第91話 見切りの稽古で対人最強を目指そう
「それでは、まず僕がやって見せるね。エステルちゃんこっち来て」
「はーい」
俺とエステルちゃんは、間合いの一歩外側で向かい合う。
フォルくんとユディちゃんは、真剣な眼差しで俺たちを見ている。
「この距離から、もう一歩踏み込むと間合いね。どちらも剣が届くのが分かるよね」
「はい」
「それじゃ、ここからだ。エステルちゃん、一歩二歩、自分の斬る間合いだと感じたところで、上段方向から斬り込んで。思いっきりでいいよ。僕は剣で合わせないから」
「剣で合わせないとか、肩とかならまだしも頭を打ったら、回復薬じゃすぐに回復しないかもですよ」
「大丈夫だよ」
「そうですかぁ?」
「よし、来いっ」
「はいっ」
エステルちゃんは気息を整えながら俺をじっと見る。
そして、小さく二歩踏み込んで、「えいっ」と上段から斬り下げた。
俺はその木剣の軌道を見切りながら、身体を開き気味に踏み込んで前に滑らせ、空を斬った彼女の剣が落ちる呼吸で肩口に木剣を振り、寸前で止めた。
「あれっ、もう負けてる」
「今のは、5寸、じゃなくて、このぐらいの見切りだよ」
俺は、親指と人差し指を開いて、15センチぐらいの長さを示す。
「まずは、このぐらいの間隔が目標だね」
「ザックさま、もう1回。もう1回ですよぅ」
「え? いいよ」
先ほどと同じように向かい合い、エステルちゃんは気息を整える。
それからキ素力を纏い始めた。
こらこら、闘気を高めるんじゃありません。
双子の兄妹がちょっと緊張しているのを感じる。
構えは霞みだ。素早く袈裟か横薙ぎに来るつもりだろうか。
先ほどの俺が、身体を開き気味に踏み込んだので、剣の軌道で当てようとするかも知れない。
彼女は無言で間合いに踏み込むと、俺の肩口を斜めに斬った。
しかしその筈が、俺はごく僅かに間合いを外し、剣先を見切る。
と同時に、滑るように木剣を突き出し、エステルちゃんの大きなお胸を防御している胸当てを軽くちょんと突いた。
「きゃっ。ザックさまエッチぃ」
だから、そうじゃないし。
双子の兄妹の緊張が、一気に崩れてるのが分かるよ。
「どうして、わたしの剣が届かなかったのですかぁ」
「ザカリー様が、ほんの少し身体を引いたみたいです。上体の態勢が同じだから分かりにくかったけど」
「足だけが少し動いたみたいに見えましたー。でも、剣の先っぽがすぐ眼の前を通るなんて、すっごく怖いわ」
うんうん、よく見えていたね。
見切りは怖いけど、これが出来ることで対人戦闘なら、直後の一撃で勝つ可能性を得られるんだよね。
じつは実際は、ごく短距離の縮地を後退と前進に続けて2回使っている。
インチキじゃないよ。
「そうなんですね。でも正面から見て、その時に引かれているのが分からなかったですぅ。剣先が掠りもしてないし」
「今はこのぐらいかな」
だいたい3寸、9センチぐらいで見切ったんだよね。
「どんなものかは分かったね。それじゃ稽古だ。まずはゆっくりと正面から、当たらない距離で剣を振るから、それを見る訓練ね」
フォルくん、ユディちゃんに対して、順番に何度ずつか俺が木剣を振るう。
ふたりとも剣は構えたまま、俺の剣を眼で捉えようとする。
ゆっくりとした振りだし、剣の軌道との距離を充分に取ってあるので怖くはない筈だ。
ふたりを交替させながら、それを繰返す。
「それじゃ今度は、斬撃のスピードで振るからね。いいかな?」
「はいっ」
まあ少し押さえ気味にはするけどね。
「まずは気息、呼吸を整えるんだ。それから、逃げる気持ちではなく、闘う気持ちで剣に向かい合う。逃げたい気持ちでいたら、きみたちは負ける。いいね」
「はいっ」
「はいはーい、わたしもー」
それまで黙って、ふたりを身護っていたエステルちゃんが、手を挙げてる。参加するのね。
貴女はふつうに出来ると思うけど。
フォルくんから始めるよ。
俺は気持ち態勢を低く落として構え、フォルくんも闘う気力を出して構える。
竜人には尻尾があるから、その尻尾の様子で気力の有無がなんとなく分かるよね。
「いくよっ」
「はいっ」
上段からひゅんと木剣を振り下ろす。
フォルくんは勇気を出して、その剣の瞬間の動きを捉えようとする。
よしよし、よく見た。
続けて何本か、それを繰返す。
次はユディちゃんだ。尻尾が少し垂れ気味だが、頑張れ。
同じように木剣を振り下ろすと、怖いからか眼を瞑りはしなかったが、目線が泳いでいるようだ。
「しっかり僕の剣の動きを捉えないとダメだよ」
「うー、はいっ」
よし、今度は大丈夫だね。ユディちゃんにも何本か剣を振るう。
次はエステルちゃんか。なんだか闘う気満々だ。
ふだんはアレなのに、闘争本能に火が付くとなかなか消えないんだよね。
彼女は俺の剣の動きを、ほんの僅かでも見逃すまいと構える。
「エステルちゃん、気息だよ気息。平常心だよ」
「あ、ちょっと入れ込み過ぎましたぁ。ひっひっ、ふー、すー、ふー」
あの、ラマーズ法じゃないんですけど。
場違いな呼吸法の所為かはわからないけど、エステルちゃんは妙な落ち着きの中で俺の剣筋を捉え切っていた。
それじゃ、今日はこのぐらいにして、彼女との模擬戦闘で終わりましょうか。
双子の兄妹には、クロウちゃんと一緒に見学していて貰う。
見取り稽古も大切だからね。
いつものように、この魔法訓練場の中を縦横無尽に動いて闘うよ。
エステルちゃんは、ショートソードの木剣から木製ダガーに持ち替えて、俺から距離を取った。
「じゃ、行きますよっ」
その声と同時に、凄いスピードでジグザグに走りながら向かって来る。
そして間合いに入り、俺が突き出した木剣を寸前で躱すと、ファータの体術で大きく跳躍して俺を飛び超え、背後の位置を取ろうとする。
早速、見切りのお返しだな。でもそう簡単にバックは取られないよ。
俺は振り向き様に、差し込もうとするダガーを木剣で跳ね返し、同時に低く後方に跳躍した。
「ひゃー」「ふぇー」「カァカァ」
見学する双子の方から変な声が聞こえるけど、俺たちはいつもこんな感じだ。
さぁ、良く見ててね。それも稽古だから。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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