第1話 社会人1年生の初仕事
今話から第二部です。
セルティア王立学院を卒業した俺は、王都屋敷の全員を伴って例年と同じ日程でグリフィニアに帰郷した。
一方でカリちゃんを除くシルフェ様たち人外組は、風の精霊の妖精の森で冬至の祭祀があるために帰って行った。
アルさんはもちろんだが、クバウナさんもシルフェ様の本拠地は久し振りということで、そちらの方に一緒だ。
俺たち一行はいつものように途中、ジルベール・ブライアント男爵お爺ちゃんのところで1泊。そこでもパーティー形式の晩餐が行われて卒業を祝って貰った。
12月23日にグリフィニアに帰り着いてからは、翌日の24日は孤児たちが暮らすアナスタシアホームを来訪して、ひと足早い冬至イヴパーティーで子供たちと遊ぶ。
26日は中央広場での冬至祭で、領都民の皆さんに卒業を報告。夕方からは子爵館の大広間で俺の卒業祝いを兼ねた冬至祭パーティーと、パーティー三昧の日々が続いた。
この世界では1ヶ月がどの月も27日間で、1年は12ヶ月324日。ただし1日が27時間あり、1年間で言えば8,748時間と、前世の世界の8,760時間とほとんど変わらない。
要するに、この世界の太陽系での公転周期はそれほど変わらず、地上世界の惑星の自転速度が少しばかり遅いということだ。
いま俺が暮らしているこの惑星は、前世で居た地球とはかなり似ているところもあるけど、まったく同じでも無い。
もしかしたら前の世界とは平行世界、どこかで時空が分岐して存在するパラレルワールドなんじゃないかって以前に考えてクロウちゃんと検討したこともある。
だが、惑星の自然や生き物の状態、人間が歩んで来ている過程なんかも考えると、異なる部分も相当にあると言わざるを得ない。
それでクロウちゃんの見立てでは、前世の世界の地球や太陽系があった天の川銀河とは別の銀河に存在する太陽系の中の惑星で、言ってみれば相似的世界というものかも知れない、ということだ。
そのうち、この世界の最高神であるアマラ様やヨムヘル様に聞いてみたいとも思うのだけれど、なんだか「あちらとうちとは親戚世界よー」とかなんとか言いそうだよな。
ともかくも冬至を過ぎて新年を迎え、学院を卒業した俺の新生活が始まった。
と言っても、これが前々世ならばどこかの会社に入社するなどで新しく社会人になって、生活環境にプラスして仕事環境が加わり、もしかしたら住むところも変わったりと大きく変化するところだが、俺の場合、もう1年前に就職しちゃっておるのですなぁ。
年が明けると、ダレルさんやライナさんらうちの者たちの力を得て俺が初期構想を立案した、グリフィニアの拡張工事がいよいよ開始される。
昨年の秋からは、その具体的な計画や着工準備は家令である総責任者のウォルターさんのもと、筆頭内政官のオスニエルさんとネイサン副騎士団長が実務責任者となって、内政官事務所と騎士団によって進められて来た。
つまり俺の手からは、というか調査外交局とは担当違いなので、具体的な業務としてはもう離れている。
それでも、グリフィン子爵家とグリフィニアを挙げての大事業だ。初期構想立案者として俺も様々な会議に出席し、ときには意見を述べたりアイデアを提案したりした。
特に初期的な工事計画上で意見がいろいろと出たのは、現在の都市城壁をどうするかという問題。
拡張エリアはいまのグリフィニアの南側を計画し、既に地割も終わっている。
それでその新区画と現状の旧区画とは、そのままにしておけば間に都市城壁を挟む訳で、これを撤去すべきか残して置くべきかで意見が分かれたのだね。
残す場合のメリットとしては、まずは撤去に伴う工費が軽減される。
あとは王都の外リンクと内リンクのように、部分的ではあるにせよ二重防壁になる訳で、領都防衛上でも多少の利点にはなる。
一方で撤去すべきという理由は、旧エリアつまり旧市街地と新たな市街地との往来が現在の南門だけになって交通の至便性が損なわれるのと、それに伴って領都の一体性が阻害されてしまう怖れがあるということだ。
こういう都市城壁のような堅牢な建造物で街が空間的に区分されていると、人間社会の性としてそこにいらぬ区分け出来て、場合によっては階層意識や対立なども生みかねない。つまり、風通しが悪くなるということだ。
「それで、ザックはどう考える?」
「グリフィン建設のトップのご意見を伺わないとよね」
新年早々に開かれた会議で父さんにそう問われたのだけど、母さん、グリフィン建設というのはときどき(仮)で存在しても商会とか法人としての実体は無いですし、俺がそのトップでは無いですからね。
「そうですなぁ。まず折衷案としては、現在ある都市城壁のうち、拡張エリアに重なる部分にいくつか穴を開けて、各所で通行出来るようにするということがあると思うけど。でもやっぱり、心理的な障壁にはなってしまうかな」
「心理的な障壁って?」
「ああ、それは姉ちゃん」
「穴をいくつか開けても、人の心のうちではやっぱり風通しが悪いってことですよね、ザックさま」
「なるほどぉ。さすがはエステルちゃんだ」
「そこは、風の流れの問題ですからね」
「ふんふん」
エステルちゃんは真性の風の精霊様の妹で、かつ娘であるファータの始祖の生まれ変わりなので、本人もだいぶ風の精霊化しているからね。
まあ、基本的な認識としてはそれで良いですよ。
「とすれば、ザックとしては撤去した方が良いということか」
父さんとしては、防衛上の利点はともかくとしても、おそらく予算的な問題で躊躇している感じだよね。
「やはり、撤去して整備の方向か。いまは撤去費用を予算化していなかったよな、ウォルター」
「ええ、そうなのですが。それに、撤去工事を行うにしても、工事段階のこともありますな」
今回は典型的な公共事業で、基盤となる拡張整備に関わる予算は全面的にグリフィン子爵家が支出する。
それを商業ギルドと鍛冶職工ギルドが共同して受注し、両ギルド傘下の商会や工房に二次発注するかたちだ。
現在計上されている予算としては、拡張エリアの土地整備と区画化、道路整備、拡張エリアを囲む新たな都市城壁の建設、そして王都方面に伸びる街道への出入り口となる新南門と、アラストル大森林への出入り口として冒険者が使用するザカリー門? のそれぞれの整備のためのものだ。
新規に整備された土地は商業ギルドに一旦預けられ、ギルドを窓口に無期限の利用権として民間に販売される。つまり借地権販売だね。ただし、借地料は一括払いが基本で月々の借地料等は想定していない。分割払いはあるみたいだけどね。
なので、基本的には所有権とほとんど変わらないが、これは現在のグリフィニア市街地でも同様で、土地の所有権自体は原則、子爵家が有していてそれを民間に貸与している形式だ。
例えば港町アプサラや子爵家直轄の村でも同様で、他の騎士爵家が有している村の場合は、その土地の所有者は領主である騎士爵家となっている。
つまり、グリフィン子爵家の騎士爵は、忠誠を誓うことによってうちから土地の所有と運用を与えられている訳で、つまりは“一所懸命”ということだね。
セルティア王国では他の領主貴族領も同様だが、領主貴族が王家から領地を与えられたり借りたりしている訳では無い。
従って、グリフィン子爵領はあくまでグリフィン子爵家の所有する領地であり、例え王家から命令があったとしても、転地や領地召し上げといったことには決して応じない。もしそんな命令が出たら、内戦ですな。
特にうちの場合はアラストル大森林を護るお役目を果たすために、大昔に神様やら誰かから所有を認められた領地だ。
ところでその神様って、ケリュさんですかね。
話を戻すと、その利用権というかたちで販売された土地に建てられる住居や工房、商店などの建築物は、その権利者が自前で建てることになる。
昨年に構想したときに俺としては、大型の集合賃貸住宅や複合商業施設みたいな建造物込みの子爵家主導で行う大規模開発的なことも想定したのだけど、そこは現実問題としてやはり当家の財力にも限りがありますから。
ちなみに、新設の門に付属される領都警備兵の駐在施設などは子爵家の予算で造られ、ザカリー門? の直ぐ内側に設置を計画している冒険者ギルドの分室や獲物の解体・買取所は、もちろん冒険者ギルドの予算だね。
あと、鍊金術ギルドも複数の鍊金術師が賃貸できる大型工房を建設する予定で、鍛冶職工ギルドも同様の工房の新設を計画中なのだそうだ。
「ねえあなた、グリフィン建設のトップがまだ何か言ってくれそうよ」
「お、そうか。どうだ、ザック」
だからね、母さん。この会議中はそれで押し通すみたいだけど、俺の立場は正しくは調査外交局長官ですからね。
「うーん。そうでありますなぁ。予算と工期の問題でありますよなぁ」
「工事の段取りとしては、現状の計画では、いまの都市城壁を維持したまま、その外側の計画区域の土地整備を進め、そのあと新たな都市城壁と門の建設という順番でして」
具体的な工事統括責任者のオスニエルさんがそう説明してくれた。
土地と区画整備、道路整備で約半年。道路整備の進捗に合わせて、途中から同時に新しい都市城壁と門の建設も開始し、出来れば年内には目処を立てたいとのことだ。
子爵家関係の施設やギルド施設の建設も進捗を見て開始し、民間への土地利用権販売は来年からとなる予定だ。
つまり現在の計画では、二重となる部分の旧都市城壁の撤去工事は予定されていない。
しかし、俺の前々世の工事技術であればともかく、土地整備やらなんやらが終わってからあらためて大規模な撤去工事を行うのは、いろいろと混乱が起きそうだよな。
施設の建設工事なんかが始まっちゃうと、労働力の問題などもありそうだし。
この世界のこの時代では、こういった領主貴族家領都での大規模事業の場合、自領外から工事人夫などが大勢流入して来るのを基本的には歓迎しない。
そもそもが人口増大に対応する拡張工事であるし、当家としては緩やかで適度な人口増は望んでも、工事に伴って大幅に人間が急激に流入してそのまま居住するのはあまり嬉しくないのだね。
もちろん、周辺の領主貴族領からも人員を一時的に雇用して労働力を確保するというのは必要なのだが、この世界だと大規模事業を聞き付けて悪質な連中が流れ込んで来る可能性が高いし、そういった連中が居着いたりすると治安も悪化する。
労働力確保については、既にブライアント男爵お爺ちゃんのところやキースリング辺境伯家と、ウォルターさんが協議を行っているそうだ。
なので、男爵家や辺境伯家が直接斡旋してくれた外部労働者は別として、それ以外の流入者に対しては身元確認などを徹底して行うのだが、それ自体も担当する領都警備兵部隊と騎士団にとってはかなりの負担になるんだよな。
そういった流入者チェックと治安維持はネイサン副騎士団長が実務責任者なので、彼も責任重大だ。
また、こういった労働力の問題については、特に冒険者ギルドではまだ経験の浅い冒険者に依頼を出して斡旋してくれる段取りになっているそうだ。
ただし、大森林からの資源採取に影響の出ない範囲ではあるのだけど。
「ではですね。グリフィン建設、ではありませんが、当方のグリフィン建設(仮)のメンバーで、そうですなぁ、都市城壁撤去と仮設の城壁建設を一挙に行ってしまいましょう」
「おおう」
俺のこの発言を聞いて、父さんやウォルターさん、クレイグ騎士団長ら子爵家の重鎮たちは感嘆の声を洩らし、母さんとアビー姉ちゃんは何故か拍手をして、エステルちゃんはやれやれという表情をしておりました。
会議中に俺が考えた構想としては、現在の都市城壁のうち拡張エリアに面する部分を一挙に大規模土魔法で撤去してしまうというものだ。
そして同時に、拡張エリアを囲んで新規に都市城壁を建設する部分に仮設のものを、これも一挙に造ってしまう。
つまりは、一夜城ならぬ一夜撤去でありますな。
ただし撤去だけにしてしまうと、いきなり領都の南側の原野との境が無くなってしまうので、仮設一夜城壁も同時に造る必要があります。
これを行うのがグリフィン建設(仮)のメンバーなのだが、つまり俺とライナさんとカリちゃんにダレルさんの4人だけでなのですなぁ。
アルさんが加わればかなり強力なのだけど、いつこちらに来るかまだ分からないんだよね。
尤も撤去と仮設ということで、建造物をちゃんと造るような精度はそれほど求められないので、1日で出来るかどうかは分からないけど割と短期日で可能と踏んだ訳ですな。
そもそもは今回の拡張事業においては、土魔法で俺たちが何かするという気はこれまでまったく無かった。
やはりちゃんと民間への経済効果も考えて普通の工事として行う方が良いし、それに土魔法で大規模整備を行ってしまうとその情報が領外に漏れてしまい、外部に妙な警戒感を抱かせてしまうのもあるしね。
なので俺としては、いまの発言をちょっと出し渋っておった訳ですよ。
俺からの都市城壁撤去工事の提案もあって、領都グリフィニアの拡張整備事業の着手は1月末の24日と決められた。
ちなみにこれまでの学院生活では、5日間の講義サイクルが2回続いてそのあとに2日間休日という合計12日間を1セットとしたリズムになっていたが、卒業してしまうとそれが無くなる。
この世界では、7日間で1週間といった区切りの概念が無い。
尤も俺の前世でも生活上でまだ1週間というものが無かったので、それほど違和感を感じてはいないのだけどね。
七曜の概念は、クロウちゃんによると古代バビロニアの時代に始まったのだそうで、月の満ち欠けを基に新月から7日ごとを数え、その7日目を安息日としていたのだとか。
つまり、あちらの地球という惑星と月という衛星から由来したものだね。
またユダヤ教だと、神が6日間で天地を創造し、7日目に休息したと旧約聖書に記されている。
俺が前世、前々世で生きた日本では、明治時代に入ってからの1876年に太政官通達で1週間が定められたのだけど、七曜自体は9世紀の初めに空海が中国から伝えたとされる「宿曜歴」によるのだそうだ。
この七曜の考え方は、キリスト教と共に中央アジアから中国、そして日本へと伝来したものなのだが、ただし一般に広まることはほとんど無くて、主に宿曜占星術で吉凶を占うために御所や貴族の間で用いられていたのだよね。
それで、学院を卒業して日にちの区切りが無くなってしまったので、その前世の七曜とは少しばかり違うけど、俺なりに7日間の単位で考えることにした。
アマラ様の太陽つまり日から始まって、ヨムヘル様の月、そして五つの精霊からシルフェ様の風、そのあとは前世に倣って火、水、木で、金が無くて土の7日間だ。
金竜さんの金を入れても良かったのだけど、そうするとアルさんやクバウナさんたち他の五色竜に悪いし、黒曜日とか白曜日とかいうのも何だか変だしさ。
ともかくも俺の中では今年の1月1日を日曜として数えると、24日は風の日。
グリフィニアに新しい風を呼び込む、その始まりの日になればと、俺だけは独自の七曜そう考えている。
カァカァ。あ、すみません、クロウちゃんの意見も取り入れての話です。
この日に、都市城壁の該当部分の撤去と拡張エリアを囲む新しい都市城壁の仮設置を一挙に行う。
学院卒業後の社会人一年生としての初仕事が、調査や外交じゃなくて建設工事というのも何なのだけれど。
それで、そのための諸々の準備やグリフィン建設(仮)のメンバーとの打合せも始めて新年も10日程が過ぎた頃、ファータの北の里に帰っていたミルカさんとユルヨ爺、アルポさんにエルノさんの4人が戻って来た。
彼らは、特にアルポさんとエルノさんだけど、ずいぶんと暫く里に帰っていなかったし、俺が無事に卒業した話を里に伝えるのと同時に、新しい探索要員つまり調査部員を当家に派遣する相談をしに行っていたんだね。
加えて、ルアちゃんのお父上であるコルネリオ・アマディ準男爵から依頼された、エイデン伯爵家への探索者派遣についての相談もあった。
彼ら4人は昨年の12月23日にグリフィニアに着いたあと、翌日にはもう出立して本日戻って来たという訳だ。
「ミルカ部長たちが戻りましたので、エステル嬢さまとカリちゃんもご一緒に、調査外交局本部にいらしていただきたいと」
グリフィニアに残っていたリーアさんが、屋敷に居た俺たちを呼びに来た。
それでクロウちゃんも伴って3人で調査外交局の本部に行き玄関ラウンジに入ると、何やら大勢の人たちが賑やかに話している。
「あ、兄さまたちだ。ザック兄さまぁ、エステル姉さまぁ、カリ姉さまぁ。クロウちゃーん」
俺たちが玄関ラウンジに姿を現したのを見て集まっていた皆がこちらを向き、その中からひと際大きくて透き通った、でも懐かしい声が聞こえた。
「わたくしソフィ。ただいま帰還したのであります」
ソフィちゃんがファータの里から帰って来ていたのでした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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