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第931話 学院祭に向けて動きましょうか

 ランドルフ王宮騎士団長とコニー従騎士との3人だけの会食は、デザートも食べ終えていまは紅茶でひと息ついているところだ。

 しかしこういう食後はコーヒーの方がいいよなと、遥か昔の記憶を辿ってそんなことを思う。


 前々世の俺がコーヒーを好きになったのは、何歳頃からだっただろうか。

 高校生の時分にはそれほど好んで飲んでいたような気がしないので、大学生になってからかな。

 そうすると、前々世の後半僅か10年間ほどの記憶。


 それから、過去に転生した前世の29年間を経てもう40年以上が過ぎているのだけど、味の想い出って永く残るものだと変に感心してしまう。

 前世では望むべくもなかったが、この世界でもチョコレートとは出会ったし、コーヒーもそのうち見つかるのかも知れないな。


 なにせ現世ではまだ15歳だし、前々世と同じコーヒー好きになる年齢にはまだ数年の余裕はある。

 でも先に、アルコールは嗜んじゃっているんだよなぁ。



「あと、もうひとつご関心がある件について、話しておかんとならんですな」

「ん? ああ、それって」


 ランドルフさんの声が俺の意識を戻した。


「グリフィン子爵家が、どこまでご存知なのかはわかりませんが」

「宰相府とやらのことですか」

「やはり、ザカリー殿ですな」


 宰相職に就いたフォレスト公爵の屋敷に、宰相府と呼ばれる機関を設置しようとしているのは、この王都に人を置いている領主貴族であればだいたいは承知しているだろう。

 そこが何をしようとしているのかまでは、予測や理解が及ばないとしても。


「内政局や内務局とは、どう違うのですかね? そもそも、宰相の役割もはっきり解っていないですけど」

「宰相は、国王陛下のご意向、ご指示を受け、陛下を補佐し、また陛下に代って王国を統べるまつりごとを行うこととなっている」


「なるほどね。その仕事は王国統治の全般に渡ると」

「そうですな。そして、ジェイラス・フォレスト宰相が作ろうとしている宰相府は、その職務のために王宮の各部局の間を調整するためのものだと聞いておる」


「ふーん、調整、ねぇ。するとその調整先に、王宮騎士団も含まれますか?」

「あ、いや、我らは国王陛下直属が大原則であるから」

「そうですねぇ」


「ザカリー殿には、何かご不審やご異存が?」

「まだ仕事の見えない職位や出来てもいない機関について、不審も異存も何も僕にはないですよ。ただ、まずは注視するだけです。こんな僕が言わなくても、他の領主貴族家はみな同じだと思いますよ」


「いやいや、グリフィン子爵家の調査外交局は、ちょっと恐ろしいですからな」

「いたって少人数の、ただ僕を遊ばせないように作った部署ですので」

「だから、恐ろしい」


 ランドルフさんはそう言って笑い、俺も合わせて微笑んだ。


 コニーさんは飽きてませんか? 王宮騎士団長の秘書を務めるぐらいの人だから、一見無邪気そうな感じだけど、こういう会食での会話をじつはしっかり脳内で記録していて、決して飽きたりはしないですかね。


 それでも俺はこのレストランの給仕担当を呼んで、平皿を持って来て貰った。

 ここも学院直営なので、何に使うのかとか余計なことは聞かずに直ぐに持って来てくれる。


 俺はその平皿に、エステルちゃんから持たされているお菓子セットの中身を並べた。

 先ほどの会議では、コニーさんには少しだけしか差し上げられなかったからね。

 あと、料理長と職員の皆さんへと別のお菓子セットを給仕担当の人に渡した。



「ひゃあ、デザートのあとのデザートですかぁ」

「もしまだ入るようだったら、食べてください。あ、あと、同僚の方へのお土産ももう1セットありますからね」

「わたし、まだまだ入ります」


「そのお菓子は、どこから現れて出て来るのか」と、然程荷物を持っていない筈の俺の様子を注意深く見ながら、ランドルフさんが素朴な疑問を口にする。

 俺はテーブルの下で、見えないように無限インベントリから出したのだけどね。


「まあ、ちょっとした魔法だと思ってください」

「魔法? ですか」

「素敵な魔法ですね、ザカリーさま」

「あははは」


「これは気を付けていないと、うちの女性騎士団員がザカリー殿の魔法に取り込まれてしまいますぞ」

「いやあ、うちではこういうときにお菓子を出すのが、僕の仕事でして。女性陣から直ぐに文句を言われますので」


「王宮騎士団員だって、ザカリーさまに憧れますよぉ。お菓子もですけど、剣術や魔法やそれから、お優しいし……」とコニーさんがお菓子に手を伸ばしながら、そんなことを言う。


「これは、拙いですなぁ。はっはっは」

「でも、反感の方が多いでしょ?」

「それは」


 たぶん、王宮騎士団の中で俺に好意を持ってくれるとしたら、ランドルフさんの主流派だけだろう。

 主流派と言っても人数的に大多数では無く、あとのふたつの派の連中はおそらくね。


 まだ勝手な想像だけど、国王への忠誠を保つ主流派、もしかしたら宰相の動きによってはそこに靡いてしまいそうな家柄本位の多数派、そして副騎士団長派の3つの色合いがこれからより明確になるのかも知れないな。

 副騎士団長派がどの位置に立つのか立たないのかは、良く分からないけど。



「ザカリー殿は、王太子殿下には?」

「ええ、いちどご挨拶に伺わなければと思っているのですけど」

「そうですか。是非そうしてください。もちろん、学院祭の前にですな?」


「ですね。今日のことは話題に上ると思いますけど、学院祭への来訪を強くお願いするのは、ひとまず止めて置きますよ」

「そうしてください。当方でももう少し考えます。ブランドンとも相談しながら」

「内政局の方は?」

「そちらともそれこそ調整になりますが、まあ物ごとが大方決まってからですな」


 学院自体はブランドン長官の内務部ではなく、内政部の管轄だ。

 なので、その学院の行事に王族が来る場合は、内政部とも調整が必要になる。

 内政部の長官とか、俺は面識が無かったよね。

 ああそう言えば、今年から副長官に就任しているマルヴィナさんが居たか。彼女はノックス公爵の姪御さんだった。


 夜も更けて来たので、結果的に特に何を決めるとかではなくブランドンさんとコニーさんとの会食を終え、彼らを学院の正面玄関口になっている職員棟まで見送った。

 馬車1台だけで来たそうなので、御者を務める王宮騎士団員を長い時間待機させてしまった。

 学院長の指示でその騎士団員にも簡単な夕食を提供したと、学院職員さんが耳打ちしてくれたけど。



 俺たちが職員棟の中の通路を通って正面玄関口に着くと、知らせを受けたオイリ学院長が慌てて走って来た。

 それでふたりで、王宮騎士団長の馬車を見送る。


「どんな話をしてたのか、詳しくは聞かないけど、何か進展はあったの?」

「進展ですか? 特には。ちょっとした意見交換をしただけですよ」

「そう?」


 教授棟の方へと学院長と歩きながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。


「そうですね。王太子夫妻を学院祭にお招きするのは、まずは保留かな」

「そうなったのね。だとしたら、進展は無しかー」


 学院長の横顔は、ホッとしたような不安が増したような、そんな表情だった。


「あなた、卒業までにはまだ日にちがあるのに、もうずいぶん先を歩いて行っちゃうのね」


 何かを考えながら黙って歩いていた彼女は、不安そうな顔から少し寂しそうな表情へと変化したようにも思えた。

 教授棟と俺の寮へと向かう分かれ道は、もう目の前だった。


「そんなことはありませんよ。僕は自分のペースでゆっくり進んでいるだけだし、少なくとも学院の中に居るときは、学院生ですから」


「そう……。だと、いいわ」

「それでは、おやすみなさい」

「おやすみ、ザックくん」


 寮の方向に歩いて行く俺の後ろ姿を、学院長は少しの間だけ立ち止まって見ていたような気がした。




 翌日からはようやく通常の学院生活に戻って、放課後には課外部活動に励む。

 とは言っても、この9月は総合戦技大会までの準備期間でもあるので、例年のごとく各クラスのチーム編成が決まると、その練習が始まるのですな。


 尤も俺の4年A組をはじめ、2年生以上のクラスはほとんど選手を動かさずに決まっているけどね。

 チーム編成に苦労するとしたら、ソフィちゃんが在籍していた3年A組だろうか。

 あの子の替わりを務められる者などいないだろうから、ちょっと大変だよね。

 いやいや、俺に責任があるとか文句を言って来ないでくださいよ。


「それで、フレッドのところは、選手決まった?」

「もちろんでありますよ、ザック部長。まずは学年1位。そして2年生を撃破するのであります」

「おーおー、フレッドは鼻息が荒いっすねぇ」

「ふふふ、カシュ先輩。カシュ先輩が何故か3年生なのが、とても残念であります」


 総合戦技大会では、まずは学年ごとのトーナメント戦でそれぞれ1位と2位を争い、その勝ち上がった4学年8チームで学年無差別の総合優勝を争う。

 だが無差別戦と言っても1回戦では1年生と2年生、3年生と4年生が対戦するので、仮にどちらも学年1位か2位になったとしても、1年生のフレッドくんチームと3年生のカシュくんチームが1回戦で当たることはないのだ。


「2年生も撃破するんすよね。そうしたら、当たる可能性も無くはないっすよ」

「あ、う、そこはカシュ先輩が4年生に勝たないと」


 そんなことを話しながらふたりは俺の顔を見て、それからブルクくんとルアちゃんの方を見た。


「あー、無理っぽいっす」

「でありますなぁ」


 なにせいまや学院生で剣術最強の男女が、この総合武術部におりますからなぁ。

 おまけにあのふたりはクラスが違うので、4年生の1位と2位候補筆頭だ。


 でも俺の4年A組だって、剣術トップ7のうちの3人と魔法少年と魔法少女の5人のチームですぞ。

 贔屓目を差引いても、総合力では学院で一番の筈だ。これまで勝利にはあまり恵まれていないにしても。



「ブリュちゃんとこも決まった? もちろん、ブリュちゃんは選手だよね」

「はいぃー、ザック部長。決まりましたでしゅよ。このブリュ、チームリーダーに任命され、チームを纏め、優勝を目指して精一杯闘う所存でありましゅ」


 そうですか。ブリュちゃんは剣術も結構出来るけど魔法力がかなり高いから、チームリーダーというのは頷ける。


「ほほう、ブリュちゃんとこも、学年優勝を目指すんだ。そうすると、フレッドくんとブリュちゃんのチームが、1年生の1位と2位のどちらかということね。だったら3日目には、このヘルミお姉さんが胸を貸してあげましょう」


 確かフレッドくんが1年A組でブリュちゃんは1年E組か。

 昨年に学年優勝のヘルミちゃんの2年D組は、今年も順当に勝ち上がるだろうね。


「ヘルミ先輩の、胸、でありますか?」と、何故かフレッドくんが顔を赤くして小さな声で言う。

 それ、ちょっと意味が違うと思うよ、フレッド。


「ふふふ。ヘルミ先輩の発達途上の胸など、一撃で撃破してやりますよ」

「あら、言ったわね、ぺったんこのブリュちゃん」

「むむむ。来年には、ヘルミ先輩より発達しゅるですよぉ」


 会話に加われずにそこでおろおろしているフレッドくんは、あっちに行ってなさい。



 そんな感じで総合戦技大会に向けて、学院生たちも徐々に盛り上がって来た。


 あと、王宮騎士団長の来訪と学院長室での会議の翌日には、案の定、課外部活動終わりのタイミングでお姉さん先生のふたりが待ち受けていて、俺は拉致されて行った。

 行き先は言わずもがな、学院内のエンリケ食堂ですな。


 まあ尤も、彼女らから王宮騎士団長との会食での話の内容を問われても、答えられるのは学院長に言った程度だけどね。


 結局は俺を引っ張って行ってただ飲みたかっただけのようで、アルコールに弱いくせにお酒好きのフィロメナ先生がいつものように早々に酔っぱらって俺に絡み、ジュディス先生に介抱されながらお開きになった。


 しかし、学院で連日のアルコール摂取は、学院生としてはあまりよろしくありません。



 それと、俺は早いタイミングが良いだろうと、クロウちゃんにこの間の経緯も含めて簡単に綴ったエステルちゃん宛の手紙を言付けて、王太子を訪問するアポ取りをお願いしている。

 出来れば今度の2日休日のどちらか。名目的には、夏休み前の彼らの結婚の儀に招待され出席させていただいたお礼と、王都に戻ったご挨拶だ。


 すると日を置かずに、日程調整をして貰ったとの連絡が戻って来た。

 予定としては9月11日、次の2日休日の1日目の午後過ぎ。王太子ご夫妻とのお茶会ということだね。


 それでは、いち早く新作のお菓子でも持参しましょうか。

 王宮でのお茶会だとクレープ、グリフィニアガレットよりもグリフィニアチーズケーキの方が良いですかね。

 俺はそう考えて、アデーレさんに準備して貰うよう、クロウちゃんに伝言を頼むのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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