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第950話 エイデン伯爵家からの受注相談

 エイデン伯爵家とコルネリオさんの要望を伺うのはユルヨ爺が来てからということで、待つ間、ヴァニー姉さんとヴィック義兄さんの近況などをベンヤミンさんに聞いたりした。


 そうそう。いま目の前に座っているブルクくんとルアちゃんの仲が一段と進んだのは、姉さんたちの結婚式のとき以降だったよな。


「エステルさま。部長とエステルさまは、部長が卒業したら直ぐにご結婚されるの?」

「ルアちゃん。ここでいきなり聞くとか、不躾だよ」

「だって。ヴィクティムさまとヴァネッサさまのお話が出たし、部長とエステルさまはどうするのかなぁって、ブルクくんも気になるでしょ?」

「それは、そうだけど」


 もういっそのこと、卒業したらキミタチが直ぐに結婚しなさい。

 他領の準男爵同士の子息子女だから、いろいろと面倒臭いこともあるかもだけどね。


「うふふ、ザックさまとわたしの結婚ね。それはいつのことになるやら。このひとも、まだ具体的には考えていないでしょうしね」

「カァカァ」

「クロウちゃんたら」


 エステルちゃんの言葉に続いてクロウちゃんが鳴いたので、皆が彼の方を見る。


「クロウちゃん、いまなんて言ったの? エステルさま」

「あ、え? その、クロウ殿は、人語が分かるのか?」

「父さんは知らなかったっけ。クロウちゃんと部長やエステルさま、このお屋敷のみなさまは、みんな普通に会話するよ」

「なんと」


 コルネリオさんはクロウちゃんの存在を以前から知っていても、そこまでは知らなかったようですな。


「そうなんですよ、コルネリオさま。いま、クロウちゃんはですね、結婚式という儀式はいつでも良くて、たぶんいま現在もそのあとも大して変わらない、というようなことを言ったのね」

「そういうことですか。なんとも賢いのですなぁ」

「下手すると、部長よりも賢いんだよ、クロウちゃんは。ね、部長」

「はははは」


 そこは否定出来ないところがあるので、恐縮です。




「おや、賑やかですな」

「ユルヨ爺を召還して参りましたぁ」

「わしは魔物では無いぞ、カリちゃん」

「人間のわりにはそれに近いと言うか……。ユルヨ爺のお茶、淹れて来まーす」


 ユルヨ爺が応接室に入って来た。

 カリちゃんもユルヨ爺の分と皆のお代りのお茶を持って、直ぐに戻って来る。


「ユルヨ爺、忙しいところありがとう」

「いえ、ブルーノさんに任せて来ましたので。それに、ザック様がお呼びとのことで、何を置いても」


 この時間はだいたいフォルくんとユディちゃん、ときにはティモさんやリーアさん、アルポさんとエルノさんも加わって、剣術・魔法以外の訓練をブルーノさんと指導している筈だ。


 要するに斥候術や探索術、気配の消し方から追跡や罠の解除、捕縛術や逆に拘束された場合の脱出といった様々な危機対処法、あとは弓矢や投げダガーなど飛び道具を用いた戦闘訓練なんかだね。

 つまりファータ流とブルーノ流を組み合せた、グリフィン流とでも言うべき訓練だ。もしかしたら、暗器の使い方などもやっているのかな。


「顔は合わせていると思いますが、あらためて紹介します。ファータの一族の最長老でかつ最高の探索者であり、当家の調査外交局の顧問で探索・戦闘術の指導者でもあるユルヨ爺です。こちらはエイデン伯爵家のコルネリオ・アマディ準男爵。ルアちゃんのお父上だね」


「これは。あらためてご挨拶申し上げます。ご紹介いただきましたコルネリオ・アマディです。ユルヨ殿は最長老の方で、最高の探索者だったのですか。お近づきになれて光栄です」

「ご丁寧に、ユルヨです。いやいや、ザック様が大袈裟に言っておるだけで、わしなど大したことは無いですよ。ただの隠居のじじいですわいな」


 300歳前後と思われるユルヨ爺がただの隠居のじじいとか、人族から見たらあり得ないですよ。



「それでね、ユルヨ爺。カリちゃんから聞いたかもだけど、コルネリオさんはケルボの町の統治を任されているだけでなく、このたびエイデン伯爵家の外交責任者になられたそうなんです」

「ほほう」


「で、エイデン伯爵家としては調査探索関係を強化したいというご意向で、それをベンヤミンさんにご相談されたところ、エルメルさんの助言もあって本日、当屋敷を訪ねられたという訳で」

「なるほど。調査探索関係の強化でエルメルの助言ということは、そういうことですかな」


「ここからは、コルネリオさんから直接、まずは詳しくお聞きするということで。よろしいですか? コルネリオさん」


「ありがとうございます、ザカリー長官。それでは、エイデン伯爵家の現状からお話するということで……」


 コルネリオさんは、いま現在エイデン伯爵家とその領地が置かれている状況を簡潔に説明してくれた。

 それはつまり、東は北方山脈を挟んでリガニア地方との国境線、北はまさにアマディ準男爵家のお膝元のケルボの町が接するアラストル大森林、西は同じ北辺貴族のデルクセン男爵領、そして南はセリュジエ伯爵領という地政学的位置付けだ。


 同時に、経済的にはアラストル大森林の恵みと共にリガニア都市同盟の各都市との交易に大きく依存し、また商業や流通上はセルティア王国内の各貴族領との中継地点にあるということ。

 要するにエイデン伯爵家の繁栄は、国内外との関係性が安定していることが必要条件であるのだ。


 そして現在の状況としては、同じ北辺貴族で小規模領のデルクセン男爵家とは問題無いとして、フォルサイス王家と建国以来極めて近い間柄の“旧家臣貴族”と称されるセリュジエ伯爵家とも、取りあえずは良い関係にある。


 セリュジエ伯爵家は言わずもがなのヴィオちゃんの家だけど、この家って王国中央を固める“旧家臣貴族”の中では最も領地が広く、そして最も豊かなんだよね。

 例えばつい先日に終わった学院祭では、魔法侍女カフェの設備や什器、飾り付けなどを支援というか毎年ほとんど出してくれていたし、俺も行ったことのある王都屋敷なんかもうちと比較出来ない豪華さですからなぁ。


 ちなみにセリュジエ伯爵領も北方山脈に接しているけど、その山脈の向うはファータの北の里の南方向にあたって、特にリガニア都市同盟の都市も存在せず未開拓エリアなんだよね。

 そしてそこからもっと南に行くとミラジェス王国領となり、以前にも話題に出したかもだけど、その中には様々な獣人族の町や村があるのだそうだ。



「ここに居られる皆様なら疾うにご承知かと思いますが、リガニア地方は混乱状態が常態化とでも言うべき状況にありまして、その中で我らも国境線での警戒強化を続けつつ、交易関係も維持しておるという訳です。ただし、質の悪い傭兵部隊や山賊どもなどが流れ込んで来ることもあり、国境線の警備はなかなかの負担でして」


「なるほどですね。最近のボドツ公国の動きはどうなのかなぁ? ユルヨ爺」

「ふむ。これはコルネリオ殿ならば良く把握されておるやも知れませんがの。数年前にタリニアに攻勢が掛かってそれをなんとか防いだ後、近年は膠着戦となっておるようで、戦闘規模も散発的で小規模化しておるようですな。ただしこれは、あくまで現状はということです、ザック様」


 タリニアとはリガニア都市同盟の中心都市で、かつ敵対するボドツ公国と比較的近い位置に在る。


「やがて大攻勢もあるかも、ということ?」

「ボドツ公国のみでの大攻勢なんぞは、たかが知れておりますがな」

「ああ、そういうことか」


 要するにボドツ公国の後見人である北方帝国次第だということだ。

 ベンヤミンさんも「まあ、そういうことでしょうね」と同意した。

 彼の所属するキースリング辺境伯領は、エイデン伯爵領とは反対側のアラストル大森林の西で北方帝国と直接に国境を接しているからね。


「私共の見方も、いまユルヨ殿にお話いただいたものと大きく変わりません。そこで注目したのが、先の王太子殿下の結婚の儀に、北方帝国の代表が出席したということです」

「それですのう」「カァカァカァ」


「クロウ殿はなんと?」とベンヤミンさんが聞いて来た。

 ユルヨ爺に続けてクロウちゃんの声が聞こえたので、つい興味を抱いたのだろう。


「奴らは両面作戦を取りたく無いのだろう、って」

「カァ、カァカァ」

「加えて、王国を内部から揺さぶるための種まき、か」


「内部からの揺さぶりですか。ふうむ」

「そこはクロウちゃんの推測ですから。コルネリオさんすみません、話を続けてください」



「あ、はい。私共の注目点と解釈は、クロウ殿が最初におっしゃったことと同様で。つまり、ボドツ公国を強力に支援して大攻勢を掛け、一気に現状を打破して片を付ける際に、私共いや我ら北辺の領主貴族家の動きをセルティア王国の王家に抑えさせたいという、そういった策略の表れではないかと」


「東のエイデン伯爵家がリガニア都市同盟を支援するのと、西の武闘派三家が国境から牽制行動を行う、そんな二方面の動きを王国内部で潰したいと。そんなことですかね。私たちに対するずいぶんと穿った見方というか、そうであるなら周到な戦略を取るものです」

「カァカァカァ」


 ベンヤミンさんの言葉に続けてクロウちゃんは、あくまで手始めとしてはで、それだけが目的では無いのでは、というようなことを短く言った。


「という訳で、私共エイデン伯爵家としてはこれまで以上に、リガニア地方だけではなく国内外の情勢や動向を、もっと速やかに多く察知し把握する必要が生じたと考えている、とそういう訳なのです。もちろん、今般決まった宰相職という存在も含めてですね。それで、現状は当領地の交易商人からの情報を活用しておりますが、さすがにそれだけでは不足ということで」


「そこで、わしらに声を掛けたいと」

「はい、是非とも」


 ユルヨ爺が俺とエステルちゃんの方に僅かに目線を向けたので、俺はひとつ小さく頷いた。


「ならば手配をいたしましょうかな」

「そ、そんな即断で、よろしいのですか? ユルヨ殿」

「ええ、ご許可が出ましたので」

「???」


「ご許可、か……」というベンヤミンさんの呟きが微かに聞こえる。

 この場に同席しているブルクくんとルアちゃんは、黙って静かにここまでの話を聞いていたが、いまは揃ってきょとんとした表情になっていた。



「まずは、そうですなぁ。常駐派遣は4名ほどで。王国内の情勢探索はわしらやエルメル、ユリアナさんのグループと共同して動けば良いとして、リガニア地方の動向は随時こちらから提供する方向ですな。北方帝国については、残念ながら情報が取りにくいのですがのう。この線で里長さとおさと相談しますが、どうですかな、ザック様、エステル嬢様」


「うん、その線で良いと思うよ」

「まずは必要最小限という感じね」


 ユルヨ爺が即座に出した案は、これまでほとんどファータとの関係が無かったエイデン伯爵家相手なので、エステルちゃんの言う通り必要最小限の人員でのお試しという訳だ。

 ただし、ファータの現場トップ3がそれぞれ常駐している北辺の武闘派三家の各探索部隊と、共同して活動するというところがミソですな。


 これは他の領主貴族家へのファータ派遣と比べると大きな優遇であり、かなりのメリットとなる筈だ。

 通常は、ファータ同士は情報交換をするとしても、それぞれは雇用主の単位ごとに連携せずに単体で活動するのが流儀だからね。


「ということでコルネリオさん、どうですか?」

「あ、いや、え? その」

「いきなりご返事を伺っても、コルネリオさまが困ってますよ、ザックさま」


「まずはファータのおさにわしから連絡を取って相談し、あらためてコルネリオ殿にファータからご提案を申し上げまするよ。その際に費用面や条件、注意事項などもお話させていただく。エイデン伯爵家側からは、調査探索の方針や当初目標、そちら側の条件などを出していただき、それで摺り合せて、決定はそれからということでよろしいですかの?」

「はい。そういうことでしたら、その手順でお願いいたします」


 コルネリオさんが立ち上がって手を差し出し、同じくユルヨ爺も立ってその手を握った。

 俺は、ああまだ握手しなくていいのですね。

 続いて立ち上がろうと浮かせた俺の腰を、両脇からエステルちゃんとカリちゃんに引っ張られました。


「(ザックさまがファータの統領というのは、まだ秘密でしたよね)」

「(なのに、ザックさまがここで握手したら変ですよ)」

「(カァカァカァ)」

「(はいです)」


 ここではあくまでファータの雇い主というベンヤミンさんと同じ立場だから、大人しく座っていろとクロウちゃんからも言われました。

 そうですね、そうでした。


 しかしそのベンヤミンさんは、何やら探るような興味深げな表情で俺のそんな様子を見ているのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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