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第923話 試合稽古が終了しました

「たぶん、学院生活最後の試合稽古だから、本気で来てほしい……とは言っても、ザックの本気がどんなものなのか、わからないけど」

「本気? ……そうか。本気がほしいんだね」


 もうブルクは欲しがりさんなんだから。

 小休止も終わり、これから対戦ということでジェルさんに呼ばれて出ると、ブルクくんがそんなことを言って来た。


 春学期の課外部対抗戦後に行われた3戦全勝者の彼との模範試合では、試合というより指導みたいになってしまったからね。

 そうですか本気の試合がしたいのですか。それとも仕合ですか? 死合ですか?


「ザカリーさま、顔」

「あ、ジェルさん。なんか変な顔してたかな、僕」

「少しニヤついた顔が恐いですぞ。それとくれぐれも、危ないことはお控えいただくように」

「はいです」


 木剣と腕ごと胴まで打ち抜いたジェルさんには、言われたくないですけど。


「良いでしょう。僕としても学院で最後の試合稽古。ならば、本気の試合という心構えで闘いましょうか、ブルクハルト殿」

「え? あ、おう」


「それでは双方、開始線に立って。ダイジョウブかな」


 審判であるジェルさんの、最後の小さな呟きも聞こえましたぞ。ご心配無用です。



「どちらもいいか」


 ジェルさんがそう言いながらブルクくんを見て確認し、俺の方を少し不安そうな色の混ざった複雑な表情で見た。


 向き合うブルクくんは、木剣を中段の平正眼から剣先を立て気味にして、身体に引き寄せるように構えている。


 相手の攻撃を見切り、またなるべく臨機応変に対処しつつ、コンパクトに木剣を繰り出して反撃をしようということですかね。

 あるいは、そのまま突進して接近戦を挑み、先の先で初撃を入れようとするのか。

 まずは動き出しだね。


 対する俺は、まあどんな構えでも良いのだけど、いちおうは剣先を後ろにした脇構えだ。

 前々世の剣道では既に珍しくなった、実用性の低いと言われがちの構えだけど、俺は前世で体術と合わせた忍びの剣術も仕込まれ、生死が紙一重の世界で生きていたからね。


「では、はじめっ」と、ジェルさんの鋭い声が掛かった。


 俺の本気が欲しいんですよね、ブルクくん。




「やめっ、やめぇー。木剣を止めて、止めてますかぁ」


 地面に崩れ落ちたブルクくんを、いままさに腰を落とした霞の構えから下に突き刺すようにして木剣を停止し、俺は残心している。止めを差す寸前だ。


 そして、暫しその姿勢のまま留まっていた俺は残心を解き、振りかざしていた木剣を腰の鞘に納めて……。

 あ、前世の刀じゃなかった。左の腰に持って来た木剣を片手でぶらぶらさせて、なんだか気恥ずかしい。


 そんな俺と目の前に横たわるブルクくんの許に、オネルさんとそれからエステルちゃん、カリちゃん、ライナさんの治療担当指導教官が走り寄って来た。

 その3人は直ぐに、ブルクくんの状態を確認している。


「殺して、ませんよね?」

「例え本気とはいえ、友人を殺したりはしませんですよ」

「止めを刺す寸前だったがな」


 オネルさんは何を聞いて来るですかね。

 斬る際には、ちゃんとかなりの手加減をしておるですよ。

 止めを刺す姿勢は手順的な流れの一環でありまして、ちゃんと残心へと切り換えていたではないですか、ジェルさん。


「肩の骨にひびが入っているみたいですかね。ザックさま、診てください」と、ブルクくんの肩を調べていたエステルちゃん。


「その通りであります。ちょっとばかり、木剣が当たってしまいました」

「ちょっと当たったで、骨にひびを入れて、気絶させますかねぇ」

「そこはザックさまなので、オネル姉さん」


 本当は寸止めという選択肢もあったけどね。

 でも、本気ということは一撃必殺ということで、瞬間的に緩めて軽い当てに切り換えたのではありますが。



 エステルちゃん中心で回復魔法による治療がされて、ブルクくんは気絶から正気に戻ってようやく立ち上がった。


「あれ? あ、ザック。試合稽古、終わった? のか?」

「残念ながら、済んだ」


「死ぬときって、ああやって気付かずに死ぬんだな。なんだか地面に寝てたら、霧の向うから誰か、剣士みたいな人がふたり歩いて来て、少し離れた場所で立ち止まって何やらそのふたりで話していて、僕はどうなるんだろうって思ってたら、おまえは目を醒せって言われて。そうしたら、いまここで、目の前にザックがいて……」


「ふむ。それはあれだ。ザックの殺気に当てられたのだろうな」

「あ、ケリュ様。そうなんですね。だから僕は気絶して」


 いつの間にか、頭の上にクロウちゃんを載せたままのケリュさんが様子を見に来ていた。


「やはりそうでしたか。わたしにも、ザカリーさまが彼の肩から断ち割って、なおかつ心の臓に剣先を突き刺すイメージが伝わって来て、慌てて止めようと声を出したのです」


 これは審判として直ぐ側に居たジェルさんの言だ。

 そう言えば普段は滅多に出さないような、かなりあわあわした声を発していたよね。


「僕が死ぬ直前に見たのは、気が付いたら目の前にザックが立っていて、僕に剣を振っている瞬間の姿だけです」


 いやだから、ブルクは死んでないからね。お迎えはまだ、側まで近寄って来なかったでしょ。

 俺の場合は2回も経験済みだけど、どちらも待っていたのはサクヤだったよな。


 それはともかくとして、まあ要するに、ジェルさんの「はじめ」の声と同時に俺は縮地もどきで、ブルクくんの左肩方向に一気に距離を詰めて、間合いに入ると同時に脇構えから八相へと廻した木剣を、その左肩口に落とした、ということですな。


 俺の本気は、剣を合わす間もなく一撃で方を付ける。それのみですからね。


「まあまあ。ブルクはみんなのところに戻りなさい。こちらの様子を伺っているみたいだし」

「そうだね。ありがとう、ザック。ジェルさんもみなさんも、ありがとうございました」


 ブルクくんは一礼して、部員たちが固まって見守っている方へと歩き出した。

 足取りはしっかりしているようだが。


「しかし、あの迎えに来たおふたりの剣士は、誰だったんだろ。ご先祖様かな。顔は良く見えなかったなぁ……」


 はいはい。まだ心此処に在らずで、歩きながらそんな独り言を呟いているブルクくんは、そのことはもう忘れなさいね。




 こうして午後の剣術試合稽古エクストラ戦は終了となった。

 ひとつひとつは短い対戦だったけど、治療やらなんやらでそれなりに時間を取っていたので、午後も半ばの時間かな。


「今日はみなさんも良く闘いましたし、そうしたら、午後のお菓子の時間にしましょうね」

「わ、ほんとうですか? エステルさま」

「グリフィン子爵家のお菓子の時間ですねっ」

「わーい」


 ほらほら、女子たちは騒がない。

 しかしさすがはエステルちゃんですな。甘い物で女子の心を掴むことに長けております。


「なんですか? ザックさま。はい、あっちの陰で出してくださいね」

「わたしが連れて行きますよ、エステルさま」

「お願いね、カリちゃん。わたしはお紅茶の用意をしますから。ライナさんも手伝って」

「はいはーい」


 俺の無限インベントリには、今回用の大量の甘い物が収納されております。

 もちろん学院生にやたら見られないように、野営テントの陰で取り出す訳ですけどね。


「でもさ、カリちゃん。ここで冷たい桃のソルベートなんか振舞ったら、オカシイって思われないかな」

「なにをいま言ってるですかね、ザックさまは。ここでみんなに振舞うために、アデーレさんにたくさん用意して貰ったんでしょ?」

「だって、合宿3日目だし」

「はいはい、いまさらいまさら」



 桃のソルベート、つまり桃のシャーベットだね。

 王都のお店でも食べられるところもあるけど、これはグリフィン子爵領の港町アプサラの夏の名物だ。グリフィニアでも、トビー選手が広めてからはポピュラーになっている。


 このソルベートは、屋敷で既にガラスの小さな容器に人数分小分けにされていた。

 それを、カリちゃんが用意していた箱に無限インベントリから移し替えて、ふたりで運んでスプーンも添えて皆に配った。


「あ、ソルベート、ですよ。キンキンに冷えてます、です」


 カロちゃんはアプサラにも良く行っているし、お馴染みだよね。


「あひゃひゃ。ソルベート、でしゅか?」

「わたしも、まだ食べたことないですよぉ」

「王都でも出すお店があるけど、少ないのよね」

「あたし、去年の夏にグリフィニアで食べたよ」


 4年生は食べたことがあるみたいだけど、ブリュちゃんやヘルミちゃんは初めてのようですな。

 ルアちゃんは昨年夏にグリフィニアに来た際に、街で食べたらしい。

 強化剣術研究部の女子たちも初めてのようだね。男子どもも大人しくいただいている。


「今年の学院祭で、これ出すのもいいわよね」

「お、セルティア王立学院祭名物、魔法侍女カフェのお菓子ですね」


「ふっふっふ。何をおっしゃるヴィオちゃん。いやさ、ヴィオ店長。このソルベートは我がグリフィン子爵領のアプサラで、ずいぶんと以前から名物となっており、グリフィニアや王都でも食べられるものですぞ。このわたくしめが、それと同じものを出すとお思いですか」


「出ました、グリフィニア名産お菓子の開発責任者」

「いまこの時期にそう言うってことは、もう新作の目処がついているってこと?」

「ふっふっふ。何の根拠も無く、このわたくしめが発言などしませんぞ」


「なになに、今年の新作ってどんなの?」

「教えてよ、ザック部長」

「学院祭のお菓子?? でしゅか?」


「はいはい、お静かに」

「…………」

「まだ、秘密であります」


 以下、もの凄いブーイングの嵐。

 お披露目は、秋学期が始まってからでありますよ。



 俺は女子たちの非難の目から逃れるように、場所を移動する。


 あちらではケリュさんが、うちのお姉さんたちと何か話しておりますな。

 今日1日、ケリュさんの頭の上に納まっていたクロウちゃんは、ライナさんにソルベートを食べさせて貰ってるのね。


「おう、ザック。いま彼女らと、先ほどのおまえの対戦について話していたところだ。こっちに来い」

「へいへい」


 どうやら、ブルクくんとの対戦での俺の動きを話題にしていたらしい。


「おまえが、あの男子との間合いに一瞬で移動したのは、縮地という技だと、いま聞いていたところだ。あれは魔法では無いのだな」

「ああ、縮地ですか。さっきのは本当の縮地じゃなくて、“もどき”ですけどね。つまり、一段階低いやつ。魔法じゃないですよ。体術です」


「ほほう。すると、本物はもっと速いのだな。確かに瞬間移動の魔法ではなく、僅かに移動時間を要していたか」


 お、いま聞き捨てならないことをケリュさんは言いましたぞ。瞬間移動の魔法、ですか。

 そう言えば、俺とエステルちゃんとアビー姉ちゃんが所有している呼び寄せの腕輪という魔導具は、共通する所有者を遠隔地から瞬間移動で呼び寄せるものだったよな。


 そういう古代魔導具が存在するということは、それを可能とする魔法があるということだ。


「僕の縮地は、歩法の体術とキ素力を組み合せたものですけどね。ただ、元が歩法の体術ですから、本物はどうしても距離が稼げなくて。なので、通常は一段階下のもので」

「なるほどな。人間の身体能力をベースにしておれば、当然に限界はあるか」


 武神のケリュさんは理解が早いよね。それよりも、瞬間移動の魔法って。


「えーと」

「すると、我の移動法と基本は同じか」

「ああ、光速の移動ですね」

「なになにー、ケリュさまの光速の移動って?」


 思わず口にして、ライナさんが食い付いちゃいましたよ。

 あれって黄金のエルクの姿のときのものだよね。

 それで念話でこっそり聞いてみると、「(この姿でも、もちろん出来るぞ)」だそうだ。


「うむ、我の移動法だ。まあ基本は、ザックのものと同じと言っていい。(我の場合は、神力を加えているが)」

「ザカリーさまとケリュさまと、いままで離れていたのに、同じようなことが出来るのですね」

「そこはオネルさん。なにしろザックは我の義弟おとうとだからな。はっはっは」


 その説明に、お姉さんたち3人は納得したようなしないような表情を浮かべた。

 まあ、この夏に出会ってからの義兄義弟という関係だから、納得は出来ないよね。


「それで、そのあとの剣の動きだが」


 ああ、まだ質問は続くですか。あれも前世での修練が基礎になっているので、そうそう解説は出来ないのですけど。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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