第944話 総合戦技大会最終日の開始前
更新に間が空いてしまいました。
猛暑日が続き、そろそろ暑いのにも飽きてきましたよね。
アデライン王女一行は魔法侍女のステージを観てから店を出て行った。
グリフィニアガレットも追加で注文していて、それなりに長い時間ここに滞在していたということだね。
彼女らの退店時にまた呼ばれた。
「学院祭というのは、楽しいものでした」
王女がほとんど表情を変化させないまま、そうぽつりと言う。
「それは何よりでした。でも、お時間もまだ充分にあるでしょうから、学院祭をもっと楽しんでいただければと思います」
「午後は総合戦技大会。エデルが楽しみにしてる、ので」
「で、殿下。わたしと言うより、殿下の方がそうおっしゃって」
「さっきもエデルはそう話してました」
王女の一歩後ろに立つエデルさんが慌てて口を開いた。
ふむふむ。王女が試合そのものに関心があるのかどうかは不明だが、王宮騎士団長とは異なる家柄派閥のこのエデルガルト王宮騎士は、意外とそういうものに興味があるんだね。
「総合戦技大会を観るのは、学院生のとき以来。ザックさんも出るのね?」
「僕は審判ですが、王宮騎士団との親善模範試合には出場する予定です」
「王宮騎士団も出るとは聞いています。エデルも出たらいいのに」
「わたしは、その……。王女殿下の護衛がございますので」
「そう? 残念ね」
王女って、エデルさんとはちゃんとかどうかは怪しいが会話が出来るんだな。
テーブルに着いている間も、このふたりがときどき言葉を交わしているのは見て取れた。
同席しているブランドン王宮内務部長官も何やら話し掛けていたけどね。
そのブランドンさんが王女の後に従って店を出る際に「まずは、ありがとうございました、ザカリー殿」とお礼を言って来た。
「いえいえ、お客様で学院の先輩方ですから」
「さきほどもご本人が言っておられたが、王女殿下は学院祭がこのように楽しいものだと思っていなかったようです」
「在学中もですか?」
「ええ。あの方が周囲と一緒に何かを楽しむというのは、ほとんどありませんので」
俺がそれに応える言葉を探していると、彼はそう言い残し慌てて一行を追いかけて行ってしまった。
「ふう。やっと行ったわね」と、一緒に見送りに来ていたヴィオちゃんが溜息を吐く。
「どうやら、楽しんでくれたみたいだよ」
「そう、なのね。あの王女殿下、少しも表情を変えずにステージを観てたから、何か怒らせてないかって、ちょっと心配になっちゃったのよ」
「言葉も表情も乏しいタイプみたいだからね。でも僕には、楽しかったって言ってた」
「ふーん」
「それよりも、いよいよ学年無差別トーナメントですぞ」
「わかってるわ。頭も気分も切り換えて、総合優勝を目指すわよ」
今年は見事学年1位となったうちのクラスは、1回戦で3年生2位のヴィヴィアちゃんのF組チームを破れば、準決勝でおそらくはブルクくんとサネルちゃんのB組と当たる。
これが実質的な決勝戦でしょうな。
「それじゃ僕は、少ししたら総合競技場に行きますので」
「わかったわ。お店の方もギリギリまで頑張るので、任せて」
このあとはライナさんとカリちゃんを伴って、どこかで早めの昼食を済ませて総合競技場に行かないとだ。
お昼には王宮騎士団チームが事前の顔合わせに来る予定で、その模範試合の審判を務めるジェルさんとオネルさんも合流するからね。
「ねえねえ、ザカリーさま。グリフィニアガレットを持って行っていいかしらー」
「みなさんに差し入れしたいんですって」
「あ、いいけど。ライに頼んで焼いて貰えれば」
「わかったわー。それじゃライくん、ちゃっちゃと焼いてちょうだい」
「あ、はい、ライナさん。それで、いかほどの量を?」
「たくさんよー」
「は、はいであります」
ライナさんとカリちゃんを伴って総合競技場に向かった。
その途中せっかくなので、おやっさんのところのエンリケ食堂で早めの昼食をいただいてから行きましょうかね。
ここは普段、教授や学院職員のための店なので、学院祭期間中もそれほど混雑はしていない。
「あらザカリーさま、いらっしゃい。あんた、ザカリーさまがお昼を食べに来たわよ」
「おばちゃん、忙しいところすみません。あまり時間が無いので、適当に美味しいランチを3つね」
「適当に美味しいランチって、なんだよ。つうかザカリー様は、今日はとびっきりの別嬪さんをふたりも連れてるんだな」
「ああ、おやっさん。うちの屋敷の者ですよ」
「護衛のライナでーす」
「秘書のカリオペであります」
「ふおー。護衛に秘書さんかよ。なんだかわかんねえが、グリフィン子爵家てのはすげえんだな」
何がすげえのかは俺にも分からないけど、うちが美人揃いであるのは密かな自慢であります。
「そうしたら、別嬪さんには俺が丹誠込めた美味しいランチを出すからよ」
「あー、僕にも」
「はっはっは。別嬪さんを連れて来てくれたザカリー様にもな。模範試合の頃合いには見に行くぜ」
やはり早めのランチを食べに来ていた学院職員さんたちにも「模範試合、楽しみにしています」と声を掛けられ、どうやら順番を飛ばして先に出してくれたおやっさんの丹誠込めた美味しいランチを急いで食べて、店を後にする。
まずは総合競技場の審判控室に使っている部屋に行くと、もう関係者が揃っていた。
ジェルさんとオネルさんに王宮騎士団の選手たちも来ているね。
選手リストに名を連ねていたランドルフ・ウォーロック王宮騎士団長以下、ニコラス・アボット王宮騎士やコニー・レミントン王宮従騎士ら、昨年出場した同じメンバー7人も居る。
「ザカリー殿、本日はよろしくお願いする」
「こちらこそ、よろしくお願いします、ランドルフさん。ところで選手ですが、人数的に?」
「騎士団長は結局、付き添いっていうか、監督なんだとよ」
「私だって出場するつもりだったのだ、フィランダー。だが、王宮騎士団の内外からいろいろと声があってな」
「そうですよ。騎士団長が選手枠をひとつ潰して、どうするんですか」
「いやコニー。それもそうなのだが」
コニーさんの言うこともそうなのだろうけど、これは王宮騎士団内部やそれから王宮でも反対する声が挙ったみたいだ。
打合せの後でランドルフさんが小声で俺にそれとなく教えてくれたが、どうやら王宮騎士団の特に家柄派から、権威が損なわれるどうこうの反発がかなりあったらしい。
その連中はそもそも、この親善模範試合自体を反対しているそうなのだ。
まあ、昨年は引き分けで上手く収めたつもりだったのだけど。
いずれにしろ、この親善模範試合も王宮騎士団内の派閥争いに無関係とは行かない訳だ。
「昨年と同様、試合形式は学院生の総合戦技大会に準じる。禁止行為も同じだ。いいな、騎士団長、それからザック。ジェルメールさんたちも、それでよろしくお願いします」
「おう、了解だ、フィランダー。頼みますぞ、ザカリー殿」
「うちのザカリーさまが何か仕出かしそうでしたら、強制退場させますので」
あー、何で俺がそう言われるですかね。それにジェルさんも。あと何故だかコニーさんがそわそわしている。
昨年の模範試合では、コニーさんを攫って少し引き離しただけじゃないですか。
その前の年の教授チーム同士での模範試合では、フィールド内を霧で覆ってしまったぐらいで。あれは観客から試合が見え辛くてちょっと不評でしたな。
まあともかくも、今年は特に作戦は考えていない。
ランドルフさんが選手として出場するという話だったので、彼と木剣を交わそうかと思っていたぐらいだ。
でも出場しないんじゃ仕方ないよね。
そんなことを考えながらまだ落ち着かない様子のコニーさんの方を見たら、「ひっ」とか声を出して怯えていた。
いやいや、昨年と同じことはしませんから。
「そうしたら、これ差し入れですよー。魔法侍女カフェのグリフィニアガレットねー」
「さすがライナ姉さん、気が利きます」
「ライナさん、いただいていいの?」
「毎年行けなくて、悔しかったんですよね」
「コニーさんたちも一緒に食べましょー」
「うふっ、はいです」
王宮騎士団魔導士部隊の女性魔導士も含めて、同じような歳頃のお姉さんたちが7人も揃っている。それにカリちゃんだね。
多少微妙な空気感になっていたこの場が、ライナさんのお陰で一気に華やいだ。
親善模範試合の打合せを終え、俺とカリちゃんにお姉さん方3人はスタンドの貴賓席へと向かった。
そろそろ観客の入場時刻で、エステルちゃんらうちの者たちは貴賓席の方に先に入場させて貰っている筈だ。
この総合競技場の貴賓席はなかなかに広い。
それは、このセルティア王立学院が歴史的に多くの王家や貴族の子女を受入れて来たからで、必然的に総合戦技大会を観戦に来るそういった子女の関係者が多いからだ。
俺が入学してからは、グリフィン子爵家の関係者がとりわけ多いのだけどね。
それでその貴賓席に到着すると、「先ほどご案内させていただきました」と運営を担当する学院生会メンバーが声を掛けてくれた。
毎年のことだが、この4日間も連日うちの連中がほぼ定位置となっている席を占領しています。
その学院生会メンバーに礼を言って、まずはグリフィン子爵家席とも言えるところに行く。
ケリュさんとシルフェ様夫婦やクバウナさん、アルさんそしてシフォニナさんの人外メンバーも大人しく座っているね。
あと今日だけは、屋敷の門を施錠して全員が総動員だ。
総合武術部員や4年A組チームと、うちの屋敷でもお馴染みの学院生たちが総合戦技大会に出場する。
加えて、総合戦技大会では審判としての、そして模範試合とはいえ俺の4年間の学院生生活で最後の試合。
だから屋敷のみんなは、この最終日には全員揃って応援に来ると決めていたのだ。
俺がその応援席に行くと、皆が温かく優しい表情で迎えてくれた。
「ザックさま、お疲れさま。いよいよ大詰めね」
「うん、そうだね、エステルちゃん」
「カァ」
シフォニナさんの膝の上にいたクロウちゃんが、羽音もさせずに短く飛んで俺の頭の上に止まる。
「今日は、キミはこの席で観戦するの?」
「カァカァ」
「途中で飽きたら、空からか。まあ好きにして」
「でも最後の模範試合は、ここからみんなと一緒に観戦するんですって。ね、クロウちゃん」
「カァ」
こういう大観衆の前で俺がフィールドに立つのも、おそらくはこれが最後の機会になるかもだしね。
「まあ、ザックの相手が人間の王宮騎士団とやら程度なのが、いささか物足りないがな」
「あなた、それは仕方ないわよ。人間社会の、それも戦闘じゃなくて試合なのですから」
「そこは例えば、我にアレアウスやミネルミーナなんかと、奴らの配下も加えたチームで、ザックの配下のチームと対戦するとかなら」
あー、そこの神様と精霊様のご夫婦は、大きな声でそういう会話をしないように。
ケリュさんとアレアウス様とミネルミーナ様は、武神三神ですよね。
そんな神様たちのチームと、どこで試合をするですか。
でもこのケリュさん。この3日間は学院生の総合戦技大会を意外と大人しく観戦していたんだよな。
尤も「奉納であれば、それほど武技の優劣は問わないぞ」とか宣っておりましたが、武神が観戦している前での奉納とか学院生たちは露とも思ってもいませんからね。
でも結果的にそうなっているのかな。
貴賓席にはブルクくんのお父上で辺境伯家外交担当のベンヤミン・オーレンドルフ準男爵や、エイデン伯爵領のケルボの町からはルアちゃんのお父上のコルネリオ・アマディ準男爵がいらしていた。
彼らも自分たちの息子、娘が卒業前の最後の総合戦技大会出場なので、昨日から観戦していたのだけど、残念ながらルアちゃんのチームは敗退して本日の試合には出られない。
そのふたりが並んで座っているのも、なかなかに良い景色だよな。
そちらにも行って挨拶をすると、ベンヤミンさんが「学院祭明けの休日に顔を出しますよ」と言っていた。
たぶん、先の王宮行事以降の情報交換が目的なのだろう。
あと、ヴィオちゃんのところのセリュジエ伯爵家王都屋敷執事であるハロルドさんや、フレッドくんの叔母さんでヴァイラント子爵家王都屋敷女性執事のマルハレータさんなども顔を揃えている。
エステルちゃんとふたりで、そういった顔見知りの人たちの席を廻って挨拶を交わしていると、先ほどの学院生会メンバーの下級生が俺のところにやって来た。
「ザカリーさん。王家の方々が間もなくご入場されます。どうされますか?」
「あー、それじゃちょっとだけ顔を出すかなぁ」
「そうしていただけると。会長からもお願いして来いと言われてまして」
会長からというとスヴェンめ、俺を巻き込もうとこの下級生を使いに出したな。
まあ、うちのために貴賓席を優先的に確保してくれている学院生会にはお世話になってるし、顔を出すぐらいなら。
「ということみたいなので、エステルちゃん。ちょっと行って来るよ」
「試合開始前なので、穏便にね」
「ダイジョウブでありますよ。こう見えても、僕は審判員ですから」
「だといいけど」
まあ心配しないでください。
先ほどは王女さんにもちゃんと対応したし、たかが第2王子がそこに増えたとて何ほどのことはありませんので。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




