第947話 模範?試合
ジェルさんの「始めっ」の声と同時に、前方から攻撃魔法が次々に飛んで来る。
学院生の総合戦技大会に準じた模範試合なので、魔法としては初級クラスのファイアボールやウィンドカッターだが、その飛翔速度や飛翔距離、連射数はやはり学院生の比では無い。
それらの魔法は牽制攻撃として主にこちらの剣術前衛の3人に向けて着弾し、またいくつかはその後方に居る俺の方にも向かって来た。
「なるほど。先制攻撃の早さは、さすがに王宮騎士団の魔導士部隊だよな」
間髪入れずにこちらの魔法後衛、ウィルフレッド先生たちも同じく長尺の攻撃魔法で応戦し始めた。
ジュディス先生は、俺が教えた火球機関砲を移動しながら次々に放っていますな。
どちらの攻撃魔法も互いに剣術前衛を標的にしているのだが、とは言えこのレベルの攻撃魔法を直接身体で受けてしまう者はおらず、いまのところは上手く躱している。
なので、両軍の剣術前衛の間のフィールドに雨霰のごとく双方の魔法が着弾し、火魔法による焔や煙、風魔法による土煙が混ざり合って、まさに小さな局地戦の戦場といった様相を呈して来た。
「ふむ、動くか」
剣術前衛はどちらも前進と攻撃のタイミングを計っている。模範試合、親善試合なので両者とも正攻法戦術といったところだが、ここは互いの呼吸の問題だ。
そして先に動いたのは、やはり王宮騎士団チームだった。
特に威嚇や突貫の声は無い。静かに、しかし猛烈な勢いでそれぞれが闘う相手を見定め、走り込んで来る。
それを見定めたフィランダー先生たちこちらの剣術前衛も、迎え打つためにゆるゆると前進する。
同時に俺の後方のウィルフレッド先生たちは、敵方剣術前衛への牽制攻撃から更にもう一段攻撃魔法の飛翔距離を伸ばして、敵方後衛へと狙いを変更した。
ここからは剣術戦と魔法戦。こういったチーム戦闘では良くある流れだ。
ただし、魔法戦の方は互いが80メートル程度離れているので、この世界の人間が撃つ初級クラスの魔法だと決定的な威力は出ない。
「あれれ?」
と、そんなことを思っていたら、ひとり動かずに試合開始時と同じ位置で佇む俺のところに、王宮騎士団魔導士部隊員3名の攻撃魔法が集中的に着弾し始めた。
俺狙いですか。そうですか。
「ザカリーくーん。あなたに集中してるわよー。少しは動きなさいよー」
後方からジュディス先生の声が聞こえる。
彼女も牽制用の火球機関砲から長尺のファイアボールに切り換えて、敵方の魔法後衛を攻撃し始めていた。
が、後方で魔法を撃ち続けているウィルフレッド先生、クリスティアン先生、ジュディス先生のこちらの魔法部隊も、絶賛剣術戦になっているフィールド中央と自分たちとの間に居る俺の所に大量の魔法が撃ち込まれているので、前進して距離を縮めることが出来ない状況だ。
まあ、このぐらいの魔法攻撃なら、俺としてはそれほど動かずに躱すのも避けるのもたいした作業じゃないのですけどね。
しかし、俺の目の前や左右のフィールドに着弾して焔や煙、土煙まみれになるのはどうもですなぁ。
王宮騎士団の魔導士たちは、どうやら俺の足止めが狙いでありますか。
だから通常の初級火魔法や風魔法を敢えて俺の近くに着弾させるだけでなく、フィールドへの着弾時に焔や煙、土煙がより多く上がるように加工した魔法攻撃を行っているようだ。
集団戦闘や治安維持行動なども想定した魔導士部隊ならでは、というところですかね。
「ふふふ。そうやっておひとり、戦場のど真ん中で観戦とか、余裕ですねぇ、ザカリーさま」
「やあ、コニーさん」
「やあコニーさん、じゃないですよぉ。いざ、勝負、です」
そんな魔法攻撃の間を縫って、コニー・レミントン従騎士が俺の前方に姿を現した。
王宮騎士団チームの剣術前衛は4名。こちらは教授たちが3名だから、なるほどそれぞれ1対1の戦闘になって、彼女ひとりが突破して来た訳だ。
「コニーさんも僕の足止めですか」
「ザカリーさまさえ暫く留めておけば、こちらに勝機が生まれます。だからわたしが、生け贄、じゃなくて足止め要員に選ばれて……。って、世間話してる場合じゃないですよぉ。行きますっ」
世間話してる方が時間稼ぎになると思うけどね。
コニー従騎士はそう声を出しながら、なかなかのスピードで駆け込んで一気に間合いを詰めて来た。
そして突きの一撃。これもかなり鋭い。
「ほいっ」
俺はその突きを軽く払いながら、体を移動させる。と、その直ぐ近くに火球プラス焔と煙の魔法が着弾。
「あひゃぁ」
突きの一撃を払われ、ややバランスを崩したコニー従騎士の横にも、大きめのウィンドボムが着弾して土煙が上がる。
「うちの魔導士も容赦無いですぅ。でも、こっちの戦術通りっ」
即座に態勢を立て直した彼女は、間髪を入れずに横合いから木剣を回転させて打ち込んで来た。
「ほいっ」
俺はその横薙ぎに木剣を合わせず、その場から垂直に3メートルほど跳び上がる。
コニーさんの木剣は「ありゃぁ」と空を斬って、先ほどよりも大きく態勢を崩した。
するとその近くのフィールドに、火球弾がまたしても着弾。
それに当たらずに直ぐさま木剣を構え直したのは、なるほど騎士団長秘書で、従騎士ながら2年連続で選抜チーム入りをしたコニーさんというところか。
「どうも、やりにくいですなぁ」
「ひゃひゃあ。さすがのザカリーさまも苦戦ですかぁ。でも、こちらの狙い通りです」
それから数合、同じような攻防を繰り返したが、どうも埒が明かない。
コニーさんは少々、息が荒くなって来たようだ。
でもそろそろ試合時間も終盤だろうし、フィールド中央で繰り広げられている剣術戦にも決着が着く可能性がある。
「コニーさん」
「なんですか?」
「歯を食いしばる」
「え? 歯?」
「舌を噛まないように、歯を食いしばる」
「舌を? え? ひゃぁー」
俺は縮地もどき長距離版を発動する。
直ぐにコニー従騎士の横を擦り抜けながら彼女を確保、小脇に抱えて、更にもう一段速度を上げた。
そして、フィールド中央で木剣を交えているフィランダー先生とニコラス・アボット騎士ら3組の戦闘の間を抜けて行き、王宮騎士団の魔導士たちの魔法と同じような火焔と煙をプラスした火球魔法を大量にバラ撒き、あっと言う間にその敵方魔導士のポジションに到達。
その3人の横を擦り抜けながら、軽く木剣を当てて倒して廻る。
この間、コニー従騎士はずっと俺の左脇に抱えられて一緒に動いているのだけど、まだ意識はあるよね?
あと、剣術戦の方に火球魔法をバラ撒いたのは、別に意趣返しとか嫌がらせじゃないですから。
「王宮騎士団チーム魔法後衛3名、退場よー」というライナ審判の声が聞こえ、魔導士たちは彼女によって次々にフィールド外に出されて行った。
「はい、済みました」
「ひょっ、済みました? あ、ああーっ」
自軍後方のフィールド上に降ろされたコニーさんが、俺の声に瞑っていたらしい目を見開き、それからキョロキョロ辺りを見回すと、声を出してぺたんと座り込んでしまった。
どうも、彼女の闘う気力を削いじゃったみたいですなぁ。
それと同時に、王宮騎士団ベンチの方から大きな声が聞こえて来るのでそちらを見ると、ランドルフ王宮騎士団長が何か叫びながらいまにもベンチを飛び出そうとしているのを、なぜかその敵方ベンチに居るカリちゃんが抑えている。
どうも「俺が出る」とか「選手交代だー」とか、まったく動けない状態で手足をバタバタさせながら喚いているみたいだ。
あれって、カリちゃんが重力魔法とかで拘束している感じだよね。
一方でフィールド中央では3組の剣術戦が続いているものの、どうも6人の剣士の動きがガクンと落ちてしまっている。
どうしたのでしょうかね。もう疲れちゃったのかなぁ。
「あれ、ザカリーさまの魔法攻撃のせいよー。締まらないから、なんとかしなさいよー」というライナさんの声が後ろから聞こえた。
そうでしたか。そうですね。
こちらの魔法後衛の教授たちも、どうやら戸惑って魔法を撃つのを止めているし。
なので俺は、戦意の戻らないコニー従騎士をその場に残して再び縮地もどきを発動。
一気に距離を縮めて、それぞれ締りの無い戦闘状態になっている3組に割り込み、活を入れる意味合いで順番に木剣を打ち込んで行った。
「やめ、やめ、やめー。試合終了ぉ。……んもう。だから時間も大幅に過ぎてるし」
ジェル審判長の試合終了の声が響き、それまで静かだった観客席からは爆発するような歓声が沸き上がった。
最後の呟き声は、その大歓声に掻き消される。
学院教授チーム後衛側からは魔法学教授たちがこちらに向かって来る。一方の王宮騎士団選抜チーム側からは、ライナさんに付き添われたコニー従騎士と魔導士部隊員たちがやって来た。
そしてベンチからは、ランドルフ王宮騎士団長が猛然と走って来る。
どうやら、カリちゃんの重力魔法の拘束が解かれたらしい。
「ザカリー殿ぉ、俺が勝負する。俺とサシで勝負だ。いや、してください」
「いやいや、ランドルフさん。そうひとりで熱くならないで。聞こえませんでしたか? 試合は既に終了ですよ。はい終了」
「ぬ、ぐぐぐ」
そんな暑苦しいランドルフ監督とは異なり、先ほどまで激しい剣術戦を闘っていた3名の教授と3名の王宮騎士は、それまで全員がフィールドに倒れていたのだが、ようやくに誰も言葉無く自力で立ち上がっていた。
まあ、たいした怪我などはさせなかったし意識を奪うこともしなかったのだけど、全員同時に回復魔法は施して置きました。
ともかくも試合を締めようと思ったのだけど、どうも締まらなかったですかね。
そのとき学院職員さんが、試合開始前にも使った拡声の魔導具の機具を持ってジェルさんの側に走り寄って来た。
「あの、ジェルメール審判長。そのぉ、試合を締めていただければと」
「わたしが、か?」
「すみません、お願いします」
えーと、ジェルさん。俺の方を睨まんでください。正座でもしてた方が良いですかね。
『こほん。あー、えー、模範試合は楽しんでいただけましたでしょうかぁ』
拡声の魔導具を通じたジェルさんの声に、うわーっという大歓声が上がる。
『その、試合結果としましては、学院教授選抜チームが4名残り、王宮騎士団選抜チームが1名残り……』「でいいのか? オネル」
「そうなりますね」
『で、いちおうは学院教授選抜チームの勝利となりましたが……。これは親善試合であり模範試合。勝敗には関係なく、双方の剣術と魔法の熟達者が、短い試合時間の中で持てる力を充分に発揮したと思います。どうか両チームの選手たちに、盛大な拍手をお贈りください』
ジェルさんの呼び掛けに、競技場内は大きな拍手と歓声で包まれた。
いやあ、さすがはジェルさんだ。良かった良かった。って、なんだか双方のチーム全員からの睨むような視線を感じるのは、気のせいですよね。
『それでは続きまして、総合戦技大会の表彰式を執り行います。ですがその前に、再びフィールド整備を行いますので、暫しお時間をください。なおフィールド整備は、先ほどと同じくグリフィン子爵家ライナ・バラーシュ従騎士、カリオペ秘書のお二方に、ザカリー・グリフィン君が加わり行います』
拡声の魔導具機具を持った学院職員さんが、この場からそう場内アナウンスを行った。
さっきライナさんと何やら言葉を交わしていたのは、フィールド整備の件ですか。そうですか、俺にやらせろとかライナさんが言ったですよね、きっと。はい、やらせていただきます。
「ザカリー殿、あとで少しばかりお話を」
「なんで俺らまで倒されたんだ? おいザック、反省会な」
「ザカリーさま。あとで少々」
それぞれにそんな言葉を俺に発しながら、皆がいったんフィールドを後にする。
「ふふふ。面白かったわねー。でも、全員から叱られそうよねー」
「たいそうなことはしてないのに、ザックさまにかかるとこれですよね」
そうなんだよね。大袈裟で派手な魔法も撃ってないし、危険な剣技を繰り出した訳でもないのですよ。ただ少しばかり、フィールドを走っただけで。
「さあ、ちゃっちゃとフィールド整備よー」
「はいであります」
観客と学院生チームを待たせる訳にもいかないので、それではちゃっちゃと済ませますか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




