第946話 総合優勝と最後の模範試合開始
総合戦技大会は……我が4年A組チームが優勝しました。
3年生の2位チームを難なく撃破したあとの準決勝。3年生1位のカシュくんチームを同じく下した、ブルクくんとサネルちゃんの4年B組と順当に対戦。
一時はサネルちゃんの強力な魔法攻撃支援を背に、ブルクくんが無双状態になるやに思えたが、我がチームの魔法少女と魔法少年が1年生のときの戦いのように、魔法を撃ちながら長駆フィールドを敵陣まで走り込んでサネルちゃんたち魔法後衛を潰す。
それと同時にブルクくん以外の剣術前衛をなんとか倒したバルくんとペルちゃんが、防戦一方ながらブルクくんをひとりで引き受けて奮戦していたカロちゃんの戦いに加わり、3対1となってブルクくんを倒したのだ。
「いやあ、完敗だよ。さすがに3対1になっちゃうとね」
「ふふふ。最後を優勝で飾れなかったブルクには悪いが、我がA組がいただくのでありますよ」
「カロちゃんが強くなっちゃったからなぁ」
そう、チームの5人がそれぞれの持ち味を発揮して頑張ったけど、やはり最大の功労者はブルク無双を許さなかったカロちゃんだよね。
俺はブルクくんに軽く回復魔法を施し、手を貸して立ち上がらせると、喜びを爆発させフィールド上で跳ねたり転がったりしているうちのチームの皆をふたりで眺める。
「はいはい。すぐに決勝戦ですからねー。いったん控室に戻りなさいよー」
「はーい」
チーム5人の良い返事が返って来て、次の決勝戦、同じく準決勝を勝ち上がったヘルミちゃんの2年D組との対戦に備えるためにフィールドを後にして行った。
「まあ、ヘルミちゃんたちがいくら頑張っても、さすがに4年A組には勝てないな。チームメンバーの実力からしても、いまはザックのクラスが最強だよ」
「ふふふ。油断は禁物ではありますがな」
「それよりも、今年の模範試合はどう戦うんだ? ザック」
「ふふふ。模範試合でありますか。ふうむ。まだノーアイデアであります」
「無茶なことはしないんだよね」
「ふふふ。それは、エステルちゃんから止められておりますので」
「ザックのお店の新作ケーキが食べたいんだけど」
「ふふふ。もう今日は売切れたでありますな」
「そうかぁ」
決勝戦はヘルミちゃんたち2年D組チームには悪いけど、圧倒的な実力差で我が4年A組チームの勝利となって、今年の、そして俺たちの学院生活最後の総合戦技大会は終了した。
『今年の総合戦技大会は、以上と終了となります。いまいちど、見事総合優勝を果たした4年A組チームに、盛大な拍手をお贈りください』
場内から万雷の拍手が贈られる。
その中でA組チームもフィールドから去り、交代でいつの間にかスタンドから降りて来ていたうちのお姉さんたちが姿を見せていた。あ、カリちゃんも来たのか。
「カリちゃんと軽くフィールド整備をしておくから、ザカリーさまも控室に行きなさいよー」
「ですよ。ザックさまの秘書として、フィールド整備、しておきます」
「んじゃライナさん、カリちゃん頼む」
このふたりの土魔法なら、いくら広いフィールドとは言え、あっという間だろうな。
まあ、そんなに荒れていないしね。
それこそ過去の試合で、うちのA組チームが大量の水を出したり凍らせたりしたときは酷かったけど。でも、あれも良い想い出ですな。
『ただいまより休憩時間とさせていただいて、このあとは恒例の模範試合。我が学院の教授チームと王宮騎士団選抜チームとの親善試合を行います。試合開始まで暫しお待ちください……。おや? フィールドに現れたのは、親善試合の審判をしていただく、ザカリー君のお屋敷のお姉さま方……。どうやら魔法でのフィールド整備が始まったようです』
そんな場内アナウンスと、ライナさんたちの登場になぜか沸き上がる声援。「お姉さまー、頑張ってー」などという女子学院生の声も聞こえるが、俺は取りあえず審判控室へといったん引揚げた。
『お待たせいたしましたー。それではただいまよりセルティア王立学院総合戦技大会、模範試合、学院教授チームと王宮騎士団選抜チームの親善試合を行います』
審判員控室からフィールドに向かう通路まで出て来た俺たち親善試合の選手の耳に、場内アナウンスの声とそれに応える観客の拍手が聞こえて来た。
「おお、いよいよだな。胸が高鳴るぞ、ザカリー殿」
俺の隣に並んで控えているランドルフ・ウォーロック王宮騎士団長が、そう俺に話し掛けて来る。
いやいや、あなたは監督というか付き添いなのですからね。胸が高鳴るとか言って、いまにも選手としてフィールドに飛び出しそうな雰囲気だ。
「落ち着いてください、騎士団長。監督は闘いませんですよ」
「お、おう、あたりまえだ。そんなこと分かっているぞ、コニー」
ランドルフさんのすぐ後ろにいるコニー・レミントン従騎士が、そう声を掛けた。
ホントウに分かっているですかね。これはベンチにでも縛り付けるか口を塞いでおかないと、試合の途中で「選手交代、自分」とか言いそうだよなぁ。
「自重しましょうね、ランドルフさん」
「ザカリー殿まで」
「ザカリーさまったら、自分のことは置いといて、あんなこと言ってますよ」
「ですよね、オネル姉さん。いっそのこと、ちょっと顔見せし終えたら、わたしが埋めておきましょうかね」
「あはは。カリちゃん、それいいかもー」
「静かに。そろそろ我らが呼ばれるぞ」
「はーい」
審判員として同じく通路に控えているお姉さんたちの、そんな話し声が聞こえて来る。
ちなみにカリちゃんは、俺の秘書、ではなくていまは学院教授チームの臨時マネージャーなのだそうだ。
どうやらウィルフレッド先生に、土魔法の秘密を教えるとかなんとか言って認めさせたらしい。あの先生、土魔法適性は無いのだけどね。
『まずは特別審判員の入場です。審判を務めていただくのは、今年もグリフィン子爵家調査外交局独立小隊所属、ジェルメール・バリエ騎士、オネルヴァ・ラハトマー従騎士、ライナ・バラーシュ従騎士の、素敵なお姉様方です』
特に女子学院生たちの「きゃーっ」という黄色い大歓声が聞こえて来るなか、ジェルさんたちがフィールドに走って出る。
ちなみにグリフィン子爵家調査外交局独立小隊所属と紹介されたのは、所属名をそうアナウンスするよう俺が事前に頼んで置いたからだ。
旧来の子爵家騎士団所属のままでも良かったのだが、王宮関係では既に知られ始めているかも知れないし、ここは敢えて現在の正式に所属で紹介して貰った。
注意深い者はおやっと思ったかもだが、そんなことも気にしない多くの歓声が彼女らを迎えている。
なんだかやたら人気があるんだよね、ジェルさんたち。
『それではいよいよ、王宮騎士団選抜チームの入場です』
うぉーっという歓声が聞こえて来た。
その歓声の中、ニコラス・アボット騎士やコニー・レミントン従騎士ら7名の選手たちの名前が次々に呼ばれ、彼らがフィールドに飛び出して行く。
『そして、王宮騎士団選抜チームの最後に登場するのは、なんと今回、監督としてチームを指揮する、王宮騎士団長ランドルフ・ウォーロック準男爵であります』
ひときわ大きな歓声が上がった。
大半の観客は、まさか王宮騎士団長がチーム監督としてこんな大観衆の前に現れるとは思いも寄らなかっただろう。
この国の王宮騎士団長と言えば、国王の側近中の側近であり王国中枢の重鎮。一般王都民の前に姿を見せることもあまり無い。
そんな驚きも混ざった大歓声だ。
『続きまして、学院教授チームの入場です。まずは魔法学、ウィルフレッド部長教授、クリスティアン教授、ジュディス教授』
「ほい、行きますぞ」というウィルフレッド先生の少々力の抜けた声で、まずは魔法学教授の3人が鳴り止まない大歓声の中に出て行く。
『続いては剣術学、フィランダー部長教授、ディルク教授、フィロメナ教授』
「よっしゃー、行くぜ」と、こちらはフィランダー先生が一発どデカい声を出して駆け出して行く。
『そして、そしてぇ、最後に入場するのはぁぁぁ。まさにこれが、総合戦技大会模範試合の最後の登場となるぅ』
なぜか、そこで場内アナウンスがいったん途切れる。と言うか、そんな風に溜める必要があるですかね。
そのひと呼吸の僅かな間に合わせるかのように、競技場内に一瞬の静寂が訪れた。
『我がセルティア王立学院創設以来のぉ、最高の魔法遣いでありぃ、最強の剣士ぃぃ……。ザァァカァリーィィ・グゥリィフィーン』
うぉーっ、きゃーっという、これまでで最も大きな歓声が爆発する。
こういう場内アナウンスの呼び出しは毎年のことなので、さすがに慣れたけどさ。
「これは一発、驚かしの登場演出でも」
「普通に走って出てくださいね、ザックさま」
「はいであります」
チームマネージャーのカリちゃんが残って居ました。普通に走って出るですよね。縮地もどき長距離版、じゃなくてですよね。
「人間の範囲で普通にですよ」
「はいであります」
『ザァァカァリーィィ・グゥリィフィーン』と、二度目の呼び出しアナウンスが聞こえて来た。
「ほら」
「へい」
カリちゃんにお尻を叩かれて、ランニング程度の速度で手を振りながらフィールドに出ました。
『なお、今回は学院教授チームマネージャーとして、グリフィン子爵家調査外交局長官付、美少女秘書のカリオペさんが控えられています』
ああ、カリちゃんも紹介されるですか。もう場内アナウンスにも手回しをしたのですね。美少女秘書ですか。そうですか。
そう紹介されたカリちゃんが手を振り、観客席全体に届かんばかりの満面の笑顔を振り撒き、声援に応えながら登場してちゃっかり俺の隣に並んだ。
学院職員さんが拡声の魔導具の声の入力機具、つまり前々世で言うマイクロフォンに相当する機具を持って来て、審判長を務めるジェルさんの顔の前に差し出す。
今回はこういう演出もあるんですね。
試合前の審判長の注意を、場内にも聞かせるためらしい。
『これは昨年に引き続き、学院教授チーム対王宮騎士団選抜チームの親善試合である。そして、親善試合であると同時に模範試合。つまり、先ほど終了した総合戦技大会のこれからのための模範、学院で切磋琢磨する学院生のための模範であり、ひいては王宮騎士団、全王国民への模範とならんことを願う。双方よろしいか』
「おう」
ランドルフ王宮騎士団長のひと際大きな応答の声が響いた。
重ねて言いますけど、あなた、選手じゃないですからね。
でも、ジェルさんの「ひいては王宮騎士団、全王国民への模範とならんことを願う」という言葉と、ランドルフさんのそれに応える大きな声は、貴賓席に護衛で居る王宮騎士団員たちにも聞こえた筈だ。
サディアス・オールストン副騎士団長とかは、どんな表情をしているですかね。
『7名対7名の試合だが、試合形式と禁止事項は総合戦技大会の学院生の試合に準じる。試合時間は5分間。ただし、この試合に限って、わたしの判断で中段もしくは延長もありとする。模範試合であるとは言え、いや模範試合であるからこそ、相手を打ち倒す、殺す気概で闘っていただきたい。ただし致命傷を負わすのは厳禁だ。だが多少の怪我は、ここに居るライナと、あそこに控えるカリオペ、そして場合によってはザカリーさまに戦闘をやめさせて治療いただくので、存分に闘っていただきたい。よろしいか』
「おうっ」
ジェルさんの言葉に応える、選手全員とランドルフさんの大きな声が響き渡った。
「それでは、両チームとも、開始位置へ」
選手全員があらかじめ決めてある開始位置に散らばる。
あ、ランドルフ監督はそこでどうしようかと逡巡していないで、さっさと自軍ベンチね。
カリちゃん、連れて行っちゃってください。
「ザカリーさまはそこですか? ここはフィールドの真ん中ですよ」
「ただいま、行くであります」
なんだかんだで俺も出遅れて、オネルさんに注意されました。それで直ぐに動きます。
俺の今回のポジションは剣術前衛と魔法後衛の中間。サッカーで言えばリベロ的な位置で、カロちゃんが良く取るポジションですな。
これは先ほど取りあえずそう決めて、教授たちに伝えてあった。
まあ相変わらず俺自身の戦術はノーアイデアなのだけど、いちばん動き易い場所取りということです。
ジェルさんがフィールド全体を見渡し、選手の全員がそれぞれ位置取りを終えたのを確認する。
「それでは、模範試合、始めっ」
拡声の魔道具を使わなくても競技場内に行き渡るジェルさんの美しくも凛々しい戦場声が響き、いよいよ俺の学院最後の模範試合が始まった。
お読みいただき、ありがとうございました。
また間が空いてしまうかもですが、引き続きこの物語にお付き合いください。




