第964話 学院生活の最後の最後
ブルクくんとルアちゃんの試合稽古は、放っておくといつまでも続きそうだったので、適当なところでフィランダー先生が止めて終わらせました。
そのあとは暫しふたりを休ませ、気息を整えさせて俺との稽古。
内容は? もう講義時間も残り少なくなっていたので、数合合わせたあと、どちらの木剣も叩き落として終了だ。
「ひゅう。明後日も、やるからね、ザック部長」
「はいはい」
明後日にはフィロメナ先生のゼミがあって、俺とルアちゃんはそちらも受講しているのですな。
そのフィロメナ剣術学ゼミの受講生は、ルアちゃんと俺以外はうちのクラスのバルくんとD組のオディくん。オディくんは総合剣術部の部長です。
こちらの試合稽古はルアちゃんが無双してふたりの男子を薙ぎ倒し、最後の俺との稽古では空中戦を挑んで来た。
ルアちゃんが何故にフィロメナ先生のゼミを受講しているのかと言えば、3年生の時からフィロメナ先生にも指導して貰っていて、かつ先生のパーソナルトレーニングにも参加しているからなのだよね。
フィロメナ先生のトレーニング課題はもちろん縮地で、この2年間の鍛錬の末にようやく縮地もどきへの手掛かりを得た感じだ。
俺だって前世で幼少期から訓練して、出来るようになるまで何年も掛かったのですからね。
俺が卒業しちゃうのでこのパーソナルトレーニングも終了となるが、あとは自己研鑽を積んでどうにかものにしてください。
それでルアちゃんの方は、この世界流のパワータンブリングだ。
つまり、跳躍時にキ素力を用いて大きく跳び上がる体技。同じく剣の一撃時にキ素力を用いる強化剣術の跳躍版だね。
ファータの子供たちも同様の訓練するもので、たぶんファータの里でソフィちゃんもやっているだろうな。
彼女もこれまでフィロメナ先生のパーソナルトレーニングに参加して、このパワータンブリングを修得して来た訳だが、それで俺に挑むのはまだまだ早いですよ。
でも夏合宿などで、俺とエステルちゃんとの空中高速機動戦闘の見本訓練を見ていたからね。
野性の身体能力を持つ剣術バカのアビー姉ちゃんを尊敬し、武芸百般のエステルちゃんに憧れている彼女だからこその挑戦は受けましょう。
高く跳躍してからの、空中での攻撃や受けをなんとかものにしていたルアちゃんだが、それでもまだ空中機動戦闘と言うにはこれからも相当の鍛錬が必要だろう。
俺はそんな彼女と空中で何度か交差し、最後は不用意に俺の間合いに内に跳んだ彼女の腹に軽く突きを入れて、試合稽古は終了した。
跳躍している際に突きを入れられると、バランスを崩してそのまま落下するしかない。
「ザック部長との試合稽古、これが最後ね。でもあたし、もっともっと強くなって、グリフィニアに挑戦しに行くよ」
落下したものの、しっかり受け身を取っていた彼女は特に怪我はしていなかった。
彼女に手を貸して起こすと、そんなことを言う。
最近はだいぶお姉さんになって言葉遣いも多少は丁寧になっていたけど、いまのはかつてのやんちゃなルアちゃんそのものだった。
「もちろん。ブルクと一緒においで。アビー姉ちゃんやエステルちゃん、ジェルさんたちも交えて、また鍛錬しよう」
「うん。あ、はい」
そして、セルティア王立学院での最後の5日間講義。いや、最後にもう1日あるので6日間か。
座学の方はどの講義でもレポートを提出して、ざっとこんなことを書きましたというミニ発表をそれぞれに行う。
教授からはその場で評価は行われないが、内容や出来の優劣を測るというよりもレポートを仕上げて最終日に提出し、その内容について手短にまとめて皆の前で発表するということが、各講座での卒業プロセスになっているのですな。
魔法学の方は、ウィルフレッド先生ゼミでは受講生の発表と実演が終わっているので、参加しているみんなで魔法を話題に雑談タイムとなった。
例年、最後の機会ということで受講生からウィルフレッド先生への質問が主になるらしいが、この日も3人参加している教授から俺に質問するのは止めなさい。
その翌々日のジュディス先生ゼミの方は、この最終講義に研究発表と実演が行われた。
こちらの受講生はC組のロレンくんとドリちゃん、そしてF組のパメラちゃんだね。
ロレンくんとドリちゃんはそれぞれ3年生のときから火魔法のレベルアップに取組んでいたのだが、この日の発表はふたり揃っての火球機関砲魔法だ。
この魔法、なかなか人気があります。火魔法適性者にはポピュラーな火球魔法の応用だから、ということもあるのだろう。
要するに先のディアナちゃんと同じ研究テーマで、どうやら課外部の総合魔導研究部でも3人で取組んで来たらしい。
それにここは、泣きながら短期間でその魔法を修得したジュディス先生のゼミですからなぁ。
他方パメラちゃんの方は、ウィルフレッド先生ゼミのサネルちゃんと同じく回復魔法適性ありとなって、この2年間その修得と熟達に取組んで来た。
もちろんサネルちゃんの場合と同様に、回復対象がほとんど見付けられない学院では熟達をはかるのは難しい。
それでサネルちゃんの場合は、4年生の研究テーマを竜巻魔法として先日見事成功させたのだが、パメラちゃんは回復魔法をなんとか熟達させたいと努力を続けて来た。
でもそれと平行して同じ風魔法適性の彼女は、自分が得意のウィンドカッターを火球機関砲のように1回の発動で連射が出来るのではないかと考えた。
それで夏前の課外部魔法対抗戦では、ウィンドカッター二連撃を披露した訳だ。
言ってみれば風刃機関砲。この開発修得には、彼女から求められてもちろん俺もアドバイスをして来ましたよ。
そのパメラちゃんはこの最終講義の発表で、魔法対抗戦での二連撃を超える三連撃をなんとか成功させた。
そしてその実演の前の研究発表では、回復魔法の練習で培ったキ素力の操作とイメージの組み立ての重要性に力点を置いた話をした。
そもそも風を刃として鋭く作るのは、このキ素力操作がとても重要になるからだ。
それを1回の発動で複数連射するためには、加えてイメージの組み立てが難しい。
竜巻魔法でもそうなのだけど、風魔法というのは火魔法と比較して一見地味に見える、というかそもそも風なので見えにくいものだ。
しかしながら、魔法として成立させるためにはとても繊細な操作が求められる。
このパメラちゃんの三連撃風刃機関砲と研究発表の内容は、エステルちゃんやシルフェ様にも話してあげましょうかね。
さて、高等魔法学ゼミの方はこんな感じで終了したが、剣術学上級ゼミの方の最終講義は予定通り担当教授を相手にした試合稽古だ。
フィランダー先生ゼミでは、ブルクくんとルアちゃんがそれぞれ先生を相手に奮闘し、おまけにいつも参加しているディルク先生とフィロメナ先生と、時間の許す限り対戦していた。
一方のフィロメナ先生ゼミではバルくんとオディくんも頑張り、ルアちゃんはフィロメナ先生と激しい打ち合いを演じていました。
しかしルアちゃん、キミは先日もフィランダー先生ゼミで3人の先生を相手に闘い、今日はまたフィロメナ先生とバチバチに闘っておりましたなぁ。
「ふう。どう? ルアちゃん。これで思い残すことなく卒業できるわよね」
「なに言ってるの、先生。剣術に関しては、思い残すことがいっぱいだよ」
「ははは。あなたらしいわね」
ところでこの2つのゼミで俺はどうしたか、ですか?
俺は基本、審判ですよ、審判。
しかしながら欲しがりの先生たちが煩いので、1本ずつということで対戦してあげましたよ。
まあ、でも、すべて木刀を落とすか破壊の一撃ですけどね。
フィロメナ先生は自分の手や腕、肩などの損傷を怖れてか、咄嗟に木刀が握りから離れたけど、ディルク先生とフィランダー先生は意地で瞬間的に堪え、結果的に手に持った木刀が破壊されました。
「はい。これで本日の最終講義は終了となります。みなさん、4年間お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした、ってザック、これって俺のゼミだよな?」
「僕たちみんなのゼミですよ、フィランダー先生」
「まさに、そうでしたな」
「ふふふ。またもう一本取られたわね、フィランダー部長」
フィランダー先生ゼミの最後には、そんな一幕もありました。
そうしていよいよ、本当の講義最終日となった。
この日の俺は朝からのんびりと過ごし、放課後の総合武術部追い出しコンパのための買い出しなどもする。
追い出しコンパなので、追い出される部長自らがそんな準備をするのも変だろうとも思ったのだけど、ヘルミちゃんから「部長、今日はヒマですよね」と指示されました。
そうなのですなぁ。
今日は学院祭後片付け日の分の振替え日で、俺は4時限目のウィルフレッド先生ゼミしか無いし、それも表向きには休講となっていて、魔法学教授3人との秘密会なんだよな。
それで昼食が終わった午後には、おやっさんのところのエンリケ食堂に足を運んだ。
「おや? ザカリーさまだよ」
「どうしたんだ? もう昼飯の時間は過ぎたぜ。それとも食いっ逸れたか」
「もしまだなら、直ぐに用意させるよ」
エンリケ食堂のおやっさんとおばちゃんは、昼時の仕事を終えてふたりでのんびりしていた。
「いえ、お昼は学院生食堂で食べたのですけどね。卒業のご挨拶にと思って」
「おいおい、ザカリー様よう」
「これはこれは。このお店をやっていて、そんなの初めてですよ」
のんびり椅子に座ってお茶を飲んでいたおやっさんとおばちゃんは、俺の言葉に居ずまいを正した。
「まあまあ、そんなに緊張しないで。本来、学院生は利用出来ないこのお店に、僕はずいぶんとお世話になりましたからね。これまでいつも美味しい料理と、それから素敵な時間と温かいもてなしを、本当にありがとうございました。明日、僕も卒業します」
おやっさんもおばちゃんも、泣かないでよ。
「だってよぉ、ザカリー様」
「それじゃ、おやっさんが泣き止むように、ひとつお願いを」
「あ、なんだ?」
「今日の僕の総合武術部の打ち上げのために、とびきり美味しい料理を作ってください。いえ、打ち上げは部室でやるので、夕方にまた取りに来ますから」
「お? おうよ。4年生の追い出し宴会だな」
「はい」
「あんた、とびっきりのを作りましょうよ」
「そうだな。これまでで一番に腕を振らせて貰うぜ」
4時限目、俺は魔法訓練場へと足を踏み入れた。
ここのフィールドに立つのも今日が最後だね。
ウィルフレッド先生、クリスティアン先生、ジュディス先生の3人の魔法学教授も既に集まっていて、俺が来るのを待っていたようだ。
思い起こせば入学試験の時に、この魔法訓練場で特技試験を受けたのだよな。
そうして初めて顔を合わせた教授が、試験官のクリスティアン先生とジュディス先生だった。
それからウィルフレッド先生も、オイリ学院長とふたりで少し離れて見ていたよね。
4年前に学院で俺が初めて魔法を発動した場所。いや、実際には魔法としては発動させずに、キ素力を思いっきり循環させて、身体の外に七色の光を放ちながら膨張させちゃったのでしたなぁ。
いやあ、あの時は俺も、グリフィン子爵家以外の場所で初めて魔法をということで、意気込み過ぎてしまったのですかねぇ。
「待っておりましたぞ」
「お待たせしました、先生方」
それでは早速ですが、始めましょうかね。
「本日は、明日に卒業式を控えたお忙しい中、この僕の魔法実演と解説の会にお集りいただき、ありがとうございます」
「本来、わしのゼミの最終日じゃから、予定通りなのじゃが」
「それに、この会を無理にお願いしたのはウィルフレッド部長よね」
「はい、お静かに」
「う、うむ」「はい」
クリスティアン先生はホームルームで慣れているので、何も発言しませんね。
「今日は、ウィルフレッド先生のたっての願いで、重力魔法というものの実演と解説をということでしたので、それをテーマに行います。1時間足らずの僅かな時間ですが、どうぞよろしくお付き合いください」
俺がそう言って軽く頭を下げると、3人の教授から拍手されました。
なかなか期待していただいておりますな。
「昨年は、土魔法の高度な活用方法ということでお話しましたが、今回は重力魔法というものに絞ってお見せします」
俺は無限インベントリから1本の杖を取り出した。まあ、戦闘にも使える仗だね。この世界では遣う人はあまりいないようだけど、仗術で用いる得物だ。
「憶えておられるかとは思いますが、昨年は土魔法でストーンジャベリンを生成して、それを空中で留まらせましたよね」
「それよりも、その杖はどこから出したんじゃ」
「しっ、静かにしましょう、部長」
「じゃが」
はいはい、そこはスルーしましょうね。ジュディス先生は良く分かっています。
「土魔法のストーンジャベリンですと、どこまでが土魔法だったのかが分かりにくい。なので今日は、魔法とはまったく関係の無いこの木製の杖から始めます」
俺は背丈ほどの長さのあるその細長い仗を、フィールドに立てるように片手で支えた。
「さて、いま支えているこの手を離すと、どうなりますか?」
「倒れるじゃろ」
「そうですね。では、やってみましょう」
細長い仗なので、完全に直立して引力と均衡していない限り、360度のいずれかの方に倒れる。
そして俺が支えていた手を離すと、バタンと、ではなく動画のスローモーションのようにゆっくりと徐々に傾いて行き、やがて斜めになった姿勢で静止した。
「おおっ」
「あれっ」
「いま、この杖には僕が重力魔法を掛けて支えています」
「なるほど」
「ところで、こんなに細長くはありませんが、これに良く似た最も身近なものって、なんだか分かりますか?」
「ん、良く似た細長いものじゃと?」
「剣とか槍とか、かしら。でも、わたしたちには最も身近なものじゃないわね」
「あ」
「分かりましたか? クリスティアン先生」
「一番身近というか、そのものというか、つまり、人間の身体じゃないのか?」
「そうです、そうです。まあ人それぞれ、体型は違いますけどね」
ジュディス先生、思わず下を向いて自分の身体を確かめなくていいですよ。
「つまり私たち人間は、地面に垂直に立っていると。でも、魔法は遣っていないぞ」
「そうなんですね。たいていの人間は、この杖みたいに立って、更に動いて生活しています」
斜めの姿勢で静止していた仗は再び元に戻るように動いて、いまは垂直に立っていた。
「それで人間は魔法を遣わなくても、特に倒れずに真っ直ぐ直立出来ます。つまりこの杖のように、地面に倒れさせる何らかの力に抗って、特に意識せずとも倒れないように力を使っている訳です。それは身体の中のいろいろな部位の筋肉とかの力ですが、それではもう一方の倒れさせようとする力とは何なのか。ごく簡単に言えば、それが重力というものなのです」
じつは今朝方、クロウちゃんが寮の俺の部屋に来た時に、彼にこの会のことを話していろいろと助言をして貰ったんだよね。
それで、一緒に参加しようよってお願いしたのだけど、カァカァ、最終日なのだから俺ひとりで頑張れって言って、無情にも屋敷へ帰ってしまった。
ともかくもこうして、俺の学院生活の最後の最後の4時限目が始まったのでした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




