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クリスマス特別回 囚われの子どもたちの居る村(1)

1日早いですけど、恒例のクリスマス特別回です。

今回は2回に分けて、クバウナさんとアルさんの語るお話。

よろしかったらお付き合いください。

 あれは突然にクバウナさんが王都屋敷に来られて一緒に暮らすことになり、ナイア湖畔での最後の合宿も無事に終え、そのあとニュムペ様の妖精の森も訪問して、間もなく学院の秋学期が始まる頃。だから、俺の夏休みももう終わりという8月の末のことだったかな。


 屋敷の全員で夕食を済ませ、いつもならその後片付けを手早く済ます者、まだ残っている仕事に戻る者、夜の自由時間に自分の好きなことをする者、ラウンジで食後のひとときを過ごす者などに分かれて散る。

 だがその夜は、いったん散った皆が三々五々とラウンジに集まって来た。


 こういう夜もときどきはあるよね。


「ザックさまがもう学院だから、皆で一緒に過ごしたいんですよ」

「そうなのかな、エステルちゃん。単に飲みたいだけじゃなくて?」

「ザカリーさまったら、何を野暮なこと言ってるのー」


「ライナ姉さんの言う通りですよ。でもせっかくだから、みんなで少し飲みましょうよ。いいでしょぉ? エステルさま」

「ふふふ。わたしが許可とかしなくても、アルさんとカリちゃんは飲むでしょ?」

「てへへ」


「そうしたら、アルポさんとエルノさんも呼び戻しましょうよー。もう、門の鍵は閉めちゃってさ。ね、ジェルちゃん」

「そうだな。今夜に訪問して来る客も居ないだろうし」

「では、僕が呼んで来ます」


 ジェル隊長が同意したので、フォルくんが直ぐに席を立って屋敷を出て行った。



「ほほう。今夜は宴会ですかの」

「ザカリー様が学院に行ってしまいますからな」

「そうよな。夏の行事も終わったことではあるし」



 程なくしてアルポさんとエルノさんがやって来た。ユルヨ爺も一緒になって宴会好きのファータの年寄りの御多分に洩れず、もう飲む気満々だよね。

 俺が学院に戻るからって、まあそんな理由を付けて皆で飲むのも良いでしょう。


 そこにすかさず気を効かせたエディットちゃんとシモーネちゃんが、エールやワイン、蜂蜜酒ミード林檎酒シードルなんかをおつまみと一緒にたくさん運んで来た。


「エディットちゃん、厨房のお片付けが済んでいるようだったらアデーレさんも呼んで来て。それから、あなたも一緒にね。あ、シモーネちゃんはジュースにしておきなさい」

「はい、エステルさま」

「はいです」


 この世界では12歳から半人前の大人と看做されるので、今年にはもう13歳のエディットちゃんもお酒が飲めるお歳頃だ。

 もちろん同い歳のフォルくんとユディちゃんもそうで、彼らは従騎士見習いになってからは時折、独立小隊の宿舎の方でブルーノさんたちと飲んでいるみたいですな。


 なので年齢的に、と言っても見た目を人族に比定してのことだが、風の精霊だけど10歳相当のシモーネちゃんだけにはエステルちゃんもお酒は飲ませない。

 もし仮に飲ませたら、シルフェ様やシフォニナさんと同じようにいくらでも入りそうだけどね。



「ねえ、クバウナお婆さま」

「はいなんですか? シモーネちゃん」


 クバウナさんがこの屋敷に暮らし始めてまだそれ程に日にちは過ぎていないけど、もうすっかり馴染んで屋敷の皆のお婆さまだ。

 ちなみに本当はカリちゃんの曾お婆ちゃんだけど、その若々しい外見から人間社会で違和感の無いお婆ちゃんと呼ぶようにと、カリちゃんはアルさんに言われているんだよね。


 それでいつの間にか、シモーネちゃんもクバウナお婆さまと呼ぶようになっていた。

 そのシモーネちゃんがクバウナさんの隣にちょこんと座っていて、そう声を掛けた。


「何か、えーと、お話を聞かせてくださいな」

「お話?」

「はい、お婆さま。シモーネはですね、クバウナお婆さまとアルお爺さまが、大昔に活躍されたお話が聞きたいです」


「わたしとアルの? アルはお話してくれなかったの?」

「アルお爺さまは、シモーネがお願いしてもですね、直ぐに逃げます」

「ぶふぉっ。これ、シモーネ」

「だって、ホントです。ねえ、カリ姉さま」


「もう師匠ったら、そこでお酒を吹き出して、汚いですよ。そうよね、アルお爺さまは直ぐに逃げたり誤摩化したりするわよね、シモーネちゃん」

「そうなのです。お婆さま」


 クバウナさんはちょっと複雑な顔色で慌てているアルさんの方を見たが、やがて少しばかり悪戯っぽい表情に変化させた。


「おお、それは我も聞いてみたいぞ。良い機会だしな」

「うふふ。アルはその手の話をあまりしたがりませんからね。わたしも是非に聞いてみたいわ」

「もう、ケリュ殿もシルフェさんも、何が良い機会ですのじゃ」

「わたしもこの機会に、お聞かせ願いたいですね」

「シフォニナさんまで」


 ライナさんなどは俄然興味津々で、他のみんなもアルさんとクバウナさんの大昔の話が聞けるということで、一斉に期待に満ちた目でクバウナさんを見たのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それでは、少しばかりお話してみましょうかね。


「そうね。ずいぶんと大昔のお話よ、シモーネちゃん」

「はい、楽しみです」


 隣に座るシモーネちゃんに語り掛けるようにしながら、このラウンジに顔を揃えたお屋敷のみなさん全員に聞こえるように人間の声を出す。そう、孫娘、曾孫娘に物語を語って聞かせるお婆ちゃんの声ね。


「人間の皆さんが古代文明と呼んでいる、そんな時代が終わりを告げて、地上世界のとてつもない混乱もようやく収まって来た頃だったかしら」

「いまのこの時代が始まった頃ですね?」


「そうね、ザックさん。だから、えーと、2000年ほども昔かしら」

「2500年は昔のことじゃろ」

「そうそう。ありがとう、アル。あなた、ちゃんと憶えているのね」

「ふん」


 ほんとうにこの人、若い頃から素直じゃないのよね。でも、アルもわたしも、その若かった頃のお話。


「あそこに座ってワインをやたら飲んでるアルお爺ちゃんとわたしが、まだまだ若い頃。わたしたちはふたりで、そんなこの地上世界のあちらこちらを巡っていたの。それであるとき、北の方に在る小さな人間の国の近くに行ってね。いえ、国と言ってもその当時は、ちょっとした大きさの村を中心に、その周辺の小さな村を加えただけでも国とか呼んでいたの。少し前の時代には、とても大きな国がいくつかでこの地上世界を支配していたのに、世界を覆った大きな混乱と人間社会の文明が崩壊したあと、一気にそんな風になっちゃったのね」


「あの頃は大変だったわね」

「自然界を修復するのに、ずいぶんと苦労させられました」


 そうですね。シルフェさんやシフォニナさんをはじめ精霊の皆様は、本当に苦労をされてたわ。

 あのまま放置していれば、人間社会だけじゃなくて自然界自体が崩壊していたかも知れないから。



「わたしとアルはその国と言うか、中心の村の近くに降りて、人の姿になってその村に行ってみたの。あ、そうそう。アルはいまみたいなお爺ちゃんじゃなくて、そうねえ、ケリュさまよりも若い姿よ。ザックさんほどじゃないけれど。わたしは、うふふ、いまのカリぐらいね」


「そんな描写は良いんじゃ」

「あら、どんな姿で人間の村に行ったのかって、言わないよりは言った方が想像出来て、わかり易いでしょ」


 アルはちょっと難しい顔をしながら、それでもちゃんと耳を傾けている。自分も想い出しながら聞いているみたいだわ。


「そうして、村を囲む森の木陰から、その村の様子を伺ったの。初めの印象は、何だか活気が無いといいますか。そう、混乱と衰退からちょっとずつ回復して行く人間の暮らしに近づくと、いつも元気な子供たちのちょっと騒がしい声がたくさん聞こえるのだけど、この村からはそんな声が聞こえて来なかったのね」


 わたしは人間であろうとドラゴンであろうと、他の多くの獣たちであろうと、そういう子供たちの元気な声や表情が大好き。

 いつかわたしも自分の子や孫を為して一族を持ったら、そんな子供たちに囲まれるのかしら。そんな将来のことを、あの当時も良く想像していたものよね。



「クバウナお婆さま。どうしてその村からは、子供たちの声がしなかったのですか?」

「それはね、シモーネちゃん。わたしとアルで、姿隠しの魔法で人間からは見えないようにして村の中に入って、暫くいろいろと探ってみたらわかったの」


 あれは、いま思い出しても酷かったわね。

 たくさんの子どもたちが、納屋みたいな大きな建物の中に閉じ込められていたのだから。


「え? どうしてですか?」

「アルとふたりで手分けして調べるとね、それはその村のおさ、いえ本人は自分のことを王と名乗って、周りにもそう呼ばせていたのですけど、その王の方針だったのね」

「まあ、酷い。子どもを閉じ込めるのが方針だなんて」


「そうなのよ、エステルちゃん。その村? 国? どっちでもいいわ。その村ではね、子どもを2つのグループに分けていたの」

「2つのグループ? ですか?」

「簡単に言えば、強いとされている子どもと弱いと看做されて虐げられている子ども、じゃな。尤も、2つのグループと言っても、人数はずいぶん偏っていたがのう」


 アルもいろいろ思い出して来たのか、ザックさんの質問にわたしより先にそう答えた。


「じゃが、純粋に能力や知力や身体の強さなどで振り分けたのではないのじゃ。暴力を振るってでも他の子どもを従わせる子、それに追従する子の少数グループと、それを嫌々受入れざるを得ない、あるいは反発していても正面から抗えないような子たちの大多数グループじゃ」


「それで、暴力を振るうような子どもたちを閉じ込めていたの? 師匠」

「それがカリ、まるっきり反対なのじゃよ。虐げられている子どもを閉じ込めて、虐げている方は野放しじゃったのじゃ」

「なんでー、ひどーい」


 あらあら。アルの説明でライナちゃんが思わず大きな声を出し、このラウンジにいる特にジェルちゃんらの女の子たちから、一斉にブーイングの声が上がったわ。



「それがその村のおさの統治方針だったのよ。なんでも、これからその村を……その男の言い方では、この乱世で国を強く大きく豊かにするには、強い者と弱い者をはっきりさせなければならない。それで、強い者が弱い者を従わせて役割や立場をはっきりさせ、そんな上下関係の明確な社会の中で効率的に国を発展させる。そんな考え方だったらしいのね。それには、子どもの時分から選別して、2つのグループに分けて仕込むのだとか」


「指導する特権的な側と、使役される大半の者たちか。かつ、それを年少期から植え付ける」

「カァカァカァ」

「そうだね。人びとの自由を奪って、なにがなんでも国を豊かにするって、そんな嫌な考えはどこにでもあるんだな」


 ザックさんとクロウちゃんが何やらふたりで話していて、その声が聞こえて来た。

 わたし、ちょっと難しい話を始めちゃったかしら。シモーネちゃんは、大丈夫かな。


「クバウナお婆さまとアルお爺さまは、その子供たちを助けたんですよね? きっと」


 続きを聞きたいと横にちょこんと座るシモーネちゃんは、きらきらした目をわたしに向けてそう続きを促した。


「でもね、シモーネちゃんも知ってるでしょ。わたしたちは人間たちに、そう無闇には関わったり手を出したりはしないって」

「でも……」


 わたしの言葉を聞いて、シモーネちゃんは目を伏せた。ライナちゃんやジェルちゃんたちも黙り込んでしまう。



「シモーネ。きっとまだまだ続きがあるわよ。クバウナお婆ちゃんのお話を聞きなさいな」

「そうだぞ、シモーネ。我も続きを聞きたいぞ」

「あ、はい、シルフェさま、ケリュさま」


 そう、ここからがお話の本筋なのよ。

 わたしとアルは姿隠しの魔法で人間からは姿を見えなくさせて、村の事情をもっと知ろうとあちらこちらを探って廻った。


 納屋みたいな大きな建物に入れられている子どもたちは、ずっとあそこに閉じ込められているままなのか。

 それから、どうして村の大人たちは、そんな風にたくさんの子供たちが閉じ込められていて何もしないのか。あの子たちの親も、村で暮らしているだろうに。

 あと、強い子どものグループとされているのは、どんな者たちなのか


 わかったことは、この村ではまだ貴族とか平民とか奴隷といった明確な身分制度は無くて、王を称するおさとその家族が頂点にいて、あとはその他大勢だったのね。

 でも職業的には色々分かれていた。大半の農民、いくらかの様々な職人、商業を生業にする者たち、それから武器を扱い村人を監視し森で狩りなどもする兼業の戦士などね。


 それで、強い子どもグループのリーダーは村長むらおさのひとり息子だった。予想してはいたけれど、まあそうなのよね。

 そしてその息子に追従するのは、兼業戦士の子どもやあと一部の裕福な商人の子どももいたかしら。

 農民と職人の子どもは、まったく加わってはいなかったわ。


 つまり、国と名乗っていてもまだまだ小さなこんな村にも、子どもを選別することによって過酷な身分階層が作られようとしていたのね。

 農業を営む人たちは言ってみれば農奴扱いで、職人や裕福ではない商人も同じようなもの。


 村人を従わせる武力と富は村長むらおさ側に集められて、元々はどうだったのかはわからないけど、身分の上下を子どもに強制して刷り込むことで固定化しようとしていたみたい。

 だから弱者グループとされて纏められた子供たちは、朝から夕方までは遊ぶことも許されずに村の中や畑などで強制的に働かされていた。


 その親たちも日々の労働に追われて余裕が無いし、村長むらおさ側の人間たちの言うがまま。下手をすると、強者グループとされる子どもらにも逆らえない程になっていたわ。

 村長むらおさは王の御不令を出して、優秀な子が生まれたならば強者のグループに入れてやるなんて言っていたみたいだけど、例えそれが本当だとしても要するに使いっ走りにしてやるぞ、ぐらいのことだったのよ。



 わたしとアルはこんなこの人間の村の状態を知って、どうするかを話し合った。

 こんなところは無視して別の場所へと旅を続けるか。それとも何らかの手を下すか。

 だけど、わたしたちのお役目としては人間の社会に直接に介入はしない。それはさっきもシモーネちゃんに言ったけれど、現在でも同じよね。


 アルなんかは、自然災害が起ったように見せかけて村の大半を暴風雨で押し流して、いまの自分たちのやり方が間違っていると反省させて、そこから村民が一丸となって復興出来るか、それを試すのはどうだ、とか言ってましたけどね。


「わしはそのときは、それが一番良いと思ったから口にしただけじゃ。クバウナの案は何だったか……。そうそう、虐げられている子供たちとその親や家族、親戚を一緒くたに遠方まで移動させ、そこで新たな村を作らせれば良いとか、そんなのじゃったぞ」


「どっちの案も大掛かりですねぇ」

「アルさんの案の方が簡単みたいだけど、大雑把で乱暴だよな」

「簡単ですかぁ? 確かにクバウナさんの案だと、実行するのに準備の手間が掛かりそうですけど」

「カァカァ」


 エステルちゃんとザックさんとクロウちゃんがそんな感想を話しているけど、まあそうよね。



「それで、そのどっちかの案をしたの? お婆ちゃん、師匠」

「それがのう、カリ。わしらが手を下す前に、先に手を出したやつがおったのじゃよ」


 アルったら、わたしが言おうとしたら、先に話し出しちゃったわ。まあ、でも良いわよ。これはわたしとアルの、ふたりの昔語りなのだから。



次話に続きます。続けて明日も更新する予定です。

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