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第937話 学院祭開催前の日々

「つまりこれは、ランドルフ王宮騎士団長が親善模範試合の選手として出場するってことよね?」


 王宮騎士団から届いたメンバー表にまだ目を通している俺に、学院長がそう聞いて来た。

 いやいや、俺もいまこの書類で初めて知ったのですけど。


「そういうことになるんじゃないですか?」

「そういうことになんるんじゃないですか、ってザック。おまえは知らなかったのかよ」

「この前にふたりで、そんな相談をした訳じゃないのかの?」

「ええ、そんな話はしてません。僕もいま、初めて知ったんですよ」


 フィランダー先生とウィルフレッド先生が不審そうな声で言って来るけど、そうなのでありますよ。


 つまりこれはあれだ。アデライン王女とクライブ第2王子の学院祭来訪が王宮内でほぼ内定して、必然的に警護責任者なんかも決まったのではないかな。

 要するに、王宮騎士団長であるランドルフさんは外れた訳だ。


 国王や次期国王である王太子ならばともかく、王女や第2王子だと騎士団長マターではないらしいからね。

 決まりや慣習的にはそうなのだろうけど、それでも納得出来ない彼としては、自分自身を選手にして無理矢理来ようということですな。


 ランドルフさんとしては、そうまでするほど王女と第2王子の学院祭来訪に懸念があるのか。

 それとも単に、自分が親善模範試合に出たいだけなのか。

 どうも両方な気がするよね、あのおやじの場合。



「ここだけの話にしておいて欲しいのですけど、王太子ご夫妻については、今年も学院祭を訪れたいというおふたりのご意向はあったようなのですが、アデライン王女とクライブ第2王子の訪問希望の意志を受けて、遠慮されたようです」


 今回は諦めると、王太子本人からつい一昨日に直接聞いたばかりなのだけどね。

 俺が王宮を訪問して、王妃も含めて王太子夫妻とこの件を話したことは、いちいちこの場で言うことではないでしょう。


「つまりだ。このメンバー表の示すところは、アデライン王女とクライブ第2王子が学院祭に来るというのが、決まったってことだな」


 おお、フィランダー先生はさすが元王宮騎士だけあって、理解が早いですな。


「王宮から正式な通達がある前に、ランドルフさまがこのメンバー表のかたちで先に報せて来たってこと?」


「そうだな、学院長。要するに、王太子ご夫妻が来られるのなら、これまでの経緯から騎士団長が護衛責任者だ。だが、今回はそうではないとすると、たぶん副騎士団長あたりが責任者になるのだろうよ。そうすると騎士団長とすれば、自分が選手として出場するのなら、堂々と来られる訳だがよ。でもこいつは、どうなんだ?」


「自分も行くので、好き勝手をするなという意思表示じゃな」

「そうかもな。それで王女と第2王子来訪の公式の通達や発表がされる前に、先手を打って自分が選手としてこっちに報せて来たのかもだな。ご苦労なこったぜ。加えて、騎士団長自身が試合に出たいっていうのも、あると思うがよ」


 まあ、フィランダー先生とウィルフレッド先生の言う通りでしょうね。


「そういうことかぁ。そうなら、これはそのまま受取るしかないわね。ねえザックくん。……あなた、なんだか不機嫌そうね。お気に召さないのよね、きっと?」

「あ、いや、別に不機嫌ということでは」


 表情に出てしまっていたようだ。

 どうも気に食わないというか、何がと言えば学院祭の総合戦技大会に王宮の手が伸びて来るというところがだ。


 そもそもこの模範試合というのは、学院生のために日頃、剣術学と魔法学の指導にあたっている教授が、戦技においても模範となるべく試合を行うと企画されたものだよね。

 そこに、たまたま試合に出られない俺も加わっている。


 また学院生だけでなく来場された多くの父兄、一般の人たちにも教授が技を披露することで、近年この王国でどうも低迷している剣術や魔法への関心を高めて貰いたいというところもある。

 それが次に入学して来る新たな学院生にも、良い影響をもたらせばなお良い。


 昨年に王宮騎士団との親善試合というかたちで受入れたのも、それが拡大すればという点で想定されたからだ。

 王太子とその婚約者のお披露目という慶事も加わって、王都や王国内でもそれなりに評判になり、実際に今年に入学した新入生にはあらためて剣術や魔法への関心が高くなっていたのだと思う。


 また王宮騎士団側としても、ランドルフ王宮騎士団長を中心として日頃の鍛錬の成果やその実力を王国民に披露出来る稀少な機会であり、素直にそれだけであれば俺としては否定するものではない。


 だけどですよ。アデライン王女の目的はいまだに俺には理解出来ないけど、第2王子が自身の存在感を示すために学院祭を利用したり、学院側にいらぬ迷惑を掛けないためとはいえ王宮騎士団長が自ら選手となったり。

 どうもそういう風に、王宮や王家の事情に総合戦技大会のこの模範試合が巻き込まれるのは、なんとも気に食わないんだよね。



「ザックの考えてることは、なんとなく分かるぞ。学院祭や総合戦技大会が、結果的にかどうかはともかく、なんだか利用され始めてるってことだよな」

「王家の卒業生が学院祭にただ来訪するのならばまだしも、こっちの行事を利用しようと浸食して来ておる、か」


「それはもちろん、そうであるなのなら学院としては許せないところだけど、王宮騎士団との親善試合は親善試合で、当学院の卒業生であるアデライン王女やクライブ第2王子の来訪はただの学院祭見学。それはそれ、これはこれよ。それらを王家や王宮やその辺の人たちがどう考え、どう結びつけようと、学院としては一切関係が無いし関与しないわ。だから、こちらからどうのこうのはしない。学院祭の秩序はしっかり保つ。学院生の自主性や権利や楽しみを奪うようなことはさせない。学院長のわたしとしては、そういうことよ」


 オイリ学院長が珍しく厳しい口調でそう言った。

 俺も彼女の発言に賛成だよな。セルティア王立学院は王立ではあるけれど、王宮からは独立して極めて自主性を重んじる運営がされて来た長年の伝統がある。

 だから王国の予算も余り入っていないそうだし、その分、学院生とその家が支払う学費は高額だ。


 そして独立した学院の中で、1年間のうち唯一外部に開かれるのが学院祭と総合戦技大会の4日間だけだ。

 だからこそ学院としては、独立性を重んじる意志をその4日間で外部にしっかり示し、学院長が言ったように秩序を維持し、学院生の自主性や権利や楽しみを守る必要がある。


 だが俺は、学部長教授ふたりと学院長とのそのやりとりに何かを言うことはしなかった。

 来年になれば卒業生ではあっても、俺も学院の部外者になる。

 だからやれるのは、今年の学院祭や総合戦技大会を俺の関与出来る範囲で無事に開催することだ。


 でも、ちょっと気に食わないんだよな。


「あの、えーと、ザックくん。学院祭はわたしたちが守るから、あまり怒らないでね」

「わしら教授の全員は、伝統ある学院の自主独立を大切にしておりますからの」

「そ、そうだぞ。そのなんだ、ここは俺たち教授陣が踏ん張らないと。だからザックは、あれだ、ひとりの学院生として、最後の学院祭と総合戦技大会を楽しんでくれ」


 そうだなぁ。もし仮に、俺も含めて学院生たちが楽しめない学院祭になったりすれば、俺はひとりの学院生として対抗することになるかも知れませんけどね。




 それからの10日間はあっと言う間に過ぎ、9月最後の2日休日を経て10月に入れば学院祭開催となる。


 この間に臨時のホームルームが開かれて、クラスのみんなに約束していたもうひとつの新作メニュー、グリフィニアチーズケーキの試食会も行いましたよ。

 女子たちはもちろん男子連中にもこのチーズケーキは好評で、既にお披露目済みのクレープ、グリフィニアガレットと合わせて完売を目指し、大いに意気が上がりました。


 それで、学院祭前日の10月2日の午後には、うちからアデーレさんに来て貰ってガレット作成の講習会を行うことになった。

 そのために、本来は同日の朝から1日掛けて行うお店づくりの作業を、前日の放課後から始めることにした。


 まあお店づくりは4年目で慣れているし、そのための資材や備品、飾り付けの材料、消耗品なんかの用意は、ヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家とカロちゃんのソルディーニ商会王都支店の全面協力で行われるからね。


 なお、前々日の放課後からの準備開始については、学院生会に届出ればいちおうは認められている。

 なので俺は、滅多に足を踏み入れない学院生会室にその届出に出向いた。



「あ、こ、これはザカリーひゃま。あの、どういうご用件、でひゅか?」


 学院生会室に行くと、たぶん下級生だけど所属の女子学院生が立ち上がって応対してくれた。

 この部屋はカウンターで各種受付出来るようになっていて、手前には会議テーブルなどが置かれ、カウンターの向うは事務室。


 そこでは何人かの学院生が机に向かって、座り事務作業らしきことをしている。こういう感じはギルドなんかに似てるよね。

 それから、ひゃま、じゃなくて、さんでいいからね。あと、落ち着くように。


 それにしても学院祭直前のこの時期、学院生会はかなり忙しそうだよね。

 学院祭も総合戦技大会も、すべての運営は学院生会と学院職員とで共同して行うからだ。


「うん。うちの4年A組が、今回は10月1日の放課後から準備に入りたくて、その届出に」

「あ、ひゃ、そうですか。えーと、あの、今年は何か大掛かりなことでも?」


「いやいや。例年通りの魔法侍女カフェなんだけどさ。ちょっと翌日の準備日には、新しいメニューを提供するための練習が必要でね。それで、お店の準備を前倒しにしたくて」

「ひゃー、新作メニューですかー」


「楽しみにしていてね。と言っても、キミたちはなかなか食べに来られないか。運営の仕事が大変だもんね」

「あ、ひゃい。でも、休憩時間を利用して行ったり出来ますから。あまり長くは居られないですけど。去年はわたしも慌てて行って、でも、あの、ザカリーさんのトルテがもう売り切れで……」


 そう言って、この女の子は昨年のことを想い出したらしく、少し哀しそうな表情になった。


 そうかぁ。顔だけはなんとなく知ってるので、きっとこの子は3年生で、うちの魔法侍女カフェの新しいメニューを楽しみにしてくれていたんだよね。

 でも、ザックトルテは提供出来た数が少なかったからなぁ。


「あっ、でも、グリフィンマカロンはいただきましたよ。1年生のときには運が良くて、グリフィンプディングも食べられましたし。わたし、魔法侍女カフェと、それからグリフィン子爵家のお菓子の大ファンなんです」


 そうなんだね。ここのところ学院祭に関しては余計な話題があって、もうひとつ気持ちが乗らなかったけれど、こういうファンの存在は嬉しいよな。思わぬところで気分が良くなる。


「そうなんだ。そうしたら、キミたち学院生会の諸君もいまは忙しいだろうから、これを差し入れましょう。うちの家の定番お菓子ね」


 俺はそう言いながら、カウンターの下でこっそり無限インベントリから取り出した贈答用お菓子セットを2箱、カウンターの上に置いた。


「え? あの、これ、ひゃあ、いいんですかぁ?」

「うん。みなさんで食べてください。2箱で足りるかな。もうひと箱出そうか」

「きゃぁー」


 座って事務作業をしながらも、どうやら耳をそばだててこちらを伺っていた子たちが、一斉に声を上げてわらわら集まって来た。


「わ、ひゃ、奇麗な箱ですぅ」

「開けて、開けていいですかぁ?」

「うん、いいよ。箱ごと差し入れだから、食べ終わったら箱はご自由に」

「きゃぁー」


 3箱出したからお菓子は充分に足りると思うけど、化粧箱の取り合いはしないでね。

 この化粧箱って、エステルちゃんがソルディーニ商会に特別注文して誂えたものなので、お値段は知らないけど美しく装飾されたそれなりに貴重なものなんだよな。

 とは言っても、お菓子を詰め合わせるための箱だけどね。



「おいおい、騒がしいと思ったら、なんだ、ザックが来ているのか」


 この学院生会事務室の奥にある会長室のドアが開いて、中から会長のスヴェンくんが顔を出した。


「お騒がせしておりますです、はい」

「会長、会長。ザカリーさま、あ、ザカリーさんから、差し入れのお菓子をいただきましたぁ。これ、これです、これ」

「グリフィン子爵家のお菓子ですよ。それも自家製ですって。売ってないんですよ。こんなに美しくて素敵な化粧箱に入れられて。それも3つも」


「それは……。ザック、ありがとう。みんなが大騒ぎする筈だな。差し入れ、ありがたく頂戴するよ」


 彼はにっこり笑って、俺に頭を下げた。それに倣って、賑やかに騒いでいた学院生たちも頭を下げる。


「学院生同士なんだから、そんなお礼はいいよ。頭を下げるなんて、スヴェンらしくないですぞ」

「いやいや、長官殿に差し入れをいただくなど、これに勝る僥倖はない」

「また、スヴェンは」


 彼は領主貴族家の息子ではないが高位文官のご子息なので、そういう役所の雰囲気は知っているのだろう。

 今年に入ってからはたまに、俺のことを長官殿などとからかったりする。

 同じ北辺のデルクセン子爵領の出身なので、つまり俺とはわりと仲が良いのだ。



「なあ、ザック。ちょっと時間ある? 良かったら少し話さないか?」

「いいよ」


 それで彼に誘われて、学院生会会長室に足を踏み入れた。

 ここって懐かしいよな。もしかしたら1年生のとき、フェリさんが会長だった以来じゃないかな。


 この学院の創設と共に歩んで来た学院生会の長い歴史が、この会長室とここに設えられた机や椅子、応接セットや調度品などには刻み込まれている。

 俺はスヴェンくんに促されてその応接セットのソファに腰掛け、顔を巡らせて部屋の様子を眺めた。


「この部屋、初めてじゃないんだろ?」

「ああ、1年生の時に何度かね」

「フェリシア会長の時代か。いや、いまは王太子妃様だったな」


「それよりも、話って、あれの件か? もう学院長から聞いたの?」

「そう、あれの件」


 学院祭での出来事でいちばん負担が掛かるのは、学院生の中ではどうこう言ってこの学院生会の会長殿だよな。

 まあ、愚痴でも言うのだろうけど、せっかくなので聞いてあげましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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