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第7話 グリフィニアの奇跡

「ねえアルさん、ちょっと拡声の魔法でわたしの声を、あっちの方に風で流してー」

「ん? なんじゃ。こうかの、ライナ嬢ちゃん」


「あー、あー、お集りのみなさん、聞こえますかー」


 ライナさんが何故だか、旧南門外の広場で見学に集まっている人たちの方に自分の声を届かせるように、アルさんに拡声の魔法を頼んだ。

 自分の声なら俺も同じ魔法で出来るけど、ああやって別の人間の声を遠方に届けるのはやったことが無いよな。


「お集りのみなさんはー、今日は楽しんで貰ってますかぁー」


 俺たちグリフィン建設(仮)のメンバー6名がいま作業をしている新南門建設予定地前の場所から、領都民の人たちが集まっている旧南門外の広場までは400メートルほど離れているのだけど、どうやらライナさんの声が明瞭に届いたようだ。


「聞こえますよぉ、ライナ姐さん」

「楽しんでるぜー」

「びっくりの連続ですぅ」

「わぁー」「はーい」「おー」


 どうやら冒険者連中を中心として、向うからも反応する声が聞こえて来る。

 いっぺんにみんなで声を出すものだから、ほとんどは何を言っているのか分からないけどね。


「いままでわたしたちがしてたのはー、これから都市城壁の壁の外側に積み上げる、石のブロック作り競争でしたー」


 あー、やっぱり競争だったのですね。

 俺も皆のペースに釣られるままに、かなり頑張りましたよ。


「それでー、たったいまー、予定していたひとり5千個、6人で3万個の石のブロックが出来上がりましたので、順位の結果を発表しまーす」


 見学の皆さんから「わぁー」という歓声と拍手が起きた。



 お昼を過ぎてからも見物人がずいぶんと増え、千人近くが集まっているんじゃないかな。

 みんな今日の仕事はどうしたの? 午前中にひと仕事を終えて、午後はお休みとか?


 それはともかく、ライナさんがアルさんの拡声の魔法で伝えたように、先ほど3万個の硬化石ブロックの製作が終わりました。

 それを示すように、5人の後ろには膨大な石ブロックの山が出来ている。

 ところで順位の結果って、なんでしょうか?


「わたくし、石ブロック作り競争の審判員のライナが厳正に確認を行い、選手6名の全員が正しく5千個ずつを作り終えたことを確認しましたー」


「ひとり5千個で、全部で3万個かよー」

「すげぇー」

「でも、あっという間だったわねー」

「みるみる、山が大きくなってさー」

「これも奇跡のひとつだぜー」


 ライナさんが審判員だったですか。厳正な確認て、クロウちゃんに上空からブロックの山の高さや量をざっと見て確認して貰ったんだよね。

 まあ、6人全員が同量を製作したのは確かだけどさ。


「じゃじゃじゃーん。それでは発表しまーす。最も早く、5千個の石のブロックを作り終えたのはぁー。……アル師匠でしたー」


 確かにそうでした。


「ここでご存じない方にご紹介しますと、アル師匠は、わたしやここにいるカリちゃんの魔法の師匠でー、ザカリーさまやエステルさまのお師匠でもありますから、グリフィン子爵家が誇る魔法の大師匠でーす」


 盛大な拍手が沸き起こる。

 そうだね。さすがは魔法力もずば抜けてる、って大昔に天界から地上に降りたエンシェントドラゴンだから当たり前なのだけど、やはりアル師匠には敵わなかったですなぁ。


「そして惜しくも第二位はー。じゃじゃじゃーん、ザカリーさまー」


 初めは遅れてるとか負けちゃうとか言われたから、直ぐに巻き返すつもりで頑張ったんですよ。


「僅差での第三位は、ケリュさまー。ケリュさまもご紹介しますとー、エステルさまのお姉さまであるシルフェさまの旦那さまでー、つまりザカリーさまの義理のお兄さまになる御方でーす。昨年の夏に外国から戻られて、いまはグリフィニアにご逗留されていまーす」


 俺が「完成っ」て声を挙げたら、やや遅れて「我もだっ」てケリュさんも完成させたんだよな。


「少々、自重し過ぎたか。500個ずつ作っておれば10回の作業で済んで、アルよりも早く出来たのだがな」とか、負け惜しみを呟いておりました。

 いやいや、横の長さ1メートル以上もある硬化石のブロックがいっぺんに500個も出現したら、それはそれでドン引きでしょうが。


「これも僅差で第四位は、カリちゃんでしたー。カリちゃんのことは知っている人も結構いるかと思いますけどー、調査外交局長官であるザカリーさまの秘書さんでーす」


 カリちゃんもケリュさんに続いて「できましたーっ」て声を挙げたのだけど、惜しかったよね。

「わたしもまだまだであります」とか言っていて、ケリュさんに勝つつもりだったのか。


「そしてー、第五位と第六位はほとんど同着で、ダレルさんとわたくしライナでしたー。この順位となったのは悔しくもありますがー、こんなメンバーの中で一緒に戦えたことを誇りにしたいと思いまーす」


 いやいや。取りあえず俺は置いといても、狩猟といくさの神様や伝説のブラックドラゴンにホワイトドラゴンの曾孫娘を相手にして、人間のふたりが遜色無く戦ったのは……。

 えーと、この硬化石ブロック作りって、いつから戦いになっていたのでしょうか。




 石ブロック作り競争とやらが見学する皆さんを大いに沸かせ、地味な作業時間と思っていたのに、なんだかこれはこれでイベントタイムになってしまった。

 それはともかく冬の午後は短いですからね。積み上げ作業をやりますよ。


 ここからは土魔法というよりも重力魔法での作業なので、それが出来ないダレルさん以外の5名で頑張ります。


 ライナさんも王都屋敷ではカリちゃんと、重力魔法を用いて石材パーツで家を組立てる練習をかなりやって来ているので、石積みは大丈夫だろう。

 ダレルさんには積み上がった部分のチェックと、接合部にもし隙間が出ていた場合の穴埋めなどの調整作業をお願いしている。


 積み方としては、全てのブロックが同じサイズで統一されているので、俺の前世で言うところの所謂、布積みというもの。つまり一段ごとに高さを揃える積み方だ。

 それも石と石との間の接合部にモルタルや漆喰などを塗って固めるのではなく、何も挟まずに隙間無く積み上げ、重力魔法と土魔法で圧接のように接合する方法だね。


 もちろん魔法などは遣われていないが、俺の前世の日本や南米の古代遺跡などでは、西洋でのように接合材料を用いるのとは異なるドライストーンという石積みの方法が行われた。


 俺たちがやっているのは、そのドライストーンに更に重力魔法と土魔法を加えた技法なので、びっちりとまったく隙間の無いものが出来上がる。

 アルさんやケリュさんが良く言うこの世界の古代文明時代の遺跡に似ているというのは、そういうことなのだろうな。


 静寂な作業空間の中で、硬化石ブロックが積み上げられた山から5人で分かれた持ち場まで飛んで行き、そして次々に積まれて行く。


 拡張エリアの三方を囲んで伸びる、総延長2千メートルの仮設都市城壁の5つの箇所に向かって幾つもの石ブロックが空中を移動し続け、そしてそれを5人の魔法遣いが積み上げて行く様は、これはこれで見物する側から見るとひとつのスペクタクルショーだったかも知れない。




「ふー、終わったかな」

「終わりましたねぇ」

「わたしもう、くたくたよー」

「これは、なかなかの出来映えではないか」

「良い建設じゃった」

「皆様、お疲れさまでした」

「ダレルさんもみんなも、ご苦労さま」


 俺は出来上がった都市城壁をざっと点検したあと、集合したグリフィン建設(仮)のメンバーと共に、ずっと見学してくれていた領都のみなさんに完成を宣言した。

 拡声の魔法に乗せられたその俺の声に、「うぉーっ」という歓声と大きな拍手が応えてくれる。


 拡張エリアの外に出て少し離れた場所から眺めると、冬の午後もだいぶ時間が経ち斜めに降りて来た陽光がこの城壁を照らし、まるで光り輝いているようにも見える。

 アルさんやケリュさんが言うところの、美しくかつ威厳を備えた都市城壁。

 ああ、これはもう仮設じゃなくて本設で良いよね。



 旧南門外の広場で見守ってくれていたうちの父さんと母さん以下、千人近くにも及ぶ人たちのもとに6人で戻った。


「その、なんだ、凄いな。ザック、それからみなさん、ありがとうございます」

「あなたは、わたしたちの自慢の息子ですけど、その息子が中心になってしたことだって、母さん、ずっと眼の前で見ていても、まだとても信じられないわ。ケリュさま、アルさま。そしてカリちゃん、ライナちゃん、ダレルさん。ほんとうにありがとうございました」


 父さんと母さんは、少し目を潤ませながらそう言って深々と頭を下げた。

 それに合わせて、子爵家の関係者をはじめ領都民のみなさんの全員が自然に頭を下げる。

 これは神様とドラゴンと人間とが協働して行った大掛かりな作業だって、知っている人もそうでない人も、心に強く感ずるものがあったのかも知れない。


「まあまあ。まだ本日の作業は完了ではないですからね。とは言え、そうだなぁ、みなさんも近くで見たいでしょうから、少しの間、みんなで移動して出来映えを見学というのはどうかな。いいですかね? クレイグさん、ネイサンさん」


「おお、私も近くで見たいですからな。そうさせていただきますぞ」

「誘導と整理はお任せください。メルヴィン、良いか。ジェルさんもお願いする」


 クレイグ騎士団長と警備責任者のネイサン副騎士団長の許可が出たので、集まっている人たち全員で見学会だ。

 千人近くもの人間が集まっているので、ちょっと大変なのだけどね。


「それじゃあみなさんも、騎士団と警備兵部隊の指示に従って見学に移動しますよ。勝手に動いたり走ったりしないようにね。言うことを聞かない人は退去させますからね」


「はーい」「おう」

「大人しく見学するんだぞ、みんな」

「あんたもよ」

「ほら、お酒の入ったカップは屋台に返しなさい」

「屋台のおっちゃんも行くか」

「ごめんなさい、ジェル姐さん。こいつら、直ぐに移動させますから」


 まあ大騒ぎですな。

 明日からは自由に見られるとしても、でも出来立てホヤホヤを見たいよね。

 あー、メルヴィン騎士、ジェルさん、オネルさん、お願いします。



 先ほどまで大量の硬化石ブロックが山となって積み上げられていた、そのちょっとした広場に全員が移動し終えて、そこから都市城壁を見て貰う。


 新しく造る予定の新南門はまだ今後に建設されることになるけど、俺がいちばん最初に建てた2本の石柱からその左右に続く都市城壁には、アルさんがアビー姉ちゃんに言った通りに上部に通路が造られ、そこに昇る階段も設えられている。


「これは凄い造りだぞ、ザカリー様よ。こんな精緻な石積みなんぞ、見たことが無いぞ。ここに俺らが新しい門を造るのだな」

「うん、お願いしますねボジェクさん」


「これは気合いを入れ直さねえとよ。なあ、チェスラフ」

「いま、自分の身体の震えを抑えているところだぞ、ギルド長。この城壁に酷く見劣りするものなんぞ、造れねえからな」


 鍛冶職工ギルド長のボジェクさんと副ギルド長のチェスラフさんが俺のところに来て、そんな会話を交わす。

 ここから先の実際の工事は、鍛冶職工ギルドに引き継いで行われるからね。




「そろそろ、最後の仕上げを行いますよ。古い城壁の内側も大丈夫かな?」

「はい、ザカリー様。向こう側も規制線を引いて、その中に誰も入らないように警備させております」

「わかりました、ネイサンさん。そうしたら、見学のみなさんはここから動かずに見ていてください。じゃあ、行くかな」

「はーい」「おう」


 最後の仕上げは、新しい都市城壁が出来たことで二重となった部分の旧城壁を撤去して、旧市街と拡張エリアとの境を無くす作業だ。

 今日の作業って、本来これが主目的だったのですよね。


 先ほどまで見学者たちが集まっていた旧南門前の広場には誰も居らず、出店の屋台も全てもう片付けられていた。


「打合せ通り、この南門と物見塔、警備部隊詰所だけを残して、新しい城壁に繋いだ部分までの全部を撤去します。一挙にやりますからね」

「はーい」「おう」


 円弧を描いて立っている領都を囲む旧都市城壁は、何十年どころか何百年に渡って少しずつ手を加えられながら整備され維持されて、グリフィニアを護って来た。

 その一部分とは言え、今日、俺たちの手でそれを取り壊すのだ。


「少し、ご先祖様に祈ります」

「そうだな。ザックの祈りは、グリフィン家の先祖の魂に我が送ろう」

「お願いします」


 6人が並び、俺は手を合わせて心の中で、これまでグリフィニアを護って来ていただいたことへの感謝の気持ちを、ご先祖様とこの都市城壁に捧げた。

 その心の言葉は祈りとなり、祈りは光となって撤去を予定している部分へと広がって行く。

 この光はケリュさんの仕業、いや御技だよね。



「では、始めます」


 旧南門及び物見の塔と付帯施設を挟んだ左右を俺とアルさんが担当し、アラストル大森林側にカリちゃん、ケリュさん、反対側の方向にはライナさんとダレルさんが等間隔で離れて立って、俺の合図で作業を始める。


「撤去っ」


 取り壊す部分の旧城壁はおよそ千メートル。ひとりが170メートルほどを担当し、俺の掛け声に合わせて土魔法で一挙にそれを崩した。

 5人にあらかじめ伝えたイメージは、俺が前々世に映像で見たことのある建造物の爆破解体。周辺に瓦礫が飛散しないように、内側というか真下に崩壊する感じですな。


 拡張エリアの見学者のみなさんや、見通せるようになったグリフィニアの街の中からも「うぉーっ」という歓声が大きく響く。


 この日の出来事はこれから先、長らく“グリフィニアの奇跡”として語り継がれるようになったとか無かったとか。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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