第942話 あっという間の学院祭最終日
学院祭そして総合戦技大会も無事に日程を消化し、あっという間に最終日となった。
こういう普段とは違うイベントごとだと、1日の密度は濃いけど日にちはどんどん過ぎて行くよね。
総合戦技大会では、これまでの4日間での結果で言うと、幸いなことにうちの4年A組は最終日の学年無差別トーナメントまで勝ち残った。
例年、学年優勝候補に挙げられながら、1年生のとき以来惜しくも1位2位になることができなかったけど、うちのチームは総合力では現在のどのクラスより上だと評価したい。
剣術前衛と魔法後衛の混成チーム5人で対戦するこの総合戦技大会では、限られた試合時間の中でフィールドに最終的に残った選手の人数で勝敗が決する。
なので、どうしても魔法は牽制や援護優先の攻撃になり、最後は近接戦闘が勝敗を左右してしまう。
かつて3年生時に総合優勝を果たしたアビー姉ちゃんのクラスのように、学院生にしては突出した剣術の力と、人間離れした体技や運動量を持つ選手の居るチームが有利な傾向にある。
その点で現在の4年生だと、ブルクくんを擁するB組やルアちゃんのE組、あるいはロルくんのF組などが強いんだよね。
ただし、そこは剣術と魔法の混成チーム競技なので総合力も重要だ。
その点で言えば、4年A組は剣術で現在のトップ7と呼ばれるうちの3名が居て、かつ魔法では2トップの魔法少女と魔法少年の5人のチームなので、総合力では充分過ぎるよな。
それに加えて今年のA組チームは、初心に立ち返って1年生のときに試みた剣術と魔法の総力戦で挑んだ。
つまり、ヴィオちゃんとライくんは魔法後衛だけど高めのポジションに着いて、試合の状況により素早く前進して剣術でも戦う。
そしてカロちゃんも、リベロ的なポジションから魔法と剣術の両方を遣って戦うという戦法だ。
これが選手の体力的負担を強いる戦法なのは1年生のときに分かっていたのだが、あれから体力強化に頑張り、かつ4年生となって年齢的にも成長したことが大きい。
その成果がしっかり出たということだ。
一方で他のクラスは、剣術強者のブルクくんのB組、ルアちゃんのE組を筆頭に、ロルくんのF組も含めて激しい争いとなった。
B組には総合魔導研究部の副部長のサネルちゃん、F組には同じく部長のディアナちゃんが居るしね。
結果としてはブルクくんとサネルちゃんのB組が勝ち上がり、最終的にはうちのA組が制して学年1位、B組が2位となって学年無差別トーナメントに進んだ。
ちなみに1年生ではフレッドくんのE組が1位で進出し、ブリュちゃんのA組は2位決定戦で惜しくも敗退。
2年生はヘルミちゃんの2年D組が学年1位となった。2年生の試合の中では、彼女が特別に存在感を放っておりましたなぁ。
そして3年生は、カシュくんの3年C組が見事に1位となった。
ここは本来なら、ソフィちゃんが在籍していたA組が引き続き学年優勝となる筈だっただろうけど、彼女が居ないのが大きいな。
そのA組に代って2位になったのは、強化剣術研究部で3年生ながら副部長を務めるヴィヴィアちゃんのF組だった。
こうして各学年の1位と2位が決まり、いよいよ最終日の総合優勝を決める無差別トーナメントとなった訳だ。
「えー、ということで本日の午後は、魔法侍女カフェの総力を挙げて試合の応援を行うということで、よろしいですかな」
「おう」
「従いまして本日の午後過ぎには、誠に残念かつ不本意ながら、魔法侍女カフェは閉店ということで、よろしいでしょうか」
「仕方ないでーす」
「でありますから、ただいまより我がクラスの1回戦が始まる直前までは、全力を注いでお客様をお迎えし、特にグリフィニアチーズケーキを売り切るのであります。あ、グリフィニアガレットの材料は残ってもいいからね」
「はーい」
「でもさ、もしグリフィニアチーズケーキが残っちゃったら、それはそれで、わたしたちが処理すれば」
「と言うより、わたしたちの処理分は残した方が良いのでは」
「そーよねー」
「あくまで、お客様が優先でありますぞ」
「はーい」
昨日にうちのクラスチームが学年1位を決めたので、最終日前日打ち上げと祝勝会を兼ねた夕食の場で、このような本日の予定をクラス全員の総意で決めた。
今朝の開店前ミーティングでは、その確認ですな。
「それと、ザックくん」
「はい、なんでしょうか、ヴィオ店長」
「学院生会から通達のあった、例のことなんだけど」
「ああ、それでありますか。そんなのは然程気にしなくても大丈夫。誰が来ようと、それに今回は非公式ですから、普通にお客様として対応すれば良いのです」
学院生会から通達された件とは、本日の最終日に王族のアデライン王女とクライヴ王子が訪れるというものだ。
昨年のセオドリック王太子と婚約者のフェリシア嬢とは異なり、あくまでも非公式の来訪。
そして、王女と王子は午前中は別々に学院祭を見学し、午後はふたりとも総合戦技大会を観戦と予定が報らされていた。
「まあ、あなたがそう言うのはわかっていたわ。でも、ご対応はお願いね。わたしも挨拶には出るけど」
「了解であります。あー、ライは?」
「パス。オーナーと店長に任せる。今日の午前中は、僕はグリフィニアガレットを全力で焼きまくる予定」
「もう」
ライはそうでしょうな。
男爵家と領主貴族としては最下位の家のそれも次男ということもあるけど、極力そういう王族や貴族との社交には関わりたく無いというのが一貫している。
でも、卒業後もヴィオちゃんとの関係を続けて深めたいのなら、その辺のところをどうするかしっかり考えないといけませんよ。
本当にグリフィニアガレット屋さんを始めるのならともかくとして。
朝の開店前ミーティングを終えて各自は所定の位置にスタンバイした。
俺は開店時だけは店の入口付近に待機して、朝一番のお客様をお迎えするのが恒例だ。
加えて本日はヴィオちゃんも同じ場所に待機している。
やはり、王族のどちらかが早々とやって来るのを気にしているようだ。
さて、総合魔導研究部が打ち上げる火魔法花火の音がドンドンと響き、いよいよ学院祭最終日も開場となった。
「オーナー。オーナーのところのお姉さまが来られるよ」
入口の外で廊下の様子を伺っていた剣術侍女のペルちゃんが、そう言って俺を呼ぶ。
それで俺とヴィオちゃんが入口の外に出てみると、向うからカリちゃんとあとライナさんのふたりがこちらに急ぎ足で来るのが見えた。
ジェルさんとオネルさんは居ないようだ。
初日に来なかったうちのお姉さん方3人は、2日目の朝一番に魔法侍女カフェに来ているのだけど、また来たですかね。
ライナさんの今日の衣装は当家の調査外交局独立小隊レイヴンの外出用平時制服で、まあこれは俺やエステルちゃんがお出掛けの際の護衛時のものだが、学院祭ということで帯剣はしていない。
彼女らには本日は親善模範試合の審判もお願いしているしね。
一方のカリちゃんは貴族の子女が身に着けるような外出着姿で、最終日だからなのか幾分華やかさと美少女らしさを際立たせている。
ただし、肩からはマジックバッグを提げているのだけど、あれってぜったい中に危険な武器を入れてるよね。
「あれ? またこっちに来たの?」
「またこっちに来たの、じゃないですよぉ、ザックさまは」
「うふふ、また来たんだけどねー。さっき、わたしらが学院に到着したらさー、何やら馬車が何台か、その後から着いたのよ。王宮騎士団に警護されてね」
「それで、ジェル姉さんがザックさまのところに急げって。厳正なる抽選の結果、本日午前中を担当するのは、わたしとライナ姉さんでーす」
厳正なる抽選とか、午前を担当とかと言っても、お昼からはみんな総合競技場だし。
カリちゃんは俺の秘書で、ライナさんは何か適当なことを言ってジェルさんを納得させたんだよな。
つまりこれはあれですか。以前に言っていた、王族の来訪に対して俺の側に誰かが付くというそれですか。
ヴィオちゃんは事情が分からず「どういうこと?」とか口にしているし、ペルちゃんはもっと分からず頭の上に「??」が出ている。
すると、このふたりを追いかけるようにして、続けてクロウちゃんが廊下の向うから飛んで来た。
こらこら、廊下は走るな、じゃなくて廊下の中を飛んではダメですよ。
彼は到着すると、俺の頭の上に止まって「カァカァカァ」と報告して来た。
ああ、そういうことですか。学院に到着した王宮からの一行は、学院長以下主立った教授や職員の出迎えと挨拶を受け、然る後に二手に分かれて学院内に入ったと。
「カァ、カァカァカァ」
「そして、そのうちのアデライン王女一行がこちらに向かっておると。クライヴ王子は別の方に向かったんだね」
「カァ」
「ラジャー。偵察と報告ご苦労さまです、クロウちゃん」
「カァカァカァ」
「クライヴ王子の方がエステルさまたちに接近しないように、引き続きあちらの監視に移るのねー。わかったわ、こっちは任せて」
「カァ」
そんなやり取りをすると、クロウちゃんは直ぐに飛び立って行った。
だから、廊下を無闇に飛ばないようにって、飛ばないと移動出来ないか、キミの場合。
「そういうことだからー、ザカリーさまはそこにスタンバイ。あーっと、ヴィオちゃんも居た方がいいわよねー。ペルちゃんは、変に火傷をすると拙いから、お店の中に入って入口付近でスタンバイねー」
「あのー、えーと、ライナ姉さん?」
「火傷? あー、はいです」
ますます意味の分からない様子のペルちゃんだが、アデライン王女一行がこちらに来ようとしているのは理解したようだ。
慌てて店内に入った、と言うより逃げたと言った方が正確かな。
俺とヴィオちゃんはライナさんの指示によって店の入口前に立たされ、その俺の直ぐ斜め後ろにくっ付くようにしてカリちゃん。そしてライナさん自身はやや離れてスタンバイした。
「えーと、どういうことなの? ザックくん。どうやら、アデライン王女がこちらに来るというのはわかったのだけど」
「最低限の防衛態勢ですよ、ヴィオちゃん。万が一に備えます」
「防衛態勢? 万が一ってカリさん、それは……」
まだ言葉を繋ごうとしたヴィオちゃんの声が止まった。
何故なら、おそらくはアデライン王女一行と思しき人たちがこちらに向かって来るのが、廊下の向うに見えたからだ。
あー、案の定、第一番にここを目指して来たのですな。
先頭を、真っ直ぐにこちらに視線を向けながら進んで来るのは、確かにアデライン王女だ。
その隣には、護衛らしき王宮騎士団の制服に身を包んだ人が並んで歩いている。
あれは女性騎士ですね。おそらくはあの女性騎士が警護責任者ですかね。ライナさんたちと同じぐらいか少々上の年齢かな。
と言うことは、サディアス・オールストン副騎士団長はクライヴ王子の方に付いているということですかね。
そしてそのふたりの後ろで、やはりこちらに目を向けて歩いて来る男性は、あれは内務部長官のブランドン・アーチボルド準男爵ではないですか。
あの人が付き添いなんだ。ホント、ご苦労さまとしか言いようが無い。
一行がこちらに近づくと、そのブランドンさんがするすると王女の前に出て俺の方に急いで歩いて来た。
「これは、ザカリー長官。ご無沙汰しております」
「ブランドンさんも、いやあご苦労さま」
「あ、いえ、なに。ランドルフから厳命されまして」と、彼は声を顰めた。
つまり、ランドルフ王宮騎士団長が表立って王女や王子に付けないものだから、立場上このブランドンさんが従って来たということですかね。
「ヴィオレーヌ様も、大変にご無沙汰しております。本日はよろしくお願いいたします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「あと、そちらは確か、ザカリー長官のご秘書の」
「カリオペです」
「それと、あちらはライナさんでしたね」
ライナさんの方を向いたブランドンさんに、彼女は無言で会釈した。
こういう風におちゃらけていない場合は、先ほどのカリちゃんじゃないけど真面目に防衛態勢を取っている証拠だ。
「ブランドン長官、そろそろよろしいか?」
ブランドンさんの背後から女性の声が響いた。少々居丈高にも聞こえるその声音は、女性騎士のものだ。
「ふむ。どうぞこちらに、エデルガルト騎士。王女殿下をご案内ください」
ブランドンさんも俺たちに向けていたのとは打って変わって、極めて事務的な口調でそう応えた。
これは、と思ったら、ブランドンさんが俺の耳元に顔を寄せて「あれは、騎士団長のとも副騎士団長とも違う派閥ですので、念のため」と小声で早口に囁いた。
ああ、そういうことですか。
つまりだ。ランドルフ王宮騎士団長の主流派は親善模範試合に参加し、サディアス副騎士団長の若手エリート派はクライヴ王子の護衛に付いて、こちらのアデライン王女には最大人数派閥である家柄派の連中が従って来たということですな。
そんなことを頭に浮かべているうちにブランドンさんが横に立ち位置をずらし、俺とヴィオちゃんの目の前にはアデライン王女が立ったのだった。
あ、やっぱりこの王女、ニコりともしないよね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




