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第919話 4年生最後の試合稽古

 総合武術部と強化剣術研究部対抗の試合稽古が始まった。


 第1戦目は、うちの部のブリュちゃんと強化剣術研究部のマルちゃんの対戦。どちらも1年生だ。

 どちらも春学期の課外部剣術対抗戦には出場していないが、ブリュちゃんの方は魔法対抗戦には出ている。


 しかし魔法対抗戦の場合には個々の試技で競った試合であり、こうして対戦相手と向き合うのは彼女も初めてだ。

 日頃の打ち込み稽古では誰かと木剣を合わせているにせよ、試合と名が付いて他の部の部員と対戦する初めての体験なんだよね。


 でもブリュちゃんて、魔法対抗戦のときもそうだったけど、こういうときには謎に胆が座るんだよな。


「それでは、試合稽古を始める。双方、開始線に立て」

「はいっ」


「準備はいいか? よし、木剣を構えろ。ふたりとも肩に力が入り過ぎてるぞ。いったん木剣を下ろして深呼吸」

「すう、はあ、すう、はあ……」


「大丈夫だな。よし、構えろ。双方、いいな? では、始めっ」


 今回も、審判はジェルさんとオネルさんが交代で務めてくれる。


 その第1戦の審判であるジェルさんは、ブリュちゃんとマルちゃんの様子を注意深く見て注意を与えながら、試合開始の呼吸を計った。

 俺の前々世の相撲ではないけど、こういった試合での立ち合いの呼吸は大切だからね。

 特に初めての試合稽古となる1年生の彼女らならば、尚更だ。


 真っ直ぐ進み互いに間合いに入って、初手から真っ向勝負の打ち合い。

 つまり打ち込み稽古の延長線のようでもあるのだが、どちらかが受け手となる打ち込み稽古とは違って、今回は互いが打ち手だ。


 予想通りに謎の胆の太さからか、ジェルさんの「始め」の声が掛かってからは、ブリュちゃんの足の運びも、間合いからの木剣の打ち出しも、いささかの躊躇いが感じられない。


 一方のマルちゃんの方も、最初は受けばかりに廻ってしまうのかと少し心配したが、こちらも徐々に闘志が木剣や身体の動きに伝わって来たようだ。

 この辺は、強化剣術研究部の部員全員が何れかの騎士の家の子息子女なだけあって、そういう遺伝子を受け継いで育って来ているというところだろうか。


 しかし、考えてみればまだ12歳ほどの可愛らしい少女同士が、一心不乱に木剣を打ち合わせているというのは、これはこれで絵になりますなぁ。

 あとはなるべく、怪我などをしてほしくないのだけど、少しハラハラしてしまいますぞ。


 カァカァ。いや、お父さん目線て言うけどさ、こんな少女たちを預かって闘わせてるんだから、そういう目線にもなるでしょうが。

 何故かケリュさんの頭の上に止まって観戦しているクロウちゃんが、そんなことを言う。


 ところでキミは最近、意外にそこが好きだよね。カァカァ。

 ああ、いちばん高い場所だから観戦がしやすいですか。いちおう神様の頭の上なんだけど。



 1年生の少女ふたりの打ち合いは、時折間合いを外しながらも暫く続いた。

 これが課外部剣術対抗戦ならば、試合時間は5分間。延長をしても3分間の計8分間と、闘う時間は決められている。


 しかしいまは試合稽古。あくまで試合形式の稽古ということで、時間の決まりは設けていない。

 すべては審判であるジェルさんの判断ひとつだ。


 そしてこのような互角の打ち合いとなった場合、だいたいは双方の動きや疲労度を見極め、どちらか、あるいは双方が極端に動きが鈍くなれば対戦を止める。

 そうしないと、攻めよりは防御が疎かになって、酷い負傷に繋がりかねないからね。


 例え気持ちや根性がまだ続いていたとしても、それに身体が付いて行かなければもう稽古ではない。


 おそらくは打ち合いが10分を超え、ふたりとも相当の疲労が溜まって来た筈だ。

 動きに生彩が欠け始め、そろそろ止める頃合いかなと思ったときに、マルちゃんの木剣を振り上げた左の二の腕にブリュちゃんの木剣の剣先が入った。


 まあ狙ったというよりラッキーな軽い当たりといった程度なのだが、それでも真剣ならば以後の戦闘継続に支障をもたらす傷を受けてしまうものだ。


「よし、止め。それまでだ。双方、下がり、気息を整えろ。良く闘った」


 ジェルさんの声が掛かり、ふたりは木剣を下ろして後ろに下がる。

 そして言われた通りに気息を整えようとするのだが、どちらも肩で大きく息をしていた。


 直ぐにエステルちゃんとカリちゃんがふたりに近づき、打たれたマルちゃんの二の腕の状態や双方の体調を診る。

 まあ掠ったような程度なので、二の腕に負傷は無いだろう。

 ブリュちゃんとマルちゃんはそれぞれ軽く回復魔法を施して貰い、そこで同時にへなへなと地面に膝を突いた。



「ふう、やってやりましゅたよ、ザック部長ぉ」

「おお、頑張ったなブリュちゃん。初めての剣術の試合稽古にしては、たいしたものだ」

「えへへ。でも、マルちゃんもあれで、なかなかでしゅたぁ」


 立ち上がったブリュちゃんが、俺のところにそんな報告に来る。

 しかし彼女の謎の根性は、どこから湧いて来るのですかね。あと、マルちゃんに対してはこれも謎の上から目線だ。


「よしよし。よくやった。良い試合稽古だったね。さあ、あっちで果汁入りの水でも飲んで、少し休んでなさい」

「ひゃーい」


 次の第2戦はやはり1年生のエドくんに、こちらはライくんだね。

 なぜ4年生の彼を1年生に当てたかといえば、人数的な問題なのだけど剣術の技量的にもね。

 とは言ってエドくんも、剣術対抗戦で強化剣術研究部チームの先鋒として出場した経験があり、1年生だからと侮ってはいけません。


 それで対戦させてみると、なかなかに良い手合いだった。

 先ほどのブリュちゃんたちほどではないにせよ激しい打ち合いが続き、そしてライくんの彼なりに気合いのこもった一撃がエドくんの胴に入って決まった。


 まあ、剣術が下手くその魔法少年とは言っても、伊達に3年半も剣術を続けて来た訳ではありませんな。

 昨年の合宿では1学年下のイェンくんとやって負けているし、それ以前はハンスさんやジョジーさんら先輩と対戦して指導して貰っていたので、もしかして剣術初勝利ですか。


「しっかり指導してやったぜ」

「よしよし、良く勝ちました。剣術での初勝利、頑張りました。さあ、あっちで果汁入りの水でも飲んで、少し休んでなさい」

「おう」



 続く第3戦目は総合武術部が1年生のフレッドくんで、対する相手は当グリフィン子爵家のユディちゃんだ。


 フレッドくんはヴァイラント子爵家の次男として、既にかなり鍛えられて来ていたようだ。

 そして学院に入学しうちの部に入ってからも、めきめき成長している。

 剣術対抗戦でも1年生、2年生との対戦ながら、2勝1引き分けと好成績を収めた。


 おそらく彼の学年では最強。2年生のトップクラスとも、互角かそれ以上に闘えるのではないかな。

 剣術学部長のフィランダー先生も、アビー姉ちゃん以来の逸材ではないかと評価していると話していたよな。


 そこで俺としてはユディちゃんを当てた訳だけど、彼女には学院生とか子爵家の息子とかは気にせずに厳しく攻めて良いと言ってある。

 尤もユディちゃんは、そういった忖度的なことを気にするタイプでは無いけどね。


 ジェルさんの指示で向き合うふたり。

 ユディちゃんの方が1歳上のお姉さんだけど、既に堂々とした体躯に成長しているフレッドくんの方が身体は大きい。


「始め」の声に、フレッドくんは弾けるように突進した。

 そして、間合いに踏み込むと同時に鋭く斬り込む。

 しかしユディちゃんの反応は速く、相手の斬撃を躱しながら体を移動させると、下からその木剣に打ち合わせて撥ね上げた。


「くっ」とフレッドくんの口から声が漏れる。

 手から木剣が離れてしまえばそれで終了となるのが分かっているので、間合いを外し少し距離を取りながら、撥ね上げられた勢いを必死で殺したようだ。


 するとユディちゃんは姿勢を低くして素早く接近し、身体が上に伸びてしまった相手の下肢を狙いに行った。


「うおっ」


 声を上げたフレッドくんが、伸びてしまった自分の身体を丸めるようにして地面に転がる。

 ユディちゃんの木剣は辛うじて当たっていない。逃げるようにして自ら転がったようだ。


「よし、立て」

「あ、はい」

「大丈夫だな。構えろ」

「はいっ」


 これは試合稽古なので、審判のジェルさんが双方の動きを一時止めて直ぐに彼を立たせた。

 試合ならば止めずに続行だし、本当の戦闘ならば尚更だ。


 実際にユディちゃんは剣先を下にして木剣を持ち上げ、地に這うフレッドくんを上から突き刺すべく跳び上がって襲い掛かる寸前だった。

 ジェルさんはその彼女の動きを手の動作で制して、声を掛けたのだ。


 いやあ、ユディちゃんのいまの動きって、獲物を仕留める猛禽類のようだったよな。なかなか怖いですよ。


 闘いとしては、この初動ですべてが決していたと言えるだろう。

 そこからフレッドくんも勇気を振り絞って再度挑んで行ったが、ユディちゃんの方は「あなたはもう1回仕留めましたので」とばかりに、そこからは相手の振るう木剣を受ける側に徹し、最後は厳しく胴に打ち当てて終了とした。


 どうですかね。やっぱりうちの子って強いよね。

 と言うか、身体能力や剣術の技量はもちろんだけど、闘う意識がやはり違うんだろうな。



「完敗、でありました」と、負けたフレッドくんが俺のところに来て、そう言葉を漏らした。


「怖かった……です」

「素直に恐怖を感じたのなら、それで良し。そこから恐怖に打ち勝ち、如何に生き残って、相手を倒すかだ」

「はい。……生き残って、最後には倒す、ですね」


 どうやらかなり勇猛な家風らしいヴァイラント子爵家の中で、訓練ではかなり鍛えられて来ているのだろう。

 でもやはり子爵の子なので、同年代の相手から殺される寸前の恐怖を味わった経験は無いだろうね。


 ユディちゃんは、一見すれば可愛らしい女の子だ。

 剣を合わせれば直ぐに分かるのだろうけど、昨日も彼女は強化剣術研究部の方に付いていたので、フレッドくんはまだ彼女と木剣を合わせていなかったのではないかな。

 それもあって、外見から来るギャップが瞬間的に恐怖心を倍増させたのかも知れない。


 これまでなんだか実年齢よりも歳上に見えていた彼だが、そのときには年齢通りの12歳の少年の表情が伺えた。

 まだまだここからですよ、フレッドくん。



 続く第4戦は、4年生のヴィオちゃんと2年生のルイちゃんの対戦。

 ここにヴィオちゃんを配したのは、まあライくんと同じ理由ですな。


 しかし対するルイちゃんは2戦目に出たエドくんと違って2年生だし、これまでにそれなりの経験も積んで来ている。

 昨年の合宿での試合稽古ではヘルミちゃんと1年生同士の対戦を行い、なかなかに激しい打ち合いを繰り広げていたよね。


 なのでヴィオちゃん、うかうかしていると負けてしまいますぞ。

 そう思って対戦が始まるのを見ていたら、案の定、直ぐに互いに一歩も引かない打ち合いになっていた。


 ルイちゃんも意外と気が強いし、一方のヴィオちゃんが負けず嫌いなのは誰もが知っている。

 剣術のセンスの有無で言えば、専門的に練習を積んでいる歳下のルイちゃんに軍配が上がるのだが、これまでの3年半に少しも挫けず、総合武術部の練習に付いて来ていたヴィオちゃんもただの魔法少女という訳ではない。


 そうしてこの対戦も一進一退の攻防が長く続き、双方に疲労の色が見えて来たところで、ヴィオちゃんの一撃がルイちゃんの小手を捉えて彼女の木剣を落とした。



「ふう。わたしだって、伊達に副部長はやっていないわよ」


 どうして対戦が終わると、うちの部員はいちいち俺のところに来て何か言うですかね。


「なかなかに頑張りました。たぶん、学院生活で最後になる剣術だけの対戦。それに見事勝って、おめでとう。そして、本当にご苦労さま」

「そ、そうね。そうだわ。そうなるのよね。えと……これまでありがとう、ザックくん」


「まあまあ、学院生活はまだ3ヶ月ありますぞ。さあ、あっちで果汁入りの水でも飲んで、少し休んでなさい」

「うん」


 対戦直後でアドレナリンが出まくっていたところに、彼女も純粋の剣術で滅多に無い勝利。

 そして俺が学院生活最後というワードを出したこともあってか、少し感情が高ぶってしまったようだ。


 目に薄ら涙を浮かべて、それでも微笑むと、ドリンクを渡そうと待っているエステルちゃんの方に走って行った。


 ヴィオちゃんもそれからライくんも、相手は下級生だったけど少しも気を抜かず精一杯に木剣を振って打ち合い、見事に勝利したよね。

 1年生のときに俺と総合武術部を一緒に立ち上げて、どちらかと言えば苦手だった剣術にもサボることなく真摯に取組んで来た。


 そんな良く似たふたりに、心から賛辞を贈りたい。

 エステルちゃんに同じように勝利の報告をするヴィオちゃん。そしてそこに加わったライくんを眺めながら、俺はそんなことを思うのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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