第960話 屋敷に帰りますが、その前に
そのあとは、セルティア王国のことや今の地上の様子の話などをして暫く過ごした。
マルカルサスさんたちはときどき質問を挟みながらも楽しそうに聞いていたが、現在のセルティア王国とフォルサイス王家には恨みなどは無いのだろうか。
「ケリュ様方は、その、ともかくとして、ユルヨ殿ならば分かっていただけると思うが、800年という時の流れは重く、そう簡単に覆るものではないのですよ」
「ですなぁ。300年足らずだとしても、ついこの間にも、遥か遠い昔にも感じられる。その年月の間に積み重ねられて来た人びとの営みを経て、いまこの時に、例え遺恨が残っておったとしても、それでそう易々とどうこう出来るものでもありませんなぁ」
「そうそう。どうこう出来たのなら、800年の間で何度もどうこうしたでしょうしな」
遥か大昔に生じた遺恨は、年月を経て記憶として伝えられるのかも知れないけど、その遺恨を持っていま現在どうこうしようとするのは、現在に生きる者たち自身にとっての理由からに過ぎない。
俺が前の世界で過去に生まれ直したのが、およそ500年前。
ユルヨ爺の300年とマルカルサスさんたちの800年の、ほぼ中間辺りの年数になる。
それを考えると、人間にとっては気の遠くなる時間の流れなんだよな。
いつものうちの屋敷でのように、この静寂に包まれた地下霊廟で賑やかなひとときを過ごし、お暇することにした。
「またお越しくださいますかな? ザカリー殿、エステル様」
「ええ、もちろんです」
「次回も新しいお菓子をお持ちしますね。ザックさまがたぶん、また新作を開発しますから」
「それは楽しみだ。今日の、グリフィニアチーズケーキですか、あれは美味しかった」
前回みたいに涙を流したりはしなかったけど、甘過ぎないグリフィニアチーズケーキはみなさん気に入っていただけたようでした。
次は此処にいつ来るかまだ分からないけど、おそらくは学院卒業後のことだろうから、地下洞窟に入る適当な理由を考えないとだよな。
でもまあ、そのときはそのときで、何とかなるでしょう。
あと、王宮にこの地下霊廟まで来られる封印された通路があるらしいから、それも出来れば探ってみたい。
皆が挨拶を交わしている様子を見ながらそんなことを考えていると、それまで黙っていたケリュさんが口を開いた。
「マルカルサス。其方らは、これからもこのまま、此処におるつもりかな?」
「とおっしゃられますと?」
「いやなに。其方らはこの地下深くに800年もの間、暮らしたという。その間、地上の有り様も変わっただろう。ならば、いつまでも此処におる必要も無いのではないか?」
ケリュさんの言葉に、マルカルサスさんと4名の側近たちは暫く黙っていた。
その言葉の意味を考え、様ざまに思いを巡らしていたのだろう。
「そうおっしゃられますが、ケリュ様。我らは見ての通りのアンデッド。地の上に出たならば、言わば魔物と同じでございますよ。人間の暮らす地上になど、とても」
「それはそうだが、例えば、ザックたちの地元のアラストル大森林ならば、我の直属の配下が統べておるので受入れることは可能だ。尤も他の魔物や魔獣、獣たちが棲む深き森ではあるがな。ただし、キ素は格別に濃い」
ケリュさんの言う我の直属の配下って、神獣フェンリルのルーさんのことですな。
確かに狩猟と戦いの神で、あそこのオーナーみたいな立場のケリュさんが言うのなら、アラストル大森林にマルカルサスさんたちを受入れることは出来るのだろう。
ニュムペ様も自分の妖精の森を再興せずに、長い年月、避難して隠れ棲んでいたしね。
この提案を聞いた彼らは、再び黙り込んでそれぞれに考えていた。
そうして、マルカルサスさんが4名の側近それぞれの顔を順番に見つめ、互いに頷き合ってから口を開く。
念話を使って話している訳では無いので、彼らだけの以心伝心なのかな。
「ケリュ様。もったいなきお言葉、ありがとうございます。こうしてお話出来る機会をいただいたばかりでなく、そのようなご提案までいただくなど、畏れながら誠に感謝の念に耐えません」
そこでマルカルサスさんたちは深々と頭を下げた。
「ですが、我らはそのご提案に乗ることは出来ません。確かに、遠い記憶にもあるアラストル大森林ならば、我らが棲める場所もございましょう。大森林の奥深くにはなるのでしょうが、再び陽の光を浴びることも叶うのかも知れません。いえ、陽の光を浴びて我らがどうなるのか、我ら自身、皆目見当が付きませんがな。ははは」
「そこは、我や大森林を統べている者がなんとかするぞ」
「ありがとうございます。しかしながらいまも申し上げた通り、畏れながらご提案は辞退させていただきたく思います。何故ならば我ら5名は、この地下深くの霊廟でこれまでも、そしてこれからも時を過ごし、此処で、この地で亡くなった多くの者たちを弔い続けていたいのです。それは、かつて我らと共に闘った配下たちの魂を慰めるため。そして我ら自身のためであると同時に、過去の無用なアンデッドが、此処の上の地上で生きる人びとの平穏な暮らしを脅かさないようにするためでもあるのです」
マルカルサスさんが辞退すると述べたその理由は、鎮魂のためにこの地に留まりたいというものだった。
800年前に亡くなり、そしてアンデッドとなってしまった後に俺たちによって浄化された多くの配下のために。
そしてもしもそのアンデッドが再び現れて、地上の人びとを害さないためにだと言う。
いまはアルさんの強力な魔法障壁で封鎖してしまったが、それまで地上とを繋ぐ通路は、人間もそしてアンデッドも物理的に通行が可能だった。
それでもこれまで、始まりの広間までは行ったとしても、地上にまでアンデッドが出ることが無かったのは、そうしたマルカルサスさんたちの鎮魂の力が働いていたからかも知れない。
「そうか、相分かった。だが、こうして其方たちと我やシルフェ、アルやクバウナら、そして何よりもザックとエステルが縁を持ったからには、其方たちが自ら決めた役目を見護り、必要が生じたら必ず手助けするとしよう。それで良いかな? ザック」
「ええ、僕も同じ気持ちですよ」
マルカルサスさんたちに再訪を約束し、俺たちは来たときを同じ真ん中の通路を引き返してこの地下霊廟から地下洞窟を後にした。
途中、地下大空間を中心に、浄化の具合や毒性ガスが残存していないかも念入りに確認したが、どうやら大丈夫のようだった。
別れの広間から伸びる通路の入口をアルさんが魔法障壁で閉ざし、他の2本の通路の入口の魔法障壁もあらためて確認する。
そして繋ぎの広間から始まりの広間と戻り、地上への出入り口を出てそこにも再び強力な魔法障壁での封印をアルさんにして貰った。
「いまは何時頃かしら、ジェルさん」
「はい、エステルさま。お昼を過ぎたぐらいですね」
唯一ジェルさんが携行用の時計を持っていて、オネルさんが提げているマジックバッグからそれを取り出すと、現在の時刻を確認した。
地下へ出発したのが午前中のわりと早い時間だったから、地上の時間だと4時間ぐらいが経過した感じかな。
「良い具合に調整したわね、アル」
「まあ、地下洞窟を念入りに確認して、封印を再点検しで過ごせば、こんなものですじゃろ」
シルフェ様が言っているのは、アルさんが施していた時間魔法のことだね。
今日はあの地下深くの大空間や地下霊廟でかなりの時間を過ごしたので、俺たちが実際に経験している時間の感覚では、もう夜になっているぐらいじゃないかな。
「そうやって、人間の世界とちゃんと折り合いをつけているのね、アル。わたし、なんだか安心したわよ」
「安心とはなんじゃ」
「あなたが、人間たちの常識を無視しているんじゃないかって、ずいぶん心配していたのよ。でも見えない部分で、ちゃんとザックさんたちを助けていたから」
「そ、そんなもの、当たり前じゃわい」
教授棟の方に向かいながら、後ろでクバウナさんとアルさんがそんな話をしている。
どうこう言って、クバウナさんはアルさんのことを心配していたのだね。
そんな微笑ましいやりとりを聞きながら、俺とエステルちゃんはニッコり笑い合った。
教授棟の受付でオイリ学院長に取り次いで貰うと、その彼女とイラリ先生が慌てて階上から下りて来た。
問題は無いとは理解してはいるものの、俺たちがこれだけのメンバーで装備を整えて地下洞窟に入ったので不安があったのだろう。
ちなみに俺たちは既に総合競技場の更衣室で、来たときと同じ外出用の普段着に着替えている。
「ご無事のお戻りで、良かったです。少しお休みなされますか? お昼はどうされましたか? もしまだでしたら、こちらのレストランでいかがでしょうか。はい、皆様全員で大丈夫ですよ。直ぐに手配しますので。ええと、ザックくん?」
はいはい、学院長はそう焦らなくていいですよ。
俺たちがまた直ぐに帰ってしまうのではないかと、引き止めて話を聞きたい感満載でそう早口で言って来た。
大丈夫ですよ。今日はおそらく俺の学院在学中で最後の地下洞窟探索になるので、少しぐらいは時間を取って学院長とは話しておこうと決めて、エステルちゃんやシルフェ様たちみんなの了解を取っていますからね。
俺がその旨を言うと、あからさまに安堵した表情になったオイリ学院長とイラリ先生は「それではこちらに」と、教授棟内にあるレストランへと案内してくれた。
どうやら自分たちも昼食は摂らずにいて、もう準備をしていたらしい。俺が何回か案内されているあのレストランだ。
学院祭前にもランドルフ王宮騎士団長とそこで食事をしたばかりだけど、うちの皆は初めてだよね。
ランドルフさんとコニーさんと3人で食事をしたときには小さな個室だったが、今日はそれなりの人数で会食の出来る大きな部屋だった。
王族などの賓客が訪問した際に、同行者なども加えた大人数を接待するための部屋をわざわざ用意していたらしい。今回のうちの一行の人数は14名と1羽だし。
それでまずはお食事をということで、地上の時間ではお昼だったがフルコースの料理が間を置かずに次々に運ばれて来た。
今日は地下では、途中に簡単な軽食とマルカルサスさんたちのところでケーキやお菓子を食べた程度だったので、まずは会話もそこそこにそれぞれの料理を堪能する。
「ふう、美味しかったわ。ありがとうございますね、オイリさん」
「いえ、シルフェさま。お口に合いましたら、良かったです」
学院長とイラリ先生も、やや緊張気味の様子ながらも一緒に食事を終え、いまは食後の紅茶を口にしている。
ここまで彼女らも、地下洞窟の様子についての質問は食事の邪魔になると思ったのか控えていたので、それではあらましを話しておきましょうかね。
と言っても、話せるごく僅かな部分だけだけど。
「すると、かなりの奥の部分まで問題は無いと、確認していただいたのね、ザックくん」
「はい。少しばかりいたアンデッドは倒しておきましたし、別れの広間から伸びる3つの通路の入口は厳重に封印しました。もちろん、地上から地下に入る入口もですね」
「それって、どのぐらい保つのかしら」
「えーと、どうですかね? アルさん」
「ふむ。そうじゃのう。500年、いやもっとか。今回はかなり強力な魔法障壁で塞いだからの」
以前は適当に5年とか10年とか言っておいたけど、今回は500年以上とかなり気張った年数をアルさんは言った。
でもたぶん、あの魔法障壁を破れるような力の持ち主が現れない限り、半永久的なんじゃないでしょうかね。
尤も、地下霊廟を再訪する際は、アルさん自身で簡単に開けちゃうけど。
それでも学院長は、アルさんが言った500年以上という有効期間を聞いてかなり安堵したようだった。
一方で、相変わらず地下洞窟には関心のあるイラリ先生はがっかりした様子だけど、まあもう諦めてください。
ふたりとも長ければ500年ぐらいの寿命を有するエルフではある。
しかし、自分たちが生きている間にはあそこに入ることは出来ないし、何かが出て来ることも無いと、そう思っていてくださいね。
「あの、ザックくん」
「なんですか? 学院長」
地下洞窟の話も終わり、そろそろ屋敷に帰ろうかと考えていたら、学院長がおずおずと俺に声を掛けて来た。
その隣のイラリ先生も、何か期待するような目でこちらを見ている。
「ケリュさまとご紹介いただいたあのお方と、それからクバウナさまは」
「はい?」
「今朝方に、ケリュさまはシルフェさまの旦那様で、クバウナさまはアルさまの古いお知り合いとご紹介いただいたのだけど……」
ああ、その件ですか。でも学院長はそこで声が小さくなった。
「うん、もう思い切って聞いちゃうわ。イラリ叔父さんもあれから、ずっと煩かったし」
「オイリ、いや、だから」
「クバウナさまってお名前、あの伝説の、絵本になんかにも出て来る白いドラゴンと同じお名前よね。それでアルさまの古いお知り合いということは。それから、ケリュさまの方はシルフェさまの旦那様だとしたら、それはつまり真性の精霊以上の存在で。イラリ叔父さんが言うには、頭にケリュという言葉が付くお名前と言ったら」
「はい、ストーップ」
「え? すとうぷ?」
学院長が途切れること無く一気にそこまで口にしたので、俺は慌てて声を出して止めました。
だが、いまのやりとりを耳聡く聞いていたのが、当の人外の方々ですなぁ。
この人たち、屋敷でも俺たち人間のやりとりを聞いていないようで、しっかり聞いてるからね。それにここは、ひとつの大テーブルを囲んだ会食の席だ。
「オイリさんと、それからイラリさんだったかな」
「あ、はい」
「其方らも人族ではなくエルフで、ドリュアの眷属の一員ならば、精霊絡みのことは興味があるだろう。それにそちらのイラリさんは、確か神話学がご専門だったな」
「はい、然様でございます」
「ならば、こうして食事を共にしたのだから、少しぐらいは手掛かりを進ぜようか」
ケリュさんが何か話すんですね。大丈夫かな。
でも、シルフェ様が止める様子も無いので、たぶん大丈夫となのだろう。たぶんだけど。
「まず、大昔に天界からこの地上世界に下りた五色のドラゴンがおった。その五色の色は、金色、赤色、青色、そして黒色と白色だ。これは人間たちにも伝わっておるな。そのうちの黒色と白色とは、人間の古代文明と呼ばれるものが地上世界を覆った大災難によって崩壊したあと、自然の秩序を回復させ生き物や人間たちを助けるためにも、精霊たちと協力してこの地上世界の各所を巡った。そうして人知れず邪な存在を懲らしめ、生き物や人間たちを助け、秩序が回復し再び前を向いて歩み始めると姿を隠した。それから長い時を経て、再びそのふたりは、人間の近くにおるということだ」
部分的だったり脚色されていたりはする場合が多いけれど、伝説や絵本の物語として人間にも伝わっている話だね。
「一方で、地上世界の五つの自然を司る五精霊は、風と火、水と土、そして樹木だな。その五精霊のうち、風と樹木は夫を持ち、土は妻を得て、その子らから定命の眷属となる精霊族という人間の一族が生じた。これについては何も我が教える話ではなかろうが、知っての通り、風と樹木の夫、土の妻は、それぞれに天界の者だ。其方らエルフの一族の大もと、ドリュアの旦那は光のあいつだな。それでファータの一族の大もとは、まあそういうことだ。さて、このぐらいで良いか」
これも人間の、特に精霊族なら一族に伝わる伝承などでおよそ知っている話だと思うけど、土の精霊の奥様もやっぱり神様だったんですね。
まあそうでないと、ファータやエルフと同じくドワーフという一族は生まれませんよね。
ふと見ると、オイリ学院長もイラリ先生も、会食の椅子に座ったまま言葉無く身じろぎもせずに硬直していた。いや、良く見ると小刻みに震えていたのかも知れない。
椅子から転げ落ちて床で平伏しないだけ、取りあえず良かったですが。
「と言うことで、そろそろ引き上げますね。あ、勝手知ったる学院内ですので、お見送りはいいですよ」
「そ、そういう訳には……」
そうですか。ではおふたりが少し落ち着くのを待って。
でも結構お腹いっぱい食べちゃったから、今夜の屋敷での夕食は少なめにして貰おうかな。カァ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




