第965話 そして最終日も終わる
「つまり、ザカリーが言っていることは、この世界ではわしらを倒そうとする力が常に働いていて、わしらはそれに知らず知らずに抗いながら生きておると、そういうことじゃな」
そういう言い方だと、何か目に見えない邪悪な力が俺たちを打ち倒そうとしているように聞こえるのだが、ちょっと誤解を生みます。
まあ、善とか邪悪とかを超えた自然の力なのだけどね。
「えーと、それが自然の有り様だと、そう思ってください。この星、あ、いえ、この地上世界を成り立たせている必要な要素だと」
「星? ふむ」
いろいろ歪で異なった側面はあるけれど、このいまの世界のこと科学的な部分で考えると、前世の世界で言えば俺が死んだ当時、つまり16世紀と同じぐらいと言っていいだろう。
それは地動説を唱えたコペルニクスが登場した世紀だ。
ちなみにコペルニクスが死没したのは、俺が前世で7歳だった年だね。
「その力はこの地上世界そのものから生じて、地上世界を成り立たせていると言って良いでしょう。そうでないとこの世界は不安定なものになり、例えば地上にある物は浮いてしまいますからね。ほら、このように」
俺が指差すと、フィールドから直立していた細長い仗はゆっくりと地面から離れて浮遊し、ちょうど俺たちの目の高さぐらいで横になって静止した。
その先っぽを俺が指でちょんと突つくと、仗はゆったりとした速度で空中を進んで行く。そしてそれは止まることが無かった。
「これは僕が擬似的に作った状態ですが、無重力、つまり重力の無い状態から僕がほんの僅かな力を加えると、その力が働くベクトル、えーと力の大きさと方向ですね、その大きさと方向によって、あのように動いて行きます」
「ふむ」「はあ」「ふーん」と、3人の魔法学の教授は何ともはっきりしない反応の声を漏らした。
まあ、話を魔法の方に進めないとですなぁ。
「この地上世界を成り立たせている力があるというのは、なんとのう分かった。いや、分からんのじゃが、ザカリーがそう言うのなら、そうなのじゃろうて」
いやいや、僕が言っているからとか、僕はコペルニクスではありませんからね。
ともかくも、ゆっくり飛び続けて、もう直ぐフィールドを囲む壁に当たろうとしている仗を手元に引き戻してと。
「とにかく、そういうものだと思っていただいて……。それで、重力魔法というのは、そんな地上世界に存在する重力から、ある特定の対象についてその力を解き放つ、あるいは自然の重力のような力を特定の対象に更に働かせるという、ごく簡単に言えばそんな魔法です」
「その重力っていう力を解き放ったり、逆に力を働かせる。それを魔法でということ?」
「そういうことですね」
「具体的には、どういうものなのじゃ?」
もう、爺さん先生は見たがり屋さんだよなぁ。それじゃほんの少しだけ、お見せしましょうかね。
「話は変わりますが、この地上世界で空を飛ぶものって、何ですかね?」
「それは、鳥とかでしょ?」
「そうですね、ジュディス先生。では、鳥って、どうやって空を飛んでるのでしょうか?」
「えーと、羽で羽ばたいてる、から?」
「鳥は風切羽という羽を持っていて、羽ばたくことで空気の流れを作り出して浮き、またその羽で自然の風に乗って滑空して空気中を前に進みます」
実際には前方に初列風切羽、その後ろに次列風切羽という役割の異なる二種類の風切羽を有していて、前者は羽ばたきに、後者は滑空飛行のためにあるのだそうだ。と、クロウちゃんから教えて貰いました。
「あ、そうか。魔法で言うと、風魔法みたいなものね」
「まあそうですね。普通の鳥は、何も無いところから風を生みだすことは出来ませんけど、羽で羽ばたいて風を起こして、そこから生じた浮く力で空中に浮かぶ。でもそれって、筋肉の大変な力を使うし、そもそもだいたいの鳥は軽いですしね」
「わしらが羽を生やしても、ダメじゃろうか」
「あんなに羽ばたくのには、ザカリーが言うように、相当な力が必要なのではありませんか?」
「それなら、クリス。羽を生やして、それから風魔法で風を起こして」
「ああ、そうか。鳥も自然の風を利用しているのなら」
「ええ、それなら可能性は無きにしもあらずですね」
「えへっ。ザカリーくんに褒められた」
なに自慢してるですかね。ジュディス先生、あなたは教授ですよね。
「でも、それで上手く魔法を操作して、自由自在に空を飛ぶのは、なかなかに大変だと思いますよ」
エステルちゃんは、高速空中機動戦闘でパワータンブリングと風魔法を併用して、空中を移動するけどね。
「ここで、伝説の話。伝説にはドラゴンという存在が居ます」
「ドラゴン……」
教授たちが何を思い浮かべたかは、敢えて問いません。うちの3人のドラゴンは、いまごろ屋敷で何をしてるですかね。
「伝説で語られるドラゴンは、鳥よりも遥かに大きな巨体で、鳥のように羽ばたかずとも大空を自由自在に飛行することが出来たと言います」
「鳥みたいに羽ばたかない、ってことは、空気や風を使っていないってこと?」
「ええ。ドラゴンが空を飛べるのは、それは重力魔法を遣っていると、僕はそう想像しています」
いや、じつは想像じゃなくて、本人たちからも聞いて実際に見て背中にも乗って飛んでいるのですけど。
「そこで、重力魔法が出て来るのじゃな」
「はい。それが、自然に在る重力から、解き放つということです」
「なるほどな」
「言葉で話しても分かりにくいと思いますので、実際にやってみましょう。あ、でも、僕は伝説に出て来るドラゴンみたいに、まだ上手く重力魔法を遣えませんけど、ほんのさわりぐらいなら」
「待ってましたのじゃ」
「いまから、2つの方法で跳び上がります。まずはこれ」
そこで俺は、キ素力を遣ったパワータンブリングで、その場から垂直に跳躍した。だいたい5メートルぐらいの高さですかね。
先生方もこれまで何度か見ていると思うけど、それでも「おおー」と驚いてくれる。
「これは、パワータンブリングと僕が呼んでいるもので、跳躍力の差はあるとしても、出来るのは僕だけじゃなくて結構存在します」
「フィロの訓練のときに、ルアちゃんが練習してるものね、わたしも何度か見たことがあるわ」
「はい、そうですね。このパワータンブリングは、足腰のバネの力に跳躍時にキ素力を一気に加えることで、普通以上の高さに跳ぶことを可能にします。でもこれは、あくまで跳躍であって、飛行ではありません。何故なら空中に留まることは出来ませんからね」
「なるほどね」
「では、次は」
俺はそう言って、自分の身体に重力魔法を発動させた。
まだアルさんやカリちゃんたちみたいに、自在に操作することが出来ないのだけど。
でも俺の身体は多少ふらつきながらも、ゆっくりと上昇して行った。
「おおー」
「うわぁー」
「おいおい」
先ほどの跳躍と同じく5メートルほどの高さまで上がり、そこで暫く留まってからまたゆっくりと慎重に降りて着地した。
「ザカリーは……、魔法で飛べるのじゃな」
ウィルフレッド先生がそうひと言、小さな声で言葉を洩らした。
いくらキ素力を遣って普通ならあり得ない高さだったとはいえ、身体のバネによる跳躍といま行った重力魔法での飛行、と言うか浮遊との大きな違いを感じ取ったようだ。
魔法で人間が空中に飛ぶ。それはこれまで現実に見たことの無いものだったのだろうね。
「まだまだ、飛ぶというほどのものではありませんけどね」
「しかし、じゃな。……これは、いまのこの世界では、画期的な出来事じゃて」
「だとしたら、くれぐれもご内密に」
「誰にも言うたら、いかんか」
「いかん、ですね」
「そうですか」
この魔法バカの爺さん先生は、いちおう釘を刺しておかないと王宮あたりの魔導士に話したりしそうですからなぁ。
「僕は別に、魔法の可能性というものを独り占めするつもりはありませんよ。もしそうだとしたら、こうやってお見せしたりはしませんからね。ただ、この僕がこんな魔法が遣えると、そう知らせたくないだけなんです」
「つまり、わしらが研究するのは妨げんと?」
「はい。そのためにも解説したり、お見せしたりしたのですから」
「重力魔法というのは、四元素魔法とは違うものなの?」
「回復魔法もそうであるように、この世界は四元素だけで成り立っている訳では無い、とそう答えておきましょう」
それから重力魔法のもうひとつの遣い方である、自分以外の別の対象に働きかける例を実演して見せた。
簡単に言えば、土魔法で熊ほどの大きさの岩の塊を造り出して、それが人の力では転がせないほどの重さであることをいちおう皆で確認したあと、重力魔法で浮かせて遠くへ放り投げたのですな。
途中で重力魔法を解除しているので、その岩は15メートルほど離れたフィールドの上にズズーンと落下した。
岩の重量に対して推進力を加えるのではなく、重力魔法で引力をキャンセルしているので、岩自体の重さは関係ないのだけどね。
そこで俺は、ハタとあることに思い付きましたよ。
カリちゃんの所有している魔導武器である巨頭砕きのメイスって、あれを扱うのには重力魔法が必だったのだよね。
あらためて考えてみれば簡単なことだった。
何故あの古代文明時代の魔導武器が作られたのか。それは、その時代の近接戦闘の戦士に重力魔法を扱うことの出来る人間が居たということなんだよな。
まるで人化しているときのカリちゃんのように。
使用者があのメイスを持って振るう段階においては重力魔法が働き、メイスが対象を攻撃する時点では振り下ろす力と自然の重力に従っている。
つまり、そんな扱い方を可能にする重力魔法操作が必要だということだ。
その辺のことを、こんどカリちゃんに聞いてみましょう。
ともかくもこんな風に解説と実演を交えて、学院生活最終日の魔法学の秘密会を終えました。
「大変にためになった時間じゃった。わしらが取組むべき魔法の、新しい扉をザカリーが開いてくれた。本当にありがとうございましたじゃ」
「ザカリーくん。あなたに驚かされっぱなしだったけど、最後の最後で本当に驚いたし、いろいろ考えさせられたわ。この4年間、ありがとうございました」
「ザカリー。いや、私はもう何度か感謝の言葉を伝えているので、もう言わないことにするよ。だけど、やはり最後に、ありがとうございました」
3人の先生が、それぞれにひと言ずつ俺にお礼を述べて頭を下げた。
いやいや、もしかしたらこの4年間にかなり迷惑を掛けていたのかも知れませんので、それへのお詫びと先生たちへの感謝を込めてですから、頭は下げないでください。
「それと、あのフィールドにめり込んでる大きな岩はちゃんと片付けて、フィールドも整備するのよ」
「あ、はいであります」
4時限目が終わって本日の最後は、総合武術部の卒業生追い出しコンパだね。
まずは部室に行って、既に来ていた下級生を引き連れてエンリケ食堂に行き、おやっさんとおばちゃんが張り切って用意してくれた大量の料理を受取って来た。代金はもちろん俺が払いましたよ。
それから全員が集まったところで宴会の開始だ。
会の進行は追い出される4年生の部長や副部長ではなく、次期部長と副部長ですな。
「えーと、それでは僭越っすが、僕が進行させていただきますっす」
「次の部長の進行だと心もとないので、わたしがサポートしまーす」
「恐縮っす」
要するに来年の部長は現在3年生のカシュくんで、副部長は2年生のヘルミちゃんですな。
人数が少ないので誰が考えてもそうなる順番なのだが、先日にいちおう俺が指名するかたちで部員全員の同意を得て決定しました。
あと、会の進行と言っても俺が挨拶して、副部長のヴィオちゃんが俺の挨拶よりも皆のためになる話をして乾杯。
続いて、カロちゃん、ライくん、ルアちゃん、ブルクくんの4年生全員もひと言ずつ話し、それを受けて次期部長のカシュくんが卒業する先輩たちを送り出す言葉を掛ける、とそんな感じだ。
それにしても、卒業してしまう6人が入学早々にいきなり立ち上げた総合武術部。
それから4年間、こうして続けることが出来ました。
心残りはソフィちゃんが学院を去って、残る部員が4人だけになってしまうことだけど、来年の春には何とかふたり以上は入部して貰い、創部時の6人にまで戻して欲しいということだよな。
「頼むね、ヘルミちゃん。あ、カシュもな」
「はーい、任されました、ザック部長」
「もう部長、そこは僕がついでみたいに言わないでくださいっす」
「言わんでも、キミならやってくれると、そう思っておるですよ」
「ニヤニヤしながら言ってるし、ホントにそう思ってるかなぁ」
まあ来年以降も俺はちょくちょく王都に来ている予定なので、何か困ったことがあったら屋敷を訪ねるか手紙でも届けてください。総合武術部員ならいつでも歓迎ですからね。
「しかしっす、明日が過ぎたら、もう部長たちは居ないんすよねぇ」
「いままで当たり前に近くに居たから、なんだか変な感じ。まだその想像が出来ないわ」
「もっともっと、一緒に鍛錬したかったでありますよ」
「えと、だから……。ぐしゅん」
ほらほらブリュちゃん、泣かないんだよ。18日のうちの屋敷でのパーティーで、また皆と会えますからね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




