第916話 2日目は森の中
2日目は恒例の森の中に入っての練習。
目的はいろいろあるが、剣術でも魔法においても視界と足場の悪い中で動き、有効な働きが出来るようになることが第一に挙げられる。
かつて強化剣術研究部では、アビー姉ちゃんが部長の時代に彼女の強い意志もあって、休日には時折、王都近隣の小さな森に入って日帰り練習をしていた。
姉ちゃんが卒業し、後を継ぐエイディさんたちも卒業して、おそらく今年は行っていない筈だ。
うちの総合武術部だと、特に魔法の場合には人がいない自然の中で訓練が出来るということがある。
生活魔法はともかくとして、攻撃魔法を訓練場などの特定の場所以外で発動する機会はそう無いからだ。
でももちろん、森の中での火魔法は厳禁だけどね。
強化剣術研究部では、現在の部長のロルくんが1年生時から休日の練習やこの合同合宿で充分な経験があるけど、指導する立場としてはひとりだけということで、ジェルさんとオネルさんのふたりにフォルくんとユディちゃんも加わって同行して貰うことにした。
双子の兄妹は火魔法専門だから、森の中の練習で魔法を撃てない。
なので、剣術の指導補助をしながら存分に訓練してください。
あと、森の中の案内兼、余計な方向に行かないようにするための役回りはブルーノさんだ。
従って総合武術部の方に同行するのは、エステルちゃんとカリちゃん、ライナさんにティモさん、そしてケリュさんですな。
クロウちゃんは例年通り、上空に上がって双方の部の動きなどをいちおう監視する役目だ。
それにしても、こちらの方の教官メンバーからすると、かなり魔法かつ特殊な攻撃力に重点を置いた構成だ。
と言うか、構成自体が特殊です。神力を遣うケリュさんを中心として。
「では、出発しますぞ。そちらはよろしいですか? ザカリーさま」
「うん、こっちも続いて出発するよ」
ジェルさんと声を掛け合って、それぞれが別の方向の森の中へと出発する。
ナイア湖畔の合宿野営地にはテントなどが設営されているほか、各2頭立ての馬車が4台置かれ馬が8頭繋がれている。
合わせるとそれなりに結構な物量の野営地になっているので、全員が出掛けて留守になる間の防御に俺が結界の呪法を施すのも例年通りだ。
強化剣術研究部がブルーノさんの引率で出発して行ったのを見て、俺は野営地全体を結界で覆った。
「ふむ。それが別の世界の力で施す結界か」
「まあ、そうですね」
俺とクロウちゃんが皆から離れて呪法を用いていると、ケリュさんがいつの間にか側に居て俺のすることを見ていた。
まあ神様相手だと、何も隠す必要が無いので気が楽ですな。
「世界の理に働きかける仕方が、ちと特殊か。言葉が鍵になってキ素力を用いるのは似ておるようだが」
ああ、そういうのも良く見えているのですなぁ。
前世における呪法の呪とは、つまり平たく言えば“まじない”であり言葉だ。
呪いや呪詛といった、他人に災厄をもたらす意味合いが強調されがちだが、そういったものは呪の暴走であり、用いる者の歪んだ念と結び付き易い。
一方で魔法の場合は、多くは四元素を基礎とした物理的効果を適性に従って想像力とキ素力とで具現化するもので、言葉はあくまでその具現化を補助するものだ。
また、言葉で作られた法則に従わせて具現化させる場合には、それは魔術と言って良いと思う。
なので呪法は、どちらかと言うと魔術的なのかも知れないけど、言葉あるいは音として表現された思念を具現化するという側面が強いので、やはり術者の思念や想像力の強さに比重が置かれるんだよね。
「カァカァカァ」
「その呪法というのは、用いる者の思念と想像する力のあり方や強さに、大きく依るのだな。だから同じ言葉を発したとして、その思念が無ければ発動すらされんのか」
「カァカァ」
「うむ、なんとなく解ったぞ、クロウ殿」
なんだか、クロウちゃんがケリュさんに解説してあげている。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と俺は最後に九字を切り、結界を構築し終えた。
「ふむ。それは、ザックが前に居た世界の言葉か?」
「カァカァ、カァカァ」
「臨む兵、闘う者、皆、陣を列べて、前に在り……。なるほどな。ほう、この場所を視認しにくくして、かつ誰も入らないような護りを施したのか。見えない壁を造った訳では無いのだな。見ようと思えば見え、入ろうと思えば入れるが、関わりの無い者には見え辛く、入りたく無いと思わせる。なかなか見事なものだ」
物理的に進入を阻止する魔法防護壁ではなくて、結界ですからね。まあ、そんなものです。
部員たちには、何も感じることすら無いですよ。
ティモさんの先導で獣道を進んで森の中に入る。
と言っても、うちの部が毎年行く場所でもう4回目だから、慣れた道程だね。
「ブリュちゃん、大丈夫かな? 前方、周囲を確認しながら、足元にもちゃんと気を配るんだよ」
「出たですよ、ザック部長のお父さん体質」
「はいぃ、ぜんぜん大丈夫です」
ティモさんの後ろをほぼ学年順に列を作り、部員の最後尾は1年生部員のブリュちゃんを、前にヘルミちゃん後ろを俺で挟むようにしている。
その俺の後ろからエステルちゃんやカリちゃん、ライナさん、ケリュさんがのんびり付いて来る。
先頭を引っ張るティモさんが部員たちに合わせて調整しているので、かなりゆっくり目の速度だ。
同じ1年生でもフレッドくんは、ヴァイラント子爵家の方針かこういった自然の中でも訓練をしたことがあるそうだが、アルタヴィラ侯爵領の領都育ちのブリュちゃんは初めてだって言うからさ。
まあこのナイアの森は樹木の密度がそれほど濃い訳では無いし、アラストル大森林のかなり悪い足場と比べればずいぶん歩き易いのだけどね。
湖畔を出発してから約30分。いつもうちの部が練習を行う場所に到着した。
ここで部員のみんなと剣術や魔法の訓練を行うのもこれが最後かと思うと、なんだか感慨深い。
小休止のあと、まずは森の中での剣術の訓練。
開けた場所での素振りのあとは少しだけ木々の間に入って、ふたりひと組みになり打ち込みを行う。
ブリュちゃんはヘルミちゃんに任せておけばいいかな。俺はここでもフレッドくんの相手をしましょう。
木立の間で多少動きながら彼の木剣を受けるが、そういった経験もしているらしく、なかなか動きが良い。
4年生と1年生で年齢は離れているが、剣術に関してはブルクくんやルアちゃんに次ぐ戦闘勘を持っているよね。
静かな森の中に、カンカンと木剣が打合わされる音が響く
フレッドくんの打ち込みを受けながら周囲の状況を伺うと、どうやらケリュさんはエステルちゃんと組んで打ち込みを行っているようだ。
他の組とは動きが段違いに速いので、そこだけから異なる気配が伝わって来る。
気配を伺うだけでなくちゃんと見てみたいところだけど、まあここは余所見をせずにフレッドくんに集中しましょうか。
「よし、休憩にしますよ」
「おう」
「はーい」
休憩のあとは、これもまた恒例の森の中での魔法の練習だ。
フレッドくんは風魔法適性なので問題無いが、ブリュちゃんは火魔法、そして2年生のヘルミちゃんも同じくなので、森の中ではその練習が出来ない。
いや出来ない訳では無いが、万が一に制御ミスで火災を起こしてしまう危険性を考慮して俺がやらせない。
これはうちのグリフィン子爵領でも、基本的には同様のルールです。
学院でもこのふたりには水魔法にも取組んで貰っているので、ここではその練習ですね。
ブリュちゃんは火魔法適性のほか、彼女自身は自覚が無かったが風と水の適性を持っているのが分かっている。
ヘルミちゃんの方は、入学当初は体質的にキ素力制御が覚束なくて良く見えて来なかったのだが、その後に制御も上手くなり、同時に水魔法が遣えそうなことも分かって来た。
彼女の場合、目から漏れ出てしまうほどにキ素力量が多いので、魔法力も強力になる可能性を秘めている。あと、魔眼的な能力もあるしね。
森の中では、木々の間を抜けて魔法を通す練習や、学院の魔法練習場での固定された的に対するのとは異なり、自然の環境を利用して動きながら魔法を発動する練習を行う。
これは、このあとやろうと思っている例の攻守訓練に活かされますからな。
「ザックさま、今年もやるですか?」
「ああ、このあとやろうと思ってるよ、エステルちゃん」
「やっぱり、そうなるわね」
「これは腕が鳴りますよ」
「あー、去年と同じアレねー」
「なんだ、何をやるんだ?」
俺の単なる趣味で男女対抗にした魔法と剣術の攻守訓練ですよ、ケリュさん。
部員たちの魔法練習を見守りながら、そんな話題になる。
「つまり、先ほどの開けた空間に守る側、森の中に攻める側を配置して、剣と魔法で模擬戦闘を行うということだな」
「そうですよ、ケリュさま。そして最後はいつも石礫の嵐が吹いて、ぐだぐだになるんですよ」
ぐだぐだじゃないですぞ、カリちゃん。
キミだって昨年は、石礫攻撃を嬉々としてやっていたではないですか。
「よし。ならば我は男子組だな」
「ケリュさんは指導教官なので、審判役ですから」
「なんだと。ザックは参加するのだろ」
「当たり前でしょ。僕は、ただのいち部員でありますからな」
「むむむ」
「ザックさまがいち部員とか、誰も納得しないですけどね」
いやいや、俺はいち学院生のいち部員でありますからね、カリちゃん。
「エステルやカリも参加だな?」
「エステルちゃんは女子組のリーダーで、カリちゃんは特別参加でしたな」
「魔法は制限されちゃいましたけど」
去年は、カリちゃんがどうしても参加したいと言うので、土魔法のそれも石礫攻撃に限って使用可ということで女子組に加わったんだよね。
「ティモさんは?」
「あー、私は男子組ですが、今回は審判のオネルさんが居なくてライナさんだけなので……。私が審判の方に廻りますから、ケリュ様にお譲りしますよ」
「ほら見ろ、そういうことだ。ティモさんは良い漢だなぁ」
もう、ティモさんは。
ライナさんとケリュさんが審判というのもかなり不安なので、言っていることは極めてまともなのですけどね。
「うーん、仕方がないなぁ。そうしたらティモさんの代りに。でも、剣術は無しで、魔法はティモさんの代りなので、風魔法だけですよ」
「おう、いいぞ。我はこれでもシルフェの旦那だからな。風は任せておけ」
あー、ますます不安だなぁ。
個別の魔法練習を終了して、部員たちに集合して貰った。
「それではこれより、恒例の攻守訓練を行いたいと思います」
「やっぱりやるのかよ、ザック」
「とうとう来たっすか、うちの部の洗礼の時間が」
「なんですか、カシュ先輩。洗礼の時間て?」
「身を以て体験すれば、良く理解出来るわよ」
ブルクくんとルアちゃんはやる気満々だが、他のみんなはやれやれという表情だ。
「それでは、組分けを発表します」
「発表されなくても最初からわかってるわ。はいっ、エステルさま組」
「あたしも」
「わたしも、です」
「うふふ。さあ、こっちに集まってね。今年もカリちゃんが参加しますよ」
「へへへ」
「カリさんが参加するなら、あれも充分対抗出来ますね」
俺が続けて何かを言う前に、エステルちゃんのもとに女子たちが集まった。
あちらのメンバーは、エステルちゃんにカリちゃん、ヴィオちゃん、カロちゃん、ルアちゃん、ヘルミちゃん、ブリュちゃんの7名ですな。
「おいおい、人数的にバランスが悪く無いか?」
「男子組の方が少なくなっちゃうっすよ」
「今回はティモさんが審判に廻り、代りにケリュさんが入ります」
「おお」
男子組は俺にケリュさん、ライくん、ブルクくん、カシュくんにフレッドくんの6名だ。
1名違いなので、それほど大差は無いです。
でもきっと、ライナさんがこっそり女子組の攻撃時にあっちに加わるんだろうなぁ。
「厳正に審判をするわよー」とか、にまにましながら言ってるけど。
それでは攻守の順番を決めますかね。
やる気バチバチのブルクくんとルアちゃん、じゃんけんをお願いします。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




