第952話 地下洞窟行きの下準備
10月初頭の学院祭が終わると、セルティア王立学院の秋学期も後半戦へと移行する。
実際にはあと2ヶ月余りだが、秋から冬への季節の移り変わりとともにあっと言う間だ。
俺が選択している各講義科目のゼミでも、そろそろ締め括りのレポート作成などに取り掛からなければいけないし、魔法学ゼミではこの1年間の練習及び研究成果の発表があり、剣術学ゼミでは毎年4年生は担当教授と直接木剣を合わせる稽古があるのだとか。つまり卒業試験みたいなものだね。
でも俺の場合そのどちらも特待生だし、免除とか無いですかね。
例えば剣術学だと、俺が受講しているふたつのゼミでフィランダー先生とフィロメナ先生と木剣を合わすのもなぁ。
それから魔法学の方では、受講生が当初に立てる研究目標は相変わらずごまかしていて、それに俺はどちらかと言うと講師側だし。
ちなみにそれ以外の俺が受講している座学系科目は、「自然博物学」と「神話学」に「軍事戦術学」と「内政学」だ。
それぞれに、卒業論文ほどではないが研究レポートを提出しなければいけない。でもまあ、レポートテーマはだいたい決まっていますよ。
「自然博物学」は、これはもちろんアラストル大森林が題材で、俺が書こうと考えているのは「大森林における群棲種の活動と群れの統合」といったものだね。
要するに群れをなして大森林で生きる獣たちの生態とそのリーダーの話で、これは昨年夏に出会ったあの森オオカミたちのことですな。
「神話学」だと、そうだなぁ。これは書けそうな、でも書けなさそうなことがいっぱいあるのだけど、例えば「戦神四神に見られる地上世界との神話的関わりの考察」とか。
戦神四神とは、闘力と戦いの神アレアウス、知略と戦いの女神ミネルミーナ、狩猟と戦いの神ケリュネカルク、そしてその最上位神たる月と冬の神ヨムヘル様だ。
それでこの四神が、戦神として地上世界とどう関わり人間の歴史にどんな影響を与えて来たかを、人間が伝える神話という視点から考察する、といった感じかな。
事実関係で不明な点があれば、たぶんほとんど書けない気がするけど、ケリュさんから聞けば良いし。それってだめですかね。
あと「軍事戦術学」では、「魔法戦と武器による戦闘の効果的融合と大規模戦への応用の考察」。「内政学」は「貴族領領都における人口増加問題とその対策への考察(グリフィニアを事例として)」などを考えている。
まあどれも手前味噌かもだけど、内容を慎重に組立てないと書いちゃいけないことが多くなりそうですなぁ。
学院祭終了後の2日休日の翌日は1日を掛けた片付け日で、その翌日から通常の講義スケジュールになる。
それで課外部活動も通常状態に戻るのだが、その初日は剣術学と魔法学の教授たちとの総合戦技大会の反省会となり、初っ端から総合武術部の練習を俺はお休みです。
その反省会で出た話題はそのほとんどが模範試合の件で、それも俺の闘い方についてでしたなぁ。
まああれについては、俺も多少は反省をしております。
何よりも王宮騎士団チーム側の魔法攻撃が俺に集中し、コニー王宮従騎士が俺の足止めを挑んで来た時点で、こちらの剣術前衛と魔法後衛のちょうど中間にいた俺が自軍を分断してしまうことになったからね。
それにちょっといらついた俺が、コニーさんを抱えて相手の魔法後衛ポジションまで高速移動する途中で、攪乱のために戦闘中の3組の剣術前衛に魔法をバラ撒いたのだけど、こちらの魔法後衛は咄嗟にそれを活用することが出来なかった。
これがうちのライナさんとか、あるいは4年A組チームの魔法少年魔法少女でも、俺が高速移動で前進をしたのを見て同じく前進して距離を詰め、剣術前衛の戦闘を支援したのでは無いかな。
だけど魔法の修練と研究のみに特化した魔法学の教授だと、それを望むのは酷と言えるだろう。
そもそも接近戦の経験が無いからだ。
そして最後の結末。俺が王宮騎士団の魔導士部隊員を戦闘不能にしたあと、敵味方すべての剣術前衛をまとめて倒してしまったのは、まあ締めとしてはやり過ぎという自覚はあります。
だけどあれは、混沌を自ら作り出してかつカタストロフィ的に全てを叩き潰すというほど高尚なものでは無いにせよ、相手方だけ倒して行ってこちらの勝利を優先するというのが、何となく違うような気がしたからなんだよな。
でも、そんなことやらは反省会で教授たちに述べることも無く、俺はただ彼らの質問や多少の非難にのらりくらりと応えるだけにしておきました。
あとは例によってエンリケ食堂に行って、反省会の続き兼打ち上げでしたな。
しかし、通常講義再開日の初日から飲んでいて良いのでしょうかね。
その初日の朝にはクロウちゃんが、エステルちゃんからの伝言を朝食弁当と共に届けてくれた。
地下洞窟に行く件で屋敷の皆とミーティングを行い、人間側からはケリュさんと話した通りレイヴンの初期メンバー5人プラスでユルヨ爺が参加する、と決めたとのことです。
それを受けて、教授たちとの反省会の翌日。俺は学院長に会うために事前に学院職員さんを通じてアポを入れ、4時限目のジュディス先生の魔法学ゼミが終わると、先生や受講生の目から逃れて少し時間を空け、教授棟へと向かった。
今日の総合武術部の練習も多少遅れて行くと、あらかじめ伝言して置いたのだけど、どうもまともに課外部活動が出来ません。
教授棟では他の教授、特に剣術学や魔法学の先生方とは顔を合わせないように注意しつつ、職員さんに取り次ぎを頼んで学院長室へと向かう。
学院長とふたりだけでと頼んであるので、大丈夫でしょうね。
「こんにちは、ザックくん。学院祭はお疲れさまでしたー。いろいろとありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。お陰さまで、学院祭を満喫させていただきました」
「それは良かったわー。で、今日はなに? わたしとふたりだけでなんて、学院長室で密会はダメよー」
何言ってるんだか。密会じゃありませんよ。密談かもですけど。
「まずは、これ。差し入れです。良かったら秘書の方にも、どうぞ」
「あら、あなたのところのお菓子ね。ありがとうございます。最近はずいぶんと、気遣いが行き届いているのね」
当家自家製のお菓子入りの化粧箱をふたつほど出す。気遣いは俺じゃなくてエステルちゃんだけどね。
ちょうど秘書役の女性職員さんが紅茶を淹れて持って来てくれたので、その彼女に渡した。
「いつも素敵なお土産、ありがとうございます。ザカリーさま」と嬉しそうだったから、きっと喜んでくれているのだろう。
ソファで向かい合って、少しばかり学院祭での出来事などを話題に雑談を交わす。特に総合戦技大会の表彰式でスピーチをしたアデライン王女の話題ですな。
「あの王女殿下が大勢の前であんなにお話されるなんて、学院生時代を通じても拝見したことがなかったわ。ザックさん、あなたどんな魔法を遣ったの?」なんて言うけど、そんな魔法は無いし、俺は何もしておりませんよ。
「それで? 何のお話かしら」
「じつはですね」
あらためて水を向けられたので本題に入ります。
「地下の件です」と俺が短く言うと、学院長の表情が引き締まった。
「地下の件、なのね」
「はい。僕もいよいよ、あと2ヶ月ほどで卒業となります」
「そうね……。寂しいわ」
「これは仕方ないです」
「そうやって廻って行くものですからね」
「はい」
「それで、当家であらためてあの地下のことが話題となりまして」
「そうなのね」
「一昨年にあの地下洞窟に行って点検し、10年ほどの効力の封印をしたのですが、僕が卒業してしまうので、あらためて封印をし直した方が良いだろうと、そんな話になりましてね」
俺の言葉を聞いて、学院長は暫し何かを考え思い浮かべているような表情をした。
思い起こせばそもそもあの地下洞窟は、アンデッドが湧く洞窟として長年に渡り秘匿され、数年や十数年にいちどの頻度で冒険者に依頼して、ごく浅い部分での状態確認やアンデッドの掃除を行って来たのだよね。
それがたまたま俺の1年生のときに、王都経由でグリフィニアの冒険者ギルドに依頼が行くことになり、ニックさんたちのサンダーソードがその依頼を受けて彼らから俺のところに話が来たのが発端だ。
そのときにはフィランダー先生、ウィルフレッド先生、そしてこの地下洞窟を調査した経験を持つ学院長の叔父でもあるイラリ先生と共に、別れの広間と呼ばれる3つ目の広い空間まで探索と掃除を進めた。
まあこの探索行には、俺とクロウちゃんは無理矢理参加しちゃったのだけどね。
そのことがあってから俺はこれまでに合計4回、シルフェ様やニュムペ様、アルさん、シフォニナさんを加えたうちだけのメンバーであの地下洞窟を潜り、3本通路のうちの2本を探索・浄化して最奥の霊廟にまで到達。
かつてこの地を支配し、ワイアット・フォルサイス初代王らに敗れてこの地下に埋葬された部族王マルカルサスさんとその側近たちのアンデッドに、そこで出会った訳です。
「4年間なんて、あっと言う間ね」
「ですね」
エルフで御歳何歳なのかは未だ不明のオイリ学院長のひと言に、3つ目の人生を生きている俺はそう同意した。
長命の彼女にとって4年間ぐらいはほんのひと齣なのかも知れないが、それでも確実に記憶に刻まれる4年間だったのかも知れない。
そこは記憶にある魂年齢で73歳の俺も、そう思いますよ。
「前回から2年が経ち、封印の効力はまだ8年ほどは残っているのですけど、これからの8年間なんて、何が起こるのか誰にも分かりませんから。なので今回もシルフェ様とアルさんらの力をお借りして、以前よりもかなり強力な封印を施そうと考えています」
「そう、ですか。わたしとしては、あなたが卒業したあとも学院に来られて、定期的に点検をしていただければ、それが良いのですけど。でも確かにあなたのおっしゃる通り、これからの8年も、そのあとの未来も、誰にも分かりませんものね」
学院長の少し寂しげな顔と向き合いながら、俺は黙って頷いた。
ケリュさんが急かすのもあるけど、卒業前に浄化の仕上げをしてしまいたいというのが今回の地下洞窟行きの目的だ。
だけど、この今回限りでマルカルサスさんたちに会いには行かない、ということは無いと考えている。
それが卒業後のいつのことなのか、またこうして学院長の許可を取ってのことなのか、それは分からないけどね。
その翌日からは、ようやく俺も通常状態の学院生活に戻って何ごとも無く日々を過ごし、再び2日休日となった。
その2日目の午前中、屋敷から馬車と馬を連ねて学院へと向かう。
馬車の中にはシルフェ様とアルさん、クバウナさん、シフォニナさん、エステルちゃんにカリちゃんとクロウちゃんが乗り、御者役はティモさん。
騎乗はジェルさん、ライナさん、オネルさんにブルーノさんのレイヴン初期メンバーとユルヨ爺、そしてケリュさんに俺だ。俺は黒影に跨がり、ケリュさんはエステルちゃんの青影だね。
俺が学院の制服で騎乗して学院に行くのは目立つということで、本日は外出用の普段着姿にポケットには念のために顔隠しの飾りメダルを入れている。
これは隋分と以前に初めてファータの里に行った際に、エーリッキ婆ちゃんからいただいたファータの魔導具だ。
それほど強い効果をもたらすものでは無いけど、これを身に付けていると誰かに見られても顔がぼやっとして判別し辛くなり記憶に残らないという、ファータならではの探索用の装飾品だね。
これはあとからシフォニナさんに聞いたのだけど、ファータの一族の祖であるシルフェーダ様が、アルさんの宝物庫に転がっていたのをいくつか回収して一族に与えたものなのだそうだ。
つまり出どころはアルさんで、その大もとは古代文明時代の魔導具ということになる。
学院の正門から入ると、学院長からの指示で待機していてくれた職員さんに迎えられ、俺たちはそこで馬車と馬を預ける。
それから職員棟の入口で待機していた学院長とイラリ先生の出迎えがあって、教授棟の学院長室に案内された。
イラリ先生については、シルフェ様たちが来るので同席して出迎えて良いかと学院長から問われ、OKということにして置きました。
ファータと同じ精霊族のエルフだし、これまでに幾度かシルフェ様たちと会って言葉を交わしているからね。
しかしそのイラリ先生と学院長も、今日は殊更に緊張している。
先日の第2王子や王女の訪問よりも、数倍も緊張しているのではないかな。
と思っていたら、どうやらこちらの一行にケリュさんとクバウナさんが増えているからのようだ。
「あの、その、総合競技場ではご挨拶が出来ませんでしたが、えーと……」
「ああそうでしたか。こちらはシルフェ様の旦那様でケリュさん。そしてこちらは、カリちゃんのお婆様でクバウナさんです。アルさんとの古いお知り合いですね」
学院長は緊張により言葉も少々震え気味で、相当に何かを感じ取っているみたいですな。
総合戦技大会では特にケリュさんはかなり神威を抑え、うちの応援席の中で紛れていたからね。
「と、と言うことは、ザックさん」
「いまご紹介した通りです。この夏終わりから、当家で一緒に暮らしています」
「は、はい」
「学院長殿に、そちらは、ふむ。学院長殿に近しい方かな」
「あ、はい。オイリの叔父でイラリと申します。当学では神話学の教鞭を執っております」
「イラリ先生は、僕の総合武術部の顧問もして貰っているんですよ」
「いえいえ、ただの名義上だけでございまして」
「ふむ。神話学とな。それにザックの部の顧問か。それは我が義弟が隋分と世話になっておるのだな。我からも礼を申すぞ」
「あ、いや、そのような」
「神話がご専門なら、さぞかし古い歴史や神々についても詳しいのだろうな。これは少々、我も興味が……」
「あなた」
「お、おう、そうだな。まずは地下へ行かんと」
どこでケリュさんの口を塞ごうかと思っていたら、シルフェ様のひと言で止まりました。
オイリ学院長とイラリ先生は、エルフの中でもかなり人外感度が優れているので、ケリュさんとクバウナさんの姿を目の前にして、相当にビリビリ来ているのだろう。
「今回もお世話になりますね、オイリさん。ご迷惑は決してお掛けしませんので、安心してくださいな」
「ご迷惑などと、シルフェさま。こちらこそ、どうかよろしくお願いいたします」
さてさて、さっさと地下洞窟に行きますよ。
あまりここで話していると、どんな事態になるやも分かりませんからね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




