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第933話 王宮でサプライズは待ってますか

 午後過ぎ、王宮正門を通っていつもの内務部建物前の待機施設が隣接する広場に到着した。

 ここに来るのは夏休み前の王宮行事以来だ。

 セルティア王立学院に入学した当初は正門の外から見学に来た程度なので、あれからずいぶんとこの王宮に足を運ぶようになったものだ。


 王太子夫妻との交友関係もあるし、何よりグリフィン子爵家の調査外交局長官という役職に就いてしまったものだから、外交の場としてこの王宮とは縁が出来てしまったよな。まったく好きなところではないけれど。


 馬車と馬を所定の場所に預け、いったん待機施設に入ってひと息入れながら身なりを整え確認をする。あ、身なり関係は俺じゃなくて女性たちですよ。

 ここはこれまで待機小屋と呼んでいたけど、どう見てもその規模や豪華さからして小屋ではないので、待機施設と呼ぶことにした。名称とか無いのですかね。


 この待機施設にはお茶などを飲んで休める広いラウンジのほか、半個室形式の打合せ等に使えるスペースや、いまうちの女性たちが行っている貸し個室が何部屋もある。

 俺のような領主貴族関係者だとすべて無料で優先的に利用出来るので、便利と言えば便利ですな。

 この待機施設の所管は王宮内務部なので、まあ領主貴族対応の一環という訳だ。



 女性たちが戻って来る間、ラウンジでフォルくんユディちゃんと3人でお茶を飲みながら待つ。

 今日のこの待機施設は、利用する人も少ないようで閑散としている。


 これが混雑しているときだと、このラウンジ空間にも王宮を訪れた貴族関係者や商人たち、そのお供や護衛などが溢れていて、俺が美女数人を引き連れて入るとどうしても注目を浴びてしまうんだよね。


「今日はなんだか、のんびりしてるねぇ」

「ですね。夏前の王宮行事のときは大混雑でした」

「ここはいっぱいだったよね」


 フォルくんとユディちゃんはあの3日連続の王宮行事の最終日、王太子たちの結婚の儀のときに御者役としてここに来ている。

 あの日はうちも馬車を3台連ねていたし、出席者の多さからこの施設内も人で溢れていたのだろうね。

 そういったここで待機していた出席者の関係者にも、結婚披露の宴に準じて食事が振舞われた。


「ごはんはまあまあだったよね、お兄ちゃん」

「こら、ユディ。まあそうだったけど」

「やっぱりごはんは、アデーレさんのか、グリフィニアのお屋敷がいちばんね」

「うちの家族の味だからね」

「そうですね、ザックさま」


「ところでエステルちゃんたちは遅いな。ヒマだからお菓子でも出す?」

「ダメよ、ザックさま。王宮に入る前にそんなことしてたら、叱られますよ」

「でありますか」


 ユディちゃんに注意されました。

 見ると今日はユディちゃんがマジックバッグを持たされていて、そこに待機中に食べてもいいお菓子が入っているらしい。

 あと、おおっぴらに見せられない武器やらなんやらも。


 うちには確かマジックバッグが4つぐらいあって、今日はユディちゃん以外にふたつ、カリちゃんとオネルさんが所持していた。

 アデーレさんに用意して貰ったお土産はカリちゃんのバッグの中で、あとはそれぞれに王宮内に持込めない彼女らの武器やらなんやらが入っている。

 もちろん、女性たちのお化粧道具なんかもでしょうけどね。




 エステルちゃんたちの準備が整ったので、良い頃合いと双子と別れて王宮内へと向かった。


 5人の女性を引き連れて大ホールへと入り、常駐警備の騎士団員に取り次ぎを頼んで案内を待つ。

 これまでならヒセラさんとマレナさんのどちらかが迎えに来てくれたのだが、彼女らは既に王太子の許を離れたので、おそらくは別の侍女さんか誰かが来るのだろう。


 この大ホールにも今日はほとんど人がおらず、だだっ広い空間内は静寂で包まれていた。


「静かよねー」

「あのときの華やかさが嘘のようです」

「いつもはこんなものだろ」


 案内人が来るのを待つ間、大ホール内に設置されている背もたれ付きのベンチに座って待つ。

 俺を挟んで両隣にエステルちゃんとカリちゃんが座り、お姉さんたち3人はその前に警護体制で立っている。


 今日の彼女らの服装は、今年から新調された調査外交局独立小隊レイヴンの平時制服だ。

 基本はうちの騎士団制服に準じてはいるが、幾分華やかにデザイン変更がされている。


 9月初旬でまだ暑いということでロングのサーコートにズボンではなく、上下に分かれた上は薄手のジャケット風で下はロングのスカートですな。

 全体の色合いは白をベースにスカイブルーが織り交ぜられ、ところどころに赤などのアクセントが置かれている。


「わたしも、ジェル姉さんたちと同じにすれば良かったですよ」

「だめよカリちゃん。あなたは長官秘書でしょ」

「むう」



 じつはエステルちゃんとカリちゃんも同じ制服を新調していて、デザインは同じものなのだそうだ。


 平時制服だけでも秋冬用や春夏用があり、それ以外に準礼装と正式礼装がある。

 また平時制服自体も、いまお姉さんたちが着用しているお出掛け用のほか普段着があり、それ以外に戦闘用、作業用といろいろある。

 お出掛け用と普段着にも、スカートタイプやズボンタイプとかバリエーションがいくつかあるらしいんだよね。


 この制服新調の件でエステルちゃんから報告を受けたところでは、独立小隊なので騎士、従騎士、それからユディちゃんの従騎士見習い、あと現在は居ないが従士といった身分や階級上でデザインは変えず、それぞれの階級を表す装飾を上着の胸の部分に施している。


 ちなみにエステルちゃんのは特別の装飾で、カリちゃんはライナさんやオネルさんと同じ従騎士装飾にしたのだという。

 あと、探索部所属のリーアさんも、同じ従騎士相当の装飾が施された制服を誂えている。

 加えて来年には、グリフィン子爵領に居る調査外交局の女性局員もこれで揃える予定なのだそうだ。


 それからシルフェ様とは、風の精霊用にも同じものを揃える相談をしているらしく、エステルちゃんとふたりの構想では、人族、ファータ族、竜人族、そして風の精霊とドラゴン娘が同じ制服で華やかに並ぶのだとか。それって良いんですかね。


 とは言え本日は、エステルちゃんとカリちゃんは貴族風の外出用ドレスだ。

 カリちゃんはこの衣装に身を包むことも増えたが、いまだに慣れないというかあまり好きではないらしい。いささか動きにくいからね。

 それでも今日出掛ける前にはクバウナさんに、その目の前でくるくる廻って見せていたので、やはり女の子なんだなと思う。




「あの方ですな」と大ホールの奥からこちらに向かって歩いて来る女性を見ながら、ジェルさんが小さく声を出した。

 彼女が見ているその方向に目をやると、王宮侍女らしき女性がこちらに向かってゆっくり歩いて来ている。

 あの人、見たことあるよね。


「フェリさんの侍女さんの、確かシャルリーヌさんですね」


 エステルちゃんがそう囁く。

 ああそうだった。昨年にまだ婚約が正式に公表される前のセオさんとフェリさんとこの王宮で会った際に、フェリさんに付いていた侍女さんだよな。

 それから、今年の結婚の儀でもフェリさんの側に居てお世話をしていたので、彼女も王宮勤めになったのだろうね。


「ザカリーさま、エステルさま。あらためまして、フェリシア王太子妃殿下の侍女となりました、シャルリーヌ・フォレストでございます。本日はわたくしがご案内させていただきます」


 家名まで含めて挨拶をされたのは初めてだったので尋ねてみると、彼女はフォレスト公爵の縁戚でつまり分家筋の人ということなのだろう。


 セルティア王国では貴族の爵位を限定していてそれほど数が多くないので、彼女のような分家筋は無爵位貴族として爵位持ちの貴族家と平民との中間層に位置付けられる。

 尤も、その本家の爵位が上位なのか中位や下位なのかによって貴族社会では地位が微妙に変わるのだそうだが、俺としてはほとんど関心が無い。


 ちなみにグリフィン子爵家の場合、父さんや爺ちゃんは独りっ子だったのでその兄弟の分家は無く、それ以上の離れた縁戚の分家はだいたい騎士爵になって騎士団に居たりする。

 三公爵家や王都圏内の古くからの王家家臣筋の貴族家の分家の人は、王宮勤めや各部局の上位の役人になるケースが多いみたいだね。


 それで俺たちもあらためて挨拶し、彼女に先導されて王宮内の奥へと歩を進めて行った。



 いつものように幅が広くて天井の高い廊下を、ときどき視界に現れる中庭や飾り立てられた装飾を見ながら歩く。

 時折は警備の王宮騎士団員や王宮職員らしき人と擦れ違うが、それほど行き交う人は居ない。


 そのたまに交差する人たちは一様に俺たち一行に視線をやって凝視し、擦れ違う際には立ち止まって膝を折り頭を下げて来た。

 どうやらドレス姿のエステルちゃんとカリちゃん、そして凛々しくも美しく目新しい制服姿の3人のお姉さんたちに目を奪われているようだ。


「(やっぱり注目されちゃいますよね)」

「(わたしたち、目立つのかしら?)」

「(そりゃ、目立ちますよ。浮世離れしてますもん)」

「(そうなの?)」


 静謐の中で、エステルちゃんとカリちゃんふたりの念話だけが聞こえる。出力をかなり小さくしているので、囁き声のように頭の中に伝わって来る。


 浮世離れという表現が適切かどうかはわからないが、風の精霊化が進んで人間離れした美少女になっているエステルちゃんと、日々美少女に磨きと調整を掛けているそもそも人間では無いカリちゃん。

 そのふたりが、華やかな制服姿の美人騎士3人を従えているのだからね。


 これで俺が専用の黒の衣装でも身に付けていたら、魔王とその一行のようにも見えてしまうかもだけど、残念ながら本日の俺は晩夏らしく爽やかさに配慮した外出着だ。



「(あれ? 何だか以前と行く方向が違いませんか?)」

「(そうね。王太子さまのお住まいが移ったのかしら)」


 そう言われるとそうだよな。

 途中で廊下が交差する場所があって、そこからいつもと異なる方へと進んだようだ。

 俺の後ろでは、従うジェルさんたちもそれに気付いていて、声には出さないが少し緊張した気配が伝わって来る。


 もちろん俺たちを害するような何かがある訳では無いのだろうが、この王宮の廊下にはいきなり魔法を撃ち掛けられた1年ちょっと前の嫌な記憶があるからね。


「失礼ながら、シャルリーヌ殿」


 更にもうひとつ廊下を曲がったところで、抑え切れずジェルさんが先頭を無言で歩くシャルリーヌさんに声を掛けた。


「はい?」


 その彼女が歩みを止めて後ろを振り向く。


「念のためにお聞きいたしますが。いま我らは、王太子殿下ご夫妻の許に向かっておるのでしょうな?」

「ああ、忘れておりましたぁ」


 ジェルさんにそう問われてシャルリーヌさんは、両手をぽんと叩いて合わせる仕草をしながら、恥ずかしそうに微笑んでそんなことを言った。


「忘れていた、とは?」

「はい、ジェルメールさま。あらかじめ申し上げなければいけない筈が、わたしも王宮勤めがまだ身に付いておりませんで、大変に失礼を……。あの、本日のお茶の席は、王太子さまご夫妻のお住まいではなく、別の場所でして」


 そうなんだね。どこに連れて行かれるのだろうか。


「別の場所ですか?」

「そうなのです、ザカリーさま」

「それは」

「もう、この先ですので」

「そうですか」


 確かにこの廊下の先に、以前に何度か王太子と会ったのとは異なる中庭らしき場所が見えている。

 あそこまで行けば、セオさんとフェリさんが待っているということなのだろう。


「(ここって結構、奥まで入って来たようですよ)」

「(そう言えば、前の中庭より奥の方みたいだわ)」

「(カリちゃん。探査しちゃダメだよ。魔法は監視されてるから)」

「(大丈夫ですよ、遣ってませんから。でも、人化魔法は気付かれないんですけどね)」


 ドラゴンの人化魔法は本人のみで完結するからかな。しかし探査の魔法はアクティブ式なので、広範囲に飛ぶんだよね。

 一方で俺の探査の能力は、魔法と違ってパッシブ式なので遣っても気付かれないとは思うけど、トラブルを防ぐために発動を控えている。



 中庭の入口からその奥を見た。

 なるほど、王太子の居住区にある中庭よりも広い感じだ。

 夏の終わり午後のまだ強い陽射しが降り注いで、照度の低い廊下から出てここに足を踏み入れると、植えられた樹木の青葉や花壇の草花がキラキラと眩しく輝いて見える。


 そしてこの中庭の中ほどにかなり広めの屋根付きテラスがあり、そこに何人かの人が居た。

 ああ、セオさんとフェリさんが居るね。そのふたりのほかにも、何人かの女性が居るのが見える。


 そのうちのひとり、向うを向いていた女性が側に居た別の女性に何か囁かれ、ゆっくり振り返ってこちらの方に顔を向けた。

 いやいや、あの人って。


「こちらは、グロリアーナ国王妃殿下のお庭でございます。さあ、ご案内いたしますので、お進みください」


 シャルリーヌさんがにこやかにそう言って、あのテラスに行くように俺たちを促した。

 えーと、国王妃も一緒のお茶会って、ぜんぜん聞いてなかったんですけどね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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