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第930話 王宮騎士団長との会食

「いやあ、先ほどのザカリー殿のご提案には、正直、この私も面食らいました」


「何からお話しましょうか」といちど口を開いたランドルフさんは、その後、暫しワインの味をゆっくり楽しむように沈黙していた。

 コニーさんはワインで喉を潤しながらアペタイザーを楽しんでいて、その幸せそうな表情をちらりと見ながら俺も黙って口を動かす。


 そしてこの静かな食事会で次に出た言葉は、先の学院長室での会議で俺が発言したことについてだった。


「そうですか? それほど驚いたようには伺えませんでしたけど」

「はっはっは。驚いたということではないのだが。ザカリー殿ならば、王家からの来場意向などすべて蹴ってしまえ、ぐらいはおっしゃるのではと、そう覚悟しておりましたからな」


 何を言うですか、このおじさんは。

 たかが北辺の子爵家の息子ごときが、そんな不遜な発言はしないのでありますよ。

 正直言ってこの国の王家に何の尊崇の念も俺には無いが、少なくとも余程の理不尽では無い限り、王家や王宮の意向は尊重しますよ。


 あとちなみに、3人だけの食事の場だということで、長官という敬称呼びは止めて貰っている。



「それで、クライブ王子とアデライン王女の本意は?」

「ああ、まずはそこですな。ふむ。正直言って、彼らの本心は私には分からない」


 分からないんかい。と言うかこのおじさん、直接に彼らと話をしていないんじゃないかな。


「ブランドンさんからは?」

「あ奴が私に伝達して来たのですが、そういうご意向だと言うだけで」


 ブランドンさんとは王宮内務部長官のブランドン・アーチボルド準男爵だ。

 この人とその部署が、王宮内のことや王国内各貴族家関係を取り仕切っている。


「そうですか」

「まあ、それはおおやけの事務的な伝達ということで」

「でしょうね。それで、ランドルフさんとブランドンさんおふたりの見解は?」

「はっはっは。コニー、ここからの話は誰にも洩らすなよ」

「えっ? はいぃー」


 ランドルフさんはちらっとコニー従騎士の方を見て、まずはそう釘を刺した。

 途中で給仕担当が来てグラスにワインを注いでくれたので、既に2杯目を口にしていたコニーさんが慌てて返事をした。



「まず、クライブ殿下ですが。近年、彼がいろいろな貴族家に声を掛けておるのは、ザカリー殿もご承知でしょうな?」


 ああ、そういう話がありましたね。


 当代の国王はまだまだ元気だが、セオドリック王太子が三公爵家筆頭フォレスト公爵家長女のフェリシア嬢と目出たく結婚した。

 つまり次代の国王としての基盤を固め、もし子が産まれるたらその子が次々代の国王候補となる。


 この王国では王家でも貴族家でも継承権に男女の区別は無く、現状での国王の継承順位は王太子が1位、アデライン王女が2位、そしてクライブ第2王子が3位だ。

 しかしセオさんとフェリさんが子を儲ければ、その子が2位となって王女と王子の順位は繰り下がる。

 そして第2子が産まれれば、また下がることになる訳だ。


 そこでクライブ王子がどこかの貴族家の娘と結婚した場合は、どうなるだろうか。

 その貴族家が領主貴族だった場合、選択肢はふたつ。

 婿となってその領主貴族家の跡を継ぐか、公爵の爵位を得て臣に下るか。そのどちらにしても王位継承権は放棄となる。

 そして公爵となった場合は通常は一代公爵であり、かつ領主貴族には成れない。


 それほど広大な領地を持たないセルティア王国には、新たに貴族領とするような余った土地は無いし、王家が直接治める直轄領も王都圏のみなので分割するほどの余裕は無い。

 これはセルティア王国の位置関係が、東は北方山脈、西はティアマ海、北はアラストル大森林と北方帝国ノールランド、南はミラジェス王国と東西南北の四方が阻まれ、もう拡張の余地が無いからだ。


 その点では、既に広大な領地を支配している北方帝国や、北方山脈の南端が途切れることで妨げられることなく東に未開の地が広がるミラジェス王国の方が、よほど自由度が高いのかも知れない。


 尤も、北方帝国がボドツ公国を介して浸食しようとしているリガニア地方の最南方にはファータの里が在り、ミラジェス王国の東を辿って行くとシルフェ様の本拠地である風の精霊の妖精の森が在る。

 なのでどちらの国も、あまりそちらの方に食指を伸ばして欲しく無いんだよな。


 あとは、どこかの領主貴族家を潰す?

 俺の前世の後の時代ならばとかく、この王国でそんなことをしたら内戦だよな。

 少なくとも俺たち北辺の領主貴族家にそんな手が伸びたら、確実に戦争になる。


 ともかくも、クライブ王子の将来の地位に対する選択肢は極めて少ないだろう。


 プライドだけはやたら発達させたあの王子が、侯爵以下の貴族家に婿養子に入るのを良しとはしないだろうし、そうすると婚姻相手はフォレスト公爵家以外のふたつの公爵家。

 そうでなければ王宮から最少限の扶持を得て、俺の前世で言う部屋住みみたいな一代公爵となって一生を終える。そしてその子は無爵位貴族となるしかないのだ。


 それでは、アデライン王女の場合はどうだろうか。

 この人の場合も基本はクライブ王子と同じだ。どこかの貴族家に降嫁するか、わがままを言って一代限りの女公爵となり婿を迎えるか。


 あるいは、余所の国に嫁ぐという選択肢も彼女には残されている。

 例えばミラジェス王国のバルトロメオ・レンダーノ王太子とか? いやいや、あの子はまだ13、4歳ぐらいだったですよ。

 アデライン王女はそれより10歳近くもお姉さんだ。でも王家同士の婚姻の場合、そういうのはあまり関係ないのかな。



 ランドルフさんはブランドンさんと交わした会話の内容として、そんな俺の思考を助けるように話してくれた。


 以前にうちで調べた内容や教えて貰ったことを、話を聞きながら確認するみたいな作業だ。

 外部並列思考装置でかつデータバンクであるクロウちゃんが側に居ないので、同時に深く考察することは出来ないが、まあいまは良いでしょう。


「王子も王女も、そういう背景を背負った上でということですね?」

「まあそうですな。だからおふたりとも、以前に増して貴族たちを自分の許に引き入れる動きを活発化させている」

「それぞれに」

「それぞれに、です」


 つまり、自派閥づくりということですかね。

 そこまで行かなくとも、身近に迫る地位や立場の確定を前にして、なるべく多くの味方を得ておこうということだろうか。


「フォレスト公爵以外の公爵家はどうなんですか?」

「ふむ。まずはノックス家、フラン家とも、クライブ殿下との婚約に動いている」


 この両公爵家にはそれぞれ長女がいて、つい昨年の夏まで王太子妃の座をフェリさんと争っていたんだよな。

 その争いに負けて、次は第2王子にという訳だ。

 ノックス家はシャーロットさんで、フラン家はクラリッサさんだったかな。年齢は、まあいいか。


「まだ決まってはいないんですね?」

「そうですな。しかし直ぐには決まらんだろう。殿下がどちらかの家に入るのか、それとも自ら公爵家を立てるのか。そのご意志にも関わって来ますので」


「王家、いや国王陛下としては?」

「これは……。私としては何とも言い難い。陛下のご意志については、その。言えるのは、敢えて動かず、発せず、というところだろうか」


 会食のテーブルには既にスープが出され、それも飲み終えてメインを待つというところだ。

 ワインのお陰でランドルフさんの口もだいぶ滑らかになって来てはいるが、さすがに国王の意志を代弁する訳にはいかないらしい。



「アデライン王女の方はどうなのです?」

「これも両公爵家は考えているようだが……。特にその益と不利益を」

「益と不利益、ですか」


 それはこういうことだ。

 クライブ王子が自分の娘と婚姻するのならば、彼にその公爵家を継がせてしまうにせよ、一代公爵家を立てるにせよ、立場は1位にならなくても2位にはなれる。


 しかしアデライン王女の場合には、降嫁して来ても扱いが難しい。

 まだ独身の長男と結婚させ、彼女に公爵位を継がせて家のトップにする訳にはいかないし、次男以下の嫁にするなどもってのほかだ。


 また王女という立場に彼女自身の性格も加わって、大人しく嫁として納まるのも難しそうというのがもっぱらの評判らしい。

 また仮に王女が一代公爵になっても、その婿として自分の家の跡継ぎを送り出す訳にはいかない。

 女性の立場や実力が強い、この世界のこの国らしいところだね。


 そんな難しさがありながらも、双方の公爵家としては競争相手に出し抜かれたくはない。

 いまはフォレスト公爵に一歩リードされたとしても、その次の世代も睨んで次点の立場を確保するのが最大の益というところだろうか。


 俺にすればまあご苦労な争いだが、ふたつの公爵家で王子と王女を分けて貰えばいいんじゃないの、とかそんな安直で不謹慎なことを考えてしまいますな。


「それに加えて王女殿下の場合には、他国への嫁入りも無い訳ではありませんからな」


 え、バルトロメオくんにですか?

 それは犯罪とまでは言いませんけど、どうもなあ。

 夏の初めの王宮で見たあの少年の凛々しくも無垢な姿を、俺は思い浮かべた。

 加えてその後ろに従っていたルチアーノ・レンダーノ宮宰の姿も。


 あの凛としてかつ色気溢れる黒髪の若き女性宮宰は、おそらく彼女が大切に庇護しているであろうバルトロメオ王太子少年のお嫁さん候補が、見るからに気の強そうなアデライン王女だとしたら、果たしてどうするのだろうか。

 その辺は、隣国のいち子爵の息子には想像もつかないけどね。



「話を戻すと、その王子と王女がそれぞれにうちの学院祭や総合戦技大会に来たいと言うのは、つまり今後の立場づくりの一環ということですかね」

「そういうことになりますかな。何しろ学院には、各地の領主貴族関係者や有力者の子女が在籍されており、かつ総合戦技大会には多くの王都民が集まりますからな」


「その場で、あらためて自らの存在感を示したいと」

「昨年のあの場を出発点として、今年に向かい王太子人気が高まりましたので」

「その前に、ヴィック義兄にいさんとヴァニー姉さんの結婚の儀への出席もありましたしね」


「そういうことです。そしてヴィクティム殿に加えて、ザカリー殿とのご友誼も貴族の間では知られることになりました」

「ああ、セオさん自身の結婚の儀に、僕も友人枠で招待されたからか」

「そのことで北辺ではおそらく、王太子様への親しみがだいぶ高まったのではないでしょうか。周囲もそう見ていますし」


 封建国家のこの王国では、領主貴族家からの支持は少しも侮れない。

 特に俺たち北辺の領主貴族家は、前々世の俺が居た後の時代で言う外様大名みたいなものなので、そことの友誼は王家としても疎かには出来ないのだ。かなりの武力も保有しているしね。


「つまり、端的に言えば、王子と王女は学院祭や総合戦技大会で目立ちつつ、好感度を上げたいと。そんな競争を学院で行いたいと」

「はははは。まああからさまに言えば、そうなのでしょうな」


「そうすると、王太子夫妻も来場するとなると、そんな目論見を阻害することになりますねぇ」

「そう、なりますかな。尤も、総合戦技大会でいちばんに目立つのは、ザカリー殿でしょうがね」


 俺がたぶん悪い表情でそう言うと、ランドルフさんはそれを上まわる悪い表情でそう応えた。



「そうですよ。総合戦技大会のスターと言えば、ザカリーさまを置いて他にはいませんから」

「えーと、コニーさん?」


 それまでずっとひと言も喋らず、ひたすら食事とワインに没頭していたコニーさんが、いきなりそう発言した。


「ふはははは。コニーの言う通り、誰があの場に居ようと、ザカリー殿には敵いませんからなぁ」

「あのう」


「このコニーのやつ、昨年の親善試合のあとで、ザカリー殿に背負われて? 移動させられたときは、あのままグリフィニアまで攫われて行くのかと思ったと、同僚に話していたそうですぞ」

「ひゃひゃあ。なんでそんなこと知ってるですか、騎士団長はー」


「ふふふ。例えそうだとしても、ザカリー殿の周りには怖い女性たちが沢山おりますからなぁ」

「ひゃあ」


 コニーさんは何故だか、ワインを幾ら飲んでも顔色ひとつ変えなかったのに、いまは顔を真っ赤にして両手のナイフとフォークを振り回していた。

 こらこら、危ないからそんなに振り回さないように。

 それに俺はやたら女性を攫ったりはしませんぞ。あ、この冬には攫ったこともあったけど。



「ともかくも、それで私も今回のことは、酷く困惑しておるのですよ」


 給仕担当の人が個室に入って来たのでコニーさんがようやく落ち着いたのを見て、ランドルフさんはぽつりとそんなことを口にした。


 どうやらこれは、俺が咄嗟に提案した王太子夫妻も呼んでしまおうという案では、上手く行かなさそうですなぁ。

 王子と王女の存在感演出合戦に王太子夫妻を加えて、火に油を注いでしまう事態になりかねない。

 それに目の前のふたりに言わせると、俺もその合戦の登場人物らしいし。


「面倒臭いですねぇ」

「ほんとうに」


 まだモジモジしているコニーさんは別として、王宮騎士団長と俺はそんな溜息を漏らすのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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