第6話 次は外壁造りですかね
予定していた1時間程で、仮設都市城壁建設の第一段階である内部構造の剥くの硬化壁が張り巡らされた。
その最後の部分、アラストル大森林に近い側にあたる東南地区の外と、それから逆側の西南地区の外を囲む現在の都市城壁にほぼ同時に連結されると、南門の外の広場を埋めて見学している領都民の皆さんからまたしても拍手が沸き起こった。
ここまでは当初の想定通り。およそ37万5千平方メートルの拡張エリアが、高さ7.5メートルの奇麗な稜線を描いた仮設壁によって囲まれている。
計画の通りに建設されたのを、上空のクロウちゃんにも確認して貰った。
2チームに分かれて作業を行っていた俺たちは、再び新南門建設予定場所に集合した。
「これでもういいと思うけどなぁ。あとは古い都市城壁部分を撤去して……」
「アル、外壁の石はこんな感じのもので良いのか?」
「ふむ、ええですなぁ。以前にザックさまが造られたものとぴったり同じですぞ」
「へぇー、さすがはケリュさんなのねー」
「これを見本にすればいいんですね」
「ふふふ。我の土魔法もなかなかであろう。城の壁を造るなど、何百年か何千年振りだがな。これでどうだ、ザック」
あー、ケリュさんが外壁として積み上げる石のブロックの見本を造ったのですね。これから外壁造りに取り掛かる気が満々だ。
「ザカリー坊ちゃん。ここは諦めて、前向きに取組みましょう。今日中に終えれば良いのですから」
「でありますなぁ」
グリフィン建設(仮)メンバーの中で、誰が見てもいちばんまともであるダレルさんがそう声を掛けて来た。
これでもう良しとして撤去工事を終えてしまえば、お昼までに作業が終わるのですけど。
でもまあケリュさんとアルさんがやる気を出したら、シルフェ様かエステルちゃんか、あるいはクバウナさんもダメと言わない限りもう聞かないからなぁ。
ケリュさんが試しに作成した石のブロックは、横が40ポードで縦は30ポード、奥行きが20ポードのものだ。
つまり縦横比4対3の120センチ×90センチ、奥行き60センチというサイズで、しっかり硬化されていてかなりの重量がある。
「このぐらいの大きさでいいんじゃないかなぁ」
「では、まずはこの石を作るところからじゃ」
「よぉし、やりますよぉ」
ドラゴンの師妹がやたら張り切っています。
「ところでさー。この石って、どのぐらい作ればいいのぉー?」
「あー、それはじゃなライナ嬢ちゃん。ふむ……たくさんじゃ」
「多めに作って、余ったら土に戻せばいいんですよ、ライナ姉さん」
「そうかぁ。そうよねー」
ライナさんも加わって、まあ案の定大雑把です。
カァカァカァ。そうだね。上空のクロウちゃんが言うように、仮設都市城壁の総延長がだいたい2,000メートルで、高さが7.5メートルだから、片面の表面積は約1万5千平方メートル。
それの外側と内側に積むので、倍の約3万平方メートル。
基準にした石のブロックの表側面積がほぼほぼ1平方メートルになるので、全てを覆うには単純計算だと3万個を作成する必要があるということだ。
結構な量だけど、だからね、高さは低くていいって言ったでしょ。もういちど言うけど、あくまで仮設なのですからね。
先ほど完成させた内部構造の剥くの硬化壁は、地面から真っ直ぐ垂直に立ち上がっているのではなく、上方から下に向かってほんの僅かに広がる反りを持たせた傾斜壁になっている。
地面の下の土台部分も硬化して上部構造を支えているのだが、これは念のために安定性を加えるためだね。
傾斜は僅かなのでそれほど余分に必要にならないと思うけど、約3万個の石のブロックはもう少し多めに作っておいた方が良いのかな。
あと、土魔法でこういった独立した石や岩を生成する場合には、ふたつの方法がある。
つまり、生成するための原材料をどこから得るのかということなのだけど、ひとつは当たり前だけど現実にある地面の土や自然の石や岩を用いる方法だね。
そしてもうひとつの方法は、大気中のキ素を集めてそれを変換し生成するものだ。
例えば、空中にストーンジャベリンなどを出現させて飛ばすなどの場合には、この方法のみで行う。
だけど、今回の都市城壁建設みたいな大規模土魔法の場合には、魔法力の強さの問題もあるけど、大気中のキ素のみを原材料にするのはなかなか大変だ。
以前にナイアの森の地下拠点施設や地下通路を造った際には、大きく地中を掘り込んだ分の土が大量に余ったので、それを材料にしたんだよな。
このグリフィニア拡張工事では、あの時みたいに地下構造を大規模に造る訳では無いので、土や岩の現地調達はそれほど大掛かりには出来ない。
なので、ふたつの方法を複合させた感じで、現実にある土や岩と大気中のキ素から生成するものとを混ぜて作るという方法で行うことに決めてある。
まあキ素からの生成だけでも、膨大な魔法力を有するドラゴンがふたり居るし、能力的に想像がつかない神様も加わっているから大丈夫な気もするのだけどね。
「そうしたら、まずはこの拡張エリアの地面をざっと平坦に整備して、余分な土とか転がってたり埋まってたりする岩を集めますよ」
「はーい」「おう」
ここはもともとが平坦に近くて緩やかに起伏が波打つ程度の原っぱなので、丘を切り崩す的な造成は必要が無いのだけど、その分、余剰の土があまり出ないと予測している。
それでも、グリフィン建設(仮)のメンバー6名が37万5千平方メートルの拡張エリアに散らばり、土魔法で一定の高さに地面を揃える整備を始めると、それなりの土や岩が出て来た。
そしてその余剰分の土や掘り起こされた岩などは、ダレルさん以外の重力魔法が出来る5人で街道を挟んだ左右の二ヶ所に集めて行く。
ちなみに、拡張エリア内の部分の街道の両端に柵を建てているブルーノさんたちの部隊の作業も、もうずいぶんと進んでそろそろ終わりそうだ。
この街道の柵は、前々世で言えば工事エリアに誰かが入らないようにするフェンスの役割を果たすものですな。
6人の土魔法による地面整備がサクサクと行われ、拡張エリアが見事に平坦になると、再び見学の人たちから拍手と歓声が起った。
「埃が舞うといかんで、少し湿らせておきましょうかの」
「そうだね。おーい、ちょっと雨が来ますよー。そっちまでは降らないと思うけどー」
アルさんが雨を降らせると言うので、いちおう念のために拡声の魔法で声を風に乗せて、旧南門外の広場に集まっている人たちや、ブルーノさんたち街道の柵建設の人たちに注意を喚起する。
クロウちゃんもいったん空から降りて来て、俺の頭の上に停まった。
その俺の声を合図に空に低く黒雲が沸き起こり、基礎部分の城壁で囲まれた拡張エリアの中だけにしとしとと小雨が落ちて来た。
いきなり土砂降りとかにされなくて、良かったですよ。アルさんもちゃんと配慮してくれたんだね。
地面を少しだけ濡らすと小雨は直ぐに止み、黒雲もあっと言う間に掻き消えて冬の優しい陽光が戻った。
「おおーっ」というどよめきが見学者たちから起きる。
そしてまたまた拍手。えーと、やっぱり何かのスペクタクルショーを見ている感覚になってますかね。
「ブルーノさんたちの作業も終わりましたし、少し早いですけどお昼にしてくださいな」
新南門建設予定地に6名が集合してひと息ついていると、エステルちゃんがソフィちゃんとエディットちゃんにシモーネちゃん、それからアデーレさんも連れてやって来た。
その後ろから父さんと母さん、アビー姉ちゃんや、作業を見守ってくれているシルフェ様とシフォニナさん、クバウナさんも来ている。
「ジェルさんやブルーノさんたちは?」
「警備を交代しながら、向うでお昼にするように言いました」
「じゃあ、僕らもお昼にしますか」
「今日のお昼は、レジナルド料理長とわたしで特製サンドイッチを作りましたよ」
「それは楽しみよー、アデーレさん」
ライナさんとカリちゃんがそれぞれマジックバッグを持っていて、その中に収納していた椅子やテーブルを取り出して手早く配置して行く。
「ザックさま、お湯のポットを出して」
「はいです」
作業途中でも飲めるように、沸騰直後の熱々のお湯が入った大型のポットを朝に俺は持たされて無限インベントリの中に収納しておいたので、それを取り出してエディットちゃんに渡した。
王都屋敷ではいつも彼女が淹れてくれる紅茶が最高だからね。
テーブルの上にはアデーレさんとシモーネちゃんにソフィちゃんも手伝って、大量のサンドイッチが出されている。
「あなたたち、相変わらずだけど、こういうときには便利で手際がいいわよね」
「お母さまとお父さまも、座ってくださいな」
「おう。それでは俺たちもいただくか」
いつも変わらず大食漢のアビー姉ちゃん騎士は、既に着席していただきますの声を待っておるですな。
「工事は順調のようだな」
「うん、ここまでは予定通り。あとの問題は、城壁の仕上げ作業でありますな」
「なんの。ひとつも問題は無いですぞ。これから、あの城壁を美しく仕上げますでのう」
「そうだぞ、ザック。おまえは仮設、仮設と煩いが、例え仮であっても、城壁というものは、いつなんどき、もしかしたら明日にも戦が起きる事態を想定して、堅く仕上げねばならんのだ。それもアルが言うように、美しく威厳を持ったものとしてだな」
「そ、そうですか、ケリュ様。明日に戦は起きないとは思いますが……」
「なに、そういう心構えということよ、ヴィンス殿」
「は、はい」
「もう、ケリュったら。アルもだけど、あなたたちはほんと大袈裟なんだから」
「すみませんねヴィンスさん。このひとたちって、昔からこういう大掛かりなことになると、やたら張り切るものですから」
「ははは。頼むな、ザック」
「まあ、今日中には終わらせるよ、父さん」
父さんは少々心配顔だけど、ケリュさんとアルさんが張り切っていて、シルフェ様やクバウナさんもそうは言うものの特に止めはしない感じなので、任せて貰うしかありません。
「ねえ、アルさん。あの城壁の上は歩けるのかな?」
「おお、そこですな、アビー嬢ちゃん。ちゃんと上を、歩哨がぐるりと歩いて巡れる通路も造りますぞ」
「兵が動けない城壁は、あり得ないからな」
「そうですよね。これは楽しみだ」
姉ちゃんもそこで話に乗っかるかなぁ。
確かに本設ならそうなのだけど、当初の考えとしては、取りあえず拡張エリアを囲む塀に毛の生えた程度だったんだよな。
でもまあ既に、高さ7.5メートルの城壁となってしまえば、アルさんとケリュさんの言う通りなのだけどさ。
お昼を終えて午後の部を開始します。
ジェルさんたち警備部隊も交代で昼食を終えたようだし、集まっている領都民のみなさんも屋台で食べ物を買ったり、あるいは1日をここで過ごすつもりでお弁当持参の人も結構居るようだ。
本来ならアラストル大森林に向かう冒険者は、まあ冬場のオフシーズンということもあるのだけど、ただのひとりも1パーティも居らず、冬の屋外での見物ということで昼から軽めのアルコールなどを飲んで楽しんでおりますな。
尤も、ジェルさんとオネルさんが目を光らせているので、飲み過ぎて騒ぐ者などは居ません。
騒ぐなどしたらエステルちゃんや俺が怖いという以上に、お姉さんたちの方が怖いですからね。
それでここからは、予定している3万個の石のブロックの製作作業だ。
新南門予定地の前の街道を挟んだ左右の場所に、午前中の整地作業で出た土と岩の山が出来ている。
その土と岩を大気中のキ素と適度に混合させながら、硬化石ブロックを生成して行く。
なお、本日は南門に至る街道は通行止めとさせて貰い、南側からグリフィニアにやって来る馬車や馬は騎士団と領都警備兵部隊が北西門の方に誘導し、申し訳ないけどそちらから通行していただいている。
あと、旧南門に集まっているグリフィニア領都民の見学者は良いとして、領都外から来てこちらの作業を伺うような不審者の眼が無いかは、ユルヨ爺にミルカさんとヘンリクさん以下の調査外交局調査部員が周辺に散らばって、監視活動を行っている。
今日はグリフィニアで奇跡が起きる、みたいな噂話が領都内でも流れたぐらいなので、万が一にということもあるからね。
領都周辺の村から来たような領民の見物人だったらまあ良いのですけど。
不審者を見付けたら誰何して騎士団と領都警備兵部隊に引き継ぎ、グリフィン子爵領民なら北西門から入って貰って旧南門外での見学はOKだけど、そうでない場合はグリフィニア内に留め置く措置を取るというのが、クレイグ騎士団長とネイサン副騎士団長の方針だ。
「では、作成作業を始めますよ」
「はーい」「おう」
と俺が声を掛けた側から、それぞれにひとりずつ少し離れて待機したグリフィン建設(仮)メンバーの5人の眼の前には、均等な大きさの硬化石ブロックが次々に出現して積み上がって行く。
えーと、ブロック作り競争じゃ無いんですから。そんなに競うように作らなくても。
3万個を6人で分担して、ひとり5千個見当も作るんだからさ。
「ザカリーさまはー、なにボヤボヤしてるのー」
「早く追い付かないと、負けちゃいますよぉ」
「カァカァ」
え? 負けちゃうとか、これって競争なの? 勝ったら賞品とかあるですか?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




