第929話 学院祭には誰が来る?
「騎士団長よお、それはどういうこった」
「去年の王太子は、婚約披露のお披露目も兼ねてというのがあったのじゃろうが、何か目的でもあるのかのう」
フィランダー先生とウィルフレッド先生がようやく口を開いた。
3年前の第2王子来訪にどういう目的や名目があったのかは知らないが、今回はどういうことなのだろう。
単なる視察? いや、姉のアデライン王女もということだけど、彼女が学院祭や総合戦技大会に関心を持ったりするのかな。
「それは……。正直なところ、私にも本当の目的は把握しておらんのだ。特にアデライン王女殿下は」
「ふうむ」
クライブ第2王子はヴァニー姉さんより2歳上だから、今年21歳になる。王太子のセオさんは27歳だね。
アデライン王女のことは正しく把握していないが、23歳か24歳ではなかったかな。まあうちで言えば、エステルちゃんやジェルさん、ライナさんよりひとつ下といったところだ。
考えてみると、キースリング辺境伯家のエルネスティーネさんがクライブ王子と同年齢で、学院では同じ学年だったということか。
エル義姉さんにはまだ婚約相手が居ないみたいだけど、彼女よりふたつか3つ歳上のアデライン王女にもそういう話が無いのでしょうかね。
そこのところは王家のことなのと、俺には興味が無いので良く分からない。
それはともかくとしてその姉弟が学院祭に来るということは、少なくとも彼女らが多くの王都民に姿を見せたいということなのだろう。
比べるのは何だけど、うちの子爵家の場合には夏と冬の夏至祭、冬至祭には必ず家族揃って領都民の前に出るけど、王家の場合にはそういうことは無いらしいからね。
「おふたりは揃って、ご一緒に行動されるのかしら」
「ああ、学院長。そこのところはまだ詳細が決まっておらんのだが、少なくとも総合戦技大会では揃われるのではないかな」
「と言うことは、学院祭の視察は二手に分かれるかも知れないということですか?」
「そうなる可能性は高い」
学院長は、そうだとなんとも面倒臭いわという口調だ。
「ふーん。すると、そっちの護衛も二手に分かれるということか。騎士団長はどうするんだ」
「フィランダーは知っていると思うが、私が護衛を指揮するのは国王ご夫妻か、場合によっては王太子ご夫妻までだ」
「すると今回は、騎士団長は来ないつもりか?」
「そうは言ってはおらん。それに模範試合もあるからな」
どうも今日のランドルフさんは、歯切れが悪い。
まだ1ヶ月後のことなので護衛体制なども正式には決まっていないのだろうけど、そこは彼の一存で決定出来る筈だ。
「こういった場合、通常は副騎士団長の職務になると」
「それは、そうなのですが、ザカリー殿」
「まあそうだよな。副騎士団長、つまりあのサディアスが護衛部隊を率いて、王女殿下と王子殿下が分かれて行動する場合には、護衛部隊も二手に分ける訳だ。サディアスは、そうだな、第2王子の方に従うか」
ランドルフさんに代ってフィランダー先生が解説したように、この場合、本来は王宮騎士団長が自ら出張って来ることはない。
今日のこの会議だって、王女と第2王子の学院祭来訪が議題であるなら、サディアス・オールストン副騎士団長の役目になるのが普通だ。
どうやら、そこを昨年の引き続きで模範試合に王宮騎士団が参加したいという件を主議題にして、彼がわざわざ来たということのようだ。
模範試合に出場するのは、王宮騎士団長を軸とした脳筋騎士派、じゃなくて王宮騎士団内の主流派閥の騎士団員だからというのもあるのだろう。
王宮騎士団の中では主に3つの派閥が存在していて、まずはランドルフさんを筆頭とする主流派。
この派閥は騎士団員としての職務に忠実で、剣術などの日々の訓練も疎かにしていない人たちだ。
昨年夏に王太子を護衛してヴァニー姉さんの結婚式とグリフィニアに来たのも、模範試合に出場したのもこの騎士たちだね。
近年は遅ればせながら王宮騎士団独自の魔導士部隊も編制したのだが、騎士や従騎士の実数として主流派の人数はそれほど多くない。
もうひとつは、サディアス・オールストン副騎士団長を旗頭とする若手騎士の派閥だ。
こちらも人数は少ないが王宮騎士団内では若手エリートの派閥で、かつ対外強硬派とも言われている。
3年前の学院祭に第2王子を護衛して来たのは、この連中だね。
そして人数的に最大と言えるのが、長年に渡り王宮騎士爵家として王家に仕えて来た家柄本位の者たちだ。
中心となる人物は特に把握していないが、派閥と言ってもそれほど纏まりがある訳ではないらしい。
表面上では王宮騎士団長に従うが、職務の誠実さにはいささか欠けていて熱心に訓練に精出すこともない。
自身や自家の既得権益を守るのを、最大目的にしているような連中らしい。
「要するに、ランドルフさんとしては今年も来たいのだけど、表立って来る理由がもうひとつ不足していると。模範試合参加チームの引率程度では、大いばりで来られませんからなぁ」
「ザックくんたら」
「いいのだ、学院長。要するにザカリー長官殿の」
「ザカリー君ね」
「ゴホン。ザカリー殿の言われる通りなのだ。アデライン王女殿下、クライブ王子殿下が王都内で母校の学院祭を訪れる程度であれば、騎士団長自らが護衛を率いて従う必要はない。これは副騎士団長の仕事になるだろう」
「で、そうすると、ランドルフさんの仕事は本日で終了と」
「あ、いや、だからザカリー殿。なので、こうしてぶっちゃけて」
「3年前もこっそり、お忍びで来られていたそうですよね」
「だ、だから、そうしても良いのだが、今回は模範試合もあってだな」
「でもそのぐらいだと、理由が足りないと」
「そう、なのだよ」
ランドルフ王宮騎士団長の目的は、総合戦技大会それも自分の騎士団員が参加する模範試合を観戦したいということだけでは無いのだろう。
それだけなら、それこそこっそりお忍びで来れば良いのだ。
と言うことは、彼にも目的があるということになる。
第2王子や王女の来訪目的も良く分からないが、この王宮騎士団長の真意も分からないよなぁ。
ただし少なくとも、彼が公に来るべき名目を求めているというのは理解した。
「そうしたらよ、騎士団長も模範試合に出たらどうだ」
「ふむ。それなら大手を振るって来られるよのう」
「あ、それは、いや」
フィランダー先生がつまらない提案をしてウィルフレッド先生も同意するものだから、ランドルフさんは少し慌てた。
とは言っても即座に否定しないのは、彼個人としては自分も参加してみたいというのがあるのかな。
「私が、参戦するとしたら、模範試合と言えど、多くの大衆の前で負けるわけには、いかないので……」
「まあ、それはそうだよなぁ」
「フィランダー、貴様」
「ザカリーを出さないのであれば、そこは円く納まるかのう」
「でもよ。そうすると、学院生たちが黙ってないぜ。それにこいつは、この模範試合が最後になる」
「だいたい、そもそもが模範試合をやるのって、ザックくんのためにでもあるでしょ。もしそのザックくんが出場しないということになったら、えーと、この人の家の方々が……」
オイリ学院長はそう言って途中で口を噤み、ぶるっと身体を震わせた。
ああ、学院長はシルフェ様の姿でも想像しましたかね。
確かにうちのみんなは俺が学院生活最後の総合戦技大会で、模範試合とはいえ大舞台に登場するのを楽しみにしているので、どんなブーイングが起きるか知れたものではない。
それに今年はケリュさんとか、観戦に来る気満々だしなぁ。
「それは僕も、ちょっと困るかな」
「そうよね、そうそう。みんな困るの」
「そりゃ俺も、ザックが出ないのはあり得ないと思ってるぜ」
「わしもそうじゃ」
教授たちが、それぞれ考えていることは違うにせよ、全員「うんうん」と頷いた。
「では、こうしましょう」
「ん? なんじゃ、ザカリー。何か思い付いたか?」
「なになに、ザックくん」
「言って大丈夫なことか?」
場が静かになったところで口を開くと、全員が俺の方を見た。
だから一様に、こいつ何か危ないことを言い出すんじゃないかみたいな、不安と期待が混ざった表情をしないように。
「簡単なことですよ。つまりですね。今年も、セオさんとフェリさんに来て貰えばいいのですよ。結婚後の、あらためてのお披露目とかでね」
「セオさんとフェリさんって、王太子様ご夫妻のことだよな」
「そうとも言います」
「いくらお前がご友人だからって、まあそれはいいか」
「あのふたりも、今年も来たいって言ってたんでしょ? ランドルフさん」
「それはそうなのだが……。ただし、妹殿下と弟殿下からの要望が出て、ならば我らは学院に迷惑も掛けたく無いので、今回は遠慮するかと、そうおっしゃっておられたのだ」
王家の兄弟姉妹が全員揃って来ちゃうのだから、それは学院に迷惑が掛かるよね。セオさんとフェリさんだけならともかく、俺も正直迷惑な気持ちで一杯だ。
でも、同じく卒業生である第2王子と王女が来たいと言って、来るなとは学院側は誰も言えない。
ならばいっそのこと、全員呼んでしまいましょうという訳だ。
「そうなれば、王宮騎士団長が部下を率いて、護衛として従うのは問題無いでしょ?」
「それはそうだが」
だいたいそもそも、繰り返すけど、今回どうして第2王子と王女が揃って学院祭を訪問したいと思ったのか。そして騎士団長が自ら足を運んで来たいと、どうしてそう考えているのか。
そこのところがはっきりしないのだ。
ランドルフさんとしては、もしかしたら何かトラブルが起きるのではないかと危惧をしているのかも知れないけど、そうだとしても根拠も無く学院長や教授たちには言えないし、また根拠があるとしてもそれをこの場で示すようなことは出来ないのだろう。
そこで少なくとも言えるのは、ランドルフさんには表立って居てほしいということ。
それから、これは俺個人の漠然とした想定だが、王太子が居た方が良いだろうと思うこと。
ただセオさんとは、事前に会って話をするのが良いだろうね。
結局、今日の話し合いは、ランドルフさんが俺の案を持ち帰ることになり終了となった。
総合戦技大会での模範試合については、昨年同様に学院の教授プラス俺の7名と王宮騎士団の7名が参加して行う方向で合意した。
「学院長、本日はありがとう。それでお願いついでなのだが」
「何でしょうか?」
「どこか、暫し場所を貸しては貰えないだろうか。その、ザカリー長官と少々話がしたいので」
教授たちが見送りの挨拶を終え、俺もと思ったらランドルフさんが小声でそんなことを言う。
今度はうっかり言い間違いではなく「ザカリー長官と」と言ったので、これはそういう立場の俺と少し話がしたいということなのだろうね。
「もう夕刻ですし、お食事でもいかがですか? いえ、わたしは加わりませんので、ザックくんとごゆるりと。この教授棟のレストランには個室もありますので、いま手配させますわ」
「そうか、すまない。ではコニーの分もお願いする。ザカリー長官はいかがだろうか?」
まあ俺としては否ということは無いですよ。そろそろお腹も空いて来たことですし。
それにこの教授棟のレストランの料理は、かなり美味しいしね。
教授たち、特にジュディス先生とフィロメナ先生のお姉さん先生ふたりは、この会話が耳に入ったようでちょっと残念そうな顔をした。
たぶんこのあと、俺を夕食に引っ張って行こうとしてたんじゃないかな。
でもいまは王宮騎士団長のお誘いだし、今日は諦めてください。
学院職員さんに案内されて、この教授棟の別の階にある教授専用のレストランに向かった。
ここは普段は、教授たちや学院を訪れたお客様との食事に利用される。
利用者はお昼の方が多いらしいけど、夕方のこの時間でもちらほらテーブルに着く教授の姿が見られた。
その教授方は、レストラン内に入り奥の個室へと向かう俺たちをちらと見て、何ごとも無かったようにそれまでの会話に戻ったようだった。
「それではザカリーさま。本日のディナーコースでよろしいですか?」
「うん、それで良いですよ。ランドルフさんとコニーさんもいいですよね」
「それでお願いする」
「はい」
本日のディナーコースのメインは、王都近郊にある牧場産の子牛のシュニッツェル風のお皿ですな。
叩いて柔らかく薄めに伸ばした子牛の肉に衣を付けて、フライパンで揚げ焼きにしたものだ。
前世の世界のウィンナーシュニッツェルは19世紀頃からの料理らしいが、それに良く似ているようだ。
「では、赤ワインをお持ちします」
ここまで案内してくれた学院職員さんに代って、このレストランのコック長が挨拶がてら出て来て本日のメニューを説明し、そう言って下がって行った。
まあ王家付きの準男爵で王宮騎士団長であるランドルフさんが来店したので、コック長が現れたというところですね。
それから直ぐに、給仕を担当するレストラン職員が来てアペタイザーを配膳し、3人のグラスにワインを注いで「ごゆるりと」と個室から出て行った。
「まずは、乾杯ということで」とランドルフさんが口を開き、「お疲れさま」という気持ちで軽く杯を掲げる。
そして彼はひと口、ワインを口にすると、「さて、何からお話しましょうか」と先ほどの会議テーブルのときよりも砕けた表情をした。
何からと言うからには、いくつか話したいことがあるのでしょうね。
俺の方もこの際だから、聞きたいこともあるしね。
ふと斜め前を見るとコニーさんがワイングラスを手に、目はお預けされたワンコのようにテーブル上のアペタイザーを見つめている。
「では、ここからはざっくばらんに、食事を楽しみながら話しましょう」と、俺はそう言いながらナイフとフォークを持って自分のアペタイザーに手を伸ばした。
「それがグリフィン子爵家の、いやザカリー長官のご流儀でしたな」
ランドルフさんも同じくそうして、それを見たコニーさんもようやく緊張気味の表情を崩すのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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