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第922話 エクストラ対戦とそれぞれの思い

 午後の部は残すところ試合稽古が3戦だけになった。

 今年卒業する4年生が2戦ずつ行ううちの2戦目。ただし魔法少女と魔法少年のヴィオちゃんとライくんを除く。

 あと強化剣術研究部のロルくんは、午前に2戦を終えた。


 では張り切って、その3つの試合稽古を行いましょうか。

 でもその前に、お昼休みの後なのでジェル指導教官の指示により全員で素振りです。



「よおし、素振り、やめ。小休止のあと、試合稽古を再開する。まずはカロちゃんとオネルだな」

「はいっ」


 小休止の指示に、うちの部にロルくんを加えた4年生たちが集まって、なにやら話している。

 個人単位の試合稽古なので、作戦といったものを相談する訳では無いだろう。

 闘志を盛り上げる的なことですかね。


 最後はライくんの音頭で、「頑張るぞ」「おう」と気合いを入れていた。

 ライは対戦しないじゃない。じゃあキミと俺とで、まずやりますかね。


 そんなことを頭に浮かべながら彼の方を眺めると、俺の視線に気付いたらしくこちらを見て首を大きく横に振り、更には両手でバツを示した。

 さすがに長い付き合いで、しっかり俺の表情を読みますな。


 更に俺が手にしている木剣を大きく振り上げると、彼はヴィオちゃんの陰に隠れるようにして引っ込んで行った。

 それで、俺とのやりとりに気付いたヴィオちゃんになにやら叱られている。


 どうもうちの部のカップル関係は、一様に女性の方が強いよね。


「ザックさま。そこで木剣を頭の上で振って遊んでいると、対戦の邪魔になりますから、木剣を下ろして後ろに下がりましょうね」

「あ、ごめんなさいであります」


 エステルちゃんに注意されました。



 エクストラ1戦目、カロちゃんとオネルさんの対戦。

 対戦とは言っても実力は遥かに違うので、本職の胸を借りて受けて貰うという感じだ。


 ジェルさんの「用意はいいか」の声に、カロちゃんは「はいっ」と大きく返事をし、オネルさんに向かって「よろしく、お願いします」と深く頭を下げた。

 そしてふたりは木剣を構える。


 オネルさんは木剣を持ち上げ、いつものように八相の構えだ。

「美しいな」と、午前と同じく俺の隣で観戦するケリュさんが言葉を洩らす。


 この世界の剣術に型による試合みたいなものがあったら、オネルさんの優勝は間違いないよな。

 そう思わせるほど彼女の構えや足捌き、木剣を振る所作は美しい。

 特に必殺の突きを出した後に静止する殘心の姿は、一幅の絵画のようだ。


「ミネルミーナあたりにも見せたいところだな」

「ミネルミーナ様って、知略と戦いの女神様ですよね?」

「おお、そうだな。あいつは少々理屈っぽくてややこしいが、美しいものが好きだからな」


 人間の間では知恵を司る女神様としても知られているけど、理屈っぽくてややこしいのね。

 でもこの世界の神様って、だいたいがややこしくて面倒臭そうな気がするんだよな。あくまで想像だけど。


「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何も。それより、そろそろ間合いに入りますよ」



 八相の美しい構えのまま、至極ゆったりと距離を縮めるオネルさんに対して、カロちゃんはこの世界の剣術の基本に立ち返って木剣を肩に担ぐように構え、こちらもゆるゆると慎重に進んでいる。


 学院生との対戦なら、ここでカロちゃんは間合いに入るか入らないかの一定の距離を保ちながら、アウトファイトに徹するところだろう。まずは相手の出方を見る。

 しかし彼女は、肩に担いだ木剣を素早く振りながら思い切って深く踏み込み、初撃に出た。


 だがその一撃は、カーンと跳ね返される。

 オネルさんに強烈に合わされたカロちゃんはやや体勢を崩すが、踏ん張って直ぐに立て直し、また同じように踏み込み攻撃する。


 そこから暫く、カロちゃんが仕掛け続けるこの攻防が続いた。

 一見すればただの打ち込み稽古のようにも見えるが、オネルさんの受けはただ合わせるのではなく、それ自体が厳しい攻撃になっている。


 だがカロちゃんは愚直とも思える攻撃を繰り返し、そんな単調ではあるがまさに実戦的な稽古が暫く続く。

 そして、かなり疲れて来たのかカロちゃんの動きが鈍くなったところで、飛び込んで来た彼女の胴をオネルさんが軽く突いて対戦は終わった。


「はぁはぁ……。ふう。しっかり稽古、していただきました、です」


 疲労以外は特に怪我などは無いカロちゃんは、対戦が終わってオネルさんに深々と頭を下げたあと、俺のところにそう報告しに来た。


「試合、ではなく稽古だね」

「はい、です。ですけど、卒業したら、こういう機会、無くなるです、から。あ、グリフィニアに居れば、あるかな」


 カロちゃんはそう言って、エステルちゃんの許に走って行った。


 卒業したら、か。彼女の卒業後はいろいろ想像が出来るけど、少なくとも剣術や魔法で生きるという選択肢は存在しないか。

 お兄さんがいるので、彼女がソルディーニ商会を継ぐということは無いだろうけど、大商会のお嬢様という立場だと、日常的に剣術と魔法に励むのはもう難しいだろうね。



 次の対戦は、ルアちゃんがジェルさんに挑む。

 ひと息入れたオネルさんが、ふたりを開始線に呼んだ。

 ジェルさんはあくまで自然体。対するルアちゃんは、逸る気持ちを抑えるように大きく深呼吸をする。


「双方、いいですか? では構えて」と、オネルさんの声が響く。


 ルアちゃんは先ほどのカロちゃんと同じように、木剣を肩に担ぐ基本の構えになった。


「ジェルさんっ。学院生活最後の合宿の記念に、本気をくださいっ」


 そしてありったけの大音声で、そう言い放つ。

 ジェルさんの本気かぁ。ジェルさんが本気を出したら、あっと言う間に死んじゃうよ、ルアちゃん。


 そのジェルさんは小さく「うむ」と頷き、木剣を頭の上に高く剣先を後ろにして構えた。

 俺の前世の剣術で言えば、火の構えに近いといったところだろうか。

 たいていの相手であれば、ジェルさんならここからの一撃で無慈悲に斬り殺せる。


「はじめ」


 その声と同時にルアちゃんは疾走し、間合いに入る直前でタンと前方に跳び上がった。

 強襲、それも空中からの攻撃だ。

 そして、身体全体を回転させるように、肩に担いだ木剣を振り出してジェルさんを上から襲う。


 勢いから相手の後頭部、首筋、肩口などを狙う攻撃だが、ちなみにこの試合稽古は学院での試合と同様のルールとしているので、首から上の攻撃は禁止している。

 しかし、そんなことをいまは言っていられない高速の斬撃がジェルさんに向かった。


「むん」


 気が付くと、空中のルアちゃんは木剣を握る手から遥か遠くに弾き飛ばされ、そして身体をくの字にして地面に叩き付けられていた。


 ジェルさんの一撃。

 いつの間にか上段火の構えから下方にぐるりと廻し、そして振り上げた彼女の木剣が、上空から回転の勢いも加わって高速に振り落ちて来たルアちゃんを、その木剣ごと斬り飛ばしたのだ。


 ジェルさんならではの剛剣はルアちゃんの木剣を弾き飛ばし、腕から胴体へと打ち据えていた。

 これが真剣だったならば、もしかすると両腕を切断し、更には胴体をも斬り込んでいただろう。まあ、即死か致命的な重傷ですな。


 俺とエステルちゃん、カリちゃん、そしてライナさんも、地面に落ちて倒れたルアちゃんに急いで駆け寄る。


「ザックさま。早く状態を診てください」


 そうエステルちゃんから言われるまでもなく、俺は直ぐさま見鬼の力でルアちゃんの怪我の具合を診察していた。


「両腕の前腕部がそれぞれ骨折と、いくつかの筋肉が断裂。手と指は……大丈夫か。あと右肋骨が何本かひびが入っていて、筋肉も痛めているね。横隔膜や内蔵は、問題無し。あとはおそらく落下時に腰を少し痛めている」

「了解です」


 治療担当指導教官の3人が、俺の指示に従ってそれぞれの部位に回復魔法を施す。

 この3人が同時に治療すれば、後遺症も残さずに間もなく回復出来るだろう。

 もし何か不具合が起きそうだったら俺も加わり、万が一には聖なる光魔法で治すが、内蔵に損傷が無いのでまあ大丈夫そうだ。


 その様子を俺たちの後ろからジェルさんとオネルさんが見守り、その隣にはケリュさんも来ていた。


「ふう。大丈夫そうですかね」

「万全だと思いますよ」

「暫く様子は見ないとだけどねー」


 最後に俺は、まだ地面に横たわっているルアちゃんをうちの者たちで囲ませ、念のためにごく軽く聖なる光魔法を全身に施した。

 軽くと言ってもこの魔法は対象者を光で包むので、いちおう目隠しにね。


 ああ、ケリュさんが気を効かせて、どうやら周囲から見えにくくする視覚防御を行使したようだ。

 それって神力ですか。魔法として出来ますかね。俺の結界の呪法と違って一瞬で発動したので、便利そうだからそれ覚えたいな。


「ザックの結界の応用だ」あー、そうですか、なるほど。



「完敗と言うのも、恥ずかしいよ」


 怪我がすべて治ったルアちゃんが、ようやく立ち上がってぽつりと言葉を洩らす。


「ありがとうございました、ジェルさん。ジェル姉さんの凄さ、あらためて体感しました」


 しかしそう元気良く言って、ルアちゃんはジェルさんに深々と頭を下げた。

 その動作や声の張りから、どうやら大丈夫そうだね。


「でもあたし、ジェルさんも目標にします。もう少ししたら卒業だけど、目標がいっぱい出来ました。アビー先輩、エステルさま、ジェルさん、それからオネルさんも」

「そうか。ルアちゃんは、これからも剣で生きるんだな? そうならばいつでもグリフィニアに来れば、相手をしてあげるぞ」


「ザカリーさまは目標じゃないの?」と、オネルさんが余計なことをルアちゃんに問う。


「えーと、ザック部長は……、目標とかとはちょっと違うような。いろいろ面倒臭いし」

「うふふ、そうね」

「ザカリーさまを目標にしたら、道を迷いそうだからな」


 どういうことですか? いろいろ面倒臭いとか、道を迷いそうとか。

 いまは剣術の話をしているんだよね。カァカァカァ。目標って言うのは、自分が実現したいことやそうありたい対象であって、ですか。

 それは分かるけど、いろいろ面倒臭いとか、道を迷いそうとかってさ。


「ザックさま、次はザックさまでしょ」

「きっとクロウちゃんと、またつまらないお喋りをしてたですよ」


 エステルちゃんとカリちゃんに言われた通り、次は試合稽古の最後の対戦で、俺がブルクくんの相手をするですな。


「あー、いや。それはともかくルアちゃんは、まずはあっちで心配そうな顔をしている、みんなのところに行ってあげなさい」

「はーい」


 そう。うちの部員たちや強化剣術研究部の部員も固まって、心配そうにこちらの様子を伺っている。

 中でも、いちばん心配そうな顔をしているのは、次の対戦を控えているブルクくんです。

 そんな表情のまま来られても困るので、まずはルアちゃんが安心させてあげなさい。



「では、少しばかり休憩としますか」

「ですね。ザカリーさまは支度しないとですし」

「ザカリーさまもさ、考えてみれば学院最後の夏合宿でしょ。もしかしたら学院生を相手に、最後の試合稽古になるのよねー」


 ああ、そうかもだよね、ライナさん。

 総合武術部の練習では木剣を合わせるけど、こういう形式の試合稽古は最後になるかもですなぁ。


 カァカァ。うん、どう闘いますかね。俺の数少ない対戦で、これが最後というのはいささか寂しいけど、でもとても楽しみであるのは確かだよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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