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第3話 ソフィちゃんのグリフィニア暮らしが決まる

「それって、どういうことなのでしょうか? あ、アンお母さま、ただいま戻りました」

「はい、お帰りなさいソフィちゃん」


 会話に加わるなり、女の子はお仕事だけじゃないって発言した母さんにどういうことか俺が聞こうとしたら、先に当のソフィちゃんが尋ねた。


「それはね、ソフィちゃん。あなたはこの1年間、ファータの里で過ごして立派に成長しましたけど、でもそうは言ってもまだ15歳」

「はい」


「これから、あなたはここグリフィニアで暮らすのよね。そしたらあなたは、何処の女の子なのかしら?」

「それは、えーと……」


「うちの領で暮らす普通の庶民の女の子? 何処か南の方の貴族家の子? それとも今日いらした新人たちと同じファータの子?」

「あの、わたし」


「どれもなんだか違うわよね。先に言います。あなたはね、今日からうちの子ですよ」


 そう断言された母さんの言葉に、ソフィちゃんの瞳には涙が浮かんでいた。


「女の子はね、本当の大人の女性になるまでは、日々どんな環境でどうやって毎日を過ごして生きるのかが大切なの。いえ、男の子よりも弱いからとか、そんなことを言っているのではないのよ。男の子より強くても、おめかししたり可愛らしく着飾ったり、いろんなことや人にトキメいたり、笑い合ったり悩んだり涙を流したり、訓練とかお仕事とかだけじゃなくて、毎日のそういうのが合わさって、女性として美しく成長させるのよ。うちのアビーとかはどうもそういうのがダメだし、それからライナちゃんなんかは、小さい頃からひとりでグリフィニアで頑張って来て、ホントに美しい大人の女性になったのだけど、きっと人には言えない色んなことを克服してきたのよね」


 つまり母さんが言いたいのは仕事的な立場だけじゃなくて、どういう環境でどんな暮らしをこれからするのかってことなのか。

 毎日の暮らしにも立脚点や価値観が大切だって……。カァカァ。ああ、そう難しく捉えなくても、ですか。


 この世界では、15歳にもなっていればまだ半人前ながら大人として扱われ、ひとりで生きるも良し、どこかに所属してそこの一員として生活を立てるも良し、あるいは家族のもとで結婚相手を見付けるも良し。


 でも、とは言ってもまだまだ15歳の女の子だ。

 本当の大人の女性になるまでの間、日々の暮らしと心の拠りどころが大切だということですな。

 ましてやソフィちゃんは本来、一般庶民から見れば伯爵家に生まれたお姫さま。それも辛い幼少時代を過ごし、かつ学院生としての身分や環境も途中で失った。


 ファータの里みたいな閉ざされた特殊な環境ならばともかく、ここグリフィニアではうちが庇護してうちの娘として、これまで彼女が得られなかった、あるいは捨てざるを得なかった女の子としての青春時代を作ってあげようと、母さんはそう言いたいのだね。カァ。



「娘が増えると、うちの子爵さまも喜びますしね」

「俺がどうのはこの際良いだろ、アン。お帰り、ソフィさん」

「無事に戻りました、子爵さま」


 遅れて父さんもラウンジに入って来ていた。


「子爵さまって呼ぶとこの人ががっかりするから、お父さま、ね」

「あ、はい。……お父さま」


「お、おう。前にも言っただろ。もうソフィさんはうちの娘だって」

「わたしのことも、ソフィって呼んでください、お父さま」

「だからつまり、そういうことだ、ソフィ」


 アビー姉ちゃん騎士は、業務でどうやら街中に出掛けているらしいから夕食どきにでも顔を合わせて貰うとして、このラウンジにはソフィちゃんを中心に、エステルちゃん、カリちゃん、そしてエディットちゃんと4人の女子が揃っている。

 なので、父さん子爵様としても、何やら少々気恥ずかしいらしい雰囲気ではあるみたいですな。


「そうしたら、ソフィちゃんのお部屋をちゃんとしないとよね」

「わたしの隣のお部屋でいいですか? お母さま」

「それがいいわね」


「わたし、準備して来ます。コーデリアさんにも知らせないとですし」

「そうしたらエディットちゃん、コーデリアさんにはわたしから話すわ」

「その方がいいわ。お願い、エステル」


 エステルちゃんがエディットちゃんを伴ってラウンジを出て行った。

 そうだね。まずは、この屋敷のすべてを管理している家政婦長のコーデリアさんにちゃんと知らせないとだ。

 母さんとエステルちゃんの阿吽の呼吸で、うちの女性たちはものごとを進めるのが早い。


 直ぐにコーデリアさん共々エステルちゃんが戻って来て、ソフィちゃんが挨拶する。

 コーデリアさんも諸々の事情やこれまでの経緯は充分に承知しているので、「お帰りなさいませ、ソフィさま。ふふふ。ザカリーさまのお陰で、減るどころか当家は可愛らしい娘さんが増えます。良かったですわね、子爵さま」とか言っておりました。


 コーデリアさんも、ヴァニー姉さんが嫁ぐのが決まった際の父さんの荒れ模様や落ち込み具合を、直ぐ近くで見ているからですなぁ。



 家政婦長はエディットちゃんが支度に行っている部屋の具合を見に行き、残った俺たちはこれから始まるソフィちゃんのグリフィニア暮らしについて、決めておくことや注意すべき点を相談することになった。


「子爵館の敷地の中であれば自由にして良いと思うが、街中はどうする? ザック」

「そうですねぇ。警護の必要は無いとは思うけど、いちおうジェルさんには相談しましょう。あと、余計な眼が覗いていないかは注意する必要があるかな。工事が始まることもあるし」

「工事? ですか?」


 この24日からグリフィニアの拡張工事が始まるのを、ソフィちゃんに説明する。

 工事自体は良いのだけど、それに伴って領外からも労働者が追々入って来るからね。どんな注意を引くとも限らない。


「子爵館の外では、新人の子のうちの誰かを付けさせましょうかね」

「それがいいかもだな」


 エステルちゃんの提案でそうすることにした。

 ソフィちゃん自身もファータの里で周囲に目を配る訓練をして来ているそうだが、やはりここはファータの子を付けて複数の目配りが安心だろう。


「あと、僕が持っている方の顔隠しのメダルを、ソフィちゃんに渡しておこう」

「それが良いです」

「それって、カーリ婆ちゃんから聞きました。兄さまと姉さまがひとつずつ持ってるって」


 ファータの魔導具である顔隠しのメダルは、顔の部分を完全に隠してしまう訳では無いが、他人にはぼんやりと見えてかつ記憶に残らないようにさせる効果がある。

 初めて里に行ったときにカーリ婆ちゃんから借り受けて持っているが、あのときエステルちゃんもおねだりして貰ったんだよね。



「当面はそれで良いとして、姿隠しの魔法も訓練しましょうよ、ソフィちゃん」

「ああ、カリちゃん、その方が良いな。少々難しいかもだけど」

「わたしが仕込みますよ」


 ファータは周囲に特徴的な印象を残さないという種族特性を持っているが、いくら里で特訓を受けたからと言って、そもそも人族であるソフィちゃんにその能力は備わっていない。

 それで魔導具の力を借りる訳だが、いざというときに本当に姿を隠してしまえる魔法を修得した方が良いというのがカリちゃんの意見だ。


 この姿隠しの魔法は、アル師匠から俺とエステルちゃんは伝授されていて当然にカリちゃんも出来るけど、まあ普通の人間だとなかなかに難しいよね。

 科学的に考察すると、光学迷彩的なものですけどね。


「ファータの里では風魔法の訓練はずいぶんしたと思いますけど、それ以外のも特訓ですよ、ソフィちゃん」

「はい、楽しみです、カリ姉さん」


 ソフィちゃんの魔法適性としては、基本は土以外の火、水、風の三元素適性持ちだ。

 それと学院に居たときに回復魔法適性も判定されて、その修得訓練もして来ている。


「土魔法も覚えられれば、グリフィン建設メンバーが増えるんですけどねぇ」

「そこは適性のことだから、欲を出しても仕方が無いわ。わたしも苦手だし」


 エステルちゃんは土魔法適性もあると思うのだけど、やはり風に比重がかなり寄っていてなかなか出来ないんだよね。

 土魔法が出来れば重力魔法への道も拓けて行くのだけど、そこは彼女の言う通り欲をあまり出しても、というところでしょうかね。


「そうしたら、その辺の魔法関係はカリちゃんとそれからライナさんに任せるよ。そのうちアルさんも来るだろうし」

「わたしに任せるですよ、ソフィちゃん」

「はい、お願いします」



「あと剣術関係はジェルさんとオネルさんが居るし、ドミニクさんもそのうちに帰って来ると思うし」


 同じくグリフィニアに居を構えて、あらためて剣術の師匠としての人生を再開させたドミニクさんは、当家だけでなくブライアント男爵家やキースリング辺境伯家からも請われて騎士団で教えている。


 それ以外にも、冒険者ギルドからの依頼で冒険者の初心者訓練や剣士の技能向上訓練も請負っているので、なかなかに忙しい日々を送っているのだね。

 年明け早々もブライアント男爵家に滞在しているのだが、ソフィちゃんが帰って来たと聞いたら飛んで戻って来るだろう。報せてあげないとだよね。


「それから、何よりユルヨ爺が居るからね」

「ブルーノさんも居ますしね」


「もうあなたたちは、ソフィちゃんをどんなにしちゃうの? さっきわたしが、女の子が素敵な大人の女性になるにはって話をしたでしょ」

「あはは、そうでありました」

「そこももちろんですよ、お母さま」


 魔法に剣術、それからファータ流本家本元のユルヨ爺の探索術とブルーノ流の斥候術や弓術、それからアルポさんとエルノさんも狩猟術とかで放って置かないでしょうけどね。


 かつてエステルちゃんに貴族女性らしくなる色々な仕込みをしたアン母さんだが、「ここはやっぱり、母親のわたしが」と意気込み、どうやらソフィちゃんにもそちら方面の訓練をするみたいだ。


 尤もソフィちゃんは満足にとまでは言えないにしても、グスマン伯爵家で幼少期からそれなりの教育は受けているみたいだけどね。



 あと金銭面は、先ほど俺が決めた調査外交局長官付き秘書になるのを父さんにも承認して貰い、その給与として月々一定の金額を彼女に渡すことにした。

 この辺のところは、エステルちゃんとウォルターさんに任せれば良いでしょう。

 衣装とか身の回り品とかを揃えるのは、おそらく母さんが放って置かないだろうし。


 そのあとはウォルターさんとコーデリアさんが屋敷の全員を招集し、あらためてソフィちゃんがグリフィン子爵家の家族の一員として此処で暮らすことを紹介する。


 今日から彼女の自室となる部屋の支度も終わったので、そこに少しばかり持って来ていた荷物を入れてひととき落ち着いて貰い、夕食の席ではアビー姉ちゃんとも再会して賑やかにその夜を過ごした。


 その翌日は朝食後に調査外交局本部に出勤し、局員全員を招集してこちらでもあらためてソフィちゃんが正式に局員となったことを紹介。


 アッツォさん以下の港町アプサラ駐在の3人も昨日からまだこちらに残って居たので、ファータ衆の調査部員全員と独立小隊レイヴンの隊員全員、ノエミさんとロニヤさんの事務職員も揃っての全局員集合の会となった。


 それにしても集まった全局員をこうして見ると、ファータ衆がエステルちゃんとミルカさんを含めて16名に、人族が俺やウォルターさんを含めて8名、竜人族がフォルくんとユディちゃんの2名で、加えてドラゴン1名に式神1羽の合計27名と1羽という、なかなかの陣容になりました。カァ。




「ソフィちゃんはわたしと同じ長官付き秘書ですけど、独立小隊の制服や戦闘装備も作らないとですよね

「おお、ジェル姉さんたちが着ている制服と、あと戦闘装備ですか? カリ姉さん。それは楽しみなのであります」

「うふふ。戦闘装備用に、里からフォレストサーペントの秘蔵の革と森大蜘蛛もりおおぐもの糸で編まれた生地が届いていますからね」


 フォレストサーペントつまりクロミズチは大昔にファータの里に襲来し、シルフェ様の力を借りてファータのご先祖が討伐した巨大な魔物だよね。

 その皮を鞣したものがシルフェーダ家に秘蔵されていて、俺やエステルちゃんの装備にも使われている。


 その革と、あとファータの里の近くの森で棲息する森大蜘蛛もりおおぐもの糸から出来ている生地が、どうやら里長さとおさの家の蔵から大放出されて届けられているそうだ。


 何人分の装備が作れる量が来たのかは知らないけど、どうも結構な量らしく、エステルちゃん的にはその素材でレイヴン全員の戦闘装備を新調する予定だったらしい。

 それにソフィちゃんの分も加えて、たぶんケリュさんとかの分も作るのだろうな。

 何かと一緒に欲しがる彼の分だけ無いと、絶対に拗ねるだろうからね。


 でもですよ。ソフィちゃんの独立小隊の制服も揃えるの? 秘書、だよね。


「前から、カリちゃんが欲しいって言ってましたから」

「えへへ。なので同じ長官付き秘書として、ソフィちゃんの分も揃えないとです」


 何かと事あるごとに貴族ドレスを着させられるカリちゃんだが、ドレスよりも制服も欲しいという訳ですか。

 まあ良いのだけどさ。エステルちゃんも持っているし、昨年秋にはケリュさんも騎士制服を誂えていたしなぁ。


 しかし、そんな話題で盛り上がっている貴女あなたたち。昨日の母さんの話はちゃんと聞いていましたよね。


「それはそれ、これはこれよ、ザックさま」

「うちの女子は、美しさ可愛らしさと強さの両方を備えるですよ、ザックさま」

「いまから着るのが楽しみです、兄さま。はい、もちろん、その分、鍛錬はこれまで以上に厳しくやるのであります」


 ああ、でありますか。そうですよね。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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