第959話 地下霊廟に再訪
この地下大空間の奥には、最奥の地下霊廟に行くための入口がやはりあった。
そこから伸びる通路は、他の左右の通路と同じく床壁天井が堅牢な石積みで出来ているが、これまでと異なるのは平坦または下りではなく、昇り坂になっていることだ。
毒性ガスがこちらの通路にまで入って来てないかを、念のためアルさんに調べて貰ったが、幸いに比重の重いそのガスは昇りの通路には漂ってはいなかった。
その通路に足を踏み入れると、時には折れ曲がり、また階段部分などもあって、先ほどの大空間がだいぶ地下深くに存在していたことがあらためて知らされる。
俺たちはその昇り通路を黙々と進んで行った。
どうやら最後の昇りと思われる階段を上がり切って平坦となった通路を行くと、直ぐに以前に見たものと同様の大扉がある。
ここまでが地下洞窟で、この大扉からが地下霊廟だな。
そしてその先を進んで行くと、再び大扉。おそらくは魔法鍵で厳重に施錠された扉だ。
「アルさん、魔法鍵ですね」
「そうですの」
この魔法鍵はこちら側、つまり外側から施錠されたものでは無い。
マルカルサスさんが内側から、邪なものの侵入を防ぐために掛けたものだ。
俺は前回に来たときと同じく、大扉のこちら側から強い念話で呼び掛けた。
「(おう、ザカリー殿か。よくお出でなされた。いま鍵を開けますぞ。シルフェ様たちもご一緒で……。うぉおお)」
直ぐに大扉の向うからマルカルサスさんが応えてくれたが、おそらくこちらの気配を探りながらだったのだろう、途中から呻き声とも叫び声ともつかぬ念話が聞こえ、そこで途切れた。
「鍵は開いたか。どうやら、いろんな人が来てるのが知れたみたいだなぁ」
「いろんなのとは、我のことか? ザック」
「カリやわたしやユルヨさんも初めましてですよ、ケリュさま」
まあ、エンシェントドラゴンはこれまでからアルさんが居たので、多少は慣れてると思いますけどね。でも、ケリュさんはなあ。
「あなた。相手がアンデッドだからって、偉そうにしないのよ」
「我はそんなことは、せんぞ」
はい、そこのご夫婦、余所のお宅にお邪魔するんだからお静かにね。だいたいが、ここは静謐な霊廟なんだけどさ。
大扉を開けて地下霊廟の中へ入る。
久し振りの荘厳な造りの大広間。全体に石造りで天井は高く、それを支える柱が何本も伸びている。
大広間の奥まったところには数段高くなったステージのような場所があり、マルカルサスさんと4体の側近がそのステージ上の椅子に座っている筈なのだが……。あれ? いませんね。
おそらく照明石による半永久の灯りはあるとはいえ、薄明かりの中で柱の陰になって直ぐには分からなかったのだけど、マルカルサスさんたち5名が大扉を入った直ぐ先の柱の側の床上に揃って平伏していた。
「あー、えーと、マルカルサスさん、みなさん、ご無沙汰しています」
「ははっ」
「今日はまた、突然にお邪魔しまして、申し訳ありません」
「ははっ」
少し当惑した俺は隣に立つエステルちゃんと顔を見合わせ、それから振り返って後ろに居るご夫婦を見た。
「あなたのせいでしょ。ザックさんも困ってるから、ほら、前に出なさいってば」
「あ? 我のせいか?」
シルフェ様の言うように、そうに決まってるではないですか。
ケリュさんは惚けながらも、平伏するマルカルサスさんたちを前にして俺の横に並んだ。
「あー、なんだ。突然にお邪魔して悪かった。まずは顔を上げてくれ。いや、なに。我のことを何か感じておるのかも知れぬが、我は、うん、そうだ、このザックの義兄として本日は来たのだからな」
何と言うか、いささか締まらない言葉をケリュさんは5人に掛けた。
普通の人間だったらケリュさんを見ても何も気付いたりはしないのだが、人外の存在であればあるほどその正体を感じ取るらしい。
マルカルサスさんたちの場合、800年も昔に当時この地域の部族王であったにも関わらず、弑逆されて多くの部下や兵士たちと共にこの地下に葬られた。
それが地上で殺されたのか、この地下で殺戮されたのかは、いまとなっては分からない。
地下洞窟をわざわざ整備して、そこに多くの遺体を運び込むなんて手間はあまり考えられないので、後者の気がするけどね。
そしてその800年前に行われた行為に、当時の首謀者で現在のこの国の王家を創始したワイアット・フォルサイス初代王とその母親である水の下級精霊、及び他の何人かの下級精霊が加担した。
それらの下級精霊は、事が露見してニュムペ様にその後に消滅させられたらしいけどね。
そういった経緯の後に、部族王マルカルサスとその多くの配下はこの地下でアンデッドとなった。
そして、やがて時を経てマルカルサスさんと側近の5名以外は、この地下洞窟に侵入した何らかの邪な力によって、更に邪悪で穢れたアンデッドへと変貌させられた訳だ。
マルカルサスさんたちはその事態に、この最奥の地下霊廟で扉に魔法鍵を内側から掛けて閉じ籠り、現在も尚、5名だけが静謐の年月を過ごしている。
彼らは人間であったときの理性と感情を保ち続けながらも、アンデッドとしての800年の時間の中で、どうやら神をも感じ取れるような人外の存在としての、これを進化と言っていいのかどうかは分からないけど、そういった進化めいた変化を果たしたということなのだろうね。
「えーと、本人がいま言ったようにですね、このひとはいちおう、僕の義兄なので、そんな感じで思っていただいて。なので平伏とかしないでいいんですよ」
「いちおう、とは何だ。まさしく我はシルフェの夫であり、おまえとエステルの義兄であり、それから」
「そこまででで、いいから」
「いいから、とは何だ。だいたいだな、ザック。おまえはいくらアマラ様とヨムヘル様の預り子だからと言って……」
「あなた。そこまでにしなさい」
「痛っ」
後ろから同じく前に出て横に並んだシルフェ様に、ケリュさんはお尻を強く叩かれました。パシンって音が、静謐なこの地下霊廟に響き渡る。
ホント、余計なことまで言わなくていいですからね。
俺たちにとってはいつも通りだが、そんなまるで茶番のようなやりとりにマルカルサスさんが恐る恐る顔を上げた。
「ザカリー殿の御兄上と、そういうことで?」
「そうそう。僕の義理の兄さんですね。そういうことです。ほら、義兄さん、自己紹介」
「お、おう。そなたが、マルカルサスだな。他の者も顔を上げてくれ。うん、それで良いぞ。我は先ほども申したが、横に居るシルフェの夫で、このザックとエステルの義兄のケリュ、である。本日は、ザックとエステルがこちらを訪ねるにあたって、ザックに願って同道いたした。いや、なに、この夏より、我はシルフェ共々、ザックのところに厄介になっておるからな。そういうことなので、よろしく頼む」
「ははっ」と、平伏から片膝立ちの姿勢になったマルカルサスさんたちが、再び頭を垂れる。
「このケリュさんと、それからあと本日連れて来た初めましてを紹介しますね。まずはクバウナさん。クバウナさんは、えーと、アルさんと同じお立場で、つまり、黒と白と言いますか、わかりますよね」
「クバウナです、初めまして。みなさん、よろしくお願いしますね」
「あっ。ははっ」
「それからこの子はカリオペ、カリちゃんです。クバウナさんの曾孫で、昨年から僕のところでお預かりしていて、いまは僕の秘書をしています」
「カリでーす。ザックさまの秘書でーす。よろしくお願いしまーす」
「あちらは、エステルちゃんと同族で最長老のユルヨ爺です。いまはやはり僕のところに居て、いろいろと助けていただいている人です」
「ユルヨと申しまする。何卒よしなに。いや、最長老と言うても300年ほどの人間ですので、ご安心くだされ」
初めましての人たちをそれぞれ紹介して、エステルちゃんが「そろそろお立ちくださいな。お茶でもしましょうね。新しいお菓子もお持ちしましたね」とマルカルサスさんたちに声を掛けた。
その言葉を合図に、シフォニナさんやジェルさんたちレイヴンの皆も彼らの側に行って、お久し振りの挨拶をしながら5名を立たせる。
その行動に、マルカルサスさんたちもようやく緊張が解けてきたようだった。
オネルさんが肩から提げていたマジックバッグからレイヴンメンバーが次々に椅子やテーブルを出して、いつも霊廟の中で数段高くなったステージの上に、皆で囲めるちょっとしたお茶会の大テーブル席を配置して行く。
そのテーブルの上には、カリちゃんのマジックバッグから出した茶器やお皿、そしてグリフィニアチーズケーキをはじめとしたうちのお菓子が並べられた。
俺は無限インベントリから、熱湯の入ったポットをいくつか出す。
ここで火を焚く準備をしてお湯を沸かしても良かったのだけど、少し手間になるのでエステルちゃんに言われて屋敷から用意して来ました。
「これは……。私共が歓待せねばならぬのに」とは、マルカルサスさんの側近で騎士長のルドヴィークさん。
「そうは言ってもルドヴィーク。我らは歓待する方法が無い」
「わたしたちが、いきなり来ちゃいましたからね。ご無沙汰していたお詫びと、うちからのささやかなお土産と思ってくださいね」
「ありがとうございます、エステル様」
まずは全員に席に着いて貰って、ケーキや紅茶をいただいて貰いながら今日ここに来た理由の話をすることにした。
ちなみにマルカルサスさんたちはアンデッドなので、人間時代のように飲食をすることは無いのだが、それでも何かを口に入れて味わい楽しむことが出来るのは、前回の訪問で知っている。
彼らの身体の機能がどうなっているのかは分からないけど、これまでに倒し浄化して来たレヴァナントなどのように見た目で身体が朽ちていたり、顔が崩れていたりはしてないんだよな。
もちろん表面的に血色がまったく感じられないので、死後直ぐの遺体が動いている感じと言えば良いのだろうか。
その辺のアンデッドとしての状態やそうなっている理由は、もし分かるならあとでケリュさんに聞いてみることにしよう。
「ご承知かも知れませんが、僕もあと少しの日数で、この上にあるセルティア王立学院を卒業するのですよ」
「すると、ザカリー殿はこの地から去って、故郷に戻られると?」
学院卒業の話から始めると、マルカルサスさんたちは少し寂しそうな顔をした。
「いえ、戻るのは戻るんですけど、この地との往復といいますか、むしろこちらに滞在していることが多いんじゃないかな。僕はうちの子爵家の対外調査と外交を担う責任者になりましたのでね」
「ほう」とマルカルサスさんが明るい表情になって、僕を見ながら頷いた。
「とは言っても学院生では無くなりすので。それで学院生で居るうちに、1本残していた通路の探索と浄化を済ませてしまおうと。それに、ケリュさんが行こうと煩いものですから」
「おい、ザック」
それから、今日先ほどまで辿って来た真ん中の通路の様子、地下深くの大空間の存在や岩石アンデッドとの闘いと浄化完了の話を順番にして行った。
俺たちが薄闇の壁を打破った話の辺りからは、マルカルサスさんたち5人は紅茶が入ったカップも置いて姿勢を正し、俺を見詰めたり目を瞑ったりしながら静かに話を聞いていた。
そうして最後に、大型の岩石アンデッドが現れる際の水蒸気爆発で空中から近づいていたクロウちゃんが吹き跳ばされ、その大型アンデッドをエステルちゃんとカリちゃんが倒した話をする。
加えて俺は、頭に響いて来たマルカルサスさんの名前を呼んだ思念のようなもののことも話した。
「お屋形様。それは、もしや」
「ああ、そうかも知れぬな、ルドヴィーク」
ふたりがそう言葉を交わし合い、他の側近たちも頷き合っている。
あの大型アンデッドが誰であったのか、彼らには直ぐに分かったようだった。
「そんな姿にさせられて、無念であったな、レンノ……」
どうやら、レンノさんという人だったらしい。
テーブルに付く5名の皆さんは、一様に下を向きそのレンノさんと他の騎士、兵士たちにあらためて黙祷を捧げていた。
「レンノは副騎士長だった。いつのことか、この地下に起きている異変に気付いたとき、あやつが数名の騎士を率いて霊廟の外に探りに行き、それ以来戻って来ることは無かったのだよ、ザカリー殿。そして、彼らが行ったのが中央の扉の先であったのだ」
つまり、そのレンノさんが探りに行ったのが真ん中の通路ということだね。
数名の部下を率いてという話だけど、岩石アンデッドはそれよりも多かったので、霊廟の外に残されていた他の騎士や兵士のアンデッドも同じ岩石アンデッドになったのかも知れないが、それはもう良いだろう。
「しかし、エステル様とカリ殿、そして皆様に倒していただき、ザカリー殿とクバウナ様に浄化していただいたのなら、幸せながらあやつらも最期で魂を清められて、行くべきところに行ったということです。あらためて、皆様には深く感謝いたしまする」
そう話すマルカルサスさんの声が、この静かな霊廟の空間に染み渡って行くようだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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