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第941話 最後の魔法侍女カフェが開店

猛暑のせいで(と、つまらない言い訳ですが)更新に間が開いてしまい、申し訳ありません。

 学院祭が始まった。

 俺やクラスメイトにとって魔法侍女カフェもこれが最後かと思うと、なかなかに感慨深い。

 そろそろ学院内に一般の入場が始まる頃だろう。初日の来客を迎えるべく準備万端で待機する店内を、俺は入口近くから眺める。


「どうしたの? オーナー。そろそろお客様が来るわよ」

「あ、はいです。いやあ、当クラスの魔法侍女も、ずいぶんと美人揃いのお姉さんになったなぁと思いまして」


「なに、言ってんだか」

「そろそろ、お客さまが並び始める頃よ。一番客の対応はお願いしますね」

「はいです」


 入口近くに俺と一緒に待機していた女子ふたりは、それでも嬉しそうに満面の笑顔を俺に向けた。


 店内に設けられたグリフィニアガレットの屋台には、初日のトップバッターとしてライくんともうひとりの男子がスタンバイしている。

 先ほど準備がてら試し焼きをしていたので、店内にはガレットの甘い香りが既に漂っていた。



「いらっしゃったわ。あ、エステルさまだ」

「アデーレさんも来ますね」


 たぶん、開場とともに入って来たエステルちゃんたちうちの一行が、真っ先にここに向かって来たのだろう。

 アデーレさんは初日の滑り出しを心配して、昨日も大変だったのに一緒に来てくれていた。


 そのふたりに同行しているのは、エディットちゃんとシモーネちゃんにフォルくんとユディちゃんだね。

 この4人は、昨日はお留守番をして仕込みなどをしてくれていた。

 あとはシルフェさまとシフォニナさんに、クバウナさんとカリちゃんですか。カリちゃんはクロウちゃんを抱いている。


「きゃ、シモーネちゃんだわ」

「お久し振りだけど、やっぱり可愛いいっ」

「でも、去年よりは少し背が伸びたわよね」

「それは、成長するお歳頃でしょ」


 うちのクラスの女子には、年に1回か2回ぐらいしか会わないけれどシモーネちゃんが大人気なのですな。

 風の精霊っ子なのでどう成長するのかは俺にも良く分からないのだが、うちに来た当時の人族なら7、8歳ぐらいの見た目から、現在は10歳ぐらいと言われればそうだろうと普通に納得する感じになっている。


「ザックさま、なにわたしを見てるですか? 来ましたよ」

「お、おう、いらっしゃい。さあ、エディットちゃんもフォルくんとユディちゃんも、中に入って入って。ところでジェルさんたちは?」


「ジェル姉さんたちは、人数が増え過ぎだからって明日にするそうですよ」とユディちゃんが教えてくれた。

 ケリュさんやアルさん、それから他の男連中も学院には来ている筈だけど、遠慮というかどこかに消えましたかね。その点フォルくんは逃げられなかったらしく、まずはご苦労さまです。


 俺はシモーネちゃんと手を繋いで、その3人の少年少女を店内に招き入れた。

 以前はユディちゃんも俺と良く手を繋いでいたけれど、さすがにもう13歳で特に従騎士見習いに正式に就任してからは、そうすることも少なくなったよな。

 見た目16、7歳のカリちゃんとかは、いつでも手を繋ぎたがりますけどね。


 ユディちゃんとフォルくんは独立小隊レイヴンの制式平時制服姿で、立ち姿がなんとも凛々しい。

 エディットちゃんはカリちゃんが着ているのと良く似た、おしゃれな秋物の外出着だね。

 屋敷で着ている侍女の制服だとそのままこのカフェの魔法侍女服なので、うちのクラスの女子に混ざっても違和感が無いですから。


 それにしても、こうしてうちの子たちを屋敷の外で見るとあらためて思うけど、なんとも可愛く立派に成長しておるですなぁ。


「カァカァ」

「うるさいよ、クロウちゃんは」

「ふふふ。ザックさまのお父さん目線が出ました」

「いいからカリちゃんも入って」


 ともかくもほかの一般のお客様が来る前に、うちの者たちを先に店内に入れてしまう。

 正式な開店には、魔法侍女10人全員が揃って並んでお出迎えする予定だ。




「おはようございます。いらっしゃいませ、魔法侍女カフェにようこそ」


 魔法侍女たち、ひとりは剣術侍女ですが、その10人が声を揃えて挨拶をする。


 初めてこの店を開いた1年生のときの12歳の魔法侍女たちは、まだ可愛らしさだけが優先されていたけれど、あれから4年目。15歳になった彼女らは、少女から大人の女性へと歩みを進める、そんな歳頃の色気さえも漂って来るようだ。

 そんな姿を見ていると、学院祭という枠の中ではこの辺で終わり時なんだなとも思ってしまう。


 10人のそんな声に迎えられて、先頭でにこやかに店内に入って来た中年のカップルは、あなたたちでしたか。


「ザカリー様、今年は私どもが一番手ですな、はっはっは」

「おや、でももう、既にどなたかがいらっしゃいますよ」


 エイブラハムさんとリンジーさんのコンドレンご夫妻。エイブラハムさんはここ王都の商業ギルド長で、奥様のリンジーさんもやり手の商会経営者だ。


「いらっしゃい。おふたりが一番手です。あっちに居るのはうちの者たちでして。おーい、エステルちゃん」


 俺を目敏く見付けて声を掛けて来たので、テーブル席に案内しながらエステルちゃんを呼んでこのふたりに紹介した。

 たぶん、初めましてだよね。


「おお、あなたがエステルさまですな。お噂はかねがね伺っております」

「なんともお美しくて、えも言われぬ気品がおありになって。他国のお姫さまというご評判は、本当なのですね」


「お会いするのは初めてでしたね。わたしはただの田舎者ですよ。おふたりのことはブルーノさんから伺っております。こちらこそ、お会い出来て嬉しいですわ」


「こうしてお目に掛かることができて、われらも光栄ですぞ」

「直ぐには難しくても、これをご縁にコンドレン商会ともお付き合いを是非願えますれば」

「ええ、お付き合いということであれば。うちのこの人は、当家の調査外交局を率いておりますので」


「おっと、これは。ザカリー様がグリフィン子爵家調査外交局の長官様にご就任されたお話は、われらばかりかこの王都の商業ギルド員ならば皆、承知しておりまするよ。あらためましてご就任、おめでとうございます」


 まあまあまあ。夫妻揃ってぐいぐい来ますけど、今日は学院祭の初日でここは魔法侍女カフェ。甘い物を気楽に楽しむお店ですからね。



 このテーブルの様子を伺いながら、ほど良いところでオーダーを取りにメニューを持ってヴィオちゃんが来てくれた。


「これは、ヴィオレーヌさま。ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません」

「ご挨拶なんて良いですよ、リンジーさん。今日のわたしはこのカフェの店員、魔法侍女ですので。それよりもこちらがメニューになります。お薦めは今年の新メニュー、グリフィニアチーズケーキのセット。それから、グリフィニアガレットというのもあります。グリフィニアガレットは、あちらの屋台でこの場で作って、出来立てをお出しします」


 ヴィオちゃんの言葉に、コンドレン夫妻の目が店内に設えてある屋台の方に向いた。


「あちらに居られるのは、モンタネール男爵家の」

「ライムンドさま、ですわよね。ライムンドさまが、そのグリフィニアガレットというのをお作りに?」

「そうなんですのよ」


 次男とはいえ男爵家の息子が屋台でお菓子を作るとか、まあ普通は滅多に見られませんからね。

 でもあのライくんが、うちの男子の中でいちばん上手なんだよな。


 結局コンドレン夫妻は、グリフィニアチーズケーキと紅茶のセットに追加でライくん謹製のグリフィニアガレットを注文した。

 食べ終わったらまたぐいぐい来そうなので、俺はちょっと姿を隠したい気分ですなぁ。



 オーダーを入れにヴィオちゃんがテーブルを離れ、そのタイミングで俺たちも離れたら「あら、マッティオさんとジリオーラさんだわ」とエステルちゃん。

 少し離れた席で、ソルディーニ商会王都支店長のマッティオさんと奥様のジリオーラさんがこちらを見て頭を下げていた。側にはカロちゃんが立っている。


 そのテーブルに行くと、カロちゃんは「オーダー、入れて来ます、です」と俺たちと交代した。


「マッティオさんとジリオーラさん、いらっしゃい」

「ザカリーさま、エステルさま、お邪魔しております」

「はからずも、コンドレン商会に先を越されました」


 別に競争している訳じゃないんだから、どっちが先だからどうのとか無いですよ、マッティオさん。


「でもこうして、おふたりがお揃いで店内を廻っているのを拝見すると、ここっておふたりのお店みたいですわね。うふふ」

「ほんとにな、ジリオーラ。そうだ、今年でザカリー様もご卒業ですし、ここはひとつ、王都で本格的にお店を開くというのはどうですかね、エステル様」


「まあ、こういうカフェをですか?」

「それ、いいわね、マッティオ。ぜひ開きましょうよ、エステルさま」

「なんでしたら、ソルディーニ商会ですべてご準備しますから。会長やカロリーナ様も大賛成していただけるでしょうし」


「グリフィン子爵家の新作お菓子が、いち早く発表されるカフェ。凄く素敵ですわよね」

「おお、それだ、ジリオーラ」

「店員の魔法侍女は、うちで採用しますわ。厨房はアデーレさんにご指導いただいて。どうですか? エステルさま、ザカリーさま」


 こっちのテーブルもご夫妻で盛り上がってますけど。俺とエステルちゃんは、そのふたりの話を聞きながら苦笑いするしかなかった。

 王都の商業ギルドやコンドレン商会への対抗意識から出たこの場での発案かも知れないけど、だからと言って無視するには惜しい案かもね。


「(僕らが直接経営するかどうかはともかく、ちょっと考えてみてもいいかな)」

「(少し面白そうですね。新しいお菓子を発表して、王都の人たちに食べていただくお店というのも良いかもですよ)」


 エステルちゃんが乗り気なら、真面目に検討してみるのも悪くないかな。



 気が付いてみると店内は既に満員で、それもほとんどが見知った顔ばかりだった。

 あっちのテーブルには、ヴィオちゃんのところのセリュジエ伯爵家王都屋敷の一行で、執事のハロルドさんたちが座ってこちらに会釈している。

 この魔法侍女カフェのお店づくりは、ハロルドさんたちの尽力も欠かせないからね。


 それから、その近くのテーブルに居るのはマルハレータさんじゃないですか。

 彼女は1年生のフレッドくんの妙齢の叔母さんで、ヴァイラント子爵家王都屋敷の女性執事だ。

 一緒のテーブルに居るあとの女性ふたりは、ヴァイラント子爵家の侍女さんだったかな。


「マルハレータさん、ご無沙汰してます。フレッドの方はいいんですか?」

「これはザカリーさま、エステルさま。こちらこそご無沙汰しております。まずは名高いこのお店にと。フレッドのクラスには後で行きますよ。それに評判のお菓子をいち早くいただきたいと、この子たちが」


「マルハレータさまったら。初めにそう言い出したのは、マルハレータさまじゃないですかぁ」

「うふふ」


 執事と言うより女剣士という雰囲気が漂うマルハレータさんだけど、やっぱり甘い物が好きな女性なんだね。


 聞いてみるとこのテーブルの3人も、グリフィニアチーズケーキセットに追加でグリフィニアガレットも注文したそうだ。

 食後のデザートは別腹と良く言われるけど、チーズケーキは甘さを多少は抑えているとはいえ、その別腹にグリフィニアガレットがしっかり納まるのかな。



 結局、エステルちゃんとふたりで店内の各テーブルを順番に挨拶して巡ることになり、ようやくシルフェ様たちが座るテーブルに来ることが出来た。


「なかなかに盛況ですわね」

「毎年こうなのよ、クバウナさん」

「みんな、うちの新しいお菓子を目当てに来ますからね、お婆ちゃん」

「昨日、頑張ってお手伝いした甲斐がありましたね」


 シルフェ様以外のうちの女性陣が総動員で、チーズケーキ作りをしてくれたお陰です。


「わたしもお手伝いすれば良かったかしら」

「おひいさまが手を出したら、別のものになっちゃいますよ」

「精霊さまのお菓子ですかぁ?」

「ケーキに妙な効果が付いちゃいそうだわ」


 風の精霊のバフ効果の付いたチーズケーキですか。彼女の加護は、作物の豊穣や生物の繁殖なども促すからね。

 カァカァ。うん、そうだね。食べた人がみんなそんな気分になっちゃったら、これはこれで危険物だよな。カァ。



「本日は魔法侍女カフェに、ようこそおいでくださいました。今年の新しいメニュー、グリフィニアチーズケーキとグリフィニアガレットはいかがでしょうか。グリフィニアガレットを追加でご希望の場合は、あちらで直ぐに焼き上げますので、遠慮なくご注文ください」


 今年もカフェ内にちょっとしたステージが設えてあって、店長のヴィオちゃんの口上が聞こえ、魔法侍女の全員が並んだ。

 ステージ脇には、リュータラというリュートとギターの中間のような楽器を抱えた男子がふたり控えている。


「それではただいまより、つたないながら、わたしたち魔法侍女の歌と踊りを楽しんでいただければと思います」


 昨年よりも一層華やかさを増したような魔法侍女のステージが始まった。

 それでは俺も暫しのひととき、お客さんと一緒に楽しませていただきましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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