第951話 次は最後のお片づけに行くことになりました
そのあとは、フォレスト公爵の王都屋敷で現在準備が進んでいると見られる宰相府についてなどの情報交換も行ったが、辺境伯家が掴んでいる情報はこちらと同程度のものだった。
ベンヤミンさんとの情報交換と言うより、コルネリオさんとの情報共有といった感じかな。
「コルネリオさんは、王都には何時までいらっしゃるんですか?」
「はい。今回の王都滞在の目的も果たせましたので、2、3日のうちには国元に出立するつもりです」
「ベンヤミンさんも?」
「そうですね。コルネリオさんに合わせて帰りましょうか。帰路は、ブライアント男爵家とグリフィン子爵家に立ち寄らせていただくことになると思いますが。」
この王都からエイデン伯爵領の領都やコルネリオさんの治めるケルボの町に行くには、東に向かって王都圏を抜け、セリュジエ伯爵領から北に向かうルートと、俺たちがいつも通っている街道で王都圏を北上し、途中そこから分かれて東に向かうルートの2つがある。
ベンヤミンさんがコルネリオさんに合わせてと言ったので、途中まで北上ルートを一緒に行くという意味なのだろうね。旅の途上ではふたりだけの話もあるのだろう。
それでコルネリオさんと別れたあとは、ジルベールお爺ちゃんのところとうちに順番に立ち寄るという予定らしい。
おそらくは本日の件も含めて、エイデン伯爵家の考えや動向をお爺ちゃんや父さんたちに情報提供をしつつ意見交換しながら帰るという、なんともベンヤミンさんらしいきめの細かい行動でありますな。
「ザカリー長官、エステル様、本日はありがとうございました。それでは、またあらためまして」
「残りの学院生活を楽しんでくださいよ、ザカリー長官」
「はい。おふたりとも、いずれまたです」
「うちのお菓子ですけれど、お邪魔でなければお土産に」
「おお、ありがとうございます。エステルさま」
「何よりの王都土産ですよ」
おふたりに少し多めに、いつもの化粧箱入りの自家製お菓子を持ち帰って貰った。
それとは別に、ブルクくんとルアちゃんにもそれぞれ持たせるところがエステルちゃんだね。
「すみません。ありがとうございます、エステル様」
「だからあたし、エステルさまが大好きっ」
「あなたたち、学院祭中は忙しくて魔法侍女カフェに来られなかったでしょ。中身は違うけど、その代りにね」
それぞれの父上の後を追いながら、ふたりは仲良く帰って行った。
息子と娘を伴って来たベンヤミンさんとコルネリオさんも本意は分からないけど、学院卒業前の社会見学、お仕事見学といったところなのかな。
ブルクくんはお父上みたいな対外的な仕事は苦手だと言っていたし、ルアちゃんは剣術にしか興味が無いような様子だけど、それぞれはどんな感想なのでしょうかね。
夕食後のその夜、屋敷の皆は各自引揚げて、ラウンジに残ったのはいつもの人外メンバーと俺とエステルちゃんとクロウちゃん。
まあだいたいはアルさんとケリュさんがお酒を飲み始めて、残りの者も思い思いに付き合いながら寛ぐという感じですな。
酒量に関して底無しはアルさん、ケリュさん、そしてカリちゃんだが、たぶんドラゴンのクバウナさんも精霊のシルフェ様やシフォニナさんも飲めばいくらでも入る筈だ。
だけどそこは前者の3名以外は嗜む程度に自制していて、あとアルさんと精霊様は直ぐに眠くなるので、それでブレーキが自動的に掛かる。
ちなみにカリちゃんも、クバウナさんやエステルちゃんと一緒に居る場合には、彼女なりにセーブしているみたいだけどね。
「この秋から、屋敷にあるお酒の消費量が多くなっているんじゃない? エステルちゃん」
「そうですかね。まあ、わりと頻繁には補充してますけど」
グリフィニアの屋敷でもそうだけど、貴族家というものはストックしている酒や食材の類いを切らすのは恥という考え方がある。これはどこの貴族家でもそうなんじゃないかな。
なので常に補充し多めに保管しているものだ。
俺の前世では、こういった屋敷における酒類の管理を行う責任者が“バトラー”つまり執事と呼ばれ、その原義は古期フランス語の“酒瓶係”なのだそうだね。カァ。
だが、うちの屋敷の名目上の執事であるドラゴンの爺様は、主に大量消費係なんですなぁ。
従って、そういった在庫管理もエステルちゃんのお仕事だが、もうひとりの執事役に就いていただいたクバウナさんも手伝ってくれているらしい。
「ん? 我とクバウナが来てから酒が減るのが早くなったと、ザックはそう言うのか?」
「いやいや、クバウナさんはそんなにお飲みにならないから」
「まあわたしは、少しばかり喉を潤せられればそれで良いですからね。アルにもそんなに飲ませなくていいんですよ。この人、身体中にお酒が巡るなんてこと、到底ありませんもの」
「なんじゃ? それは本体のときであって、人化しておれば多少は体内をじゃな」
「我だってこの姿なら、少しは酔うぞ」
「使い物にならないくらい目の粗い笊が、何言ってるの。わたしたちはもう引揚げるわよ。あなたたちは?」
シルフェ様はそろそろお休みの時間だよね。それに合わせてシフォニナさんとクバウナさんも自室に引揚げる。
「我はもう少し」
「わしも、もうちょっとじゃな」
「そう。そしたらエステルとカリちゃん、お願いね」
「ええ、いつものことですから、大丈夫ですよ」
「もう暫く付き合ってあげますよ」
カリちゃん以外の人外女性陣がラウンジから出て行き、残ったのは5名と1羽。だがその1羽ももう居眠りを始めている。
「それでザック。おまえは明日から寮に戻るのだろうが、地下に行くのは次の休みのときか? それとも」
「へ?」
おいおい、明日の朝には学院に戻るという今夜に、その話題を出しますか。
シルフェ様が言うところの目の粗い笊が、多少はアルコールを掬いましたかね。
「うーん、そうですなぁ」
「学院でみなさんがお勉強をしている日はだめですよね? ザックさま」
カリちゃんもこの話題に乗るんだ。学院祭開催前日も3人で下見に行っちゃったしなぁ。
「グリフィニアチーズケーキを、多めに作って貰うようにしましょうね」
ああ、エステルちゃんもですか。彼女がお土産の用意を口に出したら、もう決定ですかね。
「では、早いうちに行きますか。でもいちおう、学院長から許可を取らないと……」
「おお、あのエルフの女性だな。なんなら我も一緒に行って、その許可とやらを」
「ダイジョウブです。来なくていいです。僕が話を通しておきますから」
初めてシルフェ様を伴って行った時でさえ大変だったんだから、ケリュさんなんか連れて学院長にあの地下洞窟に行く話なんかできませんよ。
変に勘づいて、心臓とか止まっちゃったらどうするんですか。
「そうだなぁ。僕が卒業しちゃうんで、その前にアルさんに封印の点検と念のために掛け直しをして貰うとか、理由はそんな感じでいいかな。ねえ、アルさん。って、もう寝ておるではないですか」
「あらら。お婆ちゃんが引揚げた途端に師匠、ぐびぐび飲んでましたからねぇ。わたしがお部屋に突っ込んで来ますよ」
「お願いね、カリちゃん」
「はいです」
屋敷の中だと憚る必要もないので、カリちゃんは重力魔法でアルさんを空中に浮かべて2階に運んで行った。あれはほとんど荷物扱いですな。
「そうしたら行くのは、ザックとエステルとクロウ殿。我とシルフェとシフォニナ、アルとクバウナとカリ。あとはジェルさんたちだな。ジェルさんらは何人が行く?」
「もう、ケリュさんは気が早いなぁ。そうですねぇ。お姉さんたち3人にブルーノさんとティモさんは外せないとして。あとはユルヨ爺かな」
この王国の歴史に時には関わり、最も長きに渡って見続けて来たユルヨ爺には、一緒に行って貰うのが良いのではないかな。
エステルちゃんはどう思う?
「そうですね。ユルヨ爺には同行して貰うのがいいわ。まだ見ていなかった本当の歴史を、ユルヨ爺も見ておきたいでしょうし」
「そうだね、エステルちゃん」
「よし。メンバーはそれで良かろうて。ふふふ。学院祭に続いて、これはまた楽しみだぞ」
ということで、ケリュさんの勢いとエステルちゃんとカリちゃんがすんなり賛成したことで、次の休日のどちらかの日に学院の地下深くの洞窟と地下墓所に行くことがほぼ決定してしまった。
しかしこの王都屋敷に居る人外メンバーが、シモーネちゃんは除くとして全員ですか。
王国など一瞬で吹き飛ばせるような結構な戦力の部隊だけど、ケリュさんはシルフェ様と相談しなくて大丈夫ですかね。
まあ尤も、あの地下洞窟に行くと言えば、シルフェ様は反対しないだろうけどさ。
「明日、ザックさまが学院に行かれたあとに、シルフェさまたちやジェルさんたちとちゃんと相談しておきますよ。それで誰も反対しなければ決定にしますから、ザックさまには翌朝にでもクロウちゃんに報せて貰います」
「でありますね」
「お、おう。さすがはエステルだ」
休日明けで学院に行く朝はかなり早めに朝食を摂るのだけど、食堂にはシルフェ様たち人外女性陣が顔を揃えていた。
彼女らは夜が早い分、日の出とともにというかなりの早起きなのだ。
でも朝食は、うちの流儀に従って屋敷の皆と揃って食べるのだけどね。
「おはようございます」
「おはよう、ザックさん」
「おはようございます」
「あなた、早く食べちゃいなさい」
「シルフェ様たちは?」
「わたしたちは、後でみんなといただくわ」
エディットちゃんとシモーネちゃんが俺の分の朝食を運んで来てくれたので、それではいただいちゃいましょうかね。
エステルちゃんとカリちゃんも食堂に来て、朝の紅茶を淹れてくれる。
ケリュさんとアルさんの顔が見えないけど、まだ部屋かな。
まあ、あの人らに二日酔いとかは無いだろうけどさ。
「次のお休みに、あの地下洞窟に行くのね」
俺だけひとり朝食を食べる様子を、黙ってにこやかに見ていたシルフェ様がそう口を開いた。
「聞きましたか」
「さっき、エステルとカリちゃんからね。どうせケリュがせっついたんでしょ? ああ、あの人、わたしが起き出すとき、自分も起きてるのに狸寝入りをしてたわ」
そもそもが、神サマが睡眠を必要としているのかも怪しいが、ケリュさんに言わせると地上世界における人間の姿は肉体を有しているので、その機能を休めるのだそうだ。まさにスリープ状態なのですかね。
一方で精霊様は同じく顕現している際の肉体を休めるのもそうだが、地上の自然の摂理や流れに従って睡眠というかたちを取るのだという。
「わたしもそろそろ頃合いだと思うわ。残しちゃったものを片付けるのには、早い方がいいわね。これはケリュがどうのこうの言うのは別にして、ザックさんのご卒業前にね」
シルフェ様が言う残したものとは、3本のうちの1本、まだ浄化をしていない通路のことだね。
そこも封印はしてあるけど、中に何があるのかは分かっていない。これまでのふたつの通路から考えると、おそらくはそこも浄化が必要になるのだろう。
「ケリュもだけど今回はクバウナさんが居るので、必要なら手助けをしていただいて、あなたがしっかりと片を付けなさい、ザックさん」
「わかりました」
穢れたものや邪なものを浄化する強力な手だてとなるのが、聖なる光魔法だ。
そして地上世界におけるその本家本元こそ、クバウナさんだよね。
俺とクバウナさん。今回はこのふたりが行くので、聖なる光魔法の力は遥かに強力になる筈だ。
戦神であるケリュさんならそれ以上の神の力が行使出来るだろうけど、おそらくはこの地上世界で使うのは、よっぽどのことでないとだろうからね。たぶん。
「ニュムペ様には?」
「声を掛ければもちろん来たがるでしょうけど、あの子は今回は良いわ。お片づけの仕上げが済んだら、きちんとお知らせしましょう」
元は水の下級精霊が大きく関わったこの件。シルフェ様が言うところのそのお片づけの仕上げを、ニュムペ様としてもしっかり見守りたいだろう。
だがケリュさんが言い出してクバウナさんも加わるのなら、これはあまりにも過剰戦力というか神様が先導する行いなので、ニュムペ様もきっと納得していただけるでしょう。
さてさて、それでは学院に行きましょうかね。
本日は1日、学院祭のそれこそお片づけ日なので、明日にでもオイリ学院長に話しておきますか。
そう言えば、剣術学と魔法学の部長教授たちが反省会をするとか言っていたので、それも済ませてと。でもあの人らには勘づかれないようにしないとですな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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