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第969話 お疲れさまでした。ありがとうございました。

ちょっと長めです、

 招待客を出迎えるために、玄関ホールにうちの者たちも並ぶ。


 今日の担当割りとしては、正門での出迎えがアルポさんとエルノさんにユルヨ爺も手伝ってくれる。屋敷までの案内役はフォルくんとユディちゃんで、ブルーノさんとティモさんは馬車で来られたお客様が居た場合のお世話担当だ。

 尤もヴィオちゃんのところと、あとはフレッドくんのところの伯爵家と子爵家ぐらいじゃないかな。


 玄関ホールでは俺とエステルちゃんが並び、その後ろに黒いロングコートの豪奢版執事服姿のアルさんとドレス姿のクバウナさん。このふたりはいちおう、この屋敷の執事という設定だからね。

 そしてその横には、同じくドレスで可愛らしく装ったカリちゃん。カリちゃんは俺の秘書設定ですからな。


 クバウナさんがこちらに来たときに、身の回り品を入れたマジックバッグしか持って来ていなかったので、今日のドレスは新調している。

 でもその装いでの落ち着いた雰囲気は、大昔に人間社会で暮らしていたというだけあって着慣れた中に気品が感じられます、


 それからケリさんとシルフェ様、シフォニナさんも並んだ。

 ケリュさんは当初着用していた自前の騎士風の衣装ではなく、うちの調査外交局独立小隊の制式騎士服の準礼装を身に着けている。


 と言っても独立小隊の正規騎士はジェルさんだけで、男性の騎士は存在しない訳なので、何故かケリュさんが初めてその騎士の男性用衣装を新調して着ているのです。

 どうやら彼が、エステルちゃんに我侭を言って新調して貰ったらしいな。


 一方のシルフェ様とシフォニナさんは、既に何着か持っているドレスのうちのパーティー用の一着で着飾って、もうすっかり人間の衣装も着慣れた感じだ。


 そしてジェルさん、ライナさん、オネルさんにリーアさんの4人。

 彼女らは独立小隊制服の準礼装姿で、ただし今日は下がスカートの様式になっているものを着ている。

 なんでもズボン姿のものとスカートと、それも夏用と冬用とか組み合わせが色々あるのだそうだ。

 リーアさんも同じ準礼装姿で、すっかり巻き込まれています。


 あとエディットちゃんとシモーネちゃんも、いつも着ているうちの侍女服姿ではなく、動き易く簡易版にしたようなドレス姿だね。

 お姉さん方4人と彼女らで、到着した招待客をパーティー会場の大広間にご案内する。



 さて、続々とお客様たちが到着しました。

 まずは卒業生と学院生の15名。在院生たちは学院の制服姿だが、卒業した6名はもう私服姿ですな。


 伯爵家令嬢らしいドレス姿のヴィオちゃんをライくんがエスコートし、珍しくドレス姿のルアちゃんをブルクくんが、そして同じくドレスを着たカロちゃんをロルくんがエスコートして現れた。

 その後ろからは、総合武術部と強化剣術研究部の部員たちだね。


「ほほう。こうして見ると、上手く組み合わせが出来たものですなぁ」

「上手くってなによ。あ、コホン。本日はお招きいただき、ありがとうございます。今日のパーティーをとても楽しみにしておりました」


 立場的にいちばん上位になるヴィオちゃんが代表して、そう余所行きの挨拶してくれた。

 それに合わせて、男子も女子も貴族に対する礼に則った仕草で挨拶をする。


 そうなんだよね。学院を卒業してしまったので、立場としての俺は領主貴族であるグリフィン子爵家の継嗣で、かつ子爵家調査外交局長官というおおやけの役職を持っている。

 なので、そういう挨拶の礼儀をおそらく事前に打合せをして来たのだろうな。


 うちより上位貴族である伯爵家の令嬢だけど三女のヴィオちゃんをはじめ、男爵家次男のライくん、準男爵家のブルクくんやルアちゃん、あるいはヴァイラント子爵家次男のフレッドくんといった貴族家の子息子女に対しても、立場上は俺の方が上位になる。


「まあまあ。卒業はしちゃったけど、まだ先日のことでホヤホヤだし、ここは学院の流儀の延長ということで、堅苦しいのはここまでにしよう。だろ、ライ」

「お、おう。その方がこっちも楽だぜ、です。じゃあ、そいうことでいいかなぁ、ヴィオちゃん」


「どうせそうなると思ったわよ。それにザックくんちだしね。なのでみんなも、肩の力を抜きましょう」

「はーい」「おう」


「うふふ。それが良いわね。さあさ、大広間の方に進んでくださいな」

「はい、エステルさま」



 付き添って来たセリュジエ伯爵家王都屋敷執事のハロルドさんや、ヴァイラント子爵家王都屋敷執事のマルハレータさん、グエルリーノ商会王都支店長のマッティオさん、奥様のジリオーラさんとも挨拶を交わしていると、その後ろから学院の教授たちが屋敷に入って来た。


 オイリ学院長を先頭に剣術学と魔法学の6人の教授、そしてイラリ先生とボドワン先生だ。

 案内して来たフォルくんとユディちゃんがボドワン先生を間に挟んで、楽しげに話をしている。

 ボドワン先生は、幼かった頃のふたりの学業を指導してくれた恩師でもあるからね。


「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」と、こちらも学院長が代表しての堅苦しい挨拶。

 おまけに彼女とそれからイラリ先生の視線は、ケリュさんやシルフェ様たち人外の方々の間を行き来してどうも落ち着かない。


「学院長、先生たち、ようこそお出でくださいました。先ほども卒業生と学院生たちに言ったのですけど、ここは学院の流儀の延長でということで、これまで通りざっくばらんで良いですからね。その方が僕たちも気が楽ですしね」


「そ、そうね。そうさせていただきましょうか。その方がわたしたちも安心だわ。ありがとう、ザカリーさま、じゃなくてザックくん」


「おう、さすがはザックだぜ。卒業すると直ぐに貴族然とする奴らも多かったが、ザックはそこもひと味違うよな」

「急に余所余所しくされてしまうと、こっちも寂しいからのう。それにザカリーはもう、我らの同僚じゃからな」


 我らの同僚って、もしかしてそれって特別栄誉教授の称号をいただいたことを言ってるですかね、ウィルフレッド先生は。

 あくまで“特別栄誉”であって、決して同僚教授とかでは無いですからね。


 ともかくも、2年振りのパーティーで久し振りにうちの屋敷に来たということで、教授たちは少々緊張をしていたかもだけど、まあ気を張らずに寛いでくださいな。クリスティアン先生とディルク先生も大丈夫ですよね。

 ジュディス先生とフィロメナ先生は、ああ、同年代のうちのお姉さんたちと賑やかに挨拶を交わしているので大丈夫か。



「ボドワン先生、良くいらっしゃいました」

「先日の学院でのパーティーではザカリー様も大変そうで、ゆっくりと話せませんでしたからね」


 ああ、あの握手会みたいな騒ぎですよね。

 ボドワン先生ももちろん参加されていたのだけど、そうでした。でも、俺のせいでは無いと思いますよ。


「それで、あちらにおられるのが?」

「先生はケリュさんとクバウナさんは初めてでしたっけ。ちょっとご紹介しますね」


 他の先生方でやはり初めましての人には、エステルちゃんたちが紹介していた。なので俺もボドワン先生を連れて、同じように紹介する。

 そう言えばボドワン先生も、イラリ先生と同じく神話と歴史学の担当教授なんだよなぁ。


「ほほう。そなたは、ザックの家庭教師だった御方か」

「うちの姉たちももちろんで、あとフォルとユディの勉強も見てくれていたんですよ」


「それはそれは、ずいぶんとお世話になったのだな。我はザックの義兄にあたるケリュだ。こうしてザックが育ったのも、そなたの尽力があったお陰でもある。我からもあらためてお礼を」


「これは、私など。ザカリーさまはお小さい頃から、既に多くの知識と優れたお力をお持ちでしたので」

「それはそうであっただろうが、そうであるからこそ曲がった迷路に入り込まずに、しっかり歩んで来られるように導いた、周囲の大人の努力があってのことだ」


 あ、なんだか藪蛇的な会話になりそうな気配がして来たので、クバウナさんにも紹介したあと控えていたエディットちゃんに目配せして、先生を大広間に案内して貰いましたよ。



 残るはヒセラさんとマレナさんだけかな、と思ったところで、フォルくんとユディちゃんに先導されて彼女たちが屋敷に入って来た。

 その後ろからブルーノさんとティモさん、アルポさんとエルノさん、ユルヨ爺も続いて来たので、お客様の到着も終わって門を閉めて来たようだ。


 今日のヒセラさんとマレナさんは、南方風の色鮮やかで華やかなドレス姿ですな。まさに南国に位置する、商業国連合評議会議長のお孫さんたちといったところですかね。


「すみません、ザカリーさま。良いご連絡がなかなかできなくて」

「マレナ、まずはちゃんとご挨拶をしないと。ザカリーさま、ご卒業おめでとうございます。本日はお招きに預り大変に嬉しく存じます、エステルさま」


「急にお招きしたのに、この人の祝いの席にいらしていただいて、本当にありがとうございますね」

「いえいえ。わたしたちにとっては大切な御方ですから」


 ショコレトール豆の件はまたあらためて聞きますから、今日はうちのお料理を楽しんでくださいな。


「ええ、それはもちろんですとも」

「デザートも楽しみに来ました。ね、ヒセラ」

「もうマレナったら。でも、わたしもですけど」


 おふたりは学院祭の魔法侍女カフェで、グリフィニアチーズケーキは食べたかな。

 今日はそれも含めた何種類かのケーキをアデーレさんが用意していて、小さめにカットしてケーキバイキングみたいにしていますからね。


 あれはたぶん、クロウちゃんの入れ知恵だよな。

 昨日から今日の午前中まで、リーアさんも含めたお姉さん4人やクバウナさん、シフォニナさん、カリちゃん、ユディちゃんも加わって、うちの厨房は料理とそのケーキバイキングの準備でてんてこ舞いでしたからな。




 フォルくんとユディちゃんの奏でるファンファーレトランペットが響く。

 その音色を合図に、談笑するお客様たちの間に入って飲み物のお世話をしながら、それぞれに話し相手をしていたうちの屋敷の者たちがそこを離れ、ステージ横に整列した。


「本日はお忙しい中、我がグリフィン子爵家のセルティア王立学院卒業を祝う会にご臨席いただき、誠にありがとうございます。ただいまよりパーティーを始めます。司会進行はわたくし、グリフィン子爵家調査外交局独立小隊、従騎士ライナ・バラーシュと」

「同じく、グリフィン子爵家調査外交局長官付き、秘書カリオペが務めさせていただきます」


 今日のパーティーも結局、このふたりが司会進行をすることになったそうです。

 先日の内輪の方は、今日の練習のためと言うかリハーサルと言うか、そんなことだったのか。


 まあ、進行内容自体は2年前のアビー姉ちゃんのときとだいたい同じだと、このパーティーの総責任者のエステルちゃんが言っていたので大丈夫とは思うのですけどね。

 今日の俺のお役目は最初にひと言、というものだけで、あとはお客様と歓談していれば良いという指示をいただいている。


「それでは、この会を始めるにあたりまして、当家ザカリー・グリフィンよりご挨拶申し上げます」


「そうしたら、ヴィオちゃん、ライ、カロちゃん、ブルク、ルアちゃん、それからロルも、こっちに来て壇上に上がって」


 最初に卒業生の皆でご挨拶しようと声を掛けて置いたので、彼らをステージに呼ぶ。


「今日は僕たちの卒業を祝うパーティーに来てくださり、誠にありがとうございます。僕の身内とも言える総合武術部と強化剣術研究部の卒業生7名、無事にセルティア王立学院を卒業出来たそのご報告と、皆様への感謝の気持ちを込め、あらためまして御礼申し上げます。学院長をはじめご指導いただいた教授の皆様、これまで見守ってくださいました皆様、そして学院生のみんな、本当にありがとうございました」


 壇上の7人が深々と頭を下げ、温かい拍手が僕たちを包んでくれた。


「これからは、この壇上にいる7名もそれぞれに別々の道を歩み始めます。その途中でときには躓き、悩み悲しむこともあるでしょう、自分の力だけではどうしようもないことに直面するかも知れません。でも、これまでセルティア王立学院で学び暮らした4年間の経験が、きっと僕たちを支えてくれる筈です。もしもそんな苦難に直面したときには、学院生活やクラスメイトの顔と声を、叱咤激励してくれた教授の皆様の顔と声を、共に課外部で過ごした下級生部員たちの顔と声を思い浮べ、僕たちは立ち上がることが出来ます。そして、誇りあるセルティア王立学院卒業生として、常に前を向いて歩んで行きます。どうかこれからも、そんな僕たちを温かく見守り、ときには声援を送っていただければと思います。ということで、今日は楽しく皆で話して、うちの料理を楽しんでください」


 このあとはオイリ学院長に乾杯の音頭をお願いして、それからは立食形式だけど料理を食べていただき、2年前を同じようにうちの女性陣にフォルくんとティモさんが加わっての楽器演奏、風の精霊3人にエディットちゃんが加わった合唱が行われた。

 そして、次々に運ばれて来た何種類ものケーキをアデーレさんが紹介説明するかたちで、お待ちかねのケーキバイキングが始まる、という感じでパーティーは進行する。


 今日は会の進行をライナさんとカリちゃんがしてくれているので、俺とエステルちゃんは分担してそれぞれ招待客の間に入り、順番に全員と会話をして巡った。

 そしてそんな楽しい時間は、あっと言う間に過ぎて行く。




「みなさま、お楽しみのところではありますが、このパーティーもそろそろというお時間になりました。そうしましたらこの会を、2年前と同じくフィランダー先生に締めていただければと思いますけど、いかがでしょう。フィランダー先生、お願い出来ますでしょうか」


 そう言えばアビー姉ちゃんのときも、最後の締めはフィランダー先生だったよな。

 今日もだいぶお酒が入っているけど、まあ彼も底無しなので大丈夫でしょう。


「ライナさんからのご指名じゃ、しょうがねえな」とかなんとか言いながら、先生はどすどすと壇上に上がって来た。

 そしてほんのひととき、何を話そうと考えるかのように目を瞑っていた。


「卒業生には、学院での卒業式やパーティーでもおめでとうを言ったから、今日はもういいだろう。俺はよ、いま少し目を瞑って、ザック、いやザカリー様と初めて出会った頃のことを想い出していた」

「ザックでいいですよ、先生」

「お、そうか。ならば、今日まではな。……あれは入学試験を終えて合格が発表され、入学式前に打合せということで、このザックを学院に呼んだときだったよな。エステルさまとジェルさん、それからクロウちゃんも一緒だった。学院長室で初めて会ったら、なんでこいつは飛び切りの美人をふたりと、それからおまけにカラスを連れて」


「カァカァ」

「あ、すまん。そのときに思ったことだから、勘弁してくれ」

「カァ」

「ともかくよ、なんだか不思議なやつが入学して来やがったって」


 そうだったよな。良く憶えておるものですなぁ。

 あのときもカラスって言って、クロウちゃんに怒られてたよね。


「それでこいつはそのとき、ウィルフレッド先生の推薦で魔法学の特待生になって。そうしたら、魔法よりもどちらかと言うと剣術の方が得意だなんて、そんなことをこいつは言いやがった」


 フィランダー先生が始めた想い出語りを、パーティー会場に居る人たちが面白そうに聞く。特に在院生の皆は初めて聞く話じゃないかな。


「それで俺はよ。剣術学中級の初めての講義で、受講しに来た新入生どもに散々に打ち込みをさせたあと、こいつのその魔法よりも得意だと言う剣術の実力を、じっくり見てやろうと思った訳だ。剣術学特待生試験という名目で俺が相手をしてな」


 その、散々に打ち込みをさせて新入生をへたらせたお陰で、あなたの剣術学中級の受講生が居なくなっちゃったじゃないですか。反省してますか?


「まあその結果は、いまここで具体的に言う必要は無いよな。一撃で俺は木剣を飛ばされ、おまけに胴をしたたかに打たれた。たった12歳の新入生にだぜ。もちろんその出来事で、剣術学特待生も決まりだが、それ以上に俺は、剣術の秀才とか天才とか、そんなものとは比べ物にならないぐらいの畏れと言うか、まるで神様から授けられた力でもあるんじゃねえかって、そう思ったんだ」


 そこで話を聞いていたケリュさんをはじめ、うちの全員がウンウンて頷くんじゃありませんよ。

 それに俺の剣の力って、神からの授けものというよりは、前世での弛まぬ鍛錬の結果なのですからね。

 尤もそれをこの世界に持込んだのは、まさしく神サマの力なのだけどさ。



「それから4年間、まあいろんなことがあったけれど、学院にとっても俺自身にとっても、何か新しい扉が何度も開かれて行くような、驚くばかりで飽きる暇の無い4年間だった。それは俺だけじゃなくて、ウィルフレッド先生や他の教授方も同じでは無かったかな」


 こんどは教授方がウンウンと頷いている。ただし、俺を幼い頃から知っているボドワン先生だけは温かい眼差しで、壇上で語るフィランダー先生を見ていた。


「それで、次の春からはもうこいつは学院に居ねえんだ。それは新入生を迎え入れ、4年経っちまえば卒業生として送り出す、そんな繰り返しの中で仕方がないのだけど……。でもよ、ザックが学院から居なくなっちまうのは、寂しいとかなんとかよりもっとそれ以上に、学院のど真ん中にぽっかりと穴が空いちまうんじゃねえかって、そんな気がしてよ。だから俺は……」


 先生、また泣いてるのか。アビー姉ちゃんのときにもぽろぽろ涙を流していたけど。


「だから俺は、ザックがこれから世の中で何を為して行くのかは俺らには想像もつかねえが、せめて学院とは少しぐらいは繋がっていて欲しくて。それでウィルフレッド先生と相談して、特別栄誉教授の授与を提案したんだ。でもザックのことだから、そんなのいらないって拒絶するんじゃないかって、心配で。もし拒絶されたら、卒業式のあの場でウィルフレッド先生とふたりで土下座をしてでも頼もうって、そんな相談もしていた」


 卒業式でふたりの部長教授が卒業生に頼みごとをして、土下座までするなんて前代未聞だけど、そこまで考えていたのか。

 妙な罠に填めようとしているんじゃないかって、あのときふとそんなことも頭に浮かんだけど、それについては申し訳ありませんでした。


「しかし、ザックは受けてくれた。このことは感謝してもし切れない。ありがとうザック。俺としては、いや学院長や教授たち、学院職員全員の総意として、セルティア王立学院との縁をばっさり切らないで、これからも繋がりを持っていただいたことを、深く深く感謝します」


 フィランダー先生が壇上から頭を下げ、それに合わせてウィルフレッド先生や他の教授たち、オイリ学院長も俺に向かって頭を下げた。


 他の人たちは、その様子を見て拍手をする。その拍手の音は、特に在院生にとって、いまのフィランダー先生の話への共感の音だったのかも知れない。

 でも大丈夫だよ。例え、卒業生が卒業して学院にぽっかり穴が空いた風に感じても、それを埋めるのは君たちと、それから来春に入って来る新入生たちだからさ。


 ほらほらブリュちゃん、顔をくしゃくしゃにしてべそを掻かないんですよ。ヘルミちゃんも泣いてるのか。って、フレッドくんもカシュくんも泣くんじゃありません。



「フィランダー先生、それからウィルフレッド先生もほかの先生方も、ありがとうございます。幸いなことに、と言うか困ったことに、ご承知のように僕はグリフィン子爵家の調査外交局の長官として外交関係を担当していますので、これからもおそらくかなり頻繁にこの王都に滞在して、ここで暮らして仕事をすることになります。なので、学院にもたまには顔を見せに行きますよ」


「おお、そうか。頼むぜ、ザック。いや、ザカリー教授」

「これは朗報じゃて、ザカリー教授」

「いつでも待ってるわよー、ザカリー教授」

「また一緒にご飯したり、飲みに行ったり出来るわよね。ザカリー教授」


 あー、直ぐに調子に乗らんでください。

 まあたまには、あのエンリケ食堂でみなさんと飲んだり食べたりするのは良いですけどね。




 卒業を祝うパーティーはこれでお開きとなり、来られたときと同様に屋敷の皆でお客樣方をお見送りする。

 みなさん歩いて帰れる場所なので、大丈夫ですよね。

 ヴィオちゃんのところは、迎えの馬車がもう来ているですか。そうしたら、女の子たちは送ってあげてくださいね。


「はあ、済んだ済んだ。みんな、ご苦労さまでした。特にライナさんとカリちゃん、進行役お疲れさまでした。アデーレさん、ケーキバイキングは大盛況でしたね」


「さあて、無事にパーティーも終わったことだし、そうしたらこれから打ち上げよー」

「おお、それはええな、ライナさんよ」

「何ごとにも打ち上げは大事ぞよ」

「ケーキもまだ残っておるようじゃし、それを肴にもう少し飲もうかいのう」


 ケーキを肴に大量に酒が飲めるのはあなたぐらいですよ、アルさん。

 それにだいたい、パーティーが終わってそれの打ち上げをするって、聞いたことがありませんぞ。


 でも、宴会好きのアルポさんとエルノさんは、飲む気満々なんだよな。

 お客様のお相手で、うちの者はあまり飲んだり食べたり出来なかったし、特にライナさんとカリちゃんはほとんど口に入れて無いようだし。


「そしたら、パーティーの打ち上げ? ともかく、みなさんご苦労さまということで、余った料理とケーキを食べて片付けて貰いましょうか。ね、アデーレさん」

「そうですね、エステルさま」


「それにどうやら、お酒もずいぶんと残っているようですしね、うふふ」

「さすが、エステル嬢様だて」

「ならば、残ったお酒は任せてくだされや」


 と言うことで、卒業を祝うパーティーの打ち上げという名目の宴会第二部ですな。



「ご卒業、しましたね。お疲れさまでした、ザックさま」

「うん、そうだね、エステルちゃん」

「ザックさまとご一緒に歩いて来て、もう10年ですか」

「だね。あっという間の10年だった。でもこれから、ふたりでもっと長い人生を一緒に歩き始めるんだよ」

「うふ。そう、ですね。あっちに居るみなさんとも」

「そうそう。まだまだたくさん、お世話にならないとだ」


 皆は俺たちから少し離れてふたりだけにしてくれたのか、向うでワイワイやっている。

 そんな様子を眺めながら俺とエステルちゃんはワイングラスを軽く掲げ、みんなにありがとうございましたという気持ちを込めながら、あらためて乾杯をしたのだった。


(第一部終了)



いつもお読みいただき、ありがとうございます。


今話で第一部終了とさせていただきました。

ザックの幼少期から学院生時代の4年間まで、とても長い物語になってしまいました。

話数として、プロローグも含めると971話。連載の部分数で言えば特別回も含めて984部分で、それをここまで読み繋いでいただいた皆さまには、深く感謝いたします。


次回からは「第二部」ということにしたいと思いますが、学院を卒業してザックの居る世界では半人前から名実ともに大人となり、新たな暮らしと活動を始めて行くことになるでしょう。

ただ、作者はあまりガチガチにストーリーを組み立てるタイプではないので、ザックとその周囲の人たちがどんな行動をして行くのか、予断を許さないという感じでありまして。

ともかくも、第二部の開始をお待ちいただければ幸いです。

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