第958話 浄化完了しました
「クロウちゃん、大丈夫か」
「カファァ」
俺は岩の上でぐったりしているクロウちゃんを抱きかかえ、見鬼の力で彼の身体の具合を診る。
水蒸気爆発で起きた熱風に吹き飛ばされて岩石に強く叩き付けられたが、身体内に損傷は無いようだ。
クロウちゃんの体内組織はタンパク質やカルシウム、水分というより、かなりの部分がキ素を基にして生成され構成されているからね。
「でも、羽根が焼けてるなぁ」
「クァ」
そのとき、俺の後を追ってエステルちゃんとカリちゃんが走って来た。
抱いていたクロウちゃんをエステルちゃんに渡す。
「大丈夫ですか? 怪我はしてませんか? 回復魔法を掛けますか?」
「エステルちゃん、落ち着いて。身体は大丈夫だ。羽根がちょっと焼けちゃったけど」
「カァカァ」
「ああ、あとで式神の呪法で治すよ」
「クロウちゃんは、身体のつくりがわたしと似てますからね。あのぐらいなら大丈夫ですよね」
「そうは言っても、カリちゃん。だからいつも言ってるでしょ。ひとりで偵察するときは、充分に注意しなさいって。ザックさまも、その辺は気をつけてあげないと」
「ファ」「はい」
(ザックさん、クロウちゃんは大丈夫?)
(ええ、心配ありません、シルフェ様)
(良かったわ。なら、元気なのね?)
(はい。ただ、いまエステルちゃんからお説教を……)
(そうなのね。そうしたらエステル、お説教はあとにしてあちらを見なさい)
(あ、え?)
「あれですかぁ、クロウちゃんを吹き飛ばしたのは」
一ヶ所だけ地熱蒸気が吹き出し、そして水蒸気爆発と思われる爆発を起こした場所から、先ほどまで闘っていたものよりもだいぶ大型の岩石アンデッドが、岩場からむくむくと現れ始めていた。
それを見て「あんな奴、ぶっ壊してやりますよ」と走り出そうとするカリちゃんを止め、まずは皆の居る場所へと戻った。
「クロウちゃんは大丈夫ですか?」
「ええ、怪我はしてないわ」
「それは何よりでやす。さすがに自分も驚きやしたぞ」
「あらー、羽根が焼けてるじゃないのー」
クロウちゃんを抱いたエステルちゃんのところに、心配顔の皆が集まって来た。
「多少羽根を焼いただけで済んだのなら、まずは重畳だぞ、クロウ殿」
「クァー」
「それは元に戻るのかしら」
「カァカァ」
「ザックさんが治してくれるのね。なら良かったわ」
「それで、あれはどうする、ザック」
ケリュさんがそう言い、岩場からその姿を現し切った岩石アンデッドの方を皆が見た。
そいつは身長が5メートル以上はあるだろうか。やはり身体のすべてが岩石で出来ている人型だ。
だが、俺がなんとなくイメージするゴーレムにかたちが近いみたいで、横幅が先ほどまでの岩石アンデッドよりもかなり大きい。
以前にこの洞窟で闘ったレヴァナントで考えると、いままでのが兵士のアンデッドだとすると、レヴァナントナイトかジェネラルに相当するのだろうか。
やはり武器などは手にしていないらしいが、そうだとしても殴る蹴るや体当たりといった単純な物理攻撃だけでは無いだろうな。
「わたしが殺ります」
「エステルさまとわたしで破壊してやりますよ」
エステルちゃんとカリちゃんがそう宣言して俺の顔を見た。
さっきはお説教が始まりそうだったけど、クロウちゃんを吹き飛ばして下手すると大怪我を負わせたかも知れないあれに対して、相当に怒っているみたいだな。
「わかった。レイヴンは不測の事態に備えて待機。戦闘はエステルちゃんとカリちゃんに任せるけど、僕がカバーする。いいね? ジェルさん」
「承知しました。冷静にお願いします、エステルさま」
「わかっていますよ」
うちの誰もがエステルちゃんの強さは知っている。
それにドラゴンのカリちゃんが組んで、ふたりが反則級の魔導武器を振るうのだから、よほどのことが無い限り心配はいらないだろう。
ただし、クロウちゃんの一件で平常心を失わないようにと、ジェルさんがひと言加えた。
「あと、以前の戦闘でレヴァナントが放った、強烈な咆哮みたいなものもありそうだから注意」
「ほう、そんなものがあるのか」
「レヴァナントナイトかジェネラルだかが、そんなのを放ったんですよ。キ素力だけの原始的なものでしたけどね」
フィランダー先生ら学院教授と、グリフィニア冒険者パーティのサンダーソードとの合同チームで初めてこの洞窟に来た際の、別れの広間での戦闘だったよね。
俺の予測としては、今回、薄闇の壁を破ったときに吹いて来た熱気を帯びた突風みたいな咆哮攻撃があり得る。
それに加えて毒性のガスが混ざっていると、ちょっと厄介だよな。
そんな考えを手短に話し、結界内に出現している岩石アンデッドのそんな万一の攻撃に備えて、俺は待機する皆を包むもうひとつの結界、つまり二重結界を張った。
ダブルなので不安定になり易いけど、ケリュさんの神力が加わっているのでたぶん大丈夫だろう。でもこれの維持はケリュさん、あなたが手伝っておいてくださいよ。
「おう、任せろ」
「エステルとカリちゃんと、それにザックさん、あなたたちは?」
「大丈夫ですよ、お姉ちゃん。そんなのが来る前に一気に破壊しますから」
もし毒性のガスが放たれたら、俺とクバウナさんとでそれが拡散する前に聖なる光魔法で包んで、速やかに浄化してしまおうと彼女と相談した。
「なるほどだわ。わかりましたよ、ザックさん。アルのブレスのもの凄く小さい版でしょ? あなたとわたしなら、出来そうね」
「そんなもんはブレスでもなんでもない」
「まあまあ、アル」
いくら大型の岩石アンデッドだとはいえ、アルさんが黒いブレスをひと吹きしたら一瞬で消え去ると思うけどね。
でもここはエステルちゃんとカリちゃんが闘うと宣言しているので、彼女らふたりに任せましょう。
その大型岩石アンデッドは、まるで長い眠りから目覚めたかのように四方に首を廻し辺りを伺っていた。
直ぐに何らかの行動に移そうとしなかったのは、もしかしたら毒性ガスが充満し沈殿していた筈のこの場の空気の様子が違っていたからかも知れない。
加えて、俺の結界に大きく包み込まれていることも感じたのか。
もしかしたら、先ほどまでのアンデッドよりも多少は知性が残っているということもあるのかな。
エステルちゃんとカリちゃんが、慎重ながらも勢い良くその大型岩石アンデッドに向かって行き、俺もその後方から進む。
「グォオオウ」と、迫る俺たちに気が付き顔を上げて声だけの咆哮を挙げた。どうやら、敵が接近していることに気付いたらしい。
声も出すのか。会話は出来なさそうだけどな。
俺の前方で並んで相手に迫るふたりが互いに顔を向けて僅かに頷き合うと、エステルちゃんが姿勢を低くしながら猛然と速度を上げ、カリちゃんは重力魔法を発動して高く跳躍した。
どうやら上下からの同時攻撃を行うようだ。
対して大型岩石アンデッドは、両手を左右に広げて足を踏み出し迎え撃つ態勢を取った。
瞬間的に周囲のキ素を大量に摂り込んでいるのが見て取れる。
(いきなり咆哮を放つぞ)と、咄嗟に俺は念話で注意を促す。
念話なら戦闘態勢に入った前のふたりと、それから後方に居るクバウナさんたちにも伝わるからだ。
既にかなり接近していたエステルちゃんがもう一段階速度を更に増し、大型岩石アンデッドの足元へと潜り込んだ。
それに気付いたアンデッドが彼女を蹴り上げようとするが、エステルちゃんはそれを躱して一閃、右手に握る黒銀のショートソードで軸足を斬る。
その斬撃された軸足が、黒銀の黒魔法効果で一気に消滅した。
大型岩石アンデッドは、片方の足を失ってガクンと傾く。しかし同時に、貯め込んでいたキ素力を吐き出すように空中から迫るカリちゃんに向けて、ブレスもどきの咆哮を放った。
その咆哮は、燃えるような熱気と水蒸気を帯びた突風だ。確認する間も無いが、おそらく毒性ガスも混じっている。
(クバウナさんっ)
(任せて)
空中のカリちゃんに向けられたその熱蒸気突風に向け、俺は幅広に生成した聖なる光魔法のビームを撃つ。
突風とビームの先端同士が激突し、突風の勢いを挫くように光を放つ小爆発が起った。
するとそこに、後方から巨大なビームがやって来て熱蒸気の突風全体を包み込む。
ひょー。クバウナさんの聖なる光魔法の出力って、とんでもないですなぁ。さすがは天界から地上世界に降りたホワイトドラゴン、この魔法の本家本元だ。
一方で、突風と俺が撃ったビームとの激突からの小爆発を空中で目の前に、それから易々と回避したカリちゃんは、身体を一回転させながら大型岩石アンデッドの頭上に上がる。
地上では黒銀を振り抜いて片足を消滅させたエステルちゃんが、続けて左手の白銀で下りて来たもう片方の足を斬った。
その白銀のショートソードの白魔法の効果で、斬られた片足から上へと白い光が大型岩石アンデッドの身体を伝わって上昇する。
と同時にその頭の上から、カリちゃんが空中で振り落とした巨頭砕きのメイスの一撃が、頭部を粉々に粉砕していた。
(マ……マ・ル・カ・ル・サ・ス、さま……)
そんな微かな念話の声が、頭の中に伝わって来た。これは、いまのアンデッドの? 残留していた思念、とか?
あるいは、エステルちゃんが白銀で斬ったことが、何か影響したのだろうか。
白銀のショートソードで発動される白魔法は、聖なる光魔法効果、つまり癒しと断罪、再生と浄化の相対する効果を斬る際の意志によって放つからな。
ともかくもここまでの一連のことが、ごく僅かな時間の中で連続的に起こされて決着がついたのだった。
それ以上、この地下大空間内に何かしらのアンデッドが出現しないことを全員で念入りに確認して、空間全体の浄化を行った。
クバウナさんと俺にカリちゃんも加わって、大空間内の隅々に至るまで聖なる光魔法を放つ。
それと同時にシルフェ様とシフォニナさんにエステルちゃんの3人が、浄化の意志を込めた風を吹かせ行き渡らせた。
一方でアルさんがライナさんをアシスタントに伴って、空間の地面や岩石の下から現在は止まっている熱蒸気や毒性のガスなどが再び噴出しないかを確認する。
「どうやら先ほどの親玉のアンデッドが、地下の熱を吹き出させて毒を混ぜる何らかの役割を果たしておったようじゃの」
「アル師匠が地下深くまで探査魔法で探ったけど、特にあらためて地面全体を岩で塞ぐ必要はなさそうだってー」
そういった噴出の元となる熱源は、地下のかなり深いところで留まっているそうだ。また、地下を流れる水脈も落ち着いているらしい。
もしも熱蒸気や毒性のガスが噴出する可能性があったなら、この大空間の地面部分の全体をアルさんとライナさんの土魔法で硬い岩盤層を形成して、塞いでしまうつもりだった。
「なるほど。あの大型アンデッドが、そういった媒体の役割を行っていたということか。しかし、何の目的でそんなことをしていたのかなぁ」
「その点では、右の通路の穢れた地中の水場や、左の通路のスケルトンの灰が積もった広場などもじゃの」
「単純に、行く手を阻むトラップとか門番とかだけじゃないってことよねー」
「これは想像でしか無いが、穢れた水、毒性の熱と風、邪なものが再生する灰つまり土、とこの世界の四元素を穢れたものとするための、何らかの仕掛けのひとつかその試し、ということもあるぞ」
話に加わったケリュさんがそんなことを言った。仕掛けのひとつかその試し、ですか。
確かに水と熱と風と灰。要するに置き換えれば水、火、風、土と、この世界の自然界の秩序を保っている四元素であり、シルフェ様たち真性の精霊様が司る領分だ。
特に今日の毒ガス混じりの熱突風なんて、シルフェ様と火の精霊のサラマンドラ様が喧嘩したときに起きる風みたいだって、クバウナさんが言っていたよな。
もちろんそれには、生き物の生命を侵す毒素は含まれてはいない筈だけど。
一昨年の、新たに再建された水の精霊の妖精の森で魔物が起こした騒動。そして、樹木の精霊の棲む世界樹が聳える場所を囲んで築かれた、その眷属のエルフの本拠地への魔物の襲撃。
そういった近年の出来事を考え合わせると、何者かが世界の秩序を揺り動かすために、その秩序の維持者たる精霊をターゲットにしているということなのだよな。
そもそもがこの地下洞窟が生まれることになった一連の出来事だって、800年前にそれまであったニュムペ様の妖精の森が閉鎖される要因になったものだ。
「もう、結界は解いて良いんじゃないか、ザック」
「それもそうですけど、クロウちゃんの焼けちゃった羽根を治してくださいね」
「カァ」
そうですね。ケリュさんとアルさんが結界の外に出て毒性ガスも浄化され消えているのを確認しているし、結界は解きましょう。
あと、身体に問題は無いけど羽根を焼かれて意気消沈気味のクロウちゃんは、ずっとシフォニナさんに抱かれていた。
その彼を受取って、岩の上に座らせる。
前世の式神の呪法で生まれたクロウちゃんは、この世界の回復魔法では何故か治療とか再生は出来ないんだよね。
たいていの小さな怪我なら自己治癒するのだけど、焼けちゃってまばらになった羽根だと、自然再生をするにはかなり時間が掛かるよね。カァ。
「焼かれ穢された羽根を捨て、再生せよ。喼急如律令」
再生のイメージを込めて俺が前世の呪文を唱えると、焼けたり焦げたりしている羽根だけが抜け落ちて、代りに新しく艶やかな濡れ羽色の羽根がみるみる再生された。
クロウちゃんをこの世界に生み出して以来、式神の呪法は行ったことは無かったけれど、どうやら上手く行ったようだ。
と言うか、ここに居る全員が注視する中でと、こんなに大勢の人の前で式神の呪法を行ったのは初めてですなぁ。
「これはこれは、見事なものじゃ」
「言葉の力で、再生があっという間なのね」
「やっぱり、ザックさんだわ」
「ほほう。我もどこか身体の一部を失ったら、ザックに再生して貰おう」
あくまで式神の呪法なので、効力のある対象は俺の式神だけですからね。
ケリュさんはこの世界の武神であって、式神では無いでしょうが。なーに言ってるんだか、この神様は。
クロウちゃんは新しい羽根の具合を確かめるように、嬉しそうにふわりと浮き上がって俺たちの上をゆっくりと飛んだ。
「さて、じゃあ、マルカルサスさんのところに行きますよ」
「はーい」「おう」
2年振りに会うマルカルサスさんたちは元気かな。
最後に残っていた真ん中の通路やこの大空間の話をして、すべての通路が浄化し終えたと伝えないとだよな。
それに初めましての同行者も居るけど、まあ問題は無いでしょう。
俺たちはこの大空間から先に伸びる通路の奥に在る、マルカルサスさんたちの棲む地下霊廟を目指して出発したのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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