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第932話 休日のミーティング

 秋学期最初の2日休日になった。

 この10日間で学院には特に変わったこともない。学院祭と総合戦技大会に向けて、学院生たちが何となくザワついているぐらいのものだ。


 休日明けには、1年生の選手を対象とした総合戦技大会の説明会が予定されていて、審判員である俺にも出席が要請されている。

 今年は特に審判員をしてくれといった求めがある訳でも無く、あたりまえのようにそう連絡が来た。まあ良いですけどね。


 その説明会があって、クラスチーム単位の練習なども始まる。

 これから学院祭までの約20日間は、課外部活動よりも総合戦技大会に向けた練習を優先させて良いことになる訳だ。


 俺としては4年A組の特訓を今年は行うつもりはなくて、ヴィオちゃんたちの自主練習に任せている。

 他クラスであるブルクくんやルアちゃんからも特に要望は無いし、下級生から特訓を頼まれても基本は断るつもりだ。


 教授たちからは、いちおう1年生の練習をそれぞれ見てくれとは頼まれているけどね。

 これは昨年もそうだったが、クラスチームのレベルがあまりに低かった場合、大怪我を未然に防ぐ意味合いで事前に見極めながら注意を喚起し、加えてアドバイスをするためだ。


 俺が1年生のときには説明会も含めそういうシステムは無く、ルールだけは取りあえず周知して、言ってみれば勝手に練習して勢いで対戦しろといった伝統を受け継いでいた。



 しかし、昨年の新入生辺りから剣術も魔法も意欲や能力が見るからに落ちた。

 それでとにかく参加させてしまった結果、何か事故が起きるなどして総合戦技大会自体が今後消滅してしまうといった事態に至るのを危惧したからだね。


 幸い、昨年はそういった事態も起きず、却って1年生たちの意識もだいぶ変化して来たように感じる。

 これには、春の課外部対抗戦や去年の王宮騎士団との親善模範試合も良い効果をもたらしたようだ。

 もちろんそれ以上に、クラス単位のチームが欠落することなく総合戦技大会に参加出来たことが大きいよね。


 今年の1年生は比較的意欲が高いようだが、それでも教授たちとしては本番まで放ったらかしにするというのは心配だったらしい。

 俺的には自主性を第一とする学院なのだから、放って置けば良いと思うのだけどね。

 必要以上の規制はいらないし、手を出し過ぎるのも不要だ。


 この世界では少なくとも12歳になれば半人前の大人として扱われるのだし、王国内でも特に優秀な者が入学して来ているのだから、その半人前から自ら抜け出せるようにサポートしてあげるだけで充分だ。


 ともかくもそれで俺に、練習を見てアドバイスを頼むと言って来たのだけど、俺も今年で卒業なのだから剣術学と魔法学の両方の教授がひとりずつ一緒にならという条件を出した。


 回復魔法講習会のケースもそうだが、来年以降のことも教授なのだからちゃんと考えてほしいところだ。

「それは、来年からはザックが特別講師でよ」とかまた言うけど、そんなことは約束しませんから。




 夜に王都屋敷に戻ってその翌日、朝食後に皆の日常業務がひと段落したところで調査外交局ミーティングを行った。

 いつものように人外の方々もラウンジに居るけど、まあいつものことなので寛いでいてください。


 昨晩10日振りに屋敷に帰った俺に、なんだかケリュさんがやたら纏わりついて話したがっていた。寂しがりやさんの神様ですか。

 今朝は落ち着いているのでまあいいけど、だいたいあなたは自分の奥さんを何十年だか何百年だか放ったらかしていたでしょうに。


 さて、ミーティングのテーマは先日の王宮騎士団長との会食の件と、本日午後に王太子に会いに王宮へ赴く件だ。

 学院長室での会議とランドルフさんと個別に話した内容は、要約してエステルちゃん宛の手紙で知らせておいたが、あらためて説明をする。


 学院祭に第2王子と王女が来るかもということについては、全員がただ不快そうな顔をしただけで特に意見は出なかった。

 まあうちの人たちにすれば、ただ無視、ということなのでしょうな。



「という訳で、ランドルフさんとの会食では、それほど重要な情報は得られなかったのでありますが」

「ザックさま、ご苦労さまでした。学院でもちゃんとお仕事してますね」

「はははは。どちらかというと、学院の最高級レストランでタダ飯を食べたというところで」

「もう。高級ワインもでしょ?」


「まあそれでも、エステル嬢様。王宮騎士団長と友誼を深めて置くのは、悪くはありませんですぞ。それも学院持ちの食事で」

「そういうことであります、ユルヨ爺」

「ユルヨ爺は、この人をあまり甘やかさないんですよ。学院長さんには、ちゃんとお礼をしておかないと」

「カァカァ」


「それで、王宮騎士団長のその説明ですと、宰相府というのは王宮の各機関の調整役ということですが、具体的に何を調整するのでしょうな?」

「ああ、ジェルさん。それは、ランドルフさんも良く分かっていないようなんだよ」

「国王の側近である王宮騎士団長が、ですか?」


「うん。建前通りで言えば、国王の代理として、国王の意向に沿うように物ごとを調整するということなのだろうけど、問題点があるとしたら、そういう建前のもとに各機関の仕事に口や手を出せるということかなぁ。ランドルフさん的には、王宮騎士団には口を出して欲しくないようだったけど。でもあそこも、一枚岩じゃないからね」


 俺がそう言うと、ジェルさんはとても嫌そうな表情を浮かべた。

 既に3年が経過して、もう何も引き摺ってはいないようだけど、あのサディアス副騎士団長とのお見合い話の記憶が蘇ったのだろうか。


 王宮騎士団内派閥の内の若手エリート派の旗頭がそのサディアスさんで、ジェルさんのお父上に無理矢理お見合い話を持ち掛けたのは、クロヴィス・ジェルボーとかいう家柄派の王宮騎士だった。


「つまりさー、あのサディアスとか、それからクロ豚とかいう王宮騎士の連中なんかを、宰相の手駒にしちゃうとかもあるって訳よねー」

「そういうこともあり得ますよね、ザカリーさま」


 クロ豚じゃなくてクロヴィスね、ライナさん。確かに見た目は豚みたいだったけどさ。

 あと、オネルさんは普通にスルーしていて、ジェルさんは益々嫌そうな顔になった。

「だいたい、騎士団が一枚岩ではないとか、何たることだ」などと、ひとり憤慨している。


「王宮騎士団はある意味分かり易いが、その王宮騎士団だけでなく、内務部や内政部でも外交部、財務部などでも、宰相やその宰相府が調整役という名目のもとに、口や手を出せるということになりますな。そして宰相の手駒とすることも。しかし、あまりやり過ぎなければ良いですがのう」


 200年ほど以前までは置かれていたという宰相職のことを、唯一直接に識っているユルヨ爺がそう口にした。


 その最後の宰相は、権力をほしいままにして多くの領主貴族の怒りを買い、結局は密かに亡き者にされたという。

 本人は決して白状しないけど、もしかしたらその亡き者にした張本人の言葉なので、これはかなり重たいですよ。



「それで、本日の王宮訪問ですが、エステルさまとカリちゃんと護衛はわれら3名ということで、馬車はフォルとユディに任せるでよろしいですか?」

「うん、それでいいけど、ブルーノさんとティモさんとリーアさんはどうする? 同行してこっそり王宮を探索する?」


「今日は止めておきやしょう。フォルとユディはふたりで待機となるが、大丈夫でやすな?」

「はい、大丈夫です」

「ラジャーであります」


 ユディちゃんその返事、カリちゃんに教えて貰ったのかな? その横で当のカリちゃんが満足そうに頷いている。

 しかしこの兄妹、男女の双子だけど、どうも徐々にそれぞれの個性が違う方向に進んでいるような気がするなぁ。


 お兄ちゃんのフォルくんは小さい頃から生真面目な性格で、素直に成長しているとは思うんだけど。

 一方の妹のユディちゃんの場合、本来は甘えん坊ながらも自由闊達な性格が、お姉さんたちの末の妹として徐々に発揮されて来ているような気もする。

 尤もうちの女性たちは厳しいので、締めるところは締める教育はしっかりされている筈だ。


「ダイジョウブですよ、ザックさま。余計なこと、しませんよ」

「僕がしっかり見ていますので」

「あ、うん。王宮はあれで、魑魅魍魎が行き交うところだから、ふたりとも気を付けて頼むよ」


「ちみ、もうりょう?? 魔物? 王宮に?」

「ザックさま、余計なことは言わないの」

「あ、はいであります」


 竜人族であるこのふたりは、種族特性か一般の人族よりは外見上の成長が早いようで、少年少女らしい表情は残しながらも、13歳にしてはもう大人の背丈や身体つきになって来ている。

 当初は稀少種族として心配していた独特な尻尾などの外見的特徴も、衣服に隠れてほとんど分からないしね。


 そう言えば竜人族の姿に人化していた筈のカリちゃんは、最近はすっかり人族の女の子の見た目になっているよな。

 彼女の言うところの、日々修正を加えている成果みたいだけど。


 あと、内心では彼女の人化魔法の完成度を悔しがっていたアルさんも、フォルくんやユディちゃんと同じぐらい外見では分からなくなっている。

 特に、ほとんど人族の貴族女性としか見えないクバウナさんが来てからは、かなり努力しているらしいのですな。



「我も王宮とやらに行ってみたいのだが」


 こちらのミーティングでの話を聞いていないようで聞いていたケリュさんが、いきなりそんな声を上げた。

 何を言ってるですかね。遊びに行く訳じゃないのですからね。


「あなた」

「ダメか?」

「魑魅魍魎の行き交う王宮なんかに、あなたが行ったらダメでしょ」

「いや、そんなものは消せば」

「わしらだって、行ったことは無いし、行きたいとも思わんのじゃから」

「そうですよ。止めておきなさいな、ケリュさま」

「そうは言っても、カリは行くのだろ?」

「カリちゃんはザックさんの秘書さんなので、お仕事なの」

「ならば、我もザックとエステルの義兄あにとして」


「ダメです」と、あっちでごちゃごちゃ煩いので、俺は思わず声を出した。

 それで全員が静かになる。


「あー、ダメかな、ザック」

「ともかく、今日はダメです。また行けるような機会があれば、考えますから」

「お、そうか? 我としてはこっそり入り込んでも良いのだが、やはり堂々としたいからな」


 もう、どうして王宮なんかに行きたいとか思うんですかね。

 この地の為政者が居る場所を訪れてその様子を把握したいとか、どうせもっともらしいことを言うに決まっている。

 あと、ちらっと精霊と神様夫婦の不穏な会話が聞こえたけど、魑魅魍魎ってあくまで言葉の綾だし、滅多矢鱈に消されても困りますよ。


「ザックが、機会をあらためて連れて行ってくれると言ったぞ」

「良かったわね、あなた。でも、気に入らないことがあっても暴れちゃダメなのよ」

「そんな、義弟おとうとに恥をかかせるようなことはするものか。気に入らないものがあれば、存在していなかったモノにすれば良い」

「ああ、それはそうよね」

「尤も、示しがつかないことがあったら、きっちり落とし前はつけるがな」

「でも、相手は人間だから、仁義は忘れちゃいけないわ。いきなりはダメ」

「ふふふ。そこはそれ、人間のやりとりぐらいは充分に把握しておる。まずは仁義を切って、しかるにきっちり落とせば良い」


 なんだかバカ夫婦か極道夫婦みたいな会話が聞こえて来るけど、無視しましょう、無視。

 それと、俺は考えると言っただけで、あらためて連れて行くとか言ってませんからね。

 こちらのみんなはどうやら、これらのやり取りは聞こえていなかったことにしたようだ。


 という訳で、本日の午後はアデーレさんが用意してくれているグリフィニアチーズケーキを持って、王太子夫妻に会うために王宮に行きます。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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