族の一員としてソフィちゃんも旧南門外の広場にずっと居た。
カロちゃんも、商業ギルド長である父上のグエルリーノさんと一緒に来ていたのだそうだ。
ソフィちゃんはグスマン伯爵領から神隠しという体で姿を隠して、ファータの里で1年間を過ごした過程で、グリフィニアに来たときには子爵館の敷地から出たことが無かった。
それがファータの里から先日に戻り、この日に初めてグリフィニアの街中に出掛けたのだよね。
それでソフィちゃんがエステルちゃんたちと広場に居ると、カロちゃんがもの凄いスピードで走って来たらしい。
そして、何も込み入った質問などはせず、この1月からソフィちゃんがグリフィニアで暮らすことを聞くと、ただただ笑顔で、でも瞳から大粒の涙を流したのだそうだ。
「それからもうお互いに何も言わずに抱き合って、総合武術部や学院のことはまたこんど、ゆっくり話しましょうねって、そう約束しました」
「カロちゃんは今年から商会のお手伝いと、それから商業ギルドの手伝いもするそうですよ」
カロちゃんにはオリヴィエーロさんというだいぶ歳上のお兄さんが居て、グエルリーノさんのソルディーニ商会の次期当主として既に商会の重要な地位にあるのだけど、カロちゃんも商会とそれから商業ギルドの仕事もすることになったのだね。
「それも、商会では主にお菓子事業のお仕事に就くんですって。うふふ、カロちゃんらしいわね」
「つまり、ザカリーお菓子工房のお仕事相手ということですよね」
えーと、今日はグリフィン建設(仮)の仕事だったけど、ザカリーお菓子工房とやらもありましたかね。
これまでは、セルティア王立学院の学院祭での魔法侍女カフェを新作お菓子の発表場所に機能していただけなのだけど、今後のことはまったく考えていなかったよなぁ。
尤も、商業国連合の都市国家セバリオを窓口として、エルフのイオタ自治領を交渉相手としているショコレトール豆輸入の件があるのですけどね。
「あと、うちのお父さんとそれからお母さんのところからも、里の者が観に来ていました」
「へぇー、そうなんだ」
「ほんとうは、お父さんもお母さんも来たいって言っていたらしいのですけど、どうもいちおう遠慮したらしいの。他領の役職に就いている者が、あまり堂々と観に行かない方がいいってことだったみたい」
エステルちゃんのお父さんとお母さん、つまりファータの次期総帥で北の里の里長になるエルメルお父さんとそれからユリアナお母さんだね。
他領の役職に就いているというのは、エルメルさんがキースリング辺境伯家の調査探索局の副局長で実質的なトップの地位にあり、一方でユリアナさんはブライアント男爵家の同じく調査探索グループの元締め、かつジルベール男爵お爺ちゃんの相談役的な立場になっているからだ。
まあ俺の義理の父と母になる人たちだし、キースリング辺境伯家もブライアント男爵家も北辺の領主貴族家の中ではうちの親戚なのだから、別に見学に来るぐらいは良いのだけどね。
「へぇー、里の人が来てたんですね。わたし、気が付きませんでした」
「そこはそれ、ファータの探索者なのだから、秘かにですよねぇ、エステルさま」
「そうね、カリちゃん。それぞれ別々だけど、ティモさんとリーアさんだけにわかるかたちで、わたしに繋いで来たのよ」
いつもエステルちゃんの後ろに控えるジェルさんとオネルさんが今日は全体警備に忙しくて、ティモさんとリーアさんのふたりが陰警護で控えていたようだ。
ファータのプロの探索者は本気になれば、誰にも気付かれずに警備の網を掻い潜ってどんな貴人の近くにでも接近出来るのだろうな。
尤も警備の相手は同じ里のティモさんとリーアさんだし、近づく先が里のお嬢様のエステルちゃんなので、純粋に来ていますよという顔見せと挨拶にということだったらしい。
「わたしもまだまだです」
「やっぱり、実際の現場で経験を積まないとよ、ソフィちゃん」
「これはソフィちゃん。姿隠しの魔法だけじゃなくて、探索魔法も修得しないとですよ」
「あ、それです。わたしも覚えられますか? カリ姉さん」
「このカリちゃんに任せなさい」
あの、ソフィちゃんはやっぱり探索者みたいになるのですかね。
ファータ族ではないし、素養があって鍛錬を積んでいたとしても1年だけだし、そこを魔法でカバーするという理屈も分からんでは無いですが、そもそもが。
あー、俺にはなんとも分かりません。
「それで、ザックさま。辺境伯家から近々、どなたかが様子を伺いに来られるって耳打ちされました。たぶん、ベンヤミンさんじゃないかしら」
キースリング辺境伯家から公式に誰かが来るとしたら、エステルちゃんが言うように外交担当のベンヤミン・オーレンドルフ準男爵だろう。
拡張工事の労働力確保の件で辺境伯家ともウォルターさんが交渉しているし、実際に工事も始まったのだから、事業の様子を見に来るということですかね。
辺境伯家からはまだ連絡が来ていないけれど、ファータの統領である俺に伝わるのを前提に、先にこっそりエステルちゃんの耳に入れたらしい。
ファータ同士はこうやって、情報を先伝えにしたりしているんだよな。
それから2日ほどして、キースリング辺境伯家から先触れの連絡が届いた。
向うのファータの者からの情報の通りに辺境伯家からの来訪の打診だ。
その書状の中身を見て、うちの父さんの顔が一気に明るくなっている。
「これを見ろ、ザック。ヴァニーが帰って来るぞ」
「あー、父上。先ほどから僕も、その書状を2回も読んでおるのですが」
「何回見ても良いものだぞ、ザック」
はいはい。じゃあもういちど読みますかね。
グリフィニアに来訪するのは、ヴィクティム・キースリング次期辺境伯とヴァネッサ・キースリングのご夫妻。つまりヴィック義兄さんとヴァニー姉さん夫婦だ。
随行には、ベンヤミン・オーレンドルフ準男爵とエルメル調査探索局副部長となっている。
これは姉さんの公式の里帰りということもあるのだね。
加えて外交担当のベンヤミンさんにエルメルお父さんも書状に名前を連ねて来るということだから、それもあって先日に向うのファータの者がエステルちゃんに情報をもたらした訳だ。
ヴィック義兄さんとヴァニー姉さんとは昨年夏の王宮行事で揃って王都で会っているが、グリフィニアに里帰りするのは一昨年の結婚以来初めてとなる。
なのでまあ、娘大好きの父さんが大はしゃぎするのも仕方がないですな。
「エステルも読んだか?」
「はい、読ませていただきましたよ」
「クロウちゃんは?」
「カァ」
「あなた。もういいから、その書状を寄越しなさい」
「だがな、アン」
「ほら」
「お、おう」
そんなうちの家族のやりとりを見て、ソフィちゃんもあらためて温かい気持ちになったのだそうだ。
変わらずに娘を大切に思い、嫁いだ先から帰って来ると聞いてはしゃぐ父親の姿。
これが1年前以前なら、彼女は自分の親のことと重ね合わせてもの凄く哀しい気持ちになったのかも知れない。
でもうちの父さんの娘大好きは、ちょっと度を過ぎたところもありますからね。
2月に入り、キースリング辺境伯家からヴィック義兄さんとヴァニー姉さん夫妻の一行がグリフィニアにやって来た。
辺境伯家騎士団の騎馬が隊列を組み、馬車を3台連ねて子爵館の正門から入って来る。
先頭の1台はヴァニー姉さんたちで、その次がおそらくベンヤミンさん。エルメルさんも馬車に乗っているのだろうか。3台目は侍女さんとかお世話の人たちかな。
うちの家族やウォルターさん、クレイグ騎士団長らは屋敷の玄関前で出迎え、シルフェ様たちも揃って出て来た。
一行を指揮しているのは辺境伯家騎士団のエルンスト・ホイス騎士だね。アンネリーゼ・ヘラー従騎士も随行しているようだ。
そのエルンストさんが先頭で馬車寄せに馬車を誘導し、馬車が停まると中からヴィック義兄さんと続いてヴァニー姉さんが降りて来る。
そのふたりは、にこやかな笑顔のシルフェ様の姿を見つけると、まずはそこに足早に近づいて片膝を突いた。
「シルフェ様、御無沙汰しております」
「お会いしたかったです、シルフェさま」
「まあまあ、そうして畏まってなんかいないで、お立ちなさい。ここはグリフィニアよ。それから、わたしよりも先にご挨拶しないといけないのは、お父さまとお母さまでしょ? ヴァニーちゃん」
「あ、はい」
シルフェ様はふたりを立たせて、父さんと母さんや俺たちの方へ行くようにと促した。
「良く来られた、ヴィック君。ヴァニー、お帰り」
「去年の王都で以来ね。ヴィックさん、ヴァニー、待ってましたよ」
「はい。なかなか来られなくて申し訳ありませんでした」
「ザックとエステルちゃんが帰って来ている、この冬がいいだろうって。ザック、学院卒業おめでとう」
「いよいよ、本格的に動き出すんだな、ザック君」
「いやあ」
そんな感じで挨拶を交わしていると、2台目の馬車からはベンヤミン・オーレンドルフ準男爵とエルメルさんが降りて来た。
そしてそれに続いて、なんとエイデン伯爵家のコルネリオ・アマディ準男爵とルアちゃん親娘にブルクくんも姿を見せたではないですか。
コルネリオさんとルアちゃんは、今年に入って早速に辺境伯家を訪れていたのですなぁ。
そのルアちゃんとブルクくんは、俺たちの側で控え目に立っていたソフィちゃんの姿を見て目を丸くして驚いている。
ふたりは直ぐに駆け寄りたい風だけど、彼らももう学院生では無いしここは王都とは違うので、待ち切れない感じでそれぞれの父親の後ろに従っていた。
「やあ、ベン、エルメルさん、良くいらした。コルネリオさん、お久し振りです。それで?」
「それが子爵様。昨年に王都で、ザカリー長官にコルネリオさんとふたりでお世話になりましてね」
「うちの里の者の件ですよ」
「おう、聞いているぞ」
「それで、早速にご手配をいただくことが出来まして。その御礼にと、こうして本日便乗させていただきました次第です。それと、娘にせがまれましてね」
「なので、こちらも息子を伴いまして。ほら、子爵様と奥様にご挨拶だ」
そういうことですか。
コルネリオさんに依頼されたエイデン伯爵家へのファータの者の派遣も、どうやら速やかに実行されたみたいだ。
その口利きのお礼も兼ねてルアちゃんと辺境伯家を訪問し、それからうちにということのようだ。
共に父親の後ろから前に出たルアちゃんとブルクくんのふたりは、父さんと母さん、それからアビー姉ちゃん騎士にも挨拶しながらも、こちらをちらちら見ている。
「ザカリー様、エステル様、罷り越しました」
「えーと、ザカリーさま、エステルさま。よろしくお願いします」
「おいおい、よしてくれよ。これまでと同じようにザックでいいからさ」
「そうですよ。この人はそういうのが苦手ですからね」
「はい、エステルさま。それで、あの、ザック……さま?」
「ははは。ではご紹介しましょう。じゃじゃーん。なんと、ここに控えているのは、この1年の間、現世から姿を隠してのち、再びこの地に現れたソフィちゃんです」
「ザックさまは、もう」
「ザック兄さまったら。……ただいまご紹介に預かりました、ソフィであります。つい先日に、現世に無事召還されました」
「本物のソフィちゃんだ……」
それからルアちゃんがわあわあ泣き出して、ちょっと大変でした。
彼女があんなに泣くところなんて、この4年間で初めて見たですよね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




