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第5話 一日城壁建設の開始

 グリフィニア拡張工事を開始する24日の当日、朝早くに領都の南門に多くの人たちが集まった。


 父さんと母さん、アビー姉ちゃん騎士に俺とエステルちゃん、ソフィちゃんのグリフィン子爵家の全員。この事業を統括するウォルターさんやクレイグ騎士団長、実務責任者である筆頭内政官のオスニエルさんとネイサン副騎士団長。騎士団員と領都警備兵部隊員も多く集まっている。


 調査外交局の局員もミルカ部長以下、アプサラ駐在の者たちを除いて全員集合だ。もちろん独立小隊レイヴンの全員も。

 そして、本日の主役であるグリフィン建設(仮)のメンバー。と言っても、調査外交局員では無いのはダレルさんだけで、あとはアルさんと今回加わったケリュさんだけどね。


 それから、五大ギルドの各ギルド長以下主要な人たちも来ている。俺とエステルちゃんが居るということもあってなのか、物見高い冒険者連中や他のギルドのギルド員も集まっているようだ。

 朝早くだと言うのに、それ以外の一般の領都民も結構来てるよね。


 あとは、グリフィニア祭祀の社長やしろちょうのギヨームさんとリリアーヌさんら3名の巫女さん。

 ギヨームさんたちが居るのは、これから起工式を行うからだ。


 そして彼らがしきりに気にしているのが、何と言っても先日に到着した人外組の人たちですよね。

 本日は働き手となるケリュさんとアルさんに、俺の隣に居るカリちゃん。そしてシルフェ様とシフォニナさん、クバウナさんも顔を見せている。


 まあ神事を行うとなれば、この方たちを欠くことは出来ないと言えばそうなのだけど、ケリュさんなんか神様そのものだからなぁ。

 それも狩猟と戦いの戦神でアラストル大森林管理の大元締めだし、どうも大昔にグリフィン子爵領やグリフィニアの設置に大きく関わった気がするんだよね。


 昨晩にケリュさんとシルフェ様には、くれぐれも余計なことはしないようにと言ってはおいた。


「わかったわぁ。でも、ちょっと暖かくて爽やかな風を吹かすぐらいはいいでしょ? まだ早いけど、春の香りを付けるなんてのもいいわよね」

「ザックに従うと言っておろうが。でも、祭司が祈るのだろうから、多少の祝福で応えねば」

「あー、大人しくしていてください」

「はい」「おう」


 どうも不安なのだけど、まあ多少は暖かくて爽やかな風が吹いて来るぐらいは良いかな。




「それでは、子爵様のご一家と関係者の皆様は、こちらにお並びください」


 起工式の準備が整ったということで、ギヨームさんが俺たちを呼んで並ばせた。


 南門を出たところにあるちょっとした広場空間。ここは普段は領都に入る馬車が並ぶ場所だが、その一画に仮設の祭祀のやしろが据えられている。

 いまはまだ朝が早いということで、ここに並ぶ馬車は居ない。


 仮設の祭祀のやしろは、以前にうちの屋敷で行ったトビーくんとリーザさんの結婚式でも設えられたのと同じような祭壇だ。

 その前に父さん以下の子爵家家族とシルフェ様たち人外組。人外組は対外的に、うちの家族関係者という扱いだからね。

 後列にはウォルターさんやギルド長たち関係者が並んだ。


「それでは始めてよろしいでしょうか、子爵様」

「うむ。お願いする」


「子爵様」と声では父さんに起工式の祭祀の開始許可を尋ねているが、ギヨームさんの目はケリュさんとシルフェ様の方を向いている。


「(あれは、アマラ様の依り代の鏡か。隣にあるのはヨムヘル様の依り代の剣だな)」

「(そうよ。去年の春のトビーさんとリーザさんの結婚式のときに、わたしがちょっと浄めておいたの)」

「(なるほどな。だいぶ通りが良いようだ。そうしたら、我の依り代も下げ渡すか)」

「(いいけど、剣が2本になっちゃうでしょ? それに、ザックさんに許可をいただかないと)」


 はいはい。念話の会話だからいいけど、祭祀のやしろにもう1本、剣を置くのはどうなのかなぁ。って、ケリュさんの依り代だと、やはり剣になるのか。


「(お静かに)」

「(はーい)」「(おう)」



 ギヨームさんが前世の世界での祝詞のりとにあたるような抑揚の付いた音声おんじょうの言葉で、グリフィニア拡張事業が本日より開始されるのを報告し、安全に滞ることなく完遂出来ることをアマラ様とヨムヘル様に願う祈りを捧げる。


 その祈りに合わせて参列者は一様にこうべを垂れ、ケリュさんとシルフェ様たち人外の方々も同じようにしてくれていた。


 すると、やはりと言うか、どこからともなく柔らかでほのかに暖かい風が流れて来る。

 その風には、何かの爽やかな良い香りが乗せられていて。

 これって? カァカァ。ああ、ミモザの花の香りだね。つまり一般にはアカシアと同じとされる、春を告げる黄色の花の香りだ。


 アラストル大森林にもミモザの木の群生地があって、2月から3月にはその花で一杯になるんだよな。

 まだ少し早いけれど、とは言ってももう1月も終盤。そろそろ咲き始めてもおかしくは無い頃合いだろう。


 たぶん、シルフェ様が何かの香りを風に乗せたくて、おそらくシフォニナさんがアドバイスしてくれたんじゃないかな。


 あと、王都屋敷のメンバーだけでこういった祈りを捧げるセレモニーを行うと、近ごろは決まってアマラ様とヨムヘル様が姿を見せるのだけど、さすがに今日は参列者や領都民のギャラリーも多いということで自重してくれたようだ。


 その代わりに、少し前まで雲に隠れていた太陽がギヨームさんの祈りの言葉が始まると同時に顔を出し、おまけに暖かな風に包まれたこの起工式の場が仄かに光輝いた。

 こっちはたぶんケリュさんの仕業だろうな。自分だけ何もしないって、悔しがりのケリュさんがそんなことは無いからね。


「それでは子爵様。お言葉をお願いします」

「本日ただいまより、長らく念願であった領都グリフィニアの拡張事業を開始する。工事が少しの事故無く順調に進み、携わる誰もが安全に仕事を行えるよう、アマラ様、ヨムヘル様、そしてこの事業を見護っていただいている神様、精霊様方に、切に願い奉る」


「(おう、任せておけ)」

「(大丈夫よ)」

「(返事はせんでよろしい)」

「(はーい)」「(おう)」




 さていよいよ、一夜城ならぬ一日城壁の建設を手始めとする拡張事業が開始された。


「それではこれより、グリフィニア拡張の工事を始めるにあたって、仮設の都市城壁の建設と、現在ある都市城壁の撤去を行います。見学の皆さんは、騎士団と領都警備兵部隊の指示に従い、必ず決められた位置で見学するように。もしそれを無視したり、工事の邪魔になるような行動をする者が居たら、僕がキツぅくお仕置きしますからね」


「わかったぜ、ザカリー様」

「皆は大人しくしておるのじゃ。今日は奇跡が見られるのじゃからな」

「わかりましたぜ、若旦那」

「でもよ、若旦那のキツいお仕置きって、どんなのだろ」

「それが知りたいならよ、おめえ、ちょっと線から前に出て」

「あんたたち、若旦那さまがこっち見てるわよ」


 物見高くて好奇心が旺盛な冒険者をはじめとして、グリフィニアの街の大勢の人たちが集まって来ている。

 みんな、今日の仕事はどうしたんだろ。カァカァ。ああ、冬至祭や夏至祭の日みたいに、お祭気分で休みにしてるのか。どうやらちらほら、屋台なんかも出ているみたいですなぁ。


 錬金術ギルド長のグットルムさんの言葉じゃないけど、どうもなんだか奇跡が見られるみたな噂が飛んでいるみたいだ。

 確かに一両日で全てを終える予定だけど、ただの土木建設工事ですからね。


「ジェルさん、オネルさん、それからメルヴィンさんたち各隊長もお願いしますね」

「見物人の整理と警備はお任せください、ザカリーさま」

「でも、さっきのザカリーさまのお言葉で、皆さん、意外と大人しいですよ」

「とは言っても、もうこれだけの人数が見物に集まってますから、気を引き締めないと」


 今日の警備は、調査外交局独立小隊レイヴンと騎士団及び領都警備兵部隊の合同で行われる。

 騎士団側の現場指揮は、俺のやることにこれまで一番慣れているメルヴィン騎士ですな。頼みます。



「よし、始めるか」

「はい、頑張って。お願いしますね、カリちゃん」

「ザック、頼むわよ」

「なんだかワクワクして来ました、兄さま」


 ブルーノさんたち柵の設営部隊は、既に動き出している。

 あちらはブルーノさん、アルポさん、エルノさんの3名の指揮のもと、従士中心の騎士団員と領都警備兵部隊の合同チームを20名程動員し、街道両脇に配置する柵の設営に取り掛かっていた。


「それでは僕らも行きますよ」

「よっしゃー」「はい、坊ちゃん」「やりますぞ」「らじゃー」「おう」


 グリフィン建設(仮)の本隊である、ライナさん、ダレルさん、アルさん、カリちゃん、そしてケリュさんに俺は、滑るように街道を400メートル駆け抜けて新たな南門の建設位置に向かった。

 クロウちゃんには上空から配置の確認を行う役目をお願いしていて、俺たちが動くと同時に空に舞い上がっている。


 見学者が大勢集まっている旧南門外の広場からは、何故か拍手が沸き起こる。

 あれって冒険者連中だよな。釣られてほとんどの領都民たちも拍手しているようだ。

 戦いに赴く出陣とか、ショーやイベントの始まりじゃないんだからさ。いや、グリフィニアの住民にとっては大イベントなのか。



 新南門建設予定地に着くと、まずは杭が打たれた縄張りに従って仮の仮で新南門の幅の両端を示す2本の柱をゲートのように立てる。これは俺がやる段取りだ。


「そうしたら、まずは位置決めに柱を建てますよ。そら」


 街道の幅員は領都の手前ということでわりと広く、およそ40ポードつまり約12メートルの幅がある。

 俺の前々世の大きな道路と比べるとそれほど幅広い訳では無いが、馬車が余裕で擦れ違えるのでこの世界としては充分な幅だ。


 この12メートル道路は現在の領都内のサウス大通りと同じ幅員で、この部分を新市街地に取り込んだあともそのまま大通りの延長となる。

 ちなみに前世の京の都だと、大路は幅8丈で約24メートル。幅が約12メートルは4丈で小路にあたるのだけどね。


 この12メートルが新たな南門のだいたいの幅になり、中央に馬車が通行する大型の門扉、その左右に徒歩で通り抜ける小型の門扉が設置され、それらを挟んで両脇に物見台を兼ねた小型の塔が建てられるという、ざっとそんな配置予定だね。

 俺が位置決めに建てた仮の仮の2本の柱は、この両脇の物見の塔の位置に当たる訳だ。


 その2本の柱が同時に、同じ速度で地面から立ち上がって行くと、またもや後方のギャラリーから拍手と歓声が聞こえて来た。

 あー、今日はそんな感じですか。でも今からそんなに沸いていると、そのうち疲れちゃいますよ。


 俺が土魔法で立ち上げた柱の高さは50ポードつまり約15メートル。太さは直径が1メートルほどで、地面の下で支えている部分も含めてかなり頑丈に硬化した石柱だ。


「それじゃ打合せ通り、ここから二手に分かれて始めます」


 この2本の柱を起点にして、上手と下手の左右に仮設の城壁を巡らせて行く。

 メンバーを2チームに分けたのは、左右方向で同時に建設を進めて行くからだ。

 アラストル大森林側に巡らせるのが俺とカリちゃん、ケリュさんチームで、反対方向はダレルさん、ライナさん、アルさんチームだね。


 最も土魔法に秀でているアル師匠は、ダレルさんとライナさんのサポートを兼ねて向うに加わって貰い、俺はケリュさんの監視も含めてカリちゃんとのチームですな。

 まあおそらく、土魔法の魔法力的にもこれでバランスが取れている筈だ。


 仮設都市城壁の構造としては、土の下の土台を含めて、いま建てた柱と同様に頑丈に硬化させた芯となる部分の厚めの壁を建て巡らし、その内外側に外壁を施す二重構造とした。


 俺的には仮設なんだし、芯の部分だけで厚くして強度を高めた剥くの壁だけ良いと考えていたのだけど、結局ケリュさんとアルさんが外壁を施さないと美しく無いとか煩かったので、ふたりに押されてそうなったんだよな。


 あと高さについては、こちらも俺が折れて20ポード約6メートルに増やしたのに、「もうひと声だ、ザック」とかケリュさんが訳の分からないことを要求して、25ポード約7.5メートルに落ち着きました。

 何回も言いますけど、あくまで仮設ですからね。



 作業手順としては、拡張エリア予定地の外周に等間隔で打たれた縄張りの杭に沿って、まずは芯となる剥くの壁を巡らす。

 実際には1チームの3人がそれぞれ30ポードずつの長さを受け持って、3人同時に建ち上げる。


 硬化の度合いは、先日の打合せで実際にサンプルを造って6人が確認済み。

 基本的にはダレルさんとライナさんの人間のメンバーが難なく造れる硬さだけど、それでもかなりの強度があるので頑強なものだ。


 それで1チームで同時に壁を建てたあと、3人分の連結部分を仕上げて確認すれば、一挙に90ポード約27メートルの1ユニット分が完成する訳ですな。

 1チームの持ち分がおよそ2,000メートルの総延長の半分なので、これを37回繰り返すことになる。


 と言っても、1ユニット分の壁を建ち上げるのはダレルさんやライナさんでも、ずずずずずっとほんのひと時。

 それから連結部分の確認作業などや次のユニット位置までの移動を含めても、1、2分ほどしか掛かりません。

 なので俺としては、この芯の部分の完成に要する時間は1時間程度と見積もっている。


 それで次に外壁部分の建造と仕上げに移る訳だが、こちらの所用時間がなんとも予測出来ないのですなぁ。

 と言うのも、アルさんの主張にケリュさんもかなり乗り気になって、あのナイアの森の地下拠点に潜る地下通路の外壁と同様の、びっしり隙間の無い石組みにすることに結局決めてしまったから。


 大規模建設のこととなると本来のドラゴンの血が騒ぐのか、アルさんは決して譲らないし、同じドラゴンのカリちゃんも直ぐに乗っかっちゃって、ライナさんは面白がってたんだよな。

 ケリュさんはケリュさんで「これはだ、古代文明時代の郷愁漂う城壁となるな」とか、これもまた訳の分からないことを言っておりました。


 でも、また何回も言うけど、あくまで仮設ですからね。ですよね、ダレルさん。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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