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第93話 ミルカさんの探索報告のつづき 〜帝国とリガニア地方

「北方帝国がアラストル大森林へ探索を再開した、という話は俺も気になるな。ウォルターかクレイグのどちらでもいいが、冒険者ギルド長がその件を知っているか聞いておいてくれ」

「わかりました」


 ヴィンス父さんも気になるようだ。

 冒険者ギルド長のジェラードさんは情報を掴んでいるのだろうか。

 というか、北方帝国にも冒険者ギルドはあると思うけど、こちらのギルドとはどんな関係なんだろうね。



「報告を続けてくれ、ミルカ」

「はい。それでは帝都カイザーヘルツの様子ですが。報告の前に、帝都カイザーヘルツおよびノールランド全域で現在、我々ファータの探索ネットワークがほとんど、というよりもまったく無い、という事実をお断りしておかなければなりません」

「そうなのか?」

「はい」


 この話は、以前にエステルちゃんに聞いたことがある。

 北方帝国でファータ人が探索の仕事を受けることは滅多になく、一族の情報ネットワークに乗って来る情報がきわめて少ない、とかだったよな。

 それに北方帝国には、独自の探索組織があるらしいとかも聞いた覚えがある。


「里にも確認したのですが、現状、繋ぎや協力者が存在しない状態で。ですので、偵察や探索は私の足で行うしかありませんでした」

「それで、長期の探索になってしまったのか」


「はい、その通りです。それで、探索結果から申し上げますと、北方帝国によるボドツ公国の傀儡化が確実に進んでいる状況です。ボドツ公国の内政と軍の幹部はもとより、ボドツ公爵ご自身も頻繁にカイザーヘルツを訪れています。実際に、私が滞在中の今年の1月初めにも、ボドツ公が帝都を訪問し皇帝に謁見しました」

「なるほどな。新年の挨拶に行ったという訳か」


「これは確実ではありませんが、皇帝宮に近いところからの噂話によると、その謁見で臣従の誓いを行ったらしいと」

「ふーむ。北方帝国は直接的に軍を進めず、血も流さずにリガニア地方に橋頭堡を得たのだな」

 クレイグ騎士団長が感心半分、呆れ半分の口調でそう言った。


「また別の探索先から、どうやら北方帝国が昨年より軍事顧問団をボドツ公国に送り込んでいるという情報を得ました」

「なにっ、既に直接的に帝国軍を送っているのか」

「はい、あくまで名目は軍事顧問団ということのようですが。ただ、それがどのぐらいの戦力かが、帝都の探索では結局は掴めませんでしたので、その後、リガニア地方に直接確かめに行きました」



 ここでミルカさんは、ひと息つく。

 俺は聞いてみたいことがあったので、そこで口を開いた。


「あの、ミルカさん。ひとつお聞きしてもいいですか?」

「はい、なんでしょうか。ザカリー様」

「うちで預かっている竜人の子たちの村は、どうなったか分かりませんか?」


「その件ですね。私もとても気になっていたので、調査を行いました。しかし如何せん、帝国の北辺での出来事で、帝都ではなかなか情報が得られませんでした」

「そうですか」

「ただ、偶然に知り合った商人から、北の外れで大きな揉め事が起き、北方駐屯の帝国軍が動き、戦闘が行われたという話を聞きました。おそらくこれは、竜人の村のことだと思われます」

「わかりました」


「あと、ザカリー様がお会いになられたクラースという男ですが、帝国の港町ズートンでも帝都でも、その名を持つ船主や船乗り、または貿易商人を知る者は得られませんでした。偽名だったのか、それとも、これはあくまで憶測ですが、私と同じような仕事をしている者ではないかと。いえ、これは私のカンなのですが」


「ザック、あの子たちの村については、引き続き調査をして貰うつもりだが、ミルカが言うように帝国内に探索ネットワークがないとな」

「そうですね。無理な調査はできないでしょうし。また何か情報がありましたら報せてください」

「そうしますよ。ザカリー様」



「それで、リガニア地方の状況はどうだったかね」

「騎士団長のご懸念は、送り込んだ帝国の戦力だと思いますが、それが実数としては想像していたより少数だったのです」

「と言うと?」

「私が調査した限りでは、この春の時点で、帝国騎士数名に率いられた部隊が50名ほど」

「そんなに少ないのか」


「はい。これは名目の通り軍事顧問団ということで、ボドツ公国軍へのテコ入れ、具体的には戦力強化の訓練指導のために送られたようです」

「なるほどな。教導部隊ということか。そうすると少数精鋭な訳だな」

「おそらく、その通りでしょう。ベテラン戦士ばかりで魔法兵士の割合も多いようでした」


 つまり、その帝国軍事顧問団が直接戦闘に加わったら、かなり強いということだね。

 ここにいるうちの騎士団長のように、キ素力を活用して超人的に闘える騎士や戦士、あるいは強力な攻撃魔法が使える魔法兵士が一定数いれば、並の兵力の部隊などあっと言う間に殲滅できるだろう。

 この世界では、個人の直接戦闘力が高く、かつ離れた距離からの攻撃力も持っている。



「あと、これはまったくの未確認情報で、私も直接確認できたものではないのですが」

「ん、なんだ?」


 ここまで、じつに簡潔明瞭に報告を進めて来たミルカさんが、少し言い澱んだ口ぶりになった。なんだろうね。



「帝国直属の探索もしくは工作部隊が、リガニア都市同盟のどこかの都市に潜り込んでいる、という情報がありました。それはそれで可能性が高いと私も思うのですが、その工作部隊の中にエンキワナの妖魔族の者がいた、という話があったのです」

「なにっ」


 この場に少し緊張が走った。

 今から6年前の、夏至祭で起きた妖魔族らしき黒マントの事件を、誰も決して忘れた訳ではない。

 まだ侍女になる前で探索者チームにいたエステルちゃんも含め、ミルカさん以外のここにいる全員があの場にいたのだ。


「妖魔族を目撃した者がいたのか?」

「私はボドツ公国での探索の後、リガニア都市同盟の中心都市のタリニアに行きました。

 そこに暫く滞在し、都市同盟側の状況も調査していたのですが、帝国の工作部隊の話はここで聞いた情報です」


「これは、裏の世界の情報を売り買いする情報屋からの話で、その意味では信憑性は比較的高くもあり、また全面的に信じることもできないのですが。裏世界のある者が工作部隊と接触した時に、黒マントで身を包んだ人物が2、3人一緒にいるのを見かけたので、あれは? と聞くと、遠方からの友人たちだと答えられた、という話なのです」


「それでその裏世界の者は、エンキワナの妖魔族ではないか、とピンときたそうです」

「タリニアやほかの都市で、何か破壊工作などが行われた、ということはないのかね?」

「それが、私が調べた限りでは、現状はまったくありません。リガニア地方のファータの情報ネットワークにも確認しましたが、そういった事実はありませんでした」



 そこで、この場にいる全員は押し黙った。

 帝国の工作部隊は、単なる探索のための部隊なのか。それとも、これから何かを起こそうと工作を準備中なのか。

 ミルカさんはそれ以上の情報を掴むことができず、報告を優先させるために探索を終えて戻って来た。


 グリフィン子爵領からは遠いリガニア地方のこととは言え、何かが起きなければいいのだけどね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。


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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。

彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。


ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。


それぞれのリンクはこの下段にあります。

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