第90話 2寸の見切りを目指す
「それでは次に、打込み稽古をします」
「はいっ」「はーい」「カァ」
素振り200本を難なく終え、今度は打込み稽古を行う。
毎朝の騎士見習いとの稽古でも、基本的には素振りの後に打込み稽古を行って終了する。
あとは指導騎士が稽古の進捗状況を確認して、不定期に試合稽古を行う、という内容だ。
打込み稽古や試合稽古では、木剣を使用しているので頭部への打込みは寸止めとなる。
騎士団はアーメット仕様のヘルム(兜)が制式装備だが、これはフルプレートアーマーを装備した出動の時にのみ使用されるものなので、革鎧を装着した剣術稽古時にヘルムを冠ることはもちろんない。
胴体、腕、足といったそれ以外の部位に対しても寸止めが望ましいが、実際には斬撃や打撃が行われることが多い。
その場合、革鎧を装着していても、受けに失敗すると打撲などになる危険性がある。
しかし、この世界には回復魔法や回復薬があり、即座に回復させることができるので、思いっきり打込む稽古が可能なのだ。
エステルちゃんは最近、アン母さんに回復魔法も教わっているみたいだが、まだ充分な発動ができず、できても回復効果が低い。
なので念のためだが、今日は多めに回復薬を用意して貰っている。
俺が受太刀でフォルくんと、あちらではエステルちゃんが受太刀でユディちゃんと組になり、それぞれに打込みをさせる。
俺とエステルちゃんがふたりで稽古をする場合は、こういった打込みなどは行わず、主に実戦を想定した模擬戦闘訓練だ。
ダガーでの戦闘に習熟している彼女は、いつもは俺がプレゼントした木製ダガーを使うのだが、このような受太刀ではやりにくいので、今日は騎士団でも使用しているショートソードの木剣を握っている。
それでは始めようか。
「始めっ」
俺の合図に合わせて、フォルくんが躊躇いなく接近して来て上段から打込む。
それに木剣を合わせて跳ね返すと、今度は横薙ぎに打って来たので、それも同じく合わせて払う。
なかなか強い打込みだね、次の斬撃への繋ぎも早い。
それでは今度は、少し打ち合ってみよう。
騎士団での稽古でも、攻め手と受け手を決めて交替で行うが、受け手は必ずしも受けるだけではなく、タイミングを見て打つことで打ち合いにもなる。
そこで、フォルくんがひと振り打って来たのを合わせ、次の斬撃を出すところで同時にこちらからも木剣を振るった。
カンカンカンと何合かの打ち合いになる。
俺はそれほど鋭くは打たないが、それでもフォルくんの体勢が崩れ始める。
そう、そこで崩れちゃいけないよ。
打合いながら身体の安定を保つんだ。まだ難しいだろうけどね。
それからもフォルくんは何度か崩れそうになりながらも、なんとか打ち合いを続けた。
「よし、やめっ。交替だよ」
攻め手と受け手の交替ではなく、フォルくんとユディちゃんの交替だ。
俺がユディちゃんと、エステルちゃんがフォルくんと組んで木剣を受ける。
今度は俺の前にユディちゃんが来た。
「お願いしましゅ」
ユディちゃん、緊張しなくていいからね。
俺の「始め」の合図で、少し距離を取っていたユディちゃんが素早く前に出て打込んで来た。
おっ、スピードはお兄ちゃんよりあるみたいだな。
ちなみに双子だけど、フォルくんが先に生まれ出たので、ユディちゃんが妹になっているそうだ。
開始前の緊張などウソのように、ユディちゃんは素早い斬撃を次々に打って来る。
剣は軽いけど、この速さを活かした攻撃力を育てるべきだな。
エストックとかの細剣を持たせるのもいいかもね。
それからは、先ほどのフォルくんと同じように、タイミングを見て打ち合いに移行した。
「よし、やめっ。暫時休憩」
「ザックさまぁ。ざんじって何ですか?」
「あ、うん、少しってこと」
4人は汗を拭い、この魔法訓練場のテラス席で暫し休息する。
「カァカァ」
「まだお稽古中ですから、お菓子はダメですよ。お水の補給だけです」
「カァ」
クロウちゃん、キミは剣術の稽古では見学だけなんだから、お菓子を要求しちゃいけないよ。
「カァ」
「ザカリー様が凄いのは知っていましたけど、エステルさんも強いんですね」
「なんか速くて、動いてないのに目標が定まりませんでした」
「えへへへ、剣も体術も5歳からお稽古してますからね」
「へぇー、凄いですー」
「ザカリー様、今日の稽古はこれで終わりですか?」
騎士団での稽古だと、通常は打込み稽古を一定時間続けて終了だ。
竜人族であるふたりは体力が人族よりもあるので、まだまだ動けるだろう。
「いやいや、僕たちの稽古は、これからです」
「ザックさま、まさか模擬戦闘とかはやらないですよね?」
「模擬戦闘は、あとでエステルちゃんとちょっとしたいけど、フォルくんとユディちゃんにはまだ早いので、そうではありません」
今回の稽古を始めるにあたり、彼ら兄妹に今後修得して行って貰いたいものがあると考えていたのだ。
「このあとは、見切り稽古を行います」
「???」
「あの、見切り稽古って、何の稽古なんですか?」
フォルくんがそう聞いてきた。エステルちゃんも不思議そうにしてるけど、貴女はもう出来てるんですよ。
「見切り、というのはね、決して消極的にあきらめたりすることじゃなくて、積極的に相手の剣を躱すための技術なんだよ」
「…………」
「剣での闘いには、間合いと見切りが大切なんだ」
「間合いと見切りですか?」
「そう、間合いは、自分が闘いに入れる相手との距離。これを感覚的に一瞬で掴めるようになることで、確実な攻撃ができる」
「なるほどですぅ」
「エステルちゃんは、ふつうに出来るからね」
「それで見切りとは、相手の剣をぎりぎりで躱すことだ。それによって、相手の攻撃を受けずに、こちらが確実に相手を斬る。僕たちは1寸、とは言わないまでも、2寸のひらきは目指したい」
「1すん? 2すん?」
「あ、いや、こんぐらいね」
2寸は6.06センチ。俺は親指と人差し指で、だいたいの長さを示した。
「えー、そんなに短いんですかー。その短さの先に相手の剣が振られるのを躱すんですよねぇ」
「そうそう、それを目指す。それが出来るようになれば、おそらく大抵は負けることがなくなるよ」
「やってみたいですっ」
「わたしもっ」
よしよし、ふたりともやる気になってくれたようだぞ。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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