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第939話 ケリュさんに学院内を案内する

 ケリュさんとカリちゃんを連れて学院内を歩く。

 いまは開催前日の午後で、どこもかしこも学院祭の準備が真っ盛りだ。

 大勢の学院生はもちろん、学院職員も講義棟などの建物を忙しく出たり入ったり、屋外の各所でも課外部が出す出店などの準備が進んでいる。


 そう言えばこの4年間、うちの総合武術部はこのような出店を出したことがなかったよね。

 尤も部員の全員が総合戦技大会の出場者で、部長の俺は審判員。5日間の午後はすべて時間を取られちゃうから、出店などを出す余裕が無いんだよなぁ。


 俺の左右にケリュさんとカリちゃんと、3人並んでこうした学院内を歩いていると忙しそうな誰もが俺たちを目にして立ち止まり、不思議そうな表情でこちらを見てから再び準備作業に戻って行く。


 まあそうだよな。

 俺はのんびり歩いているし、学院生の制服姿ではないとびきりの美少女と、やたらにガタイの良い騎士風の服装をした美男を伴っているのだからね。

 ああみなさん、気にしないで作業を続けてください。


 普段だったら絶対に学院中の噂になるのだろうけど、幸いなことにいまは学院最大のイベントの準備で忙しい。

 そんな喧噪に紛れて忘れてくれれば良いのですが。



「学院には何回か来てますけど、こうしてザックさまに案内して貰うのは初めてですよ」


 カリちゃんはとても楽しそうだ。でも、俺と手を繋ぐのはやめなさいね。離そうとしないけどさ。

 一方のケリュさんは周囲に目をやりながら、興味深そうにして黙って歩いている。


「ここが剣術訓練場で、隣が魔法訓練場ですね」

「ほほう。ここで子供たちが鍛錬する訳だな」

「鍛錬、というほどではないけど、まあそうですね。それぞれの講義が行われて、放課後は関係する課外部が練習で使います」


「春学期には、課外部対抗戦がここで行われるんですよ、ケリュさま。わたしたちも観戦に来て、ザックさまはやっぱり模範試合をしたんです」

「ほう。それは我も観たかったな。でも来年は、ザックはもう居ないのか」


 残念ながらそうですね。

 剣術と魔法の課外部対抗戦は来年以降も是非続けて欲しいけど、俺は卒業生なのでルール上は観戦資格も無くなるんだよな。

 いちおうは現役学院生の家族関係者に限定しているからね。


 剣術訓練場と魔法訓練場はほぼ同じ造りなので、剣術訓練場の方をちらっと覗く。

 このふたつの訓練場は学院祭期間中には使用しないから、内部に誰も居らず静かだった。



 総合戦技大会の会場となる総合競技場へと到着した。

 こちらは明日からの開催に向けて、フィールド整備や場内清掃などももう終えている筈だ。

 正面入口には、学院生会所属らしい学院生の男女がふたり立っていた。


 彼らはそこに近づく俺たちを見ている。どうやら3年生か2年生みたいだな。


「ザカリーさん、どうしたんですか?」

「ザカリーさま、あ、さん。この前はお菓子の差し入れ、ありがとうございました、です」


「あ、いや。君たちは?」

「はい。本日先ほど、この総合競技場を学院生会が引き継ぎましたので、入口の鍵を開けている間は、こうして交代で」

「なるほど、そういうことか」


 普段は学院側の管理になっているが、学院祭期間中の開催時間内は学院生会が管理運営を受け持つのだったよな。

 それで準備日の今日も、こうして入口に立って出入りのチェックを行っている訳だ。


「中の準備は?」

「整備も清掃なんかも、もう終わりました。中はもう誰も居ません」

「それで、ザカリーさんは?」


 ふたりはちらちら、俺の横に居るケリュさんとカリちゃんを気にしながらそう聞いて来た。

 カリちゃんもさすがにもう手は繋いでいませんよ。


「ああ、このふたりはうちの者たちなんだけど、総合戦技大会の会場を見学したいということでね。ちょっと入ってもいいかな?」


「お屋敷の方ですか。もちろんいいですよ。ザカリーさんは審判員ですので主催側ですし」

「あの、あの、わたしがご案内しましょうか?」

「うん、ありがとう。でも、勝手知ったる会場だから、案内は大丈夫。普段も練習で使ってるしね」

「そうですよね」


 2年生らしき女子が一緒に付いて来たそうだったけど、そこはそれ、連れているのが武神とドラゴンだからさ。遠慮して貰いました。



 まずは階段を上がって、スタンドの貴賓席に行きましょうかね。

 その入場口から貴賓席に入ると、眼前にフィールドが広がる。

 フィールドは丁度、前々世のサッカーフィールドぐらいの広さで、貴賓席はその長手方向に面したスタンドの中段。


 良くあるサッカー専用のスタジアムと異なるのは、もし魔法が着弾してしまった場合でも客席を守れるように、比較的背の高い防護フェンスがフィールドを取り囲んでスタンドはその上にあるところだ。


 まあライナさんあたりが、強烈なストーンジャベリンなどをこのフェンスに直接撃ち込めば、穴を穿ったり崩壊させたり出来るかもだけど、学院生の魔法レベルなら何の問題も無い。

 もしもアルさんがここで魔法を撃ったら? 競技場が破壊されます。


「ほほう。ここが祭祀場、いや闘技場か」


 いやケリュさん、祭祀場でも闘技場でもなくて、競技場ね。

 でも、闘いの技を競う場所だから闘技場でもいいのか。


「ねえねえ、ザックさま。フィールドに降りちゃダメ? 誰も居ないからいいでしょ?」とカリちゃん。

 彼女もドラゴンなので、広い場所とか大きな建造物とかが好きだよね。


「いいよ。でも、本体の姿に戻るのはダメだからね」

「あ、ひゃひゃ、そんなこと、しませんよぉ」


 両手を前にバタバタさせてちょっと慌てた表情をしたので、こいつそうしてみようとか思ったよな。

 金竜様の宮殿なんかでもそうだけど、だだっ広い空間ではやっぱりドラゴン姿に戻りたいのだろう。でも誰かが突然現れて目撃される可能性があるからね。


「ふん。それじゃ降りますっ」と彼女は、その場からフィールド上にひゅんと跳んで降りて行った。

 普通は裏の階段を降りてって、だからそういうのも誰かが見てたらヤバいでしょ。スカートを履いてるんだし。

 仕方ないので俺も後に続く。ケリュさんはフワフワ浮遊しながら降りて来た。



「この広さがあれば、わたしも闘えますよね」

「あー、そうだね」


 カリちゃんが闘えるかどうかもあるけど、それよりも誰を相手に闘うかだよな。


「んー、例えば姉さんたちとか。ザックさまがお相手だと、本体の姿に戻った方がいいかなぁ」

「あー、そうかもだなぁ……。あとケリュさん、エルク姿で走るのはダメですからね」

「お、おう。そんなことは、せんぞ」


 この神様も絶対に、黄金のエルク姿に変化してフィールドを走ろうとしてたよな。

 ドラゴン姿もエルク姿も禁止だからね。


 それといまは、ちょっと一戦というのもしませんよ。

 フィールドを荒らすと整備し直さないといけなくなるし、学院祭開催前日にホワイトドラゴンと武神と闘ってみるとか、ダメですから。


「ならば、これならよかろう」


 ケリュさんはフィールドのど真ん中、ちょうど中央に当たる位置まで歩いて行くと、軽く握った片手の拳を突き上げた。

 すると彼を中心に金色の光の帯が周囲に広がって行き、フィールドを越えスタンドの最上段まで四方八方に走って消えた。


 もう、何をしたですかね。

 先ほどまでなんとなくはしゃいでいたカリちゃんも、俺の隣でその様子を「ひょぉー」と眺めている。


「まあ、一時的だが、5日間ぐらいは保つであろう」

「だから、何をしたのかな? ケリュさんは」

「いやなに、大したことはしておらんぞ。闘技奉納のための清めよ。奉納先は我だがな。はっはっは」


 学院生たちの総合戦技大会のことをこの4年間、俺の感覚では純粋に競技としてしか捉えていなかったけど、ケリュさんが祭祀とか闘技の奉納とか何回も口にするのを聞いていると、どうもそうなのかなと思って来たりもした。


 俺の前世の世界でも、弓射や剣技から相撲といった格闘技、あるいは弓、刀などの武器、武具は神に奉納されて来た。


 これにはその地の豊穣を願い、また戦勝を祈願するなどの様々な意味があると思うけど、一様に言えるのはこういった闘いの力やその手段や道具に神威を感じて、それを神様に捧げることにより魔や邪を打ち祓うということなのだろうね。


 人が振るう闘いの力というのは、他方で魔や邪に陥ってしまう可能性もある。

 古代よりその危険性を知っているからこそ、その力の源泉を神に捧げて魔や邪の陥穽に嵌ってしまうのを防いでいたのかも知れない。


 だからケリュさんは、あらためて清めてくれた訳ですかね。

 あるいは、人間の闘いの力の発露が魔や邪を引き寄せるような危険性が、少しずつ高まって来ているということなのだろうか。


「まあ我がしてやれる、ささやかな前祝いみたいなものだ。ザックもこの闘技場に立つのだしな」

「なんにしても、闘いの場が清められているのは良いことですよ」

「そういうことだ、カリ」


 ああ、シンプルに捉えれば、相撲の土俵の内に塩を撒くようなものですかね。

 であるなら、武神であるケリュさんに直接清めて貰ったのだから、これは感謝しかないです。




 総合競技場を出て4年A組の専用教室、魔法侍女カフェに帰ろうとしたら、ケリュさんがもう1ヶ所まだ行きたいところがあると言う。


「まだ時間的には大丈夫だと思うけど、どこに行きたいんです? カフェで休憩とか?」

「あ、いいですね、それ。わたし、冷たい物が飲みたいですよ」


「カフェもいいのだがな……。あそこだ、ザック」

「あそこ?」

「地下への入口だよ」


 ああ、そういうことですか。

 王都の中心部の地下に存在する隠された墓所。セルティア王国建国にまつわる秘匿された霊廟に繋がる地下洞窟の入口が、この学院の敷地内に存在する。


 そこにはおそらくは長い年月を経て魔と邪が浸食し、それに侵されてしまったアンデッドも居れば、その魔と邪の浸食から逃れて自らを封印したかつてのこの地の王である、マルカルサスさんとその配下たちも居る。


 多くのアンデッドは俺たちが討伐して、地下洞窟の内部の大半はシルフェ様とニュムペ様の力に俺も補助して清められ、この出入り口もアルさんが封印している。

 だけど、すべてが浄化された訳では無いんだよな。


 そうか。総合戦技大会の会場の下見をしたいとかなんだとか、ケリュさんはそう言っていたけど、本来の目的はあそこだったのか。

 学院祭が始まってしまうと大勢の一般の観客たちも訪れて来るし、自分も総合戦技大会の観戦があるから、それで今日のアデーレさんの調理講習会に便乗して来た訳ですか。


「そういう話ね」

「だな」

「わたしもそこに行くのは、初めてですよ」

「カリちゃんも行ったことが無かったね。じゃあ、行きますか」



 念のために3人とも姿隠しの魔法で周囲から見えないようにして学院施設のあるエリアを離れ、その奥の森のエリアへと入って行く。

 やがて立ち入り禁止の標識を過ぎて、大きな岩の裏側にある地下洞窟の出入り口へと到着した。


 ここに来るのもずいぶんと久し振りだ。前回に来たのはもう2年前、2年生のときの学年末のあとだったか。

 マルカルサスさんたちは元気かな? 800年もこの地下で存在しているアンデッドが元気かなと思うのも、ちょっと変だけどね。


「ほほう、ここか。なるほどな。かなり念入りに封印されている。これはアルの仕事か。効力はまだ続いておるな」


 この出入り口と、それから別れの広間よりその先へと向かう3つの通路の出入り口も、アルさんによって封印されている。

 封印の効力は10年間。つまりあと8年は保つ筈だ。


 ケリュさんは、その岩と岩の間の狭い隙間にしか見えない封印された出入り口の前に立ち、内部の様子を伺うように眺めていた。


「まさか、いまから入ろうとか言わないですよね、ケリュさん」

「ダメですよ。そろそろ戻らないと、エステルさまに叱られます」


「ふふん。まあ我としては、ちょっと覗いて見て来たいところではあるがな。エステルに叱られるのは困るし、帰ってからシルフェにもっと怒られる。それに、祭の前日に邪に触れてしまうのは野暮だしな。ここを清めるのは、祭が終わったのちにしよう」


 おそらくケリュさんは、封印の先にまだよこしまなものが存在しているのを見て取ったのだろう。

 そう言って「では戻ろうか」と踵を返した。


 確かに彼の言うように、楽しい学院祭の前日に邪に触れるのは野暮な話だ。

 あるいは、ここに入ってすべてを浄化し切ってしまうには装備やメンバーも整えて来ないとだし、マルカルサスさんたちにお土産も用意しないとだよね。


 さて、グリフィニアガレット調理講習会がどうなったのかも気になるところなので、魔法侍女カフェに戻りましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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