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第949話 コルネリオさんからの相談事

 学院祭が終了すれば2日休日。そして、その休日明けが片付け日となる。

 俺はクラスのみんなと、総合戦技大会総合優勝の祝勝と最後の魔法侍女カフェお疲れさまの夕食会を共にして、その晩のうちに屋敷へと帰った。


「いやあ、今日はたくさん笑い、いやいや楽しませて貰いましたぞ、ザカリー様よ」

「最後に敵味方の剣士を全員倒しおったのは、じつにザカリー様らしいというか、なんとも。はっはっは」


 俺の帰りを待って門を開けておいてくれていたアルポさんとエルノさんに声を掛けると、そんな感想を言っていた。

 総合競技場でケリュさんも同じようなことを言っていたけど、スタンド貴賓席でうちの屋敷の連中、特に男性陣が手を叩いて笑っていたのは、俺もフィールドからちらっと見ましたけどね。


 総合戦技大会終了後の審判員控室では、とりわけフィランダー先生たち両チームの剣術前衛の6人から、それぞれの剣術戦を一気にぶち壊されたと散々に文句を言われたけど、うちの屋敷のみんなが喜んでくれたのならまあ良しとしましょう。

 きっと大勢の観客も楽しんでくれただろうと、そう思いたい。



 屋敷の中に入ると、夜も遅かったのでシルフェ様たちはもう自室に引揚げていたが、エステルちゃんとカリちゃん、それからケリュさんが俺の帰宅を迎えてくれる。

 クロウちゃんはソファで居眠りですか。それでもちゃんと待っていたんだね。


「ザックさま、お疲れさまでした。お夕食は食べて来たんですよね?」

「うん。クラスの皆で祝勝会をして来たからさ」

「ほんと、最後の最後で優勝出来て良かったですよ。ヴィオちゃんたちも頑張りました」

「そうだね。今回は僕もほとんど手を貸さなかったから、あいつら自身の力だけで勝利を掴み取った。そんな優勝だから本当に良かったよ」


 そんな会話をエステルちゃんと交わしながら、まずはラウンジのソファに落ち着く。

 カリちゃんが温かい紅茶を淹れて来てくれたので、ようやく人心地が付いた。


「祭というのは、あっという間に終わるものだな。ザックよ、祭司のお役目、ご苦労だった」


 ケリュさんがそんな風に俺を労ってくれた。

 えーと、前にも言ったけど、俺は別に祀り祭司ではありませんから。まあ、ケリュさん的には最後までそういう解釈なのであれば、それで良いですけど。


「どうでしたか? ケリュさん。うまく奉納できましたかね」

「うむ。子供たちの真剣な闘いの姿とその心、4日間頼もしく受取ったぞ。あと、あれだ。祭司自らが混沌とその結末を創り出す様子には、大いに笑わせて……、ごほん、楽しませて貰った。はっはっは」


 という感じで、どうもうちの人たちは最後の模範試合に関してそんな感想なのですなぁ。

 あと、俺のことを言っているのだ思うけど、別に意図して混沌と結末を創り出した訳ではないですから。


「もう、ザックさまったら、学院生活で最後の大舞台だったのに、なんであんな風にハチャメチャにするんですか」

「ハチャメチャって、エステルちゃん。僕としてはですよ、試合を締めようと思ってですね……」


「それで、ご自分のチームの先生方も巻き込んで魔法をバラ撒いて、最後は敵味方合わせて倒すとか」

「それはエステルさま。ザックさまはそういうお役目なんですよ。ね、ケリュさま?」

「お役目って、カリちゃん」


「ふはは。そうだな、カリ。先ほども我が言ったように、ザックのこの世界での役目は、単なる秩序を保つだけのものではなく、敵だの味方だのを超えて混沌を現出させ、そしてその中から結末と癒しを生み出す。そんなことだろうて。かつて、アルとクバウナがやったようにな」


「そんなこと、なんですか? ケリュさま」

「ふふふ。そうだと我は感じるぞ。もちろんエステル、そなたもザックと一緒にだ」

「まあ」


「つまりそれを、ザックさまはこのお祭の奉納の舞台で示したって訳ですね」

「そういうことだな、カリ」


 えーとこの神サマ、何だか勝手にとんでもない解釈をしてますけど、俺はただ集中的に魔法で狙われていたのが少し鬱陶しかったのと、時間も残り僅かで試合を締めようとして、面倒臭いから敵味方の剣術前衛全員を一気に始末しただけなのですけどねぇ。


「ザックさまとわたしが、これからそんなことをするのか分かりませんけど、今日はお疲れでしょうから、もう寝ますよ。シャワーはどうします?」

「それじゃ、ちょっと汗を流そうかな」

「わたし、お着替え用意しますね」

「カリちゃん、お願い。そうしたらわたしは浴室の準備を」


 そう言い交わして、エステルちゃんとカリちゃんがラウンジを出て行った。



「ねえケリュさん。いまの話だけど」


 俺の横で居眠りしているクロウちゃんを撫でながら、ケリュさんとふたりだけになったのでそうちょっと聞いてみた。


「そなたは前世では、混沌に向かう世の中で秩序を保つ役目を持って生まれて、それを何とか立て直そうとして、うまく行かなかったと聞いておる」

「まあ、そうだったですかね」


 生まれながらの武家の棟梁で、しかしその権威も実力も既に地に落ち、自らの結末も歴史的事実として知りながら、そんな中で奮闘した短い生涯を思い起こす。


「そなたが再び生を受けたこの世界は、いまは一見秩序を保っているように見えるが、もしやしたら大いなる混沌に向けて歩もうとしておるのかもだ。ならば、敢えてこちらから混沌を創り出し、しかる後に秩序を再編成するのも良いかも知れぬな」

「ふうーん」


「ザックさま。ちゃっちゃとシャワー浴びてくださいよ。浴室でエステルさまが待ってますから、さあ行きますよ」

「はいです」


 カリちゃんが俺を呼びに来たので、ほんの短い間のケリュさんとのやりとりはそこで終わった。




 その翌日は1日ゆっくり過ごして休日2日目の午後、屋敷にお客様がやって来た。

 昨日に連絡があって、キースリング辺境伯家外交担当のベンヤミン・オーレンドルフ準男爵と、それからエイデン伯爵家でケルボの町の統治を任されているコルネリオ・アマディ準男爵が連れ立っての訪問だ。


「おう、ブルクとルアちゃんも来たか。ようこそいらっしゃいました、ベンヤミンさん、コルネリオさん」

「息子が屋敷に戻って来ましたのでね。それならば一緒にと」

「うちもですよ、ザカリー殿。珍しく娘が王都屋敷に戻りまして」


 各領主貴族家の準男爵はそれぞれ王都の貴族屋敷街に土地を拝領していて、小振りながら王都屋敷を構えている。

 尤も、仕事柄頻繁に王都を訪れているベンヤミンさんは別として、コルネリオさんは滅多に王都に来ることが無いので、屋敷の管理は出入りの商会に任せていてほとんど使わないとルアちゃんに聞いたことがあった。


 そのお父さんが王都に来たので、ルアちゃんも学院祭が終わって屋敷に帰ったんだね。


「ブルクさんもルアちゃんも、お疲れさまでした。ルアちゃん、残念だったわね」

「そうなんですよぉ、エステルさま。学年トーナメントうっかりこいつのチームに負けちゃって。あたしたち、総合優勝を目指してたのに。ホント悔しいわ」


「こら、ルア。ブルクくんのことをこいつとか。言葉が悪くて申し訳ありません、エステルさま」

「うふふ。それだけ仲が良いってことですよ。ねぇ、ブルクさん」

「あ、え、はははは」



 ベンヤミンさんとコルネリオさんは共に総合戦技大会をほとんど観戦していて、うちのケリュさんやクバウナさんとも総合競技場の貴賓席で顔見知りになっている。

 ブルクとルアちゃんは、ケリュさんとは夏合宿以来かな。クバウナさんはそのときにこの屋敷で会っているよね。


 ラウンジでいつものように寛ぐそんな人外の方々にも挨拶した彼らを、第1応接室へと案内した。

 この応接室に入るのは、ブルクもルアちゃんも初めてだっけ。まあうちの屋敷なので、硬くならずにラウンジと同じようにリラックスしてくださいな。


 その4人を座らせると、カリちゃんとエディットちゃんが紅茶とお菓子を持って来てくれてサーブし、エステルちゃんと並んでソファに腰掛けている俺の隣にカリちゃんはそのまま座る。

 クロウちゃんも来たのね。その彼はエステルちゃんの膝の上に納まった。


「聞いてください、カリ姉さん。さっきエステルさまにも言ったのだけど、最後の試合で、こいつ、じゃなかったこのブルクくんに負けちゃって、あたし、もの凄く悔しくて」

「あらあら。学院では最後でも、あなたたちふたりにとっては最後じゃないでしょ? ね、ブルクくん」

「あ、いや、ええと、カリさん」


 そんなふたりの様子を温かく見守るベンヤミンさんとコルネリオさんの方に、俺は顔を向けた。


「まずはザカリー長官にご報告を。このたび私、ケルボの町の代官職と並びまして、エイデン伯爵家の外交調整役を仰せつかりました」

「なんと」

「つまり、コルネリオ殿は私とご同役ということになったのですよ」


「ほう。それはご苦労さまです。ケルボの町の方は?」

「町を治める仕事につきましては、幸い当方に優秀な部下がおりますので大丈夫ですな。ですので、私としては慣れない外交職に専念する所存でして。ついては先輩のベンヤミン殿の教えを請いながらという訳で。それで、このような仕儀と相成りましたので、ベンヤミン殿にお願いをしてご一緒いただき、ザカリー長官にご挨拶をと罷り越した次第です。あらためまして、どうか今後ともよろしくお願いいたします」


 根が生真面目のコルネリオさんが深々と頭を下げた。

 まあまあ、頭を上げてください。


「それはそれはご丁寧に。僕の方こそ、今後ともよろしくお願いいたします」



「そんな訳でして。それで、ザカリー長官は既にお仕事に就いておられますが、うちの息子も長官と同じくあと僅かで卒業。と言うことで、本日は同席させたということもあるのですよ。まあ、当人が卒業後にこういった仕事を継ぐかどうかは、分かりませんけどね」


「うちの娘も、同じくです。このルアなどは卒業後をどう考えているのか、ブルクくん以上に皆目分からんのですがね。はっはっは」

「父さんたら。あたしだって少しは考えてるんだよ」


 そんなことを話すコルネリオさんだが、とは言ってもアラストル大森林を間近に控えたケルボの町を治めつつ、エイデン伯爵家の外交調整役の仕事を兼務するのはなかなか大変だろうね。


 そういう意味では、自分たちの娘と息子を通じたキースリング辺境伯家のベンヤミンさんとの急速に深まった関係は、とても貴重なものだ。

 もちろん俺とグリフィン子爵家との関係もだね。


 おそらくは先の王国貴族会議や宰相職の設置を受けて、エイデン伯爵家もこれまで以上に外交関係を強化しようということなのだろう。

 北方山脈を挟んで東にリガニア地方との国境線を抱えているエイデン伯爵家としては、国王家や王宮に対してはうちとは違った気遣いや関係性も考えなければならないのかも知れない。


 だけど今日のコルネリオさんのベンヤミンさんを伴った訪問は、これまで以上に北辺三家、つまりキースリング辺境伯家、グリフィン子爵家、ブライアント男爵家との関係強化を目指している一環なのかもだよな。

 そんな考えかも知れないシーグルド・エイデン伯爵の優しげな顔を思い出す。

 王宮行事でお会いしたときには病み上がりだったというあの人、現在の体調は大丈夫だろうか。



「それで、本日はザカリー長官との情報交換ということもあるのですが、その前に。さあコルネリオ殿」

「あ、はい。まずは私からザカリー長官にお願い事がございまして」

「お願い事、ですか?」


「はい。私の本職就任に伴いまして、じつは当家でも調査探索関係を強化したく検討しております。そこで先達のベンヤミン殿に予てより相談していまして、それならばザカリー長官にご相談すべきだとのご助言をいただいた次第です」

「いえ、なに、エルメルさんにその話をしたら、それならばザカリー長官に相談をということだったのですよ」


 ふたりの話を聞いて、俺はエステルちゃんと顔を見合わせた。念話で確認しなくても、エルメルお父さんがそう言ったということならば、これはそうだよね。


「つまり、ファータの力を借りたいと?」

「はい。有り体に申しますと、そういうことなのです」


 エイデン伯爵領は、セルティア王国においてはファータの本拠地である北の里に最も近い位置にあるのだけど、何故かこれまでファータの一族とは縁が遠かった。


 同じアラストル大森林に接する領主貴族家の中で、北方帝国と国境で相対するキースリング辺境伯家をはじめ、その隣のうちのグリフィン子爵家、そのまた隣のブライアント男爵家。つまり北辺の武闘派三家は長くファータとの関係性を強くしているが、デルクセン子爵家とエイデン伯爵家は必ずしもそうではない。


 リガニア地方の各都市とは多くの商取引関係にあり、またこの何年かは同地方の紛争からの防衛線の役割を担って来たエイデン伯爵家。

 そんな近年の隣国との緊張状態に置かれていたとはいえ、ファータの探索の力を借りることはこれまで無かった。

 もちろん、ファータの隠れ里がまさか北方山脈の向う側にあるとは思いも寄らないだろうけどね。


 エルメルお父さんは俺と調査外交の責任者となったコルネリオさんとの関係を鑑みて、名目上のとはいえファータの統領である俺に相談しろと、ベンヤミンさんを通じて助言したのだろうな。



「エステルちゃん」

「ええ。カリちゃん、ちょっとユルヨ爺を呼んで来てくださいな」

「はいです」


 エステルちゃんの指示を受けて、カリちゃんが応接室を出て行った。

 そういうことならば、ファータの最長老であるユルヨ爺も同席して貰わないとだよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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