第924話 合宿から戻って、次の予定
4日目の午前、学院の寮や各屋敷に戻る部員たちを順番に送り届けて、合同合宿は終了した。
昨日の最終日は、試合稽古が終わりソルベートで午後のお菓子の時間を過ごしたあと、もう練習はいいだろうということで再びナイア湖で釣り大会。
こちらには女子部員たちも参加し、彼女らは全員、釣りが初めてだということで、指導役のブルーノさんが大忙しでした。まあブルーノさんも嬉しそうだったけどね。
そのあとは釣り上げた魚を捌き、持って来た肉や野菜の用意などもしてのバーベキュー大会。
ケリュさんがお酒をほしがったので、まあ合宿の打ち上げだから良いでしょうとエステルちゃんからも許可を貰って出しました。
それで学院生にも蜂蜜酒などを少しだけ配ったら、ヘルミちゃんとブリュちゃんが直ぐに酔ってカシュくんに絡んで、などなど。
12歳13歳の女子にアルコールを飲ませたら前々世の世界では犯罪だけど、俺の前世やこちらではそういうのは無いからね。
この世界で12歳になれば、まだ半人前ながら大人の仲間入りと見なされるので、あまり推奨は出来ないけどいちおうオーケーです。
「いやあ、お疲れさまでした。みんなのお陰で、なんとか無事に合宿を終えることができました。ありがとう」
「お疲れさまでした」
全員を送り届けてようやく王都屋敷に帰り着き、指導とサポートをしてくれたうちの皆に感謝して労う。
「あなた、ご苦労さま。学院生のみなさんに、迷惑とか掛けなかったわよね?」
「迷惑なぞ、掛けてはおらんぞ。ちゃんと指導教官をして、我自身も楽しく過ごした」
「そう? 良かった」
シルフェ様たちも玄関前まで出迎えに出てくれて、ケリュさんとそんな言葉を交わしている。
「おひいさまったら、ああ見えてずっと心配してたんですよ。ザックさまのお友だちに迷惑掛けてないか。おひとりだけ馴染めなくて、それで変なこと仕出かしてないか、とか」
「ケリュさま、ちゃんとみんなの中に溶け込んで、楽しそうでしたよ。ねえザックさま」
「うん。何かやらかしたとかもないし」
俺たちが留守中のシルフェ様の様子を、シフォニナさんが教えてくれた。
いつものように過ごしていたようで、でもどうやらそんなことをしょっちゅう洩らしていたらしい。
「そうですねぇ。初日にザックさまと人間離れした模範稽古をしたのと、2日目にザックさまと大量の石礫の雨を降らせたのと、そのぐらいですかねぇ。ねえ、エステルさま」
「うふふ。そのぐらいかしらね」
「どちらも、ザックさまとじゃな」
「なになに。その話、詳しく教えて、カリちゃん」
「あ、シルフェ様、聞いてました? えーと、ですね」
まあまあ、ともかく屋敷の中に入りましょう。
それじゃ、あらためてご苦労さまでした。これで合同合宿の教官&サポートチームは解散しますよ。
お昼には食後のデザートに、アデーレさんがチーズケーキを出してくれた。
今年の学院祭に魔法侍女カフェで提供する予定の新作だね。
グリフィニアで試食したときに既にかなり完成されていたけど、更に洗練された感じだ。
これってもう、街のお店で出しても充分過ぎる逸品じゃないですかね。
いまは材料不足で作れないザックトルテにこのグリフィニアチーズケーキ。
それから、グリフィンマカロンにグリフィンプディング。
あと、トビーくんがヴァニー姉さんの結婚披露の宴用に作ったグリフィンプディングアラモード。
これらをメインメニューに、グリフィニアや王都でちょっとしたスイーツのカフェなんかを出すのも良いんじゃないかな。
チーズケーキをいただきながら思わずそんなことを口にしてみると、うちの女性たちが大賛成してくれた。
「それいいですね。アデーレさんのお菓子工房とザック・ショコレトール工房の直営店とか」
「わたし、その店長をやってもいいわよー」
「ライナ姉さんは、グリフィン建設の方を経営しないとじゃないですか」
「えー、オネルちゃん。わたしだってザック・ショコレトール工房の工房員なのよー。ねえ、ザカリーさま」
まあまあ。お菓子工房やショコレトール工房はともかく、グリフィン建設は(仮)ですからね。
それに土魔法の達人やドラゴンが居てこその建設技術なので。
「あら、そういうお店、いいわね。学院祭だと魔法侍女カフェだけど、こういうのはどうかしら、エステル」
「え? どういうのですか? お姉ちゃん」
シルフェ様が何か思い付いたようだ。なんとなく想像が出来るけど。
「ふふふ。学院祭なら、ザックさんのクラスの女の子が魔法侍女役でしょ。でも街なかのお店だと、ああいう可愛い子たちを何人も揃えるのも大変だから。それでね、わたしの配下の子たちを出してね。……風の精霊カフェ、っていうのはどうかしら」
「お姉ちゃん……」
「おひいさま……」
「あ、それいいですね。とっても可愛いですよ、それ」
「でしょでしょ、カリちゃん」
あー、風の精霊カフェですかぁ。ネーミング的には悪く無い気もしますが、そのカフェの店員が本物の風の精霊さんというのは。
確かに美人揃いのお姉さまたちなので人気は出そうだし、現状でも既にうちの侍女服を普段から着てるし、店内で何かトラブルが起きてもそこらの人間じゃ敵わないし。
でも、精霊さんがカフェの店員をやるとか、そもそもダメでしょ。カァカァ。
「なんだ? ザックの学院には魔法侍女とかいう類いの人間がおるのか?」
魔法侍女カフェのことはケリュさんにはあとで説明するので、ややこしくなるからいまは発言しないように。
「ニュムペさんのところの水の精霊も加えたらどうかしら」
「あちらはまだ人数も少ないですし」
「でも、水の精霊さんが居ると、いつも清浄なお水を使えますよ。カフェにお水は大切です」
「それはそうねぇ」
いやいや、そういう具体的な話がどうのではないですから。
「あー、えーと、お話が盛り上がっているところ、すみません」
「なあに? ザックさん」
「いや、あの、そのニュムペ様のことですけど、あちらに行かないとですよね」
「あら、そうだったわ」
そもそもが、ケリュさんがシルフェ様の許に戻って、更には暫く地上世界で一緒に暮らすことになったので、挨拶がてら連れて行くって話でしたよね。
先にドリュア様のところにはもう行って、次はニュムペ様のところで。
それに、クバウナさんが合流したということもあるし。
「お、ニュムペのところに行くのだったな。ザックの合宿とは別にせよということで。それで、いつ行くのだ?」
「わたしもずいぶんとお会いしていないから、楽しみですよ」
初めて食べたチーズケーキに感心して、アデーレさんと何やら楽しそうに話していたクバウナさんも加わって来た。
「今日は21日ですよね。ザックさまの学院が始まるのが来月の1日で、その前の日には学院生寮に戻らないとですから、明日から5日間の間のどこかですね」
エステルちゃんが俺の今後の予定を話してくれた。
「そうだね。なので、明日は1日ゆっくりして、明後日にでも行こうか」
「ですね、ザックさま。それでどうですか? お姉ちゃん」
「いいわよ。そうしましょう」
皆も同意し「人員は、どうされますか?」とジェルさんが聞いて来る。
「えーと、まず行くのが、シルフェ様にケリュさん、クバウナさん、アルさん、シフォニナさん、カリちゃん。それにエステルちゃんと僕。それで馬車に乗るのが……」
「わしとカリは、いつものように先行するかの。クバウナは、シルフェさんたちと一緒にがええぞ」
ああ、アルさんは要するに馬車に長時間は乗りたくないし、ましてや騎乗は馬が怖がるので無理なんだよね。
「まあ、アルったら。あなたたちは飛んで行くのね? わたしも、と言いたいところだけど、今回は初めてなので、シルフェさんたちと馬車で行きますよ」
「我は、飛んでも走ってでもいいぞ」
「ダメです」
馬車には女性たち4人に、ケリュさんの5人で乗って貰うかな。
人数的にこれで目一杯なので、俺は黒影に乗って行こう。いいですよね、ジェルさん。
「我も、馬ならいいだろ? 今回は、ザックと轡を並べて行きたいぞ」
それならばと、ケリュさんがそんなことを希望する。
合同合宿の往復は大人しく我慢して馬車の中に納まっていたけど、さすがに窮屈だったのだろうな。
しかし、神様が馬車に乗るというのって、これぞ神輿に納まるということなのだろうか。カァカァ。あ、ちょっと違いますかね。
「あー、うーん、どうですかね、ジェルさん」
「騎乗が問題無ければ、ですが」
「ふむ。我はアルなどと違って、馬が怖がったりはせんから問題無いぞ」
「ふん」とアルさんが鼻を鳴らしたが、否定出来ないので何も言わなかった。
「それにそもそも、騎乗は慣れておる。この地上世界でも、かつてはずいぶんと乗ったしな」
「地上世界で戦争が起ると、そうやって人間に紛れて戦場を走り回っていたみたいなんですよ」と、後でシフォニナさんが教えてくれた。
それがどの戦争なのかは聞かなかったけど、どうやら古代からそんなことをしていたらしい。
「そしたら、ケリュさまには青影に乗っていただきましょうか」
「そうだね、エステルちゃん。青影もたまには遠出がしたいだろうし」
「青影とは?」
「わたしの愛馬ですよ、ケリュさま。あとでお会いいただきますね」
「おお、よろしく頼むぞ、エステル」
俺とケリュさんが騎乗で行くことになったのもあり、今回は極力人数を絞ることにした。
なので同行は、レイヴンの初期メンバーの5人だけだね。
食後には、調査外交局の局員でミーティングを行った。
俺たちが合宿に行っていた間、ユルヨ爺たちは調査活動を引き続き行っていたので、その報告を聞くのが主な議題だ。
このミーティングにも何故かケリュさんが参加しているのだが、誰も不思議に思ってはいないようなので、まあ良いでしょう。
「まずはリーアと、フォレスト公爵家屋敷を探索して参りました」
ユルヨ爺がいきなり怖いことを口にした。
「フォレスト公爵家の屋敷と言うと、例の宰相府を作るとかの?」
「そうですな。その宰相府とやらがどうなっておるのか。準備中と聞いておりますが、既に稼働しておるのかどうかなど。まあ、様子を伺って来たというところですわい」
「人の出入りが多かったので、それに紛れ込みまして」
ああ、そういうことですか。
リーアさんの報告によると、フォレスト公爵家王都屋敷は日中、多くの人間が出入りをしており、その人たちに紛れて入り込むのはわりと簡単だったのだそうだ。
まあ、ファータの探索者だから出来ることなのだろうけどね。
「屋敷の敷地内には、本邸とは別に門の近くに別棟がありましてな。どうやらそこを宰相府とするべく、増改築中でありましたな」
「その建物の中では、既に一部稼働しているらしく、王国の役人らしい人間も頻繁に出入りをしていましたね」
フォレスト公爵家を含む三公爵家の王都屋敷は、貴族街のいちばん奥まった場所にある。
ふたつの侯爵家とヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家、そして辺境伯家の4つの屋敷が並ぶ側と、道路を挟んでその対面だね。
そのうちフォレスト公爵家王都屋敷は、向かっていちばん右の王宮に近い位置。
隣に王国の官庁施設の建物を挟んで、その右隣が王宮だ。
また、三公爵家の王都屋敷の裏手も官庁施設が並んでいる。
ちなみにその更に奥まった場所に、王宮騎士団の本部施設がある。
今回のユルヨ爺とリーアさんの探索は、まずはその宰相府と予定される機関の本拠地の外見的様子と現況を確認するに留めたのだそうだ。
「王都の商会の連中らしき者なども出入りしておったので、リーアとその建物の中に入ろうかとも考えたのですがの。まあ自重しておきましたですわい。はっはっは」
かつて現役当時に、王宮の中も隅々まで探索したらしいユルヨ爺。
きっとどこぞの商会長みたいな顔をして、公爵家屋敷の敷地の中を平然と歩き廻ったのだろうなぁ。
でもまあいまのところは、まずは本格的に宰相府を設置しようとしていることが分かったので、そのぐらいで留めて置いて貰って良いですから。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




