第966話 学院卒業の日
12月15日の卒業式の日。そろそろ冬の訪れを告げる北風が吹き、王都もだいぶ気温が下がって来てはいるものの、今日は快晴だ。
午前9時からの開始予定に、俺たち4年生の6クラス120名が学院講堂内のいくつかの部屋に分かれて待機している。
カァカァ。学院講堂に着いて座ったよ、というクロウちゃんからの通信が入った。
今日のうちからの出席者は、家族代表がもちろんエステルちゃんで付き添いがカリちゃんにジェルさん、ライナさん、オネルさんのお姉さん方、そしてクロウちゃんの計5人と1羽だ。
このメンバーで卒業式に来ると先日にクロウちゃんから聞いたが、そうなるでしょうね。
男性陣は譲ったのと、カリちゃん以外の人外の方たちはもちろん遠慮している。
今日のジェルさんたちは騎馬ではなく、皆で馬車に乗って来たそうだ。御者役はフォルくんとユディちゃんだそうだが、彼らは式には出席せずに待機場所で控えている。
まあ、家族が5人も出席するのはうちだけだろうけど、いつも人数が多くて申し訳ない。
卒業生の俺たちの入場が始まり、後方の家族席そして在院生席の間の通路を歩いて、最前列に座る。
俺たちはA組で俺はそのクラス委員なので、どうしてもその入場列の先頭を歩かざるを得ないのがいささか気恥ずかしい。
着席の人たちから拍手で迎えられ、在院生からは「きゃー、ザカリーさまぁ」とかの声も掛かるので余計にだよね。
普段あまり派手な衣装は着たがらないエステルちゃんだが、今日はシックでかつ見るからに高貴な印象を際立たせる極上の外出着姿だね。色合いは彼女のテーマカラーのブルーを基本としているけど、冬の初めらしい落ち着いた印象だ。
カリちゃんは同じくブルーを基調としながらも、どちらかと薄い色合いで白っぽい。ホワイトドラゴンだからね。
お姉さん方3人は調査外交局独立小隊の準礼装姿で、これまでの騎士団員の準礼装であるコバルトブルーの色調の上着とスカートに倣っており、白に派手過ぎないピンクをあしらったロングコートをその上から着ている。
まあ要するに、この5人が座っていると目立つということですな。
尤も学院生も学院関係者も、それから卒業生の家族出席者もだいたいはうちの女性たちを知っているので、奇異の目を向ける者は居ない筈だ。
式自体は例年と同じように、卒業証書の授与、学院長の式辞、来賓の祝辞、在院生代表の送辞、卒業生代表の答辞と進む。
来賓は王宮内政部のマルヴィナ・ノックス副長官で、ノックス公爵家の親戚であり現在の公爵の姪御さん。俺も今年に何度か顔を合わせている。
でも演壇に立って、最前列に座る俺の方に向かって挨拶するのは止めなさい。
さてそのマルヴィナさんの祝辞があって、次は在院生代表の送辞というタイミングでオイリ学院長が再び演壇に立った。
そして彼女の横には、フィランダー先生とウィルフレッド先生も並ぶ。
ちょっと嫌な予感がするし、場内も少しザワついている。2年前も同じようなことがありましたなぁ。
「式の途中ですけど、ここでわたしから発表があります」
更に嫌な予感が増した。
「今年の4年生を送り出すにあたりまして、先に開かれた教授会でひとつの提案がありました。提案者は、ここにいるフィランダー剣術学部長教授とウィルフレッド魔法学部長教授です」
ほら、嫌な予感は当たりだね。
「提案いただいた内容については、教授会に出席した当学院のすべての教授が一致して賛意を示し、わたし当学院の学院長が決裁をして決定しました。その決定とは、本日の卒業生の中の1名に対し、在学中の学院への多大なる貢献を賞して贈られるものです」
さて、何も聞いてないのですが、たぶん俺のことだよね。そう思うのって自分を評価し過ぎですかね。もし勘違いだったら恥ずかしいですよ。
「本来は贈られるご本人に事前に伝え、内諾をいただくものですが、教授会での決定がつい先頃のことであり、また王宮内政部にも通達と承認をいただく必要がありましたのでぎりぎりの日程となり、敢えて本日の卒業式のこの場で、ご出席の皆様とともにご本人にも聞いていただくこととなりました」
いや、絶対に誤摩化しがあるでしょ。事前に言って、当人から強行に否定されるのを回避するためじゃないの?
「それでは発表します。本日ご卒業のザカリー・グリフィンくん。どうぞ壇上にお上がりください」
式場内でも、だいたい誰のことだろうと予想していたらしく、大きな拍手が沸き起こった。
俺の横に座るヴィオちゃんが「早く行きなさいよ」と囁いて、俺を突つく。
「(まあ、何をいただけるんでしょうね、ザックさま)」
「(ほらほら、みなさんが拍手してるですよ。早く立って上がるです)」
「(カァカァ)」
と、後方から念話が聞こえて来る。
何をいただけるかって、エステルちゃん。どうせ碌なものじゃないから。
でも仕方ないので、行きますか。
「ザックくん、この卒業式の場でということになって、ゴメンナサイ」
壇上の中央に上がった俺に、学院長は小さな声でそう言ってぺろっと舌を出した。
てへぺろ的な可愛らしい顔をしても、俺は誤摩化されませんですぞ。
「それでは発表します。ここに居るザカリー・グリフィンくんは、入学当初に剣術学と魔法学の学院創設以来初となるふたつの特待生になり、以来4年間に渡り優れた技能と探求の力を発揮され、当学院生の剣術学と魔法学の研鑽を牽引して来たばかりでなく、実際の講義においても講師の立場で学院生を指導。加えて総合戦技大会においては審判員として、また模範試合では教授と共にご活躍されました。よって、ザカリー・グリフィンくんにはこの卒業を機に“特別栄誉教授”の称号とお立場を授与するものとします。ザカリーくん、おめでとうございます」
オイリ学院長とフィランダー先生、ウィルフレッド先生の3人が並んで頭を下げ、そして拍手をする。それに合わせて他の教授方も一斉に拍手をした。
式場内はいまの発表に再びざわついていたが、直ぐに盛大な拍手へと切り替わった。
おいおい、これはやられたぞ。こんな雰囲気で、ぶち壊すような拒否など出来ないではありませんか。
にしても特別栄誉教授? 名誉教授というのは聞いたことがあるけど、それと違うの?
「(カァカァカァ)」
「(ああなるほど。名誉教授は、学院で教授を務めていて功績のあった人に退職後に授与されるもので、栄誉教授というのは、ある学術分野やその教育機関の発展に貢献のあった人に授与される名誉称号なのか。ふーん)」
名誉称号なら、まあいただいても良いのでしょうかね。
「なお、本学院には栄誉教授についての明確な規定はありませんが、今回贈られる特別栄誉教授とは、名誉称号であると同時に本学院への自由な出入りを生涯に渡って承認し、場合によっては本学院の教授会など主要な会合にも出席する権利を持ち、また発言することを認めると、教授会の全会一致によって決定したものです。どうでしょうか、ザカリー・グリフィンくん。お受けいただけますか?」
学院への自由な出入り、主要な会合への出席と発言権利が付与されているのか。
それならいつでも学院に来ることが出来るということで、まあ受けても良いですかね。どうかな、クロウちゃん。カァカァカァ。
便利なのと面倒臭いのが両方あるとしても、いつでも地下洞窟に行けるとか、多少便利な方が勝つよね。
「(エステルちゃん、どうする?)」と、念のため念話で聞いてみる。
壇上の俺を見ていた彼女は直ぐに、「(お受けして良いのではないですか? ザックさまがこの4年間、辛抱して頑張って来たお陰の栄誉です)」と俺に返答した。
そうだな。3回目の人生を歩む俺は、いまさら子供たちに混ざって学院生活を送らなくても良かったのだけど、エステルちゃんにすれば俺が辛抱して頑張って来たって、彼女の目にはそう映っていたんだよな。
じゃあ、受けますか。カァ。
クロウちゃんと通信したり、エステルちゃんと念話を交わしたりで口を閉ざして黙って立っている俺を見て不安に思ったのか、フィランダー先生とウィルフレッド先生が「頼む、受けてくれ」「お願いしますのじゃ」と小さく声を掛けて来た。
「仕方が無いので、お受けいたしましょう」
目の前の3人が安堵の吐息を漏らした。
こうして俺は卒業式で、セルティア王立学院特別栄誉教授という称号を貰うことになった。
学院側は準備万端に称号授与を証する書状なども用意してあって、急遽俺への簡単な授与式も執り行われる。
ひと言挨拶をと言われたけど、このあとに在院生代表の送辞と学院生代表の答辞が残っているので、長くは話しませんよ。
このせいでもうかなり時間が押している筈だけど、あまり押し過ぎると、式の最終で答辞のスピーチをする学院生会長のスヴェンくんに怒られますからね。
卒業式もなんとか終了し、卒業生たちは家族が出席している場合はそこに行ったりして暫く思い思いに過ごす。
そのあとは各自が専用教室に戻って、クラスの打ち上げ。まあソフトドリンクだけでの乾杯と雑談だけなんだけどね。
もちろん俺は、エステルちゃんたちの居る席へと行った。
「ご卒業おめでとうございます、ザックさま。良いものをいただきましたね」
「ご卒業おめでとうございます。これで、これからも出入り自由ですよ、ザックさま」
「ご卒業おめでとうございます、ザカリーさま。最後の最後でも、いろいろありますなぁ」
「ご卒業おめでとうございます、ザカリーさま。貰えるものは貰っとかないとよねー」
「ご卒業おめでとうございます、ザカリーさま。さすが、巻き込まれ体質が見事に発揮されました」
「カァカァ」
「巻き込まれ体質って僕? オネルさん」
「今後もザカリーさまとの縁を切りたく無いのは、学院の方でしょうから」
「それは見え見えよねー。でも、そこを最終的に拒絶しないのがザカリーさまねー」
「逆に、こちらの利用価値も充分にあると思いますよ」
「まずはそう考えておくのが良いでしょうな」
「うふふ。そこはね、オネルさん。まずは栄誉をいただいたという事実を大切にしましょうね。この人がどこかから栄誉をいただくなんて、初めてのことですから」
「そうですね、エステルさま。本当に、ザカリーさまならではの栄誉です」
まあ5人とも、俺が特別栄誉教授という称号を受けたことについて、特段に否定的な意見では無いようだ。
直ぐにファータの伝達網を通じてグリフィニアに報せるとエステルちゃんが言っていたので、きっとうちの父さんたちやグリフィニアの皆も素直に喜んでくれるだろうな。
良く知っている方たちをはじめ卒業生の家族関係者も、俺たちが固まって話しているところに挨拶をして帰途についている。
エステルちゃんたちも直ぐに帰るそうだ。
「それでは、わたしたちは帰りますけど、ご帰宅は夜になるかしら」
「うん。学院の卒業パーティーはいちおう出ないとだからさ」
「ですね。そうしたら、お帰りをお待ちしてますね」
そう言葉を交わして、卒業を祝う華やかな花束のようなうちの5人の女性たちが学院講堂を後にして行った。
さて俺も学院の最後の午後を楽しみながら、しっかりこなして行きましょうかね。
すべての私物は無限インベントリにぶっこんで、寮の部屋の片付けを終えました。
4年間お世話になった部屋なので、ありがとうと頭を下げて部屋を出る。
談話室に行って、同じく片付けを終えたライくんたち卒業生と話していると、三々五々寮の下級生たちがお別れの挨拶をしにやって来る。
そんな下級生たち全員と言葉を交わし終わり、あとは寮の管理人のブランカさんのところに卒業する寮生でお礼の挨拶に行く。そして残るは、学院生食堂での卒業パーティーだけだ。
そのパーティーには、卒業生の120名全員はもちろん、学院長以下の教授たちが集まり、時間の取れた学院職員さんたちも代わる代わるやって来た。
それから3年生以下の在院生もずいぶんと多く集まって来ている。
俺はこれまで、この卒業パーティーに出たことが無かったので知らなかったけど、こんなに在院生が集まったので近年ではとても珍しいことなのだそうだ。
ふーん、と俺が感心していると、「誰のせいなんだか」とヴィオちゃんがニヤっと笑った。
スヴェン学院生会長と来年の会長の3年生が並んで乾杯の音頭を取り、あとは特にスピーチ的なものは無くてただの宴会ですな。
そのスヴェンくんと3年生が揃って俺のところに来て、「ふう、これで僕の仕事もやっと終わりだぜ。あとは頼んだ、ザック」「これからもよろしくお願いします、ザカリー教授」などと言う。
ああ、これがオネルさんの言う巻き込まれ体質の為せる技というものですか。
学院生会長としてのお役目が終了し、ホッと安堵の表情のスヴェンくんと、まるでこれからもこの学院に俺が居続けるかような言葉のニュアンス。
いやいや、俺も卒業ですからね。
それから暫くすると、たくさん集まった下級生たちが何故だか俺の前に列を為している。
来年の会長の3年生が言うには、「特別栄誉教授になられたザカリーさんと握手して、ひと言言葉を交わしたいんです。あ、列の整理は僕たち学院生会がしますから」だそうだ。
ヴィオちゃんやライくん、カロちゃんなど、うちのクラスをはじめとした卒業生たちは、「まあ頑張りなさい、教授」「ザックの最後で初めての仕事だなぁ、これ」「ザックさま、学院生を邪険に扱うのは、ダメですよ」などと言って、面白がりながらその様子を眺めておりました。
ようやく屋敷に帰って参りました。本当に疲れましたよ。
「おお、ザカリー様のご帰宅ぞ。ご苦労さまでござりました」
「ご苦労さまでござりましたな」
「エステル嬢様に報せに走るぞ」
「おおよ」
もう夜なんだから、声が大きいですよアルポさん、エルノさん。
でも俺の帰宅を待っていてくれたんだ、ありがとう。でもこうして、学院から屋敷に戻って来てふたりに迎えられるのは、今夜が最後なんだよな。
エルノさんが屋敷に報せると言って走って行き、俺はアルポさんとふたりでゆっくりとその後を追って歩く。
「お疲れのところですがな、って本当にお疲れですかいの?」
「ああ、ちょっとね。長い1日でした」
「それは、致し方ありませんぞ。だが、これから少々、内輪だけの宴会をご用意させていただいておるので」
「そうか……。うん、大丈夫。僕はまだまだ元気でありますよ」
アビー姉ちゃんの卒業式の日にもやったけど、今夜は内輪だけの卒業パーティーなんだよな。
この王都の家族だけのパーティーだ。僕が疲れた表情や態度で臨んではいけませんよね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




