第953話 最後のお片づけに行く
教授棟を出て学院長とイラリ先生に先導され、まずは総合競技場へと行く。
学院祭が終了して10日余りが過ぎ、ましてや休日なので周囲にも人影は無かった。
俺たちはこの総合競技場の更衣室で着替えるのですな。
人数が多いので、男女それぞれに分かれて別の更衣室でなのだが。
「ザックさま、お手伝いは?」などとカリちゃんが言いますが、学院ではちゃんとひとりで着替えとかしていますからね。今更だけど。
各自、マジックバッグに入れて来た戦闘装備に改める。
ところでケリュさんは? ああ、いつの間にやら新調しておったのですね。
最近の外出時は、うちの独立小隊とは少しデザインの異なる派手やかな騎士の平時服みたいな衣装でいることが多いが、戦闘装備もエステルちゃんに誂えて貰ったようだ。
俺の装備にちょっと似ているけど、真っ黒ではないのですね。
黒とグレーに染められた革素材をベースに銀糸や金糸がアクセントで織り込まれて、黄金色のエルクを多少はイメージしたのか、やや派手やかになっている。
「ザックのは、ファータが秘蔵しておった魔物の皮革を用いておるのだろ? さすがにそれは間に合わないということで、王都で手に入る革で作って貰ったのだがな」
「ほほう」
「我が装備で防御をするということは無いから、まあ何でも良いのだ」
気分の問題と言うか、要するにファッションですな。あと、普段着ているものだと汚したら叱られるからか。
ともかくも、うちのレイヴンの戦闘装備は俺のに合わせてわりと黒々としているので、そこに馴染む感じですね。
一方でアルさんもこういった場合、大抵は普段着ている執事服のままで着替えることは無いのだけど、今日はひとりだけ目立つということでケリュさんと同じような装備になっていた。
目立つのが嫌だと言うより、仲間外れが嫌だったのだろうね、きっと。
カァカァ。そうだね。ユルヨ爺は自前の装備だけど、ファータの戦闘装備も目立たないように黒ベースのシンプルなものなので、こうして男性陣が揃って着替えると、前世の忍びや前々世の特殊部隊のようにも思えるですなぁ。
女性たちも着替えて出て来た。
エステルちゃんは俺とほぼお揃いで、お姉さんたちも男性陣と同様のレイヴン装備。
そこはもちろん俺も見慣れたものなのだけど、えーと人外の女性陣も同じですか。
「ケリュさんがいらしてから、皆で装備を整えたいとおっしゃって」
俺が彼女らの姿を見ていると、エステルちゃんがそう小声で教えてくれた。
ああ、確かにひとり分だけ新調するよりは、というところだけどクバウナさんの分もちゃんと誂えたのですね。
だからアルさんのも作って、珍しく戦闘装備姿になったのか。
アルさんはブラックドラゴンなので良いとして、ホワイトドラゴンのクバウナさんとカリちゃんは白じゃなくて良かったのかな?
「何言ってるですか、ザックさまは。白い装備なんか汚れたら目立つでしょ」
「ですよね、カリちゃん」
他の人気の全く無い総合競技場のロビーに俺たちが揃うと、それを見たオイリ学院長とイラリ先生は目を丸くし、ポカンと口を開けて言葉を失っていた。
「えーと、あの、ザックくん。お着替えになると言うので、たぶんそうだとは思っていたのですけど、いちおうは学院の中なので」
「ええ、わかってますって」
「でも、みなさんのお姿は、これからどんなもの凄い戦闘に行くのかって……」
「普段着のままだと汚れますしね。いちおう念のためですよ念のため。それに、入口に着くまでは目立たないようにしますから」
「そう、ですか?」
14人と1羽の本日のメンバー全員を集めると、俺は声に出さずに口の中で呪文を唱えて軽く結界で皆を包んだ。
「どうです? これで見え辛いでしょ」
「あー、確かに」
「みなさんが居るような、居ないような」
「さて、行きましょうか」
「あ、はい」
再び学院長とイラリ先生に先導されて、地下洞窟の入口のある大岩の前に到着した。
幸いにここまでの道程は、学院生や教授はおろか学院の職員さんともほとんど出会さず、学院の森に入って立ち入り禁止の立て看板まではまったく誰も見掛けることがなかった。
休日とは言え、この辺りを散策する人や学院内デートなんぞをする学院生の男女が居なかったのは幸いでした。
「では、ちょっくら潜って来ます。おそらく何の問題も無いでしょうが、僕らが入ったら念のために内側から入口を封印しますので、学院長とイラリ先生はお戻りください」
「ええ、わかってるわ」
「もし可能ならばご一緒に、と願いたいところですが、もちろんダメですよね」
「申し訳ありません、先生。ダメです」
イラリ先生も3年半前に入って以降、俺たちが封印してしまったので、この洞窟には行きたくても行けない。
尤も仮に封印がされていなかったとしても、ただひとりで潜るような無茶をする人では無いので、拒否されるのを承知でそう言ってみた訳だろう。
でも、もうダメなのですよ。
今日の俺たちの目的は、残った未探索の通路を行っておそらく浄化をすること。そして奥深くに存在する霊廟で、マルカルサスさんたちと会うことだからね。
邪な状態に汚染されてしまったアンデッドや地下洞窟内をそうやって浄化し終えてしまえば、かつてより遥かに安全な洞窟、いや地下墓所となるのだけれど、だからこそ誰か人間がやたらに入らないように、より強力な封印を施してしまうのが最終的な目的だ。
一見、大岩の割れ目のように見える狭い隙間を通ってひとりずつ入り、地下へと伸びる通路の入口前に来る。
ここに施されているのが一番外側の封印だ。
「そうしたら、アルさん」
「ほい、ですじゃ」
アルさんが人差し指で触れると、直ぐに魔法の防護障壁の封印が解除された。
その様子を、カリちゃんとライナさんがクバウナさんと並んで間近で眺めている。
「師匠の暗証鍵付きだったんですねぇ」
「え? そういうのがあるのー?」
「ドラゴンの封印鍵ね、ライナちゃん。それも、アルだけが解除できる固有の鍵にして付与してる感じかしら」
「へぇー、そうなのねー」
ドラゴンの封印鍵ですか。そういうのがあるんだね。
アルさんは言ってくれないし、俺も敢えて解除を試みたことがなかったので、今日まで知らなかったですよ。
それもアルさんの暗証鍵付きとか、誰も開けられないじゃないですか。
「まあ、そうじゃの。じゃが、あそこにおるご仁なら」
「ああ、神様は別か」
「ん? なんだ? 封印のことか。神封じならともかく、我なら大抵のものは通れるぞ」
封印が効かないって、だから神様ってズルいんだよな。でも、神封じというのがあるのか。
前世の世界で行われていた、喪中に神棚を封じるのとは意味が違うんだろうなぁ。
カァカァ。穢れから遠ざけるということでは同じなんじゃないかって、そうかなぁ。あれは神様と現世との通路を一時的に通行止めにするってことだよね。カァ。
「クロウちゃんとごちゃごちゃ話してないで、行きますよ、ザックさま」
「はいです、エステルちゃん」
「カァ」
全員が通り終わるとアルさんが魔法障壁を張り直した。
そして俺たちは始まりの広間まで、緩やかに下る地下通路を進む。
「予定通りだけど、ここは何も無さそうだね」
「そうですね」
そう返事をしながら、エステルちゃんが鼻をひくひくさせる。見ると、シルフェ様とシフォニナさんも同じようにしていた。
それに釣られてなのか、お姉さんたちも広間の中で周囲を伺うようにして臭いを嗅いでいる。
「何をしておるのだ、シルフェ」
「言ってなかったかしら、あなた。ここのアンデッドはね……もの凄く、臭いのよ」
「もの凄く臭い……それは嫌だな」
「穢されたアンデッドは、だいたい臭うんですよ、ケリュさま」
「そうじゃな。大昔にも、そういう大量のアンデッドに囲まれたこともあったものじゃて」
「あのときは臭いに我慢ならなくて、あなたがブレスで一気に吹き跳ばしたでしょ、アル」
「いや、あれは量があまりにも多くてじゃな。それは良いとして、ここに居たアンデッドどもも同じようだったのじゃよ。奥の霊廟に棲まうマルカルサスらはもちろん違うがの」
ふーん、アルさんとクバウナさんの過去にもそういうこともあったんだね。
地上世界で人間の古代文明が崩壊し、ふたりで世界を巡っていた頃の話のようだ。
つまりその大量のアンデッドの元というのは古代文明時代の人間で、何かしらの邪な力で穢されたアンデッドに成り果てた者たちだったということかな。
前々世の映画やテレビドラマやゲームの世界観で、やたらに大量のゾンビに囲まれるというそんなシーンが良くあった記憶があるけど、あれって臭いも出る機能が劇場や端末に備わっていたら、相当に臭くて嫌なコンテンツだろうな。
そういう意味では人間の五感の中でも嗅覚って、ある意味一番刺激が強いのかも知れないよね。
「前進しやすか? ザック様」
「よし、さっさと前に進もう」
俺にそう確認したブルーノさんがジェルさんに頷き、自然に隊列を作る。
ブルーノさんを先頭に並ぶようにしてユルヨ爺、そしてジェルさん。その後ろに俺とエステルちゃん、カリちゃんが続き、人外の方々を挟んで後方にライナさんとオネルさん、そして最後尾はティモさんだ。
つまり警戒及び護衛を重視した部隊行動の態勢で、これが偵察重視だとブルーノさんとティモさん、そして今日の編成ならたぶんユルヨ爺も前に出て先行する。
しかし、人間が神様や精霊様を護衛するというのも考えてみればおかしな話なのだが、うちでは誰もそんな疑問は持たない。
なおクロウちゃんは、ケリュさんの頭の上かそれともどうしようかと一瞬考えて、久し振りに俺の頭の上に止まった。
いちおう彼も、警戒重視の納まりどころという感じなのだろう。気が抜けているときであれば、誰か女性に抱かれているからね。
始まりの広間と呼ばれる広い地下空間から奥に伸びる通路に入り、繋ぎの広間を経由して別れの広間へと到着した。
ここに来ると、学院1年生のときに初めて来た際の激戦を思い出すよね。
あのときは冒険者パーティのサンダーソード、学院の教授、そして俺たちレイヴンという人間だけの部隊だったので、なかなかに大変でありましたなぁ。
それが、現在のこの別れの広間には何も誰も居らず、静寂を保っていた。
ここまでのそれぞれの広間はどこかしらに光源が存在しているのか、内部の全体を見渡せるぐらいの明るさがある。
その視界の中で、ただ広々とした空間だけが在った。
それに対して広間と広間を繋ぐ通路は暗いので、誰かが光魔法で灯りを飛ばさないといけない。
もっともうちのこの部隊には、そんな魔法を飛ばせる者が複数人居るので、まあ苦労はしないのですけどね。
広間が何故明るいのかに関しては、上部に光を発する岩盤層があってそこから光が注ぐまで天井を高く掘ったか、あるいはそういった岩をどこかで掘り当てて天井内に埋込んだのではないかと、前に来たときにアルさんが教えてくれた。
アルさんの棲まう洞窟でもそんな岩が上部に露出しているので、ここにも同じような岩盤層があるのかもだ。
「ザック様とエステル嬢様たちは、ここでレヴァナントナイトどもと闘ったのですのう」
「そうなのよ、ユルヨ爺。あのときは臭いし、斬ると汚いものが飛び散るし。ザックさまが不用意に首を斬り飛ばすものだから、もろに汚くて臭いのを自分で浴びちゃったのよ」
「ザックさまって、意外とそういうおまぬけさんなとこ、ありますよね」
「カァカァ」
えーと、そんなこともありました。
でもエステルちゃん。闘いが大変だったとか、相手が意外と強かったとかじゃなくて、やっぱり臭いですか。
確かにそのバッチイものを浴びた俺は死ぬほど臭くなって、みんなに隠れて水魔法と風魔法で慌てて洗い流すという、そんな嫌な思い出が残りましたけどね。
あと、カリちゃんとクロウちゃんは煩いですぞ。
人外の方たちは、別れの広場から伸びる3本の通路のそれぞれの入口に近寄りながら、何かを話していた。
かつて探索した右側と左側の通路については、シルフェ様とアルさん、シフォニナさんが、ケリュさんとクバウナさんにあらためて何かを説明しているようだ。
そして真ん中の通路入口、本日探索する予定のそこに行くと、ケリュさんを中心にまずは通路の奥を探っているみたいだ。
あの通路を暫く進むと、おそらくはまだは破壊していない最後の薄闇の壁が塞いでいるんだよね。
その向うには何があるのか。
前々回に来たときには、一緒だったニュムペ様が真ん中の通路と左の通路からは水の気配が感じられないと言っていたんだよな。
それでそのときには右側を行って汚く澱んだ沼地で泥沼坊と闘い、次に前回は左側の通路を行って、まるで白い砂地に見えるじつはスケルトンの消滅灰に覆われた広間で復活を繰り返すスケルトンと闘った。
「おーい、ザック。そろそろ行かんか」とケリュさんが呼んでいる。
そうですね。ここで嫌な思い出に浸っていても何ですから、そろそろ前に進みましょうか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




