第95話 隠れ里帰省問題の解決方法とは
「それです。それって、とーってもいい考えです。さすがですクロウちゃん。あなたはなんて賢いのでしょう」
「カァ」
エステルちゃんがクロウの言うことを理解できるっていうのも、ちょっと考えものだよね。
俺がクロウちゃんと話した内容を聞いた彼女は、即座に反応した。
もう、ひとりで盛り上がり始めている。これダメなパターンかも。
「あの、何を話しているのでしょうか?」
「あ、えーと。僕も一緒にファータの里に行けばいいんじゃないか、ってクロウちゃんが言ったものだから」
「ザカリー様が一緒にですか」
「それを聞いたエステルちゃんが、ひとりで盛り上がっているところです」
それを聞いたミルカさんは考え込み始めた。
うちの父さんと母さんの許可がなければ、もちろん屋敷を離れることは出来ないけど、何よりもファータの人以外には知られちゃいけないという隠れ里だ。
仮に両親の許可が下りたとして、そんなことが可能なのだろうか。
この話を聞いて、里長のエステルちゃんのお爺ちゃんは、どう考えるのだろう。
「ミルカさんはどう思いますか? 隠れ里ですよね」
「なかなか難しい問題です。私個人は、良いとも思うのですが、里長をはじめ、里の者がどう考えるか」
「そうですよねー。それに、ファータの里って遠いんでしょ?」
「その点については、今は私からはっきりとお答えする訳にはいきませんが、ザカリー様はなんとなくご想像がついているのでは?」
ミルカさんは今回の長い探索行で、グリフィン子爵領の港町アプサラから船で北方帝国に行き、帝国南部の港町ズートンから帝都カイザーヘルツへ、そして北方山脈の峠を南下してリガニア地方に入り、そこからまた峠を西に越えて戻って来た。
行程の最後にファータの里に立ち寄ったということなら、その場所は北方山脈の向うのリガニア地方か、こちら側のセルティア王国内ではないかと想像できる。
俺はなんとなく、リガニア地方の何処かではないかと考えていた。
「北方山脈の峠を越えてとなると、なかなか遠いですよねー」
「ははは、噂どおり、ザカリー様は鋭いですね。馬車でも6日以上はかかると、申し上げておきましょう」
単純に往復だけで2週間以上。半月以上の、下手すると1ヶ月近い旅になってしまうのか。
うちの両親の許可と向うの里の許可。これはハードルがかなり高いよね。
「そうそう、ですよねですよね」
「カァカァ」
「そうかなぁ。でも大丈夫ですよ」
「カァ」
なんだか、ひとりと1羽とで盛り上がってるけど、結構難しそうだよ。
「この話は、私から里長に話してみましょう」
「え、そうしていただけますか?」
「はい、エステルのあの様子を見ていると、うやむやには出来なさそうですし」
「そうですね。そうなったら、あとで僕も大変なことになりそうです」
「分かってますよ、ザカリー様。明日にはアプサラに戻りますが、準男爵様にも探索結果のご報告をした後、それほど間を空けずに、また里に行くことになりそうですので」
「本当にご苦労さまです。よろしくお願いします」
「承りました」
「あまりザカリー様に、ご迷惑をお掛けするんじゃないぞ」
エステルちゃんにそう言って、ミルカさんはラウンジを出て行った。
「あのー、ザックさま」
「ん、なに?」
「最後の方、ちゃんと聞いてなかったんですが、ミルカ叔父さんと何を話してたのですか?」
「エステルちゃんの里まで行くには、凄く日数が掛かりそうだって話だよ」
「あー、そうですね。馬車だと結構掛かりますね。ふたりで走って、クロウちゃんは飛んで行けば、そっちの方が早いかもですけど」
「そうかもだけど、そういう訳にはいかないよねー」
「ですよね」
エステルちゃんはファータ人探索者の中でも、かなり走るのが速いらしいし、俺がそれよりも速いのを彼女は知っている。
おそらく馬車で行くより、早く行けるだろう。
まあ、それはそうなんだけど、さすがに子爵の息子が、侍女とリガニア地方まで走って行く訳にはいかないでしょ。
「あと、うちの父さん母さんのお許しと、それからエステルちゃんのお爺ちゃんの許可の、両方が出ないとダメだよねってこと」
「うー。そうですよね。どちらも難しそうですぅ。ザックさま、どうしたらいいですか?」
エステルちゃんは、先ほどまでの盛り上がりがウソのように、みるみる沈んでしまった。
そんな彼女に、やっぱり無理そうだから、ひとりでいちど帰りなさい、とは言えないよな。
「やっぱり、わたしのワガママですよね。ダメな女ですぅ」とか、クロウちゃんを相手に何かぶつぶつ言っている。
「それでミルカさんが、お爺ちゃんに話に行ってくれるって」
「え、そうなんですか?」
「うん、だから僕も、まずはウォルターさんにでも相談してみるよ」
「はいっ」
翌日、ウォルターさんが家令執務室にいるところを見計らって、相談をしに行く。
エステルちゃんは居心地が悪いだろうから、ひとりで行ってくるよ。
「はい、クロウちゃんと、ザックさまのお部屋のお片付けをしてます」
家令執務室のドアをノックすると、「お入りください、ザカリー様」と中から声がした。
なんであの人は、俺だって分かるのかなー。
「お待ちしていました。どうも昨日から、私と話がしたいようなご様子でしたので」
「じつは、そうなんです」
それから、昨日のミルカさんとの話を説明する。
「ほほう。つまり、エステルに里帰りをさせるために、ザカリー様がご一緒なさると」
「4年も帰ってないのに、向うの里長からいちど帰って来いと言われても、そうじゃないとうんと言わなさそうなので」
「そうですか」
「それに、僕の装備の材料も贈っていただいて、お礼も言いたいし。僕自身も前から、行けるのなら行ってみたいと考えていたんだ」
「なるほどなるほど」
「それで、ウォルターさんはどう思います?」
「そうですなぁ」
ウォルターさんは、少し間を空けて考える振りをした。
きっと俺が話している間に、高速に考えを纏めている筈だよ、この食えないおじさんは。
「あと半年ばかり待ちましょうか」
「半年?」
「はい、ザカリー様」
「どうして半年?」
「まずは、先方の了解を得るのに、少々日数が掛かるでしょう」
「そうだね。遠そうだし、やりとりも大変そうだし」
「その通りです。先方の了解については、私の方でも策を考えます。そして年末近くにはヴァネッサ様がお帰りになられますし、年が明けて2月にはアビゲイル様の王都行きがあります」
そうなんだ。年末にはヴァニー姉さんが王立学院の秋学期を終えて帰省して来るし、何よりも翌年2月はアビー姉ちゃんの入学試験だ。
「子爵様のお気持ちも考えると、アビゲイル様が無事に王立学院に入学されるまでの間に、もうひとつ心配ごとを増やすのは、得策ではありません」
「なるほど」
ウォルターさん、あなたは本当にいろいろ先を考えるんだね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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