第921話 試合稽古対抗戦の終盤
カロちゃんとロルくんはこの合同合宿の試合稽古で、これまで2回対戦している。1年生と2年生のときだ。
昨年はロルくんがカシュくんと対戦し、カロちゃんは4年生で実力者のハンスさんの胸を借りた。
ふたりは共に、1年生当時は剣術の力がお世辞にも高いとは言えなかった。
ロルくんはヘルクヴィスト子爵領騎士爵家の子息で、もちろん実家では幼少期から剣術に親しんで来たのだろうけど、初めて会った頃はまだ身体の線も細く、どちらかと言うと大人しくて気弱な印象だったよね。
彼の入部当時、強化剣術研究部には3年生で既に剣術では学院内で有名人だった部長のアビー姉ちゃんがいて、2年生にはエイディさん、ハンスさん、ジョジーさんのあの3人組がいた。
その4人だけの小さな課外部にたったひとり加わったロルくんだったが、姉ちゃんたちの学院生の課外部にしてはかなり厳しい練習にもしっかり付いて行き、それからめきめきと成長した。
一方のカロちゃんについては、いまさらここで擦るのもなんだけど、グリフィニア出身で俺の幼馴染。
ソルディーニ商会長の子女という民間の商家出身ながら、小さいときから彼女自身の希望で剣術と魔法の家庭教師を付けて貰っていた。
尤も普通なら、そんなのは大商会のお嬢様のちょっとした手慰みで直ぐに終わり、王立学院の学院生である12歳から15歳までの歳頃には、商会の幹部となるべく卒業後の準備をするか、花嫁修業に勤しむのではないかな。
もちろん彼女はそういうこともしているかも知れないけど、これまでの3年半、総合武術部では剣術と魔法の練習を欠かすことなく頑張って来た。
そして剣術に関して言えば、現在の4年生のトップ7人のひとりとまで言われるようになったんだよね。
ちなみに、今年の4年生の剣術トップ7と学院内で認められているのは、ブルクくんにルアちゃん、カロちゃん、ロルくん。そして総合剣術部部長のオディくんに、同じ部でうちのクラスのバルくんとペルちゃんだ。
ペルちゃんは学院祭では、魔法侍女ならぬ剣術侍女で学院生の間ではちょっと有名です。
しかしD組のオディくんはともかくとして、あとの6人はみんな俺絡みだろと言われても、まあその辺は致し方無いじゃないですか。
あと、1年生のときに初めてこの合同合宿を行って以来、このふたりの間に、と言いますかロルくんの方にカロちゃんに対する特定の感情が芽生え、そしてそれ以降……。
現在のふたりの関係がどう育まれているのかは、俺は詳しくは知らないのですが。
そんなロルくんとカロちゃんの対戦を、今回俺は2年振りにセッティングした。
ふたりは真剣な表情ながら必要以上の緊張に囚われず、意外とリラックスして向き合っている。
むしろ、楽しそうに見えると言った方がいいだろうか。
そして対戦が始まると、カロちゃんは得意のヒットアンドウェイ戦法。
間合いに入るか入らないかのギリギリの距離を上手く測って、攻撃しては離れるといった戦法に徹する。
片やロルくんはインファイトタイプ。なので、深く踏み込んで打ち合いに持込みたいところだが、それをカロちゃんがなかなか許さない。
尤もロルくんもかなりの剣術強者に成長しているので、カロちゃんの攻撃を危なげなく防いでいる。
そんな攻防が暫く続いた。
以前なら焦れたロルくんが不用意に踏み込んで、そこで隙を作ってしまうのを、彼は相手が間合いに入って攻撃を繰り出すタイミングで、躱しながら後の先を狙おうと良く見ているようだ。
しかし、カロちゃんもその動きを察して、間合いを外すのが上手いんだよな。
5分以上が経過した頃、そこで互いの気持ちが合わさったように大きな動きを止め、間合いに入りその距離を保ったままの攻防へと移行した。
バチバチとした打ち合いが始まる。ふたりとも、スタミナも気力もまだまだ充分のようだ。
そして結局、打ち勝ったのはロルくんだった。
こういう闘い方なら、やはり彼の方に軍配が上がるよな。
「あの子に、合わせてあげた、ですよ」
対戦が終わって俺のところに報告に来たカロちゃんは、強化剣術研究部の部員たちが居る方に歩いて行くロルくんの後ろ姿を振り返って見ながら、そう言った。
しかしどうして、うちの女子部員はみんな発言が上から目線なんですかね。
「最初の闘い方を続けていれば、カロちゃんに勝機があった気がするけどなぁ」
「しっかり打合って、わたしに勝って貰わないと、だから。これからの、ために、です」
カロちゃんはそう言ってニッコリ微笑み、エステルちゃんの方に走って行った。
これからのために、ね。どんなこれからなんだろうね。
ロルくんは卒業したら、おそらくはヘルクヴィスト子爵家騎士団に入ることになるだろう。
そのこれからに、ふたりがどのようになるのかは俺には分からない。
対抗戦形式の試合稽古は、残すところあと2戦。
まずは第8戦目のルアちゃん対ヴィヴィアちゃんだ。
ルアちゃんはこういった対戦前にはいつもするように、ぴょーんぴょーんと大きく高く垂直に跳躍をして身体を解している。
特段にキ素力を用いたパワータンブリングでは無いのだが、その素の跳躍力だけでも普通の感覚を超えている。
ここに来て、彼女もアビー姉ちゃんクラスになったよな。
対するヴィヴィアちゃんは、いささか緊張気味だ。
それはそうだろう。彼女はルアちゃんのことは良く知っているし、なにしろ現在の学院での剣術トップ7の中でも、ひと際強いトップ2の片方だ。
それは先の春学期での課外部剣術対抗戦で、3勝を上げたのがこのルアちゃんとブルクくんのふたりで、学院内の誰しもがトップ2と認めるところとなったからだね。
強化剣術研究部で副部長となっているけど、まだ3年生のヴィヴィアちゃんが緊張するのも仕方が無いですな。
すると、強化剣術研究部員が集まって観戦している場所から、ユディちゃんがすすっと出てヴィヴィアちゃんに近づいた。
そして何か、ひと言ふた言話し掛けて、ヴィヴィアちゃんもうんうんと頷いている。
最後にはふたりで拳を突き合わせて、そしてユディちゃんは離れて行った。
何を話したのかは分からないが、ヴィヴィアちゃんの緊張を解すような言葉を掛けてあげたのだろう。
いやあ、ユディちゃんも俺が気付かないうちに、こういうことが出来る子になっていたんだね。
お父さんて、こんなちょっとしたことで娘の成長を実感するんだよな。俺はお父さんじゃないけど。
対戦が始まった。
まあ実力差は如何ともし難いのだけど、ヴィヴィアちゃんは落ち着いて闘ったと思う。
ルアちゃんもトリッキーな動きで翻弄するようなことを控え、真っ向から剣術の勝負をしていた。
ルアちゃんの場合、その人並み外れた跳躍力や素早い動き、切り返しなど、身体能力の方に目が行きがちだけど、こういった基本の剣術もしっかり身に付けているし、強い。
暫く打合ったあと、先の先でルアちゃんの木剣が相手の肩を軽く打った。
おそらくヴィヴィアちゃんにはその斬撃が見えず、ルアちゃんの動作で慌てて自分も木剣を出したのだけど、そのときには肩に置かれていた感じだ。
「なかなか強くなって来てるわ。あたしが同じ学年だったら、良い対戦相手になったかも」
まあこれは上から目線と言うより、まさにその通りだろう。
そしてもしそうだったら、いまは学院に居ないソフィちゃんと三つ巴でライバル関係になっていたかも知れないね。
「んじゃ、ジェル姉さんとの対戦に、気持ちを切り換えて準備しないと」と言って、俺の言葉も待たずにエステルちゃんの方に走って行った。
さてさて対抗戦形式の試合稽古も、次が最後ですな。
ここまでで総合武術部の4勝4敗。対戦成績では互角の結果となっているが、あまり勝敗数は関係ないだろう。
稽古としての個々の内容の方が大切だし、ここまで思った以上に見応えのあるものだった。
「よし。これで対抗戦は最後の対戦だ。双方、前へ」
ジェルさんの声が響き、第8戦目の対戦を行うブルクくんとロルくんが開始線の前に立つ。
ロルくんは本日2戦目だけど、疲労はしていないようだ。
それに先ほどカロちゃんに勝ったこともあって、闘志が更に増していた。
対するブルクくんの方も、集中力を高めているのが見て取れる。
入学当初はただの剣術の上手な少年であった彼も、この3年半の努力もあって、こういった場に立つとすっかり剣士の雰囲気を醸し出すようになって来たよな。
彼は、俺にとっても身近なキースリング辺境伯家に所属するベンヤミン・オーレンドルフ準男爵の長男だ。
順当に行けば、辺境伯家の外交のトップである父上の跡を継いで準男爵となり、同じく外交の仕事を担うことになるのだろう。
しかし彼の本心の望みは騎士団に入ることだ。
「僕は父さんやザックみたいに、外交とかは苦手だからさ」と、以前に俺が調査外交局長官に就任した話題が出た際に、そんなことを言っていた。
そこのところは、「あたし、花嫁修業とかそんなこと、これっぽっちも考えたことないよ」と宣っていた、エイデン伯爵家所属のコルネリオ・アマディ準男爵のお嬢さんであるルアちゃんと良く似てるよな。
このふたりの卒業後や将来は、いったいどうなるのだろうね。
もし彼らが結ばれるとしたら、この世界の貴族の慣習だと特にルアちゃんの方が折れないといけないんじゃないかな。
でもルアちゃんだったら、彼女自身の辺境伯家騎士団への入団を条件とかにしそうだよな。
そういうのって、可能なのだろうか。
ブルクくんとロルくんの試合稽古が始まった。
間合いの内に大きく踏み込んで、インファイトを信条とするロルくんに対し、ブルクくんの最大の武器はうちの部の練習で熱心に取組んで来た見切りだ。
そして、ここぞというときの荒ぶった激しいファイトも身に付けて来ている。
つまり、間合いを外すこと無く攻め守る、接近戦の連続となるのは予想が付いていたが、まさにその通りの闘いとなっていた。
手数多く繰り出すロルくんの攻めに対し、ブルクくんは見切り躱し、ときには厳しく木剣を合わせて後の先を狙う。
しかしロルくんの方もそれは分かっているので、隙を見せることなく、その攻めに対してはうまく間合いを外していた。
そんな攻防が幾度か続き、そしてそのとき、それまでよりはやや距離をいったん取ったロルくんの高く構えた木剣に、キ素力が伝わるのを感じた。
ここで強化剣術ですか。学院の練習やこういった試合稽古、あるいは対抗戦の試合などでも、滅多に出さないんだけどね。
踏み込みと同時に木剣がそれまでの数倍の速さで振られ、おそらく相手側から見れば木剣が長く伸びて来るように見えるだろう。
これに不用意に木剣を合わせて受けようとすれば、下手をすると弾き飛ばされてしまう。
あるいは合わせる前に、速度が増した斬撃に打たれてしまうだろう。
ここは逃げて躱すしか無いか。
だがブルクくんは、咄嗟の判断で自らその斬撃に向かって大きく踏み出し、そしてほんの僅かな間隔で辛うじてそれを見切り擦り抜ける。
少しでも失敗すれば、顔面で受けて断ち割られてしまうような、そんな間合いだ。
と同時に、下段に構えていた木剣をコンパクトな動きで斜め上に回転させ、ブルクくんの胴をしたたかに捉えた。
「よし、やめっ」
ジェルさんの終了の声が鋭く掛かり、その声にルアちゃんとカロちゃんが飛び出した。
そしてルアちゃんはブルクくんのところに、カロちゃんは胴を打たれて膝を折っているロルくんのところへ。
カロちゃんは直ぐに回復魔法を掛けてあげている。
「あんた、死ぬわよ」
「いや、見切れる自信はあったんだけど……」
「でも、あんた、強化剣術を見切って躱した経験、無いでしょ。あれを顔で受けてたら、ザック部長だって治せないかもだよ。本物の剣だったら、ざっくりだし」
ブルクくんの方は何だか叱られてますなぁ。
そうだねぇ。強化剣術の木剣で顔面というか頭蓋骨に行っちゃったら、聖なる光魔法でもちょっと自信は無いかも。
下手をするとエリクサーの出番だったかもね。
「なるほど、強化剣術か。懐かしい技だな」とは俺の隣のケリュさん。
「昔からあるんですよね」
「おお、そうだな。肉体強化と合わせると、あれはなかなかに強いぞ」
「ああ、そういう手がありますか」
つまり剣術の技だけではなくて、肉体全体を強化した上でということですな。
そこまで取組んでいる人って、いまのところ見たことはないけどね。
エステルちゃんとカリちゃんもロルくんの具合を診に行ったけど、どうやらカロちゃんの回復魔法で大事には至らなかったようだ。
一方でブルクくんは、まだルアちゃんに何か言われている。
そこは放って置いて、さて第8戦目も終わったことだし、そろそろお昼にしましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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