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第948話 表彰式と王女のスピーチ

 土魔法でフィールド整備をしながら、ふと貴賓席の方に目が行った。

 おや、なんだかざわついているな。とは言え、特段のトラブルでも無いようだ。


 クロウちゃん、クロウちゃん、そっちで何かあったのかな?

 俺はクロウちゃんに通信を繋いで状況を聞く。今日はただでさえ貴賓席が落ち着かないからね。

 カァカァ。ふーん、第2王子がもう帰るのか、そりゃまた。カァカァカァ。なんだか急に退出するって言い出したみたいなんだね。


 クライヴ王子は確か自分の存在感をアピールしたくて、この学院祭や総合戦技大会を利用しに来たというのが大方の見方だったよな。

 また以前みたいに偉そうに表彰式にしゃしゃり出て来て、余計な発言をしたりするのかと思っていましたよ。

 衣装も騎士服みたいなものを身に着けて、見た目だけ武闘派アピールだったしな。


 まあ、さっさと帰ってくれるのはいいことだ。

 ところでアデライン王女は? クロウちゃん。

 カァカァカァ。学院長と何か話して、それから席を立ってふたりで出て行ったのか。王女も帰ったのですかね。


 俺はクロウちゃんにそう聞くと、それ以上は興味も無いのでフィールド整備を手早く終わらせるために作業に戻った。




 整備を終わらせ、ライナさんとカリちゃんといったんフィールドの端に行って、表彰式の開始を待つ。


『どうやらフィールド整備が終了したようです。ライナさん、カリオペさん、そしてザカリー君、ありがとうございました』


 直ぐに場内アナウンスが流れて来た。

 ようやく表彰式。時刻ももう夕方近くで、この表彰式が終われば総合戦技大会はすべて終了。そして学院祭もお開きだ。


『お待たせいたしました。ただいまより、本年の総合戦技大会の表彰式を執り行います。本日の試合に出場した各チームの選手、審判員の教授方と特別審判員のみなさま、そして親善試合に出場いただいた王宮騎士団選抜チームのみなさまの入場です』


 表彰式に連なる皆がフィールドに出て来たので、俺たちは審判員の列に合流する。

 うちのクラスチームの5人が俺の方を見て、両手を高く掲げて振りながら歩いて来た。


『そして、精一杯奮闘した選手たちを祝してくださるのは、本日のご来賓でありますアデライン・フォルサイス王女殿下です。それでは、王女殿下がご入場されます。観客席の皆様、ご起立いただき大きな拍手でお迎えください』


 ああ、アデラインさんが表彰式に参加するのか。

 だから学院長と話をして……。クライヴ王子の退出は、それでなのかな。


 決して熱狂的では無いが、さざ波のように競技場全体に広がる拍手がフィールドを包む。

 彼女が貴賓席で観戦しているのは大多数の観客が承知していたのだろうが、王国民の前に滅多に姿を見せることの無い妙齢の王女。その王女への好奇心が、拍手の音に乗って伝わってくるようだった。


 やがて、オイリ学院長の先導により、エデルガルト王宮騎士をただひとり従えたアデライン王女がフィールドに現れた。

 その表情は今日俺が見たなかでいちばんにニコやかで、背筋も一段と伸びて王族らしく歩く姿も堂々としているように見える。


 そのアデライン王女の美しい姿に、続いていた拍手はひと際強いものに変化した気がした。



 まずは学年トーナメントでの1位と2位の表彰。これは学院長から表彰のプレートが授与される。

 つまり、今日の試合に出場した1年生から4年生までの8チームのすべてが表彰される訳ですな。

 そして総合トーナメントの表彰式に移る。


 総合3位は、それぞれ準決勝で敗れたチーム同士による3位決定戦で、ヘルミちゃんの2年D組チームを下したカシュくんの3年C組チーム。

 まあ順当と言えば順当なのだが、これでもし2年D組チームが勝っていたら、このあとカシュくんはヘルミちゃんからどのくらいいじられたでしょうかね。助かったな、カシュ。


 準優勝はブルクくんの4年B組チーム。総合優勝はもちろん我が4年A組チームだ。

 この総合トーナメントの表彰はアデライン王女が行った。

 少し震え気味のカシュくん、そしてさすがに堂々としているブルクくん、ヴィオちゃんと王女から表彰プレートが授与される。


 あらためて見ると、チームを代表して歩み出た全員がうちの部員なんだけど、まあ許してくださいな。


『それでは最後に、王女殿下よりお言葉を賜ります。アデライン王女殿下、お願いいたします』


 3年前にクライヴ王子が表彰式に出たときには、確かこういった“お言葉”とかは無かったよな。

 あのときはもしかしたら、第2王子に余計なことを喋らせないって感じだったのですかねぇ。


「ふうむ、王女殿下が……」


 俺の隣に立っているランドルフ王宮騎士団長が、アナウンスを聞いて思わずそんな言葉を小さく洩らした。

 そうですよね。あの王女が、この立錐の余地もなく観客席を埋めた大観衆の前でスピーチをするなんて。大丈夫ですかね。



『わたくし、かつてこの学院の学院生でした……』


 アデライン王女の声が拡声の魔導具を通じて場内に流れる。

 意外としっかりした口調だが、これを聞いた全員が、それ知ってますと心の中で突っ込んだ筈だ。

 この王国の王族と貴族の子息子女のほぼ全員が、この学院の卒業生ですから。


『わたくし、在学中も、それからこれまでも、学院祭ってつまらないものだと思っていました』


 じゃあ何で今日来たんだ、という突っ込みが観客からまた聞こえて来るようだ。

 でも学院祭だけじゃなくて、あの王女ひと、在学中の4年間の日々も総じてつまらないと感じていたのではないかな。


 今朝に会ったときの、彼女の心の内や意志を表に出さない無表情の顔を俺は思い出す。

 それがいま、申し訳無さそうな、困ったような、だが少し嬉しそうな、不思議な笑顔を見せていた。


『でもわたくし、今日、ずいぶんと久し振りに学院を訪れて、それって本当は勘違いだったって気付いたんです。長い長い間の、勘違いね』


 俺の隣のランドルフさんから、「ふぅーっ」という安堵のような息を洩らす音が聞こえた。


『今日体験した学院祭、とても楽しかったです。そしてこの総合戦技大会も。わたくし、いつもだいたいは自分の身近なことにしか関心が無くて。それで今日、たくさんの学院生の居るところに来て、ああ、とても騒がしそうだけど、そんなの在学中の頃みたいに無視すれば良いと思っていたのですけど。でも到着早々に、会おうと思っていたひとに会って、甘酸っぱくてとても美味しいケーキやお菓子をいただいて、可愛らしい衣装を着た子たちの楽しいダンスを見て。そうしたら、だんだんわたくしの気持ちの中が甘い物でいっぱいになって、楽しくなって来て』


 あー、話していることは何となく分かって、たぶんうちのケーキやお菓子のことを言っていると思うのだけど、危ない薬物とかを出す怪しい店ではないですからね。


『自分を包む繭からちょっと出て、自分以外のことや人に関わって何かを体験するって、そういうことなのですね。ご本人は少しもご存じないですけれど、そのきっかけを創ってくれた方には大きな感謝です。……それから他のところも廻って、それぞれどこも楽しませていただきました。そうして、この総合戦技大会。じつはわたくし、学院に在学中はほんの少しだけしか、この競技場に来ることがなかったのです。なのでちゃんとした観戦はほとんど初めてでしたが、どの試合でも学院生たちが真剣に戦っている姿をハラハラドキドキしながら観て、甘くて楽しい学院祭と、それから真摯に厳しい闘いに挑む総合戦技大会と、このふたつのワクワクが同時に行われるセルティア王立学院の学院祭は、とても素晴らしい行事であると、卒業してだいぶ経ったいま初めて体験して実感しました。学院生のみなさん、本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございます』


 アデライン王女の言葉に拍手が沸き起こる。


『あと、学院の教授方と王宮騎士団の親善試合。こちらも楽しませていただきました。王国と王宮と王家を護っている騎士団が、こうしてみなさんの前に姿を見せて、日頃の鍛錬の成果を披露するのは、とても良い事だと思います。最後は、うふ、ザックさんがぜんぶ持って行っちゃったみたいですけど。ああやって、もの凄い速さで攫われるなんて、わたくしもちょっとしていただきたいなどと、そんなことを思ってしまいました』


 競技場内がどっと沸く。

 だけど大勢の王国民が聞いているのですから、王女も発言には気を付けてくださいよ。

 王宮騎士団長の後ろに立っているコニー従騎士が倒れそうになっているのが、俺の視界の片隅に入った。


『ともかくも、素晴らしい学院祭と総合戦技大会でした。学院生のみなさんには、この素晴らしいセルティア王立学院でこれからもしっかりと学んでいただき、ご卒業後にはひとりひとりが王国を支える一員として、是非とも頑張ってください。王家の一員として期待しています。そしてわたくしも今日の経験を良い機会に、ほんの少しでも王国民のみなさんの役に立つことをいたしたいと思います。長くなりましたが、これでわたくしのお話を終えたいと思います』


 アデライン王女はスピーチを終えると、再び微笑んで四方の観客席に向け軽く会釈をした。

 その笑顔に応えるように、フィールドを包み込む大きな拍手が王女に贈られる。

「ふぅー」という、今日何度目かのランドルフさんの長く深い息の漏れる音。これはどうやら、安堵の溜息のようだ。


 今日の彼女の、この学院祭を訪れた本当の目的や真意は未だに俺には分からないけど、一般の王国民にとってはその存在感が極めて薄かった王女の人となりが、その美しい容姿と共にこのスピーチで多少とも印象づけられたのではないだろうか。

 本当ならそれをクライヴ第2王子がやりたかったのだろうね。そうであるなら残念でありましたなぁ。




「王宮にいらしたら、わたしの許にも、来てくださいねザックさん」

「はい、王女殿下」

「アデラ、よ」

「あ、はい。アデラ様」


 競技場内の全員に見送られてフィールドから退出する際に、わざわざ俺の前に来てそんな言葉を残したアデライン王女は、ランドルフさんとも少し言葉を交わすと学院長に先導されてようやく去って行った。


『ただいまの表彰式をもちまして、本年の総合戦技大会はすべて終了となりました。学院祭も間もなく閉場となりますので、みなさまには速やかにご退場をお願いいたします。それでは名残惜しいですが、来年の総合戦技大会と学院祭を楽しみにしていただきまして。本日は誠にありがとうございました』


 そう場内アナウンスが流れ、「と言っても、来年はザカリー様が居ないんだよなぁ」「お姉さま方も居ないのよねー」「それで来年が楽しみに出来るかしらー」などなどの声が聞こえて来る。

 まあ俺も卒業なのだから、そこは諦めてください。来年もきっと楽しめますよ。


 エステルちゃんたちも帰るので、ジェルさんらは貴賓席の方に急いで向かった。

 俺は例年通りフィールドを一周して、退場する観客たちに手を振って挨拶をする。


「(今晩にはお屋敷にお戻りになるんですよね? あ、いろいろお話しないとですね)」

「(カァカァ)」

「(はいです)」


 貴賓席の下あたりを廻ると、エステルちゃんからの念話が聞こえて来た。

 何か怒っているとか機嫌が悪いとかではなさそうだけど、さっきの模範試合のことかなぁ。


「(おうザック。笑わせて、ではなかった、楽しませて貰ったぞ)」

「(そ、それは何よりで)」


 続いてケリュさんからの念話。笑わせて、とか何ですか。

 俺は俺なりに、学院最後の模範試合に真面目に取組んだのですぞ。


 まあそんなうちの人たちにも手を振って、俺もフィールドを後にした。



 着替えもあるのでいったん審判員控室に戻ると、教授たちとそれから王宮騎士団選抜チームのみなさんもまだ残っていた。


「いろいろ言いたいことはあるが、まずはご苦労さまじゃったな、ザカリー」

「それは、ここに居る全員が同じ気持ちだろうがよ。ご苦労さま、ザック」

「みなさんもお疲れさまでした」


 ウィルフレッド先生とフィランダー先生が皆を代表するようにそう声を掛けてくれたので、俺も取りあえずお疲れさまとみなさんに一礼して、着替えのために更衣室へと向かう。


 それでさくっと着替えを終えて戻ると、まだ全員が揃っていた。

 ランドルフさんとか、王女を送って行かなくて良いの?

 そう尋ねると、あちらはエデルガルト騎士たちが付いているので良いのだそうだ。


「さすがに酒は拙いのじゃろうが、エールを一杯だけなら今日は良いじゃろ。ということで、みなさん、お疲れさまじゃった。乾杯」

「乾杯」


 ああ、そういうことですね。

 どうやら学院職員さんが、皆を労うためにエールを持って来てくれていたようだ。

 それもあってこの全員が残っていた訳ですね。


「教授方とザカリー殿は後日に反省会をされるそうだが、我らはこの機会にザカリー殿に少々お話を伺わねばな」とは、ランドルフ王宮騎士団長。


「えー、僕にですか?」

「今日の親善試合の直後で、他に誰がおりますかな」


「うーん。いいですけど、その前に僕の方からひとつだけ……。どうやらクライヴ王子殿下は先に退出したようで、アデライン王女殿下が表彰式に来られましたけど、その辺のところは?」


 まあ、どうでもいいのですけどね。いちおうは聞いておこうかと思いまして。


「そのことか。学院長からも伺ったが、どうもアデライン王女殿下が表彰式に出られると、ご自身で強く主張されたようなのだ。あの殿下がどういうお気持ちになられたのか……。ともかくも、王家の継承権第2位で姉君のアデライン王女殿下がそうおっしゃられたら、ご本人は表彰式に出ようとされていたクライヴ王子殿下も、引き下がらざるを得なかったということですな。それで早々にご退出されたのは……。それは説明せんでも良いでしょう」


 そんなことだろうと思っていたけど、やはりそのぐらいのことでした。


「それよりもザカリー殿に伺いたいのは、何故にいつの間にか、あのように王女殿下と親しくなられたのか」

「ああ、それは午前に、うちのクラスのカフェに来られてですねぇ」

「そうですか。まずは殿下の今日の目的の……。ふうむ、まあそのことはまた後日伺うとして。では本題の、試合の振り返りだが」


 そこからはベンチから観ていたランドルフさんを中心に、親善試合の試合経過を辿りながらの振り返りという名目で俺への追求が始まるのですが、その詳細は良いでしょう。

 あと、そこで特に発言もせずに、顔を赤くしてもじもじしているコニー従騎士。お酒にかなり強い筈の貴女あなたが、たった一杯のエールで酔うとかは無いですよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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